第19章「バブイルの塔」
F.「望んだ選択」
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character:エドワード=ジェラルダイン(エッジ)
location:エブラーナ・海岸
ジュエルはルビカンテと相対し、身構えていた。
「―――貴方も付き合うこと無いのよ?」
ルビカンテから視線を反らさないまま、隣りに並んで構えるマッシュに言う。
「絶対に倒せない敵が相手だとしても、仲間を見捨てて逃げるなんて事は出来ない」
「・・・まだ仲間になった覚えはないんだけど?」
「 “まだ” だろ? いずれは仲間になるなら変わりない」
「ふふっ・・・格好良いわね。ダンナがいなけりゃ惚れてたかも―――さて」ジュエルはマッシュとの会話を打ち切り、ルビカンテを注視する。
「・・・・・・」
どういうわけか、ルビカンテは先程から無言で立ちつくしたまま、攻撃を仕掛けてくる微動だにしない。
その反面、絶対に逃がさん、と言わんばかりの凄まじい殺気を感じる。(何を考えているのかしらこの男―――いや、なにかを待ってる・・・?)
ジュエルが訝しんでいると、不意にルビカンテの口が開かれた。
「・・・戻ってきたか」
「え―――?」
「ジュエル様!」砂浜の砂を蹴る音と共に、声が背中の方から聞こえてきた。
反射的に振り返ろうとして、その衝動を押しとどめる。敵を眼前にして目を反らすなど、決してやってはいけないことだった。―――隣の筋肉はあっさり振り返ったようだが。「ギルバート! どうして戻ってきたんだ!」
「仲間を置いて逃げられるわけがないでしょう!」
「馬鹿なことを!」
「・・・それ、さっきアンタが言った台詞じゃない」ジュエルはマッシュにツッコミを入れながら、背後の人数を把握。
気配と声と音からして、二人―――ユフィとギルバートの二人だろう。(ミストとエッジは逃げてくれたようね・・・)
そのことに安堵する。
生き延びてくれる仲間がいてくれるのなら、自分が命を張るかいもあるというものだ。
特に、それが自分の息子ならば尚更だ。(―――なんて、あの愚息には絶対に言えないけど)
「やれやれ。素直に逃げていれば、見逃してやったのだが・・・・・・」
ルビカンテがギルバートを見やり言う。
どうやら殺すには惜しい、と本気で思っていたようだった。
だからこそ、エッジがギルバートを連れて逃げ出した時に何も妨害せず、そしてギルバート達がエブラーナを脱出するまで待とうとしたのだろう。付け加えれば、ルビカンテの目的はエブラーナ忍者の殲滅―――だが、それもこのバブイルの塔近辺での話だ。
ゴルベーザ陣営の勢力圏外に逃げようとする者たちに関しては、別に見逃しても良いと思っている。ルビカンテという男はゴルベーザの配下である四天王の中でも、最も “甘い” 。
しかし、必要とあらば―――特に、それが主であるゴルベーザの為であるならば、何よりも苛烈に全てを焼き尽くす。「惜しい男だが―――仕方ない。せめて、苦しまぬように一瞬で燃やし尽くしてやろう・・・」
「そうは行くかッ!」裂帛の気合いと共に、マッシュはルビカンテに再度振り返り、構える。
「誰も死なせやしない。お前は俺が倒す」
「貴様にはできぬよ!」
「できるッ」マッシュは言うなり、ルビカンテへと真っ正面から飛びかかる。
「なっ!? まともすぎる!」
驚きとも呆れとも付かない叫びをジュエルがあげる。
対し、ルビカンテはむしろ痛ましいとでもいうかのような表情を浮かべ。「哀れだな」
火燕流
炎の柱が立ち上り、マッシュがそれに包まれる。
何人ものの敵を燃やし尽くした、ルビカンテの必殺技だ。だが―――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「なに―――!?」炎の柱の中から、勢いよくマッシュが飛び出してくる。
その身体は、金の光―――闘気に包まれていた。「闘気で炎を防いだか!?」
「おおおおおおおおっ、らああああああああああああああっ!」
爆裂拳
マッシュの拳が、ルビカンテを打撃する―――
******
「―――戦いが、始まったようですね」
ミストがぽつりと呟く。
ギルバート達がジュエルの元へ戻った頃。
エッジ達はまだ船には乗らずに、海岸に留まっていた。「さて、どうしますか? 私はこのまま逃げることをオススメしますが」
穏やかな声で言うが、その内容は冷徹だ。
「当然、逃げるに決まってるだろ。折角逃がしてくれたんだ―――それに、俺が戻ってもどうしようもねえ」
エッジはルビカンテと一度だけ遭遇した。
それだけで、少なくとも自分が敵わない相手だと悟っていた。「・・・俺はエブラーナの次期国王だ。こんなところでくたばるわけにはいかねえ」
こんなところで果ててしまえば、自分を逃がしてくれた忍者達や、母―――それに父親に申し訳が立たない。
「それでは」
と、ミストは微笑む。
「何故、この場に留まっているのですか?」
エッジは先程から―――ギルバート達が戻ってから、一歩も動いていない。
ただ、立ちつくしているだけだ。「・・・・・・」
「もう一度聞きます。貴方は、間違わないことが望みなのですか?」
「俺は・・・俺は、生き延びる義務があるんだ・・・」
「そのとおりかもしれません。貴方は生き延びなければいけない―――けれど、それは貴方の周囲の望みです。貴方自身はどうなのですか?」
「俺は・・・」
「生き延びたいのですか?」
「・・・・・・」
「死にたいのですか?」
「俺は―――」エッジは大きく息を吐くと、後ろを―――マッシュ達が戦っている戦場を振り返る。
「どっちでもねえんだよッ!」
吐き捨てる。
「死にたくもねえし、てめえ一人だけ生き延びるのも御免だッ!」
バロンの城に攻め込んだ時。
父親に逃げろと言われて、エッジはそれに素直に従った―――でもそれは、あの誰よりも強かったエブラーナ王ならば、なんとかするだろうと・・・無事に戻ってきてくれるだろうと期待したせいでもあった。しかし―――ルビカンテの襲撃を受けた時、仲間の忍者達がエッジを逃がしてくれた。
エブラーナ王が戻らない今、その後継者であるエッジが死ぬわけにはいかない。エッジの命は自分自身だけのものではない。だから、エッジは戦わずに逃げ出した。けれど―――「俺は誰にも死んで欲しくねえんだよッ!」
本当は戦いたかった。
誰かの犠牲の上に立ってまで生き延びたくはなかった。忍者としては間違っている。
だが―――「正しいとか間違ってるとか関係あるか! これ以上、死なせてたまるかよッ」
(エブラーナの後継者とか誰かの負い目とか! そういうのを考えるのはもうヤメだ。俺は俺のやりたいようにやってやる!)
エッジは首だけミストの方を振り返って。
「あんがとよ。アンタのお陰で吹っ切れたぜ」
対してミストはにっこりと微笑んで一礼。
「どういたしまして」
「アンタいい女だな。この戦いが終わったら結婚しようぜ」
「私、娘が居ますよ?」
「いや、俺そう言うの構わないし」
「私が構います」表情は笑顔ながら、きっぱりとした否定にエッジはちぇっ、と舌打ちする。
「そんじゃま、行きますかッ」
景気よくそう宣言して。
エッジは戦場へと駆けだした―――