第19章「バブイルの塔」
C.「バロンの使者」
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character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:エブラーナ・森
キャシーに連れられて、二人の男が姿を現した。
一人は竪琴を手にした吟遊詩人然とした男で、ギルバートと名乗り、もう一人は筋骨隆々とした男で、マッシュと名乗った。
その二人から、キャシー達がエブラーナに来た事情を説明される。―――ちなみに場所は、先程と変わらないエブラーナの森の中だ。
まだ味方かどうか解らない相手を、隠し砦に案内するわけにはいかない。
もっとも、キャシーはエブラーナの隠し砦の場所を幾つか知っていて、そもそもユフィがキャシーを案内してきたのも、キャシーが砦を訪れたためだ。「―――話はわかったわ」
バロンの事情を聞いて、ジュエルはそう言った。
但し、その表情はあまり快いとは言えない渋い表情だ。「それで、バロン・・・いえ、私達と協力していただけますか?」
そう尋ねたのは、ダムシアンの王子、ギルバート=クリス=フォン=ミューア。
ジュエルも一度だけ見たことがある。バロンとエブラーナの停戦した時の話だ。その調停式に、ファブール、ダムシアンからも立会人が訪れ、王の代理としてギルバートもその席にいた。(・・・男子三日会わざればなんとやら、か)
ジュエルはギルバートを見てそう思う。
実際は、三日どころではなく、もう何年も昔の話だ。当時のギルバートは、まだ少年といえる時分であった。ダムシアン王は、己の後継者となる息子に公的な場所での経験を積ませて起きたかったのだろうが、当時のギルバートはまるで女の子のように肌白で線が細く、見慣れない周囲に対してビクビクと震えるばかりで、同伴していた大臣の後ろに隠れてばかりだった。
そんな王子を見て、他人事ながらダムシアンの将来を危ぶんだものだが、今、ジュエルの目の前に居るギルバートは真っ直ぐに背を伸ばし、堂々としている。肌が白く華奢なのは少年の頃とは変わらないが―――特に、隣のマッシュと見比べると、線の細さがなお際だつ―――王族のカリスマと言うべきものか、どこか頼もしさを感じる。「おいおい、おふくろナニ見とれてるんだよ。年の差考えろ、年の差」
ジュエルがダムシアンの王子を再評価していると、後ろでエッジが茶々を入れてくる。
普段のジュエルならば、怒り狂って殴り倒しているところだ、が。「あらあ? そういうエッジこそいいのかしらあ?」
何故か、にたりと笑って息子を振り返る。
いつもと違う反応に、逆にエッジは不気味なものを感じて身構えた。「な、なんだよ? 何の話だ?」
「べっつにー。ただ、昔、口説いた子に挨拶しなくていいのかなー、って」
「はあ? 口説いたって誰を―――うああああああああああああっ!?」いきなりエッジが大声を上げる。
そんなエッジに、ギルバートは気まずそうに顔を背けた。ジュエルは「ふふン♪」と至極愉快そうにエッジを見る。
「思い出した? 停戦調停の式の時。アンタ、熱心に口説いてたものねー。ダムシアンの “お姫様” を」
「うぐっ・・・」嘲るようなジュエルの言葉に、エッジはギリギリと悔しそうに歯を食いしばる。
件の調停式の時。
エブラーナ王とジュエルに連れられて、エッジも参列していた。
繰り返すが、当時のギルバートは今以上に華奢であり、なまじ美形である分、知らない人間から見れば女の子にしか見えない。なおかつ、ダムシアンの衣装というのは男女共に割と色合いが派手であり、服装を見ても男女の区別はつきにくい。かくて。
式が行われてる間、エッジはひたすらギルバートを口説いていたというわけだ。
しかも、当時のギルバートはかなり内向的であり、エッジに話しかけられても、まともに返事することすらできなかった。つまり自分から男だと主張することもできず、さらに相手がなにも言わないのを良いことに、エッジの方はギルバートが照れてると思い込んで、“おっ、もしかして結構、脈有りかあ” などと自分にとって良いように解釈していたりもした。それを懐かしむようにジュエルは遠い目をして呟く。
「今でも忘れられないわ、あの時のこと。エブラーナに戻って馬鹿息子が珍しく神妙な顔をして考え事してると思ったら・・・!」
「そ、その先は言うなーーー!」
「 “バロンとは停戦したんだし、今度はダムシアンと友好関係を築いてもいいと思うんだ。そう、例えば結婚するとか―――いや、別に政略結婚ってわけじゃないぜっ! 俺は本気で彼女を愛してる―――” 」
「ぐあああああああああああああっ!」ばたり。
エッジは悲鳴をあげ、その場にばったりと倒れた。
そんな息子を見下ろし、ジュエルは母親とは思えないほど、盛大に腹を抱えて笑い続け、「あーっはっはっは! ダムシアンに姫はいないって知った時のアンタの顔ったら!」
「こ、このクソババア・・・」
「ああ? 今何つった? なんだったら、アンタが書いたラブレター、今すぐ当人に渡してやろうか?」
「なんでそんなモノ、後生大事に取ってあるんだよッ!?」
「えー、だって可愛い息子が初めて書いたラブレターじゃない。当然、エブラーナの宝にしないとね♪」
「ンなもん国宝にするなあああああっ!」などとぎゃあぎゃあ騒いでいるのとは別に―――
「・・・・・・」
「ギルバート・・・お前、男に・・・」
「マッシュ、頼むからそれ以上は言わないでくれるかな・・・」
「わ、わかった。悪い・・・」エッジ同様に、ギルバートもダメージを受けていたり。
******
「それで―――エブラーナの返答は?」
とりあえず、母子のあまり微笑ましくないやりとりは落ち着いたらしい。
倒れた息子を足蹴にしたまま、ジュエルは神妙な顔をして呟く。「そうね・・・ウチの息子と結婚してくれるなら考えても良いわ」
「・・・あの、そのネタ、まだ引っ張るんですか・・・?」重い口調で、心底迷惑そうにギルバートが言うと、ジュエルは慌てて否定するように手を振る。
「あ! 誤解しないで? 別に政略結婚ってわけじゃないの。だってウチの息子は本気で愛して」
「いい加減にしねえと、その垂れた乳揉むぞクソババア!」
「まだ垂れてねえッ」ずがしゃあっ!
と、倒れたまま喚くエッジの顔面を、ジュエルは思いっきり踏みつぶす。
踏みつぶされたエッジは、ぴくんぴくんと、数度痙攣して動かなくなるが、ジュエルは無視して話を進める。「ま、冗談はおいといて―――」
「あの・・・息子さん、動かなくなりましたけど」
「え? それがどうかしたの?」
「あー・・・いや、その、いいならいいです」
「そうよね。どうでもいいことよね」ジュエルはにっこりとギルバートに微笑みかけて、
「結論から言うと、今すぐバロンと手を組む気にはなれないわ」
「僕たちが信用できないと?」
「いいえ。貴方の言うことは信じるわよ。・・・これがダムシアンの王子ではなく、バロンの人間が使者としてやってきたなら話は別だけど」バロンの人間ならば、自国のために在ること無いことを口にするかもしれない。
だが、ギルバートはバロンの人間ではない。しかも、黒幕がゴルベーザとはいえ、そのバロンに爆撃されたダムシアンの王子だ。少なくとも、バロンのために嘘を吐いたりすることはないだろう。「セシル=ハーヴィ・・・か、噂でしか知らないけれど、もしもバロンの使者ではなく、ギルバート王子を寄越したのが計算の上でのことだったら、随分とキレるわね」
「ええ、確かに」と、ギルバートも苦笑して同意する。
ジュエルも会わせるようににこやかに微笑みながら、その内心では逆に疑心をふくらませていた。(・・・キレすぎるから逆に不安もある。ギルバート王子自身は嘘を吐いたつもりはないでしょうが、嘘を真実と思わせることだってできるかもしれない)
そうしてもおかしくはない―――むしろ、バロンの良いようにギルバート王子を操ろうとするのが当然ではないだろうか、とジュエルは考える。
だが、今し方ギルバートが説明してくれたことに不審や不明瞭な箇所はない。(セシル=ハーヴィがどういう王なのか、実際会ってみないと解らないわね―――でも、それはそれとして)
「私達がバロンに協力できない理由は、貴方の話を信じないからじゃないの」
「では、何故?」
「簡単な話よ。協力したくても、協力する余裕がないの」
「どういうことです?」問われ、ジュエルは説明した。
今まで、エブラーナがなにをしてきたか。バロンを侵攻し、王を失い、エブラーナに逃げ帰って、ゴルベーザ率いる赤い翼や魔物達と戦い、ようやくそれも落ち着いてきたと思ったら、今度は炎の魔人が現れたこと。「―――というわけで、目下、その炎の魔人をどうするかで頭を悩ませているのよ」
「炎の魔人・・・もしかしてそれは、ルビカンテ、と名乗りませんでしたか?」
「いや、名前までは―――でも、知っているの?」ジュエルの問いに、ギルバートは頷く。
かつてホブス山の山頂で出逢った魔人。ヤンの弟子達を焼き払い、セシルとバッツが二人がかりで撃退した―――そのことをジュエルに教えると、彼女は驚きに目を見開く。「倒せる方法があるの?」
「いや、その完全に倒せたわけではないですが・・・」
「それでも良いから教えて! どんな武器も、届く前に溶解するか燃え尽きるか、とにかく通じなくて」
「凄く単純な話です。溶解するよりも速く斬るか、或いは絶対に溶けないような武器で両断するか」
「・・・そんなことできるなら、もう倒してるわよ!」ジュエルの意見は尤もだが、実際にバッツとセシルはそれでルビカンテを撃退できたのだ。
「兎に角、そんな方法は使えないわ。・・・ああ、もう。こう手も足も出ないんじゃ、黙ってやられるのを待つしか・・・」
「倒すことはできませんが、やりすごすことはできるかもしれません」ふとギルバートが呟いた言葉に、ジュエルは怪訝そうな顔をする。
「どういうこと?」
「いや、確証はないんですけどね―――まあ、試してみても損はないとおもいます」そう切り出して、彼は説明し始めた―――