第19章「バブイルの塔」
J.「召喚」
main character:ミスト
location:エブラーナ・海岸
「・・・無茶するわねー」
海の上を走りながらジュエルは呟く。
巨人が蹴りはなった大量の砂はルビカンテを呑み込み、砂煙を巻き起こす。
否、それはむしろ砂爆発とでもいうべきもので。「あれは・・・幾らなんでもただじゃすまないわよねェ。・・・わざわざ戻ってくる必要はなかったかも」
ゆらゆらと揺れる波の上を走る速度を僅かにゆるめる。
が、それも一瞬で、彼女は即座に再加速した。「―――なんて、甘い相手でもなかったわよね!」
そう言う彼女の視線の先。
砂塵がようやく収まり書けたその瞬間に。
火燕流
炎の柱が巨人の足下から立ち上った―――
******
目の前にそびえ立つ巨人が炎に包まれる。
(消し切れませんでしたか・・・)
厄介な炎ですね、と思いながらミストはルビカンテが砂に呑み込まれた辺りを見やる。
と、魔人が砂煙の中から立ち上がるところだった。「くっ・・・ふっ・・・今のは、効いたが・・・・・・」
その立ち上がる姿はおぼつかない。
マッシュとエッジとの戦闘でも、それなりにダメージを受けている。
まともな人間なら―――いや、まともな怪物ならば倒れていてもおかしくないダメージだ。「・・・わ、私は負けるわけには―――!?」
言葉を最後まで言わせず、巨人が炎の柱にも構わずに、拳をルビカンテに向かって振り下ろした。
踏みつけ同様、モーションが大きく動きは鈍い―――が、足の踏みつけと砂の蹴り上げにだけ注意を払っていたルビカンテにとって、拳の一撃は不意打ちだった。反応が遅れる。避けきれない―――「ぬあああああああああっ!」
裂帛の気合いを込めてルビカンテは飛ぶ。
しかしそれだけでは回避しきれない。
だから彼は飛ぶと同時に。
火燕流
己の必殺技を発動する。
但しそれは、立ち上る炎の柱ではなく、地面を流れるような炎の川だ。
その炎の川に乗り、ルビカンテは高速で退避。巨人の拳は、一瞬前までルビカンテがいた場所に振り下ろされ、炎の川が砕き断たれる。それを見たミストは「あらあら」と困ったように笑いながら、顎に滴る汗を拭う。
「そんな事も出来るんですか。便利な炎ですねえ」
「ぬう・・・」相手の軽口に答える余力もない。
ルビカンテは巨人と女召喚士を睨付け、疑問を思う。(何故だ・・・? あの巨人、前回は一撃で消滅したはず―――それが、何故、二度も我が必殺の炎を受けて倒れない!?)
炎への耐性、もしくは吸収能力を手に入れた、と言うわけでは無さそうだとルビカンテは感じ取る。
自分の炎が相手に通じているかいないかくらいは、炎の使い手として察することはできる。
今までの二度の攻撃からして、確実にルビカンテの炎は巨人に通じている。しかし倒れない。ならば、とルビカンテはミストの事を考える。
あの女召喚士が、巨人を強化する魔法でも使っているのだろうか。(・・・そう言えばバルバリシアが―――)
同じくガーディアンフォースを使う仲間から聞いた話を思い出す。
なんでもガーディアンフォースをジャンクションした者は、そのガーディアンフォースの能力を引き出すことができるとか・・・(待て・・・?)
そこまで考えて、一つ思い当たる。
目の前に居るのは―――「召喚士! まさか!」
ルビカンテが目を見開いて、ミストを見る。
その様子に、彼女は「あら」と困ったように苦笑して。「気づかれてしまったようですね」
「貴様―――そのガーディアンフォースを・・・ “召喚” したというのか!」
「ご明察」そう良いながら、彼女は額に浮かんだ汗の粒を拭い去る。
******
召喚士。
“ここ” とは違う場所から強大な力を持つ存在を呼び出し、戦わせる魔道士。
だが、一口に召喚士と言っても、地方によって大きく差がある。
それは大別して3つ。
さらに純粋に “召喚士” という括りで言うならば2つ。召喚相手と “契約” し、それを呼び出すだけの “契約者”。
そして召喚相手を従わせ、己の手先として戦わせる “誓約者” 。前者の方が難度も低く、手軽に扱うことができる。
“契約” も実際に相手と契約するのではなく、誰かが契約した契約書代わりの魔道書や宝石などを手に入れれば、それだけですぐに召喚することが可能だ。もっとも、大前提として “召喚する能力” がなければ無意味だが。そして後者は、実際に召喚相手を何らかの方法で屈服させなければならない。
さらに、召喚した召喚獣が傷つくと、そのダメージは術者にフィードバックされ、召喚獣が死ねばそのまま術者も死んでしまう。契約者に比べ、誓約者の方がデメリットが多い。だが。
「誓約者―――ミストの召喚士は、呼びだした召喚獣に己の力を上乗せすることができる・・・!」
「よくご存じですねー」汗を拭いながらミストはにこにこと笑う。
その表情を見て、ルビカンテは戦慄する。「・・・何故笑っていられる・・・!?」
誓約者は召喚獣のダメージがフィードバックする。
先程の二度の火燕流のダメージを、ミストも受けているはずなのだ。闘気や爆発で身を守らなければ、人間など即座に燃え尽きてしまうほどの火力だ。「簡単な話ですよ」
彼女は巨人―――自分の夫を見上げ。
「この人が耐えていますから。この人が倒れない限り、私も死ぬことはありません」
召喚獣が死ねば召喚者も死ぬ。
だが、逆にいえば、召喚獣が死なない限り、召喚獣がどれだけ傷つこうが、そのダメージで召喚者が死ぬことはない。
しかし痛みが無いわけではない。熱さを感じないわけではない。
並の人間ならば自ら死を選ぶほどの苦痛を彼女は感じているはずだ。それほどルビカンテの炎の火力は凄まじい。「そして、この人は絶対に倒れません。何故か解りますか?」
「強化されているからか」
「いいえ」即座に否定。
彼女はくすくすと愉快そうに笑って。「私が死ぬからです」
「む?」
「この人が倒れれば、即ち私が死ぬと言うこと。だから絶対に倒れません」そして、と彼女は言葉を繋げ、
「死ななければ、生きていれば笑うことができるでしょう?」
そういう彼女の表情は、やはり笑顔のままだ。
そんな笑顔の彼女に対する炎の魔人の感想は。「強い女だ」
「それは逆ですよ」彼女はロッドを振り回して告げる。
「女が強いんです」
「・・・―――確かにそうかもしれんな」バルバリシアやシュウの事を思い返しつつ、ルビカンテは身構えた。
「―――お喋りの時間は終わりだ。そろそろ決着を付けるとしよう」
******
巨人の拳が大地を打ち、その足が踏みしめるたびに地面が揺れる。
時折、砂浜を蹴り上げて砂の波が生まれる。そのために、砂の山ができたり逆に窪地ができたりと、地形が滅茶苦茶になっている。それら巨人の攻撃を、ルビカンテは自らが生み出した炎の川の上を滑り回避していく。
拳と足をかいくぐり、迫り来る大波には立ち向かい、まるでサーフィンのように乗り越え、「燃えるがいいッ!」
火燕流
攻撃の間隙を突いて炎の柱で反撃する。
二度、三度と巨人が炎に包まれるが、それでも巨人は倒れない。(幾ら召喚魔法で強化されているとはいえ―――)
これほどまでに自分の必殺技を受けて燃え尽きなかった存在はかつてなかった。
人間は当然として、どんな強力な魔物でも、直撃して耐えられたモノはない。(守るべき者、か)
炎の川を滑りながら、ルビカンテは一瞬だけミストに目を移す。
笑顔の召喚士。
本当ならば、気を失っても当たり前といえるほどの苦痛を受けているはずだ。その証拠に、彼女はロッドを地面に突き立てて、それで身体をなんとか支えて笑っている。あの巨人は、ミストに召喚され、ミストのために戦っている。
ならば―――(彼女を先に燃やせば、この巨人も力を失う・・・)
思う、が、ルビカンテはそれをしない。
そう言った搦め手が性格的にできないと言うこともあるが、なによりも。(そんな余裕もないし、な!)
眼前スレスレを巨人の拳が通り過ぎた。
地面を打つその衝撃波で、砂塵ごとルビカンテの身体が浮く。
追撃が来る前に、ルビカンテは炎を放って牽制。巨人がこちらの炎を振り払う隙に体勢を立て直して間合いをとる。巨人を無視してミストを狙えば、それは大きな隙になる。
下手をすればミストを燃やすと同時、巨人に殴り潰されて相打ちになるかも知れない。性格的にも戦法的にもあまり上手くない手だと自分に言い訳して、ルビカンテは巨人に意識を集中する。
******
(やれやれ・・・)
笑顔を表情に張り付かせ、ミストは心の中で嘆息した。
あのルビカンテという男、かなりのダメージを受けているはずだった。だというのに、まだ最初と変わらない苛烈さで戦っている。
そして、こちらの方も無傷というわけではない。
表情に笑みを浮かべながら、何度も気が遠くなった―――が、その度にギリギリで意識を繋いできた。けれど、もう長くは持たない。
ルビカンテも、彼女の夫もまだまだ戦えるだろう。けれど、ミストの身体が持ちそうにない。
召喚獣が死なない限り、召喚者もそのダメージで死ぬことはない―――だが、死ぬことはなくとも確実にミストの身体には心身共に苦痛が蓄積されていく。このままだとその苦痛で気絶してしまう。(しかもあの方。割と紳士みたいですし)
ルビカンテがミストを狙う可能性もあったが、どうやら相手にそのつもりはないようだった。
もしもミスト狙ったならば、その隙をついて・・・ということも考えていたのだが。(こうなれば仕方ありませんね。イチかバチか―――)
杖として自分の身体を支えていたロッドを地面から引き抜く。
そして、彼女は呼び出す。「 “クリスタルの守護者たるミストの長ミストの名において命ずる―――” 」
ミストドラゴン
彼女達のもう一つの守護者を―――