第19章「バブイルの塔」
G.「術」
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character:エドワード=ジェラルダイン(エッジ)
location:エブラーナ・海岸
「はぁっ、はぁっ・・・・・・」
戦闘開始から約5分。
マッシュは完全に追いつめられていた。「どうした? もう終わりか?」
余裕を持った声音でルビカンテが尋ねる。
皮肉かと思うような発言だが、当人には全くそのつもりはない。むしろ、マッシュの健闘を讃えてさえいるつもりだ。5分。
たかが5分と言う無かれ。
ルビカンテの前に立った者で、5分以上保った者など、数えるほどしかいない。
並の人間なら、一瞬で消し炭になるところを、マッシュは5分も耐え抜いたのだ。
だが、その反面、常に闘気で炎から身を守らねばならず、その分消耗も激しい。なおかつ、炎の防御に気をとられているために、攻撃も中途半端である。最初の爆裂拳も、対してダメージを与えられなかった。なによりも、マッシュが編み出した必殺技、タイガーファングが使えない。あの拳打は全ての防御を捨て、全身全霊の力を拳一つに込めてゼロ距離から放つ技だ。炎を防御することに気を裂いている状況では使えない。
そのマッシュ以外の者たちは、ルビカンテにまともに近づくことすらできない。
時折、隙をついてジュエルが手裏剣を投げるが、炎に阻まれて届かない。ユフィに至っては、マッシュに誤射してしまう危険性もあって何もできずに歯がみしている。( “英雄の歌” を使えれば・・・!)
竪琴を奏でながら、ギルバートは心の中で無念を思う。
聴く者の潜在能力を引き出し、120%の力を発揮させる呪歌―――英雄の歌。その歌さえ奏でられれば、マッシュはもう少しまともに戦えるはずだった。だが、英雄の歌は発動までに少し時間が掛る。
歌が間に合うかは微妙だった。なので、今、奏でているのは “体力の歌” と呼ばれる呪歌だ。その名の通り、その曲を聴く仲間の体力を増大させる呪歌。辛うじてマッシュがまだ立っていられるのも、この歌に寄るところが大きい。「まだ・・・終わらねえ・・・」
ぎり・・・と歯を食いしばり、マッシュがルビカンテを睨付ける。炎を防いでいる身に纏う闘気はすでに弱々しく、髪や服は端々が焼け焦げ、元々浅黒かった肌は、今や赤黒く焼け付いている。もしもギルバートが、一瞬でも歌を止めれば、即座にマッシュの身体は炎に包まれ消失してしまうだろう。
「こんな所で燃え尽きてたまるかああああっ!」
怒号。
裂帛の気合いとともに、全身の力を振り絞り両の掌を前に突き出す。
全身を覆っている光と同じ光が掌に集まり、それは敵を打倒する力となって迸る!
オーラキャノン
闘気の光がビームとなってルビカンテに迫る―――が。
「・・・惰弱な」
蔑み―――いや、むしろ憐れむようにルビカンテは迫り来る光を見る。
その光は、ルビカンテの眼前にまで伸び―――その身に纏う炎に、あっけなく散らされる。「・・・!」
オーラキャノンを放った体勢のまま、マッシュが愕然と目を見開く。
すでにマッシュの力は尽きていた。今の一撃が、彼の体内に残る最後の一滴―――つまり。「終わりだ」
「っ!?」ひゅぼっ。と、今まで焼け焦げることはあっても、燃えることの無かったマッシュの身体に炎が灯る。
「う、うおおおおおおっ!?」
マッシュは反射的に下腹に力を込め、闘気で身を守ろうとする―――だが、さっきまでマッシュの身体を防護してくれていた闘気は完全に消えていた。
「うわああああっ!」
「マッシュ!?」為す術もなく燃えていくマッシュに、ギルバートが叫ぶ―――が、ルビカンテの炎を消す術は無い。
炎に包まれるマッシュをみやり、ルビカンテは腕を振り上げる。「せめて余計に苦しまず燃え尽きよ! 火燕―――」
「させるかッ」ずボんッ!
ルビカンテがとどめの一撃を振るおうとした時、唐突にマッシュが白い煙を上げて爆発した。
「なっ・・・!」
視界が白煙に包まれる。
「ちぃっ!」
ルビカンテが腕を振るうと、その周囲に炎が燃えさかり、炎は熱風を生み、煙を吹き流す。
一瞬で全て吹き飛ばすような突風ではなかったが、それでもある程度の視界は確保できた。「ちぃ・・・このまんま逃げる―――ってわけにはいかねえか」
晴れ行く煙の中、姿を現したのは―――エブラーナの王子。
彼は焼け焦げ、倒れ伏すマッシュの前に立って、ニヤリと笑みを浮かべていた―――
******
「エッジ!?」
「逃げたんじゃなかったの!?」ジュエルとユフィが口々に言う。
エッジはそちらを振り向かずに、笑みを浮かべたまま、「おいおい、そんなに感激するなよ。照れるぜ」
「呆れてるのよこの馬鹿! なんで戻ってきたのよ大馬鹿!」
「ひっでー。愛しの母上を助けに推参した孝行息子相手にその言いぐさはないんじゃないか?」
「茶化すな! こっちは命がけだってのに、あたしゃなんのために命張ったのよ!?」
「だって仕方ねーじゃん。最初に我儘こいたのは、そこの色男だぜ?」
「う」と、ギルバートが渋い顔をする。
「だからって・・・!」
「親父がいなくなって―――」
「・・・!」
「―――赤い翼の襲撃受けて、城を放棄して、エブラーナがヤバイって現状だ」重い調子でエッジが呟くように言う。思わず、ジュエルも押し黙った。
「こいつは第一王子として、俺もしっかりしなきゃいけねえなと思ったんだ」
「エッジ・・・」馬鹿だ馬鹿だ、と思っていた愚息が、いつの間にか立派に成長していた事にジュエルは感極まった声を出す―――思わず涙が出そうになる。今は戦闘中、泣いているヒマなど無い。だが、それでも一度ゆるみかけた涙腺は止まることなく―――
「だから女の子にちょっかいかける回数も減らした」
「・・・は?」一気に涙が引く。
だが、そんなジュエルの心境の変化など気づきもせずに、エッジはさらに熱弁を振るう。「女風呂を覗くのも少しだけ自嘲するようにしたし、城に置いてきた秘蔵のエロ本も泣く泣く諦めた。夜這いだって一週間に一度くらいで我慢して―――」
「とりあえず死ねええええええええっ!」ジュエルが殺意を込めて手裏剣を投げる。
背後から投げられた手裏剣を、エッジは首を捻って回避。その手裏剣は、そのままルビカンテに向かって飛ぶが、当たり前のように炎に遮られて燃え尽きる。「怖ッ。今、マジで殺す気で投げやがったなクソババア!」
「うっさいこのトンチキ! 成長したと思ったら・・・ああ、哀しすぎて涙が出るわ! こんな非常時にまで色惚けてんじゃねーーーーーーーーッ!」
「だから、色々我慢してるって言っただろが! 今回だってなあ!」と、少しエッジの声音が変わる。
血でも吐くかのような、苦々しい声で。「色々感情無視して、オフクロやユフィを見捨てて逃げようとしたんだからよ」
「・・・エッジ、でもそれは」
「エブラーナの忍者としては当たり前のこと―――だけどよ、俺にとってはそうじゃねえ。忍者失格かもしれねえけどな」苦々しい声音。苦々しい口調。苦々しい表情。
何かを押し殺し、堪えるような様相―――から、エッジは不意に笑みを浮かべ、自分自身を指さす。「でもこれが俺だ。いい加減、慣れねえ我慢も限界だしな」
絶体絶命の状況だ。
マッシュは最早戦闘不能、そして炎の魔人ルビカンテに対抗する術はない。
にも、関わらず、エッジは笑う―――その笑みは、ほんの少しだけ引きつっていたが。「だから女風呂も解禁! これが終わったら速攻、城までエロ本回収しに行くし、夜這いだって毎日―――」
「さっさと燃え尽きてこーーーーーーいっ!」エッジの言葉を遮って、ジュエルが叫ぶ。
へいへい、とエッジは頭を掻きつつ、ルビカンテに視線を向ける―――いや、先程からずっとルビカンテからは、視線を外してはいなかったのだが。「話は終わったか?」
「終わったみたいだぜ? つーか、アンタ律儀だなー。待っててくれたのかよ」
「死に別れの挨拶を遮るほど無粋ではないつもりだ」
「勝手に殺すなよ」
「貴様が望まずとも、燃え尽きる運命だ―――お前達の攻撃は私に通じず、私の攻撃を防ぐ方法もない・・・」
「そいつはどうか―――なッ!」なッ、と言葉を吐くと同時に、エッジは素早くルビカンテに向かって何かを投げつける。
だが、ルビカンテはそれを防御しようともしない。身の周りで燃えさかる炎が勝手に防いでくれる―――筈だった。「ぐっ!?」
炎で燃え尽きるはずのそれは燃え尽きずにルビカンテに届く。痛みを感じて見れば、棒手裏剣が肩に突き立っていた。
「馬鹿な!? 私の炎を突破しただと・・・!?」
傷は浅く、ダメージは殆ど無い。
痛みよりも、むしろ驚きで自分の肩に刺さった手裏剣を見る―――と、そのうちに手裏剣は熱で溶け、燃え尽きた。「・・・燃えた―――ということは燃えない材質、と言うわけではないのか・・・?」
「次行くぜ!」エッジはさらに手裏剣を投げつける。今度は三つ。
「ぬっ!」
迫り来る三つの手裏剣を、ルビカンテは注視する。
と、飛来する手裏剣が、不意に炎に包まれた。それはルビカンテの炎ではなく、火薬の炎―――
火炎手裏剣
ルビカンテの炎は、火薬の炎に遮られる。
炎で守られた手裏剣が、炎のバリアを貫通してルビカンテに迫る!「何度も同じ手を!」
仕掛けを見切ったルビカンテは、身をよじって手裏剣を回避―――しようとした瞬間!
爆裂手裏剣
いきなり、三つの手裏剣の内の一つが爆発し、その爆発力で加速する!
「!?」
唐突に加速した手裏剣を、ルビカンテはよけきることができず、腹部に深々と刃が突き刺さった。
「ぐああああああああっ!?」
先ほどとは違い、火薬の推進力もあってか今度は深い。
思わぬ深手に、ルビカンテは思わず膝をつく。それを見て、エッジはケケケ、と笑い。
「おいおい、通じちゃったぜ俺の攻撃。俺の忍術に無い術(すべ)はない―――なんつってな?」
「調子に・・・乗るなッ!」
火燕流
唐突に、エッジの足元から炎の柱が立ち上る。
あ、やべえ、とエッジが思うまもなく、近くに倒れていたマッシュ共々、猛炎に包まれた。「予想外の傷を負ったが、これで終わり―――」
そう、ルビカンテが呟いた瞬間。
火遁・微塵隠れ
炎の柱がいきなり爆発し、その中から
「あっちいいいいいいいいいいいっ!」
全身、あちこちを焦がしながらエッジがマッシュを担いで飛び出してきた。
「なんと・・・ッ」
ルビカンテが驚愕に声を上げる。同時、炎の柱は消え去った。
「ったく、なんで俺がゴツイにーちゃん担がなきゃいけねーんだよ」
ぶつぶつ言いつつ、エッジはマッシュの身体をギルバートの方へと投げつける。
「え?」
と、ギルバートが思った瞬間、気を失ったままのマッシュの身体が、ギルバートの身体にフライングボディプレス。ギルバートはそれを受け止められず、一緒になって地面に倒れこんだ。
「い、いきなりなにを・・・」
「危ねーからそっちで持っとけ。二度と野郎の身体なんか触りたくもねー。・・・女の子なら大歓迎だがな」そう言い捨てて、エッジはルビカンテへと意識を向ける。
そのルビカンテは、腹部の傷を抑えながら、感心したようにエッジを見つめている。その視線に、エッジは思わず身を引いた。「な、なんだよ。気持ち悪い目で見んじゃねえよ」
「・・・感心していたのだ。まさか、私の火燕流をあんな方法で防ぐとはな・・・」微塵隠れ。
早い話が、わざと火薬を爆発させて、自爆したと見せかけて逃げる術である。
当然、本当に自爆しては意味が無いので、自分よりも外のほうに向かって爆発するように火薬を調節して、爆発させる。
エッジは、その爆発力を使って、周囲の炎を振り払い、ルビカンテの必殺技から脱出したのだ。ちなみに、先ほど燃えそうになったマッシュを救ったのは、煙玉と呼ばれるもので、派手な白煙を撒き散らして逃げ出すものである。その白煙を撒き散らす爆風を利用して、マッシュの炎を消しつつ、この場から逃げ出そうとしたのだが、それは失敗したというわけだ。
「さて? アンタさっきなんつったよ? 俺の攻撃はアンタに通じずに、アンタの攻撃を防ぐ術は無い?」
「・・・すまなかった」エッジの挑発に、しかしルビカンテは素直に頭を下げる。
「貴様のことを甘く見ていたようだ―――これからは全力で貴様を燃やすとしよう」
「いや、その、できればお手柔らかに・・・・・・」
「いざ! 参る!」
「ちいぃぃぃっ、やりにくい馬鹿野郎だこいつわっ!」ルビカンテの周囲で炎が激しく燃え盛り、エッジは舌打ちしつつ構えを取った―――