第19章「バブイルの塔」
N.「前哨戦」
main character:ロイド=フォレス
location:地底・バブイルの塔
砲撃開始から5分経過した頃―――
戦車隊の砲撃の音は衰えることなく続いているが、バブイルの塔にはなんの反応もない。
「おいおい、やっぱ失敗じゃねーの?」
「・・・・・・」戦車隊とは少し離れた岩陰に潜んでいたロイド達だが、ギルガメッシュが退屈そうに言ったその言葉を、しかしロイドは否定することはできなかった。
(やはり甘かったか・・・ここは一旦引いて、別の手を―――)
「いや―――」
不意に呟いたのはバッツだった。
続いて、カインもにやりと笑う。「来るぞ・・・」
「あ、それ俺が今言おうと―――」バッツがカインに文句を言いかけたその瞬間。
言葉通りに塔の方から声が上がる。見れば、固く閉ざされていた塔の入り口が開き、そこから魔物の群れが姿を現わしたのだ。
「って、ホントに来たーーーーー!?」
「いやちょっと待て少し待て、今明らかに来る前に来るって解ってたろ!?」ロイドとギルガメッシュが混乱して喚き散らす。
そんな二人とは逆に、カインとバッツの二人はやたらとテンション低く―――というかなんでもないことのように言う。「え、フツー解るだろ?」
「解んねーよ!」
「ギルガメッシュ、お前って結構鈍感だなァ」
「鈍感とかそう言う問題かよ・・・・・・って」ふとギルガメッシュは気がつく。
ぎゃあぎゃあ喚いているのは自分とロイドの二人だけだと言うことに。一緒に岩陰に隠れていた他の面々―――バロンからやってきた、ロックを除く者たちに、リディアとブリット、それにキスティス、サイファーを加えた面々だ―――その誰もが平然としている。
ちなみにカインの飛竜 “アベル” と、リディアの連れであるブリットを除く魔物達は後方で待機している。
塔の中に攻め込むのに、飛竜であるアベルの巨体は向いていない。
リディアの連れ―――ボムボム達に関しては、SeeD達がいない今、ゴルベーザの主力は魔物だと言うことは解っている。そのため、もしも混戦になった場合に混乱する可能性があると判断したロイドが、リディアにそう説明して城に待機させてもらった。―――もっとも、リディアは召喚士だ。必要とあれば召喚すればよいだけなので、素直にロイドの頼みに応じた。ただ、ブリットだけは、頑としてリディアの傍を離れることを認めなかったが。「なんでお前ら驚かねーんだよ。おかしいと思わねえのか?」
ギルガメッシュが疑問を投げかけると、セリスは薄く笑って。
「そんなことに一々驚いていられるか。一流の戦士ならば、その程度の芸当、できぬものは多くない」
「セリスも来るのが解ってたのか?」ロイドが問いかけると、セリスは表情を少し崩して苦笑する。
「いや、流石にこうも砲撃の音が五月蠅くては気づくモノも気づかない―――まあ、そこのモンク僧は気づいていたみたいだけど、ね」
セリスが視線を投げかけると、ヤンは黙って頷く。
「そんなのブリットだって気づいてたよっ! ねっ!」
「いや、俺は “来る” と耳にしてようやく気がついた程度だ」
「それでも気づいたってことでオッケーじゃない!」対抗意識を燃やしてか、リディアがブリットの小柄な身体をぎゅーっと抱きしめながら叫ぶ。
そんな様子をクスクスと、声を立てないように微笑ましく笑っているのはキスティスだ。「・・・私も全然、そんな気配は感じなかったわね。というか、ここから塔まで500メートルはあるわよ。そんな離れた場所の、しかも砲撃にもびくともしない閉ざされた塔の中の気配なんて、解る方がおかしいでしょう?」
「じゃあ驚けよ!?」ギルガメッシュが言うと、キスティスは何がそんなに可笑しいのか、またクスクスと笑って、
「驚いたわよ。もっとも、貴方達が騒いでくれたお陰で、そこまで驚かずに済んだってことよ。貴方もそうでしょ、サイファー」
「けっ、俺だってちゃんと気づいて―――」
「あらあら? 風紀委員たるものが嘘なんか吐いて良いのかしら?」
「・・・ちっ」サイファーはふて腐れたようにあらぬほうを向く。
「つーか、のんびり話してていいのかよ? 狙い通りに入り口が開いたんだから、塔に侵入するなら今のうちだろ?」
と、バッツが言うと―――
「馬鹿だ」
「馬鹿だな」
「馬鹿よね」カイン、セリス、キスティスがたたみかけるようにバッツを集中砲火。
いきなり―――というかいつも通りに馬鹿扱いされて、バッツは顔を真っ赤にして怒る。でもちょっと涙目。「な、なんだよそれ!」
「お前、もう少し頭を使って発言しろ。入り口は開いても、まだ魔物達は塔の中から出続けているんだがな」カインの言うとおり、魔物の後続はまだ途切れていない。
そんなところに突入するとなると、一々、魔物をなぎ倒して行かなければならなくなる。「ま、まあ、まだ早いって事ですよ。もう少しだけ待ってください」
「でもよー、突入する前にドワーフたちがやられちまったらどうするんだよ。あの戦車隊、まともに動かないんだろ?」バッツが問いかけると、カインがわざとらしく大きな溜息をつく。
「だから頭を使って発言しろと―――まあいい、とにかく黙ってみていろ。むしろ喋るな」
「こ、この野郎・・・! いつかてめえとは決着付けなきゃいけないみたいだな・・・!」
「やるか? 俺は今この場でも構わんぞ?」
「―――そこまでだ」バッツとカインの間にヤンが割って入る。
「いい加減にしておけ二人とも。今は戦闘中だぞ!」
「だけどよー!」
「良いから黙れ! ・・・戦車隊と魔物が接敵するぞ」
******
砲撃の雨の中、魔物達はただひたすらに戦車隊に向かって進撃する。
戦車の放った砲弾は、魔物達をなぎ倒すが、倒された魔物達の後ろから、また別の魔物達が現れる。そして、倒された魔物達も、一撃程度では死にはしない。人間ならば直撃すれば全身の骨が砕け、四肢が千切れ飛ぶほどの威力がある砲撃だが、人の何倍ものの生命力を持つ魔物は、一度倒されてもまた起きあがる。流石に二度、三度と撃たれては動かなくなるが。ともあれ、数とタフさにかけての強行軍は着実に戦車隊へと迫り―――
「王様、王様ー! いちばん前の戦車がとりつかれたー」
配下のドワーフの報告を聞いて、ドワーフ王ジオットはむむむ、と難しい顔をして唸る。
「仕方在るまいっ。皆の者、斧を取れい! 白兵戦の用意じゃ!」
『ラリホー!』ジオットの乗る、他よりも少しだけ大きい戦車の砲塔が真上を指し示し、そこからドンドンドン! と連続で三回空砲が鳴る。それが合図となって、他の戦車のドワーフたちも、自分の斧を手にとって、戦車の中から外へと飛び出す!
「良いか皆の者! ドワーフの名と誇りに賭けて、眼前の敵に臆することなく必死をもって戦い抜け! 敵が如何に膨大であろうと、強大であろうとも、我らがドワーフである限り、負ける事はなーーーーーーいっ!」
『ラリホーーーーーーーーーーー!』王の声とともに、戦闘が開始される。
ドワーフ達が斧を振り回し、魔物達の爪や牙と打ち合わす!だが、戦車の砲撃で数が減ったとはいえ、それでもドワーフたちよりも魔物の数の方が多い。
なによりも、ドワーフ達は魔法を使えない。戦車の砲撃ができないほど接近されれば、斧を振り回す事しか出来ず、魔法などの飛び道具を使う魔物には手も足も出ない。―――ドワーフたち、だけならば。
「GAAAAAAAAAAAAA!!!」
全身を炎で包んだ巨大な犬の魔物がドワーフに襲いかかる。
「ラリッ!」
斧を振り回して迎撃するが、炎の犬はその一撃をひらりと回避すると、ドワーフと距離を置いて、その口から炎を噴き出した!
迫り来る炎に対して、力はあるが鈍重なドワーフは避けることもできず、ただ斧を構えたまま立ちつくして―――「放て! ブリザラ!」
ドワーフの眼前に氷の槍が突き立った。
その槍は迫る炎と相殺し、周囲に水蒸気を撒き散らして対消滅する。「大丈夫ですかっ!」
「助かったラリ」ドワーフが振り返ると、SeeDの制服に身を包んだ少年が駆け寄ってくるところだった。今の魔法は彼によるものだろう。
「GYAAAAAAAAA!!」
魔物の痛切な悲鳴に振り返れば、その額に鉄の矢が打ち込まれたところだった。
ボウガンを装備したSeeDの少女の攻撃だ。「ドッ、ドワーフの皆さんは目の前の敵に専念してくださいー! バックアップは俺達SeeDが引き受けますからぁーーー」
などと叫び回っているのは、SeeD候補生の一人だったニーダだ。
彼はひとしきり叫び終えると、はあ、と溜息をついて。「・・・つーか、いいのかなあ俺。SeeDじゃないのに、作戦に参加して―――ていうか、先生とサイファーは “バロンの連中の監視” とか言って向こうに行ったけど・・・大丈夫なのかなあ」
などと呟いているところに、魔法の流れ弾が飛んできた。
ぼーっと突っ立っていたニーダの前髪をかすめ、炎の矢が地面に着弾する。「お・・・」
呆然、と黒く焦げた地面を見下ろし、
「・・・・・・う、うおおおおおおおおおっ、危ねー! ・・・・・・うん、なんか音が―――」
空、というか地底の天井の方から音が降ってきたような気がして、ニーダは天をあおぐ。
見れば、赤く機体を染め上げた飛空艇が、いつの間にか姿を現わしていた。「え、ちょっと待て。まさか―――」
ニーダの呟きに応えるように、飛空艇から何かが投下される。
それは重力に従って加速して、地面に到達し―――爆発。「うおっ!?」
それなりに距離は離れていたが、その爆風がニーダの肌を打つ。
爆風が収まった、と思った瞬間に次の爆発が起きて、それが連続して盛大に鳴り響く!「ちょっ、やべえってこれ!」
爆撃は、ドワーフも魔物もSeeDも区別無く吹き飛ばす。
「ラリホー」とかつい最近聞き慣れたフレーズが前から後ろへと流れていくと思ったら、それは吹っ飛ばされたドワーフだった。頑丈なドワーフは多少爆撃を受けた程度では平気らしい。「敵も味方もおかまいナシかー! やばすぎだろ! 生きろ俺ーーーーー!」
と、叫んだところに別のドワーフが飛ばされてきてニーダに激突。
そしてそのまま一緒になって吹っ飛びつつ、ニーダは意識を失った―――
******
「何を考えている!」
外のモニターを睨みながら、シュウが怒鳴る。
「敵も味方もまとめて吹っ飛ばしてどうする!」
「ヒャハッ。魔物なんぞどうなっても構わんじゃろ? 一緒に敵が屠れるなら問題ない問題ない」
「問題あるに決まってるだろうが! 敵の戦力減らすために味方の戦力減らしたら意味がないだろうが!」チッ、とシュウは舌打ちする。
今、バブイルの塔にある戦力―――魔物達と飛空艇団 “赤い翼” その両方とも、ゴルベーザのダークフォースで操っているのだという。だから基本的にはゴルベーザでなければ扱えないが、ゴルベーザの配下の人間でも多少は言うことを聞かせられるらしい。
ただ、ゴルベーザの下で日の浅いシュウの命令は聞かないようで、仕方なく指示はルゲイエに任せたのだが。(ここまで使えないとは・・・け、計算外だ)
今の、味方もまとめて爆撃した事だけではなく、魔物を出撃させた時もそうだ。
ルゲイエは単に魔物に「外に出ててドワーフ共を倒せ」とだけしか言わなかったらしい。その結果、馬鹿正直に砲撃の雨の中に魔物達は突っ込んで、要らぬ被害を増やした。ついでに、外に出る時も隊列など考えずに飛び出したために、入り口で魔物達が詰まって、少しずつしか外に出ていかずに、未だに塔の入り口からは魔物達が外に出ようと押し合いへし合いしている。何よりも、一番の失敗は―――「塔中の全ての魔物を出撃させてどーするんだ!」
「数は多い方がよいじゃろ?」
「その結果、入り口で詰まってるだろうが! それさえなければ飛空艇団を出すことも無かったろうに!」
「ちゅーか、最初っから飛空艇団を発進させた方が手っ取り早くなかったかのう。ほれほれ、ドワーフの連中もお前さんの仲間達も手も足も出ずに逃げまどっておるぞ」ルゲイエの言うとおり、画面の中でドワーフやSeeD達は爆撃の中を逃げまどっていた。
SeeDの魔法やG.Fも、地底の天井スレスレを飛ぶ飛空艇には届かず、一方的に爆撃されるだけだ。
確かに最初から飛空艇を出していれば、そもそも魔物達を消耗することもなかったかも知れない、が。「飛空艇は発進速度が遅い。逆に言えば、発進する時が弱点となる。もしもそこを狙い打ちされ―――或いは、発進口を砲撃されれば致命的だ」
「ほほほう、色々と考え得てるんじゃのう」
「お前が考えなさすぎだッ! 飛空艇はもう十分に高度を取った、これなら迎撃される心配もない。だから早く魔物達を撤退させろ!」
「ヒャッヒャッヒャ、了解じゃ〜」モニターに添え付けてあったマイクのスイッチを入れ、ルゲイエは叫ぶ。
「魔物共は撤退、撤退せよ〜」
そんな間の抜けた調子の撤退命令を聞きながら、シュウはモニターの向こうの様子を眺める。
(計算違いはもう一つあったわね)
シュウは画面の中にSeeDたちの姿を見つけて嘆息する。
まさかSeeDが向こう側につくとは思わなかった。確かに、ドワーフのクリスタルを手に入れた以上、依頼は終了したと言える。ならば無事にガーデンに戻るために、ドワーフたちに協力するというのも一つの選択肢だ。(キスティスが敵になる、か)
画面の中に親友の姿は見えない。
キスティス=トゥリープはシュウにとって一番の親友であり―――(一番、敵に回したくない相手よね)
彼女のSeeD最年少記録は未だに破られていない。
さらにはSeeDと教師を兼任しているというのも、ガーデンの歴史を紐解いても今までに存在しない。
つまり、おそらくはガーデン史上、もっとも優秀なSeeDと言える。そのキスティスの姿が画面に見えないことに、シュウは不安を覚える。
(キスティス・・・貴女、何処にいるの・・・?)
******
「くしゅっ」
不意にくしゃみがなった。
皆が音のした方を振り返ると、キスティスが口元を抑えたところだった。「イヤね、誰かが噂しているのかしら」
などと注目されて照れたことを、誤魔化して笑いつつ。
「それよりも、魔物達が撤退を始めたみたいよ。さっきの放送で」
「見たいッスねー。ていうか普通に魔物を操ってるなあ。そゆことってできるモンなんですか?」とロイドがリディアに問いかけると、彼女は首を横に振る。
「知んないわよ。少なくとも、私達召喚士は無理矢理に召喚獣を操ったりしないし。さっきみたいに敵も味方もお構いなしに爆撃するような、そんな使い捨ての道具みたいな扱いはしない」
「となると、やっぱ魔法じゃなくて、ゴルベーザのダークフォースですか」そのロイドの呟きに、ふとセリスが疑問の声をあげる。
「しかし・・・ゴルベーザのダークフォースがそれほど強いとは思えないけれど? 同じダークフォースならセシルの力の方がずっと強い気がする・・・」
現に、暴走していたとはいえ、ファブールでゴルベーザはセシルに対して手も足も出なかった。
そんなセリスの疑問にフン、と言う不機嫌そうな声が応える。「確かに力だけならセシルの方が強い。だが、セシルのとゴルベーザのとでは特性が違う」
「特性?」
「セシルのダークフォースは触れるものを震え上がらせ、恐怖に落とし込み、全てを拒絶する “孤独” の力だ。だが、ゴルベーザのそれは、他人の心の暗い部分へと入り込み、誘導し、あたかも自分の意志で行動しているかのように、ゴルベーザの思い通りに操る、いわば “洗脳” の力だ。早い話、攻撃力はセシルに劣るにしても、他者を操るなどの搦め手が得意なのだろうな」などと苦々しく言うのは、かつてカイン自身もゴルベーザの術中にはまった経験があるからだ。
「―――さて、そろそろ良い頃合いですね」
カインの話が一段落したところで、ロイドが声をかける。
見れば、出撃した魔物達の半分以上が塔の中に撤退したところだった。
残りの魔物の流れに沿って行けば、容易く塔の中へ侵入できるだろう。「―――『ヘイスト』」
「おまけに『プロテス』とついでに『シェル』も」セリスが全員に加速魔法をかけ、キスティスが防護魔法を付け足す。
「準備は良いッスか? ―――なら、行きましょうかッ!」
ロイドの号令で、彼らは一斉に隠れていた岩陰から飛び出し、塔へと駆けだした―――