第19章「バブイルの塔」
M.「シュウとルゲイエ」
main character:シュウ
location:地底・バブイルの塔

 

 間断無く放たれる砲撃。
 その様子を、シュウは眼前に広がるモニターの中に見ていた。

「ドワーフの戦車隊か・・・」

 ぽつり、と呟く。
 まさか向こうから仕掛けてくるとは思わなかった。
 先のドワーフ城への襲撃で、戦車隊はこちらの飛空艇によって壊滅。加えて、ドワーフの戦士達も、SeeD達の攻撃で殆ど戦闘不能であるはずだった。

 こちらもカイン=ハイウィンドに仲間を殺され、生き残ったSeeDはおそらく捕虜となった上に、頭であるゴルベーザが負傷と、決して無傷ではないが、少なくともドワーフたちよりは余力があったはずなのだが―――

「ヒャヒャヒャ! なかなか迫力があるのう」

 と、不意に哄笑が上がる。
 その声に、シュウは眉をひそめてその人物をイヤそうに振り返った。

 

 

******

 

 

 痩せこけた身体に白衣を纏った、背の曲がった白髪の小男だ。
 曲がった背と白髪のせいで酷い年寄りに見えるが、その発する声には張りがあり、見た目通りの年齢とは思えない。
 しかし白髪はぼさぼさと乱れ、耳や鼻はまるで妖魔のように尖っている。さらには全身から異臭―――というか体臭がにおう。

 ―――ルビカンテが立ち去った後、彼と入れ替わるようにして現れたのがこの男だった。
 ルゲイエと名乗ったその男は、ゴルベーザの配下の科学者だと身分を明かした。
 確かに白衣(といっても、あちこち薬品か何かで変色して “白” 衣とは言い難かったが)を身に纏い、それっぽい―――まるで漫画かなにかに出てくる悪のマッドサイエンティストそのまんまだったが。

 だが、あまりのうさんくささに信用できず、どう対処しようかとシュウは悩んでいたが、相手の方は彼女には欠片も興味が無かったようで、名前すら尋ねようともせずに、ゴルベーザやルビカンテの居場所をシュウに問い、思わずゴルベーザが負傷し、ルビカンテがエブラーナ忍者を狩り出しに出かけたことを告げると、

「ゴルベーザが倒れ、ルビカンテも居らん! 他の四天王も負傷中ということは! ワシが一番エライ! 最高! 素敵! イコールやりたいほうだーいぃぃぃぃぃぃ!」
「ちょっと待てええええええええっ!」

 いきなり奇声を上げながら突っ走りだしたルゲイエを追いかけて捕まえ、自分がルビカンテにこの塔を任されたことを話すと、ようやくルゲイエはシュウが何者かを訪ねた。
 そこでシュウがガーデンから派遣されてきたSeeDだと名乗ると、

「・・・そーいえば、戦力がたりんから雇うとかいっとったのー。ヒャッヒャ、これはいよいよゴルベーザのヤツもヤバイかもしれんのう」
「他人事のように・・・」
「だって他人事じゃもーん。別に、ワシはゴルベーザのヤツに忠誠誓っとるわけでもないしー」

 ヒャッヒャ、とルゲイエは不気味に笑いつつ、

「単に好き勝手に研究できるから協力しとるだけじゃ」
「研究?」
「ヒャヒャヒャ、楽しいぞぉ・・・この塔の技術を解析したり」
「ほう」
「その技術を使って飛空艇の性能を元の3倍に上げたり」
「ふむふむ」
「あとは・・・そうそう、人間の身体を弄って魔物に改造したり」
「ちょっと待て」

 聞き捨てならないことを聞いた気がして、シュウは思わず眉をひそめた。

「人間を・・・魔物に改造?」
「うむ。・・・じゃが、まああれは失敗じゃな。人間を無理矢理魔物化させると、どうしても拒否反応が出て精神崩壊する。結局、理性を保てたのは2体だけじゃったし、成功と言ってもあれは被検体の精神が元々強かったからであって―――」
「何を言っている・・・? 人間を魔物に・・・って・・・」

 青ざめた表情でシュウは呟く。
 そんな彼女に、ルゲイエは何を勘違いしたのか、手を振りながら軽い調子で言う。

「技術的には割と簡単じゃぞ? 回復魔法はわかるじゃろ? 例えばあれは基本的に、人間が元から持っている自然治癒能力を高める魔法なんじゃが、傷口に魔物の肉片を当てて、まとめて回復魔法をかけてやれば、傷が肉片を取り込んで再生し―――」
「・・・もう止めろ!」
「うん? 止めろというてもまだなんも話とらん。まあ、実際には肉と肉を刻んで―――」
「止めろと言った!」
「あんぎゃあああああっ!?」

 ビシイッ! と、シュウのムチがルゲイエを打ち、悲鳴が上がる。

「何をする!」
「うるさい、この外道! それが人間のすることか!」
「ヒャッヒャッヒャ。その言葉は間違いじゃのう」
「なに!?」
「人間だからしない、のではなく、人間だからするんじゃよ。人間以外に “こんなこと” をするモノは居らんじゃろう」
「そんなことは・・・」
「まあ、そんなことはどうでもよいな」

 ルゲイエはシュウの言葉を遮ると、ヒャヒャとまた気味悪く笑う。

「今はやっとらんしのう。バロンの近衛兵団で試した時はベイガンしか成功しなかった上に、その後、手に入れた男を勝手に改造したしこたま怒られてのう。お陰で、何か新しい研究を始めるたびに、いちいち許可を取らなくてはならんくなった。というわけで」

 にやあり、と邪悪な笑みを浮かべ、ルゲイエはシュウに迫る。思わずシュウは後ずさった。もちろんそれは、迫力に気圧されたわけではなく、ルゲイエから発する体臭に耐えきれなかったためだ。

「ちょこちょこっと許可をくれんかのう。 “許可を与えた” という事実さえあればいいわけだから、面倒な手続きとかは必要ない。ただ、あとでゴルベーザ達が復帰した時に、ワシの研究にお前さんが許可したと言ってくれれば」
「・・・ちなみにどんな研究をするつもりだ?」
「ちょいと強力な魔力砲台をつくろうかと思ってな? この塔の防衛にも役に立つモノじゃぞ?」
「ちなみに何か欠陥とか問題は?」
「大したことはない」

 ルゲイエは胸を張って―――背が曲がりすぎて、胸を張ったようには全く見えなかったが―――自信たっぷりに言う。

「ちょいと暴走したら塔の半分が消し飛ぶくらいじゃ」
「却下だ」

(・・・というか、なんでいきなり私にこの塔を任されたのか、いまいち疑問だったが―――)

 なんでじゃあああああっ、と言うルゲイエの嘆きを聞きながら、シュウは思う。

(―――成程。このマッドサイエンティストに任せるよりは、新参者の方がまだ信頼できるわね)

 

 

******

 

 

 ―――などという事があって数日。
 しつこく許可を許可をと喚くルゲイエをいなしつつ、ゴルベーザの目的やこれまでの経緯、あとこのバブイルの塔の昨日について、逆にルゲイエから話を聞いた。
 シュウが質問すると、その交換条件として研究の許可を出せと言ってきたが、誠心誠意の真心を込めて、ムチで二、三度しばき倒すと素直に答えてくれた。

「やはり人間、真心は大切だなあ」

 ・・・・・・などとしみじみ呟いたら、それを耳にしたルゲイエがなんとも奇妙な、泣きそうな怒った顔をしたが、とりあえずどうでも良いので放っておいた。

 そして現在。
 塔内に警報が鳴り響き、シュウが塔のモニタールームに飛び込むと、壁一面を使って映し出された巨大なモニターの中に、砲撃を繰り返すドワーフたちの様子が映っていた。

 ・・・ちなみに、これもルゲイエから教わった塔の機能の一つだが、しかしシュウは説明を受けるまえに、なんとなくモニターの使い方を解っていた。
 何故なら、彼女の故郷であるエイトスで使われている技術と似通っていたからだ。

(魔法技術ならともかく、フォールスの科学技術は私達のものよりも数段後れているはずなんだけど・・・)

 疑問に思ったが、悩んでもその疑問を解消することはできなかった。ルゲイエに聞こうとも思ったが、知っているとは思えないし、知っていたとしても必要以上にあまり関わりたくない相手だ。単に自分の知的好奇心を満たすためだけに、あの狂科学者と関わり合いになりたくなかった。
 海に隔てられているとはいえ、同じ世界だ。なにかの拍子でこちらの技術が流れることもあるんだろうと、無理矢理に自分を納得させた。

「・・・何を馬鹿笑いしている?」

 振り返ると、ルゲイエからは相変わらずの異臭がして、シュウは思わず二歩ほど離れる。
 そんな事にはお構いなしに、ルゲイエは続けた。

「おかしいじゃろう。おかしいに違いない。故に笑っとるのだが」
「何が可笑しい! 攻め込まれようとして居るんだぞ!」

 シュウが威嚇するかのように大きく手を振り払う。もちろん、距離をとっているので、その手は届かないが、その気迫だけでルゲイエは「ひゃあ」と顔を背けた。

「お、怒るな。怖いんじゃから!」
「・・・で、なにがおかしいんだ?」
「ドワーフ共じゃよ」

 ちょっとビビリながら、シュウの方を警戒しつつモニターを見やる。
 そこには相変わらず砲撃を繰り返す戦車隊の姿が映っていた。

「ヒャーッヒャッヒャ! あんだけ必死に砲撃してご苦労なこっちゃのう! どれだけ頑張っても、この塔には傷一つつけられんわい!」
「あ・・・そう言えば・・・」

 あれだけ砲撃されているというのに、まるで振動はこない。
 というか、音さえも響いてこない。アラームが聞こえなかったら、攻撃されてることすら気づかなかっただろう。

「なんなの・・・この塔・・・」

 その時になって、シュウは初めてこのバブイルの塔に戦慄を覚えた。
 この技術はシュウが “常識” として知っている技術を上回っている。

「・・・ありえない・・・現代じゃエイトスの技術が最高水準のはず・・・それを上回るものがなんでフォールスに―――まさか」

 はっとして叫ぶ。
 確かにフォールスの科学技術は低い。だが―――

「魔法!? この塔は、魔法技術が―――」
「正解じゃが惜しいのう」

 ヒャヒャヒャ、といつもの笑い声を上げてルゲイエが言う。

「この塔には魔法ではない魔法が使われておるんじゃ」
「・・・どういう意味?」
「言っても理解できんよ。まあ、なんにせよこの塔はお前さんにゃ理解できない技術で作られておるということじゃ。さて―――」

 強引に話を切り替えて、ルゲイエはシュウに問いかける。

「どうする?」
「ど、どうするって・・・なにが?」
「このままドワーフ共を放っておくか? そのうち弾が切れれば帰るじゃろうしな」
「・・・・・・いや」

 シュウは首を横に振る。

「叩き潰せるときに叩き潰す。今、この塔の戦力は?」
「よいのかのう? ゴルベーザ達に黙って、勝手なことをして」
「私はこの塔のことを任された。・・・どんな攻撃も通じないというのなら、別に私に任せなくても問題なかったはずだろう? 入り口を閉じてしまえば、それで敵は手も足もでないのだから。それをわざわざ私に任せたと言うことは、状況を見て適切に判断しろということだ。そして、敵の戦力は叩ける時に叩く、基本だろう?」

 シュウの言葉にルゲイエはふむ、と頷いた。

「ま、いいじゃろ。なんかあってもワシの責任じゃないしー」
「それで、この塔の現戦力は?」
「なに、あんたとワシを除けばたった二つじゃ、ゴルベーザが使役している魔物と―――」

 ルゲイエは指を一本立てて、さらにもう一本立てる。

「このフォールス最強の部隊――― “赤い翼” じゃ」


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