第19章「バブイルの塔」
I .「リベンジャー」
main character:ミスト
location:エブラーナ・海岸

 

 霧が周囲を覆う。
 視界を隠し、方向感覚すら怪しくなるほどの濃霧。

「魔法の霧―――か」

 首を巡らす―――が、どんなに見渡しても白しか見えない。
 それにどうも感覚まで狂わせているのか、辺りの気配が読み取れない。

 闇と同様に視界を閉ざし、感覚すら狂わせる魔法の霧。
 そんな者に捕われてはどうしようもない―――並の戦士ならば。

「ならば蹴散らすのみ!」

 腕を振り上げる―――瞬間、ルビカンテの足下から炎が吹き上がった!

 

 火燕流

 

 炎の柱はルビカンテを巻き込んでそびえ立つ。
 炎の赤と霧の白が解け合い、混ざり合い、やがて赤が白を呑み込んで霧を消滅させた。

「この程度で逃げられると―――ぬっ!?」

 霧が晴れた瞬間。
 ルビカンテは唖然とした。

 先程まで何人も居たはずの敵が居らず、ミスト一人だけが残っていた。
 おそらく、霧で視界を―――いや、何も気配を感じなかったことから、感覚の殆どを奪われていたのだろう。その隙に転移魔法で逃がしたに違いない。

 そして、消えた者たちの代わりと言うかのように、見覚えのある巨人がルビカンテを見下ろしていた。

「まさか・・・あの時のガーディアンフォースか!」

 ルビカンテの身長は低くなく、ゆうに2メートルは越す。
 だが、こちらを見下ろしてくる褐色の巨人は、ざっと目算して約5倍。単純に考えて10メートルはあろうかというと巨体だ。

「我が炎で燃やし尽くしたと思ったが―――生きていたとはな」
「というか、死んで居るんですが」

 などと苦笑して答えたのはミストだった。

 ルビカンテは少し勘違いしているようだが、幻獣や人間が滅んだときに、その魂――― “想い” が昇華して成るのがガーディアンフォースと呼ばれる存在である。
 精神的な存在であるが故に、物理的な攻撃で直接死ぬことはない。以前、ホブス山で炎に包まれて消えたのは、一時的に現実へ行使する力を失っただけに過ぎない。
 だから時間が経つか、こちらから何か手を加えれば、ガーディアンフォースは復活―――現実に干渉する力を取り戻す。

「・・・しかし、あの少女のガーディアンフォースが、何故ここに?」
「違いますよ」
「なに?」
「この人は、娘の、というわけではありません」

 一息。

「私達、の守護者です」

 そう言って、彼女は道を指し示すような仕草でルビカンテへと手を向ける。

「それでは参りましょうか。私の知らないところで、夫と娘がお世話になったようですが―――」

 いつもの笑みを崩さずに、彼女はいつもの調子で告げる。

「リベンジですよ♪」

 

 

******

 

 

「あンの馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 船の上から、砂浜にそびえ立つ巨人を睨付けてジュエルは叫んでいた。
 それをユフィが宥めようとする。

「ジュ、ジュエル様、落ち着いて・・・」
「落ち着けるわけないでしょ! 人を煽るだけ煽っといて、結局私達を逃がして自己犠牲―――あのマッチポンプ女ーーーーーーーーー!」
「いや、それは言葉の使い方間違ってるような・・・」
「ンなこたどうでもいいのよ! とにかく、今からでも即戻って―――」
「ちょっと落ち着けよオフクロ」

 力のない声で言ったのはエッジだった。
 彼はキャシーに傷の手当てを受けていた―――ちなみにマッシュは瀕死の状態だったが、ミストの回復魔法でほぼ回復している。まだ意識は取り戻していないが。

「すっげー悔しいけど、俺達じゃアイツには敵わなかった。だったら、あのねーちゃんと巨人に任せるしかないんじゃねーの」
「アンタ話ちゃんと聞いてた!? キャシーといちゃついてんじゃないわよ!」
「・・・それはジュエル様のお言葉といえど、酷いと思います」
「そうだそうだ。そんな怖ろしいことできるかっ!」
「・・・エッジ様、それはどういう意味でしょうか」
「ぎ、ぎえええええっ!? ほ、包帯を力一杯締めるんじゃねーーーーーーーっ!」
「あらこれは申しわけございません。私としたことが、つい」
「わざとにしか思えねーよ!」

 などとイチャついてる―――というよりは漫才でもやっているかのような二人を無視して、ジュエルはギルバートに再確認する。

「もう一度聞くけど、あの巨人、以前は一撃で燃やされたのよね?」
「・・・はい。同じ炎の柱に包まれて―――何もできないまま」
「・・・どー考えても玉砕したいようにしか見えないわね」

 ジュエルは砂浜の方を見て―――ふと気がつく。

「ちょっと!? 船が動いてるわよ!」
「―――悪いが、バロンに戻らせて貰う。これ以上この場にいて、燃やされても敵わないしな」

 などと言いつつやってきたのは紫の髪の海賊。
 ファリスはジュエルの方をみやり、

「仲間を助けたい気持ちは解るけどな。まあ、諦めろ。たった一人の命で他の全員が助かるなら―――」
「それはさっき否定されたばっかりよ」

 ジュエルはそう言い捨てて、周囲の面々を見やる。
 ファリスの言うとおりだ。
 エブラーナ忍者の精鋭が何人も居て、エッジ一人しか逃がせなかった相手だ。むしろたった一人の犠牲で他の皆が助かるなら、それは幸運というものだ。

 しかし。

「どうせだったら全員生き延びた方がお得よね」
「おい戻る気か? 言って置くが、船は戻さねーぜ? 戻りたきゃ泳いで戻りな」
「いいえ」

 にやり、とジュエルは笑って言う。

「走っていくわ」

 ファリスが、は? という疑問の言葉を口にするよりも早く、ジュエルは船の縁に手をかけると、そのまま海面へと飛び降りる。
 そして―――

 

 水遁・水蜘蛛

 

 まるでそこが地面であるかのように、波打つ海の上に着水した。

「んなっ!?」

 船の上から下を覗き込んだファリスは、海の上に立つという非常識なジュエルの姿に唖然とする。

「というわけで、私は戻るから! エッジ、ユフィ、バロンとの交渉はアンタ達に任せるわよ!」
「ジュ、ジュエル様!?」

 船は動いているので、心配そうなユフィの叫びは段々と遠ざかっていく。
 それを聞きながら、ジュエルは砂浜の方へと振り返り。

「さて、んじゃまー行きますか!」

 調子よく呟いて、巨人とミストの元へと海の上を駆けだした―――

 

 

******

 

 

 ずどおおおんっ!

 巨人の足がルビカンテを踏み潰そうと振り下ろされる。

「ぬううっ!」

 流石にそれをまともに喰らう気にはなれないらしく、ルビカンテは戦闘開始から初めて全力で回避行動をとる。
 間一髪、ルビカンテのすぐ傍を、巨大な足が通り過ぎて地面を踏みしめる―――その衝撃で飛び散った砂を、ルビカンテはマントで払った。

「これだけの質量ならば、セルフバーニングは役に立たんな」

 あらゆる攻撃を無効化してきた炎だが、相手が大きすぎる。
 まともに受ければ、燃やす前に踏みつぶされるのがオチだろう。

「あの時の同じように一気に勝負を付ける! 受けよ!」

 

 火燕流

 

 もう何度目になるか解らない炎の柱。
 灼熱の炎は、かつてのホブス山の再現であるかのように、巨人の身体を捉える。

「再び燃え尽きよ! 未練がましい魂よ!」

 ホブス山での時は、この炎の柱に包まれて巨人はあっさりと消え去った。
 しかし―――

「残念ですけど」

 にこり、と微笑んでミストが告げる。

「言ったでしょう “リベンジ” だって。同じようには参りませんよ?」

 その言葉を肯定するかのように。

 オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ・・・・・・・・・・

 巨人が雄叫びを上げ、巨体をよじらせて炎の柱をふりほどき―――消滅させる。

「なにっ!」

 自分の必殺技を破られ、驚愕するルビカンテに、巨人の足が再び振り下ろされる。
 だがそれも、ルビカンテは回避した。

「まともに喰らうわけには行かぬが―――しかし巨人であるが故に動作も鈍い。その程度ならば逃れられぬ程ではない!」
「あらあら。割と素早いですね。ところで話は変わりますが―――」

 巨人の “踏みつぶし” を次々と回避していくルビカンテに対し、ミストはのんびりと問いかける。

「野宿などで焚き火をした後。立ち去る時に火を消すのは当然のマナーですよね? さて、そういうときにどうやって火を消すと思います?」
「・・・」

 ミストの問いかけを、そんな惑わしは通用しない、とばかりに無視。
 相手に無視されても、それでもミストは言葉を止めない。

「火を消すなら水をかけるのが一番です。けれど、水で消すには川などで水を汲んだりしなければいけませんから少し面倒ですよね? かといって飲料用の水を使うのは勿体ないし、後で喉が渇いた時に困ってしまいます。ですから―――」

 不意に、巨人の動きが変わった。
 巨人は足を振り下ろし、また振り上げ―――振り下ろす、という単純な二動作を繰り返していたのだが、振り下ろしたところで動きが止まったのだ。

 ―――否、厳密には止まったわけではない。
 足を振り上げず、そのまま爪先を地面に突き刺すように―――

「まさか―――」

 先程のミストの言葉。
 その意味に気がついて、ルビカンテは愕然とする。

「―――ですから、水の代わりに砂をかけてやれば良いわけですね」

 その言葉通りに。
 巨人は砂浜の砂に爪先をつきたて、抉り、それを思い切りルビカンテに向けて蹴り飛ばす!

「うおおおおおおおおおおおおっ!?」

 砂がまるで津波のようにルビカンテの眼前に広がり、もの凄い勢いで迫ってくる。
 広範囲に渡る攻撃。
 回避する術は無く、ルビカンテは、もの凄い勢いで飛んでくる砂の波に呑み込まれた―――

 


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