第19章「バブイルの塔」
D.「熱」
main character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:エブラーナ

 

 草原に炎が燃え上がっていた。

 草原の真ん中。枯れ草や枯れ木がうずたかく積まれ、それが燃えさかっている。
 日中の焚き火なので、それほど派手ではないが。火の上では陽炎がゆらめき、景色が歪んでいた。

「ぬう・・・」

 それを見下ろして、ルビカンテは渋い顔で呻き声を上げる。

 焚き火はそれ一つではなかった。
 周囲を見回せば、そう遠くないところから炎の熱が感じられる。

 それだけではない。

 ルビカンテが察知したところ、どうやらこのエブラーナの国全域に渡って、あちこちで焚き火が燃えているようだった。

 ぱちん、と指を鳴らす。
 すると、焚き火の火は一瞬で消え失せた―――が、炎は消えても熱はまだ残っている。

 この焚き火はルビカンテが起こしたものではなかった。
 エブラーナ忍者の潜む隠し砦を三つ燃やした後、次の砦を探索しようとした時、この異変は起こっていた。

「誰が考えたかは知らぬが・・・私の能力に気がついたか・・・?」

 炎のルビカンテ。
 その名の通り、彼は炎を操る能力を持つ。
 さらには、ゴルベーザの配下である “四天王” の中で、自他共に認める最強であり、戦闘能力だけならばゴルベーザよりも高い。
 だが、その反面、戦闘以外の事は苦手である。
 そんな彼が、どうやってエブラーナ忍者の隠し砦を探り当てていたかというと―――

「これでは・・・ “熱” を探ることができぬ」

 炎を操る能力の副産物か、彼には熱を感知する能力もある。
 つまり、エブラーナ忍者の持つ “体温” を感じ取って、それを元に探り当てていたのだ。

 もっとも、熱を持っているのは人間だけではない。
 当然、森に住む小動物や、魔物達だって熱は持っている。
 しかし、人間の体温と動物たちの体温は微妙に異なる。ルビカンテはその温度の違いで識別し、エブラーナ忍者の潜伏場所を感じ取っていたのだ―――が。

 熱を感じ取るには一つ問題があった。
 それはルビカンテ自身が燃やした炎の熱だ。炎は自在に消すことはできるが、炎が生んだ熱までは操れない。
 そして、膨大な熱量があると、そればかりに意識が集中してしまい、他の些細な熱を感じ取るのは難しくなってしまう。人間と他の動物との体温の差など、識別することもできなくなってしまうのだ。

 だから、ルビカンテは一つ一つ砦を燃やすたびに、暫く時間をおいて、熱気が収まるのを待つしかなかった。

 早い話が。
 こうして各地で火を焚かれてしまえば、エブラーナ忍者の体温を感じ取って、探り当てることもできない、と言うわけだ。

「・・・これが私の弱点だな」

 ルビカンテは自覚する。
 例えばこれが、カイナッツォならば水鏡でエブラーナ国中を探り取ることができる。スカルミリョーネならば、作り上げたゾンビ達を動員して人海戦術で探索することも可能だろう。バルバリシアの機動性ならば、国一つを見て回るのにそう時間は掛らない。

 熱を察知する能力を封じられたルビカンテに出来ることと言えば、この国全てを燃やし尽くし、焦土に代えてしまうことだけだ。
 が、敵対勢力を潰すために、そこまでやる気にはなれなかった。

(・・・甘い、か)

 カイナッツォやスカルミリョーネからは何度も言われている。それが “最強” の唯一の欠点だと。
 彼の主であるゴルベーザならば、必要とあれば国一つの住民を皆殺しにすることすら厭わないだろう。それは残虐であるというわけではない。情けや容赦を吹き飛ばしてしまうほどの強い意志を、彼の主は持っている。

「さて、どうする・・・」

 ここで立ちつくしていても仕方がない。
 とりあえず、忍者達が隠れそうな場所を、当てずっぽうで探してみるかと、ルビカンテは歩き出す。

(探して見つからない時は、塔へ戻るしかない・・・か―――いや)

 隠し砦三つ。
 自国に潜んだエブラーナの忍者達を相手にしたことを考えれば大戦果と言える。
 以前に、ゴルベーザが赤い翼を率いて、エブラーナを攻めた時には、城は落とせたが、地に潜ったエブラーナ忍者達を一人たりとも仕留めることはできなかった。

 だが、ルビカンテはそれでは納得しない。
 なにより、ホブスの山以降、自身の治癒のために殆ど動けなかった。
 その間に、ゴルベーザはクリスタルを手に入れたものの、カイナッツォ、スカルミリョーネ、バルバリシアと次々に手駒を倒されている。

 しかも、その相手は全てあの男―――セシル=ハーヴィ。
 ルビカンテがやられたのと同じ相手に、四天王全員が倒された。
 最初に、ルビカンテがセシルを倒していれば、こんなことにはならなかった―――ゴルベーザも戦力を削られて、追いつめられることなく、悠々と目的を果たせたはずだ。

(この汚名は返上しなければならない・・・そのためにはエブラーナを―――)

 ルビカンテは決意の炎を燃やし、ただ一人、エブラーナの草原を歩み行く―――

 

 

******

 

 

 それから一日が経過して・・・

 

 

******

 

 

「―――丁度、一日経ったようね」

 ジュエルは天を仰ぎ、太陽の傾きを確認して呟く。
 耳には、寄せては返す波の音が響き聞いていた。

 ここはエブラーナの海岸。
 海岸には小舟が二つほど乗り上げており、そして沿岸には一隻の船が停泊していた。
 海賊ファリス=シュルヴィッツの船だ。
 シュルヴィッツの名は、ジュエルも耳にしたことがある。こことは少し離れたファイブル地方の海賊―――如何に情報収集能力の高い忍者とはいえ、別の地方の海賊の名が耳にはいるというのは、あまりあることではない。現に、ジュエルはシュルヴィッツ一家以外の別地方の海賊など聞いたこともない―――つまり、それほど大きな海賊団という事である。

(その大海賊が、なんでバロンの人間を乗せてこんなところまで来ているのかしらねェ?)

 噂話だが、シュルヴィッツ一家はファイブルの一地方を納めるタイクーン王家と繋がりがあるという。
 確か、タイクーンとバロンは友好関係にあったはずだから、その絡みだろうか。
 ・・・などと考えて見るも、あまりしっくりこない。そもそも、タイクーンとシュルヴィッツの繋がりも単なる噂に過ぎない。

(・・・まあ、どうでもいいことか。今のところは)

 そう思いつつ、ジュエルはエブラーナの三人の使者へと視線を投げる。

「じゃあ、頼んだわね。ユフィ、ミスト」
「って、おふくろ、俺は!?」

 慌ててエッジが自分を指さす。
 そんな息子を微笑ましく―――というか生暖かい目で一瞬見てから、二人の女性を真面目に見据え。

「ほんっとーに頼むわね。ウチの馬鹿息子が馬鹿やりはじめたら適当にシバいていいから」
「何頼み込んでんだよ!?」
「おっけー! うん、任せて♪」
「ええ、扱い方は心得ていますから。ご心配なく」
「って、おおおおいっ!? なに前向きに受諾してますかアナタタチ!?」

 ノォーーーーーッ! とよく解らない悲鳴をあげながらエッジは頭を抱えた。
 と、そこへギルバートとマッシュが歩み寄り、おずおずとジュエルに尋ねる。

「あの・・・そろそろ出航したいんですが・・・」
「いいことエッジ? 正直、アンタを野放しにするのは心底不安だけれど、あたしはエブラーナを離れられないし、となるとエブラーナの使者として一番適切なのは、 “一応” 王子であるアンタしか居ないんだからね! そこんとこ、わきまえなさいよ!」
「おい。今、 “一応” を無駄に強調しやがったなクソババア! てめーなんざ “一応” 国王代理じゃねえか!」
「そうよねー。どっかの誰かさんがもう少ししっかりしてくれてたら、あたしも面倒な肩書き押しつけられたんだけどねー」
「く、くっそう・・・・・・」
「あら? なんか黙っちゃったわね? 返す言葉がない? ふうううううううん “一応” 自覚はあるんだー」

 わざとらしくおどけて言うジュエル。
 エッジはぎりぎりと歯を噛み締めて、

「い、いつか覚えてろ・・・」
「できれば早いうちにね」

 などと言って、ジュエルはウィンク一つ。
 そこへ、もう一度ギルバートが声を掛けた。

「あの、大丈夫ですか・・・?」
「あらあら、やだ恥ずかしい。他人様の目の前で、身内の恥をさらしてしまったわ」

 後ろで「誰が身内の恥だッ」とか叫ぶ声が聞こえたが、ジュエルは無視。

「しかし、貴方の言うとおりにしたらぴたりと襲撃が止んだわね。推測通り、熱を感知してこちらの居場所を見つけ出していたというのは正解みたい」
「偶然、襲撃を切り上げて戻った・・・という可能性もありますけど」
「それはないわ。あいつ・・・ルビカンテ、だっけ? まだ外をうろうろしているみたいだし」

 配下の忍びから、件の魔人の情報は逐一報告されていた。
 それによると、焚き火の熱を攪乱し始めた時から、エブラーナ国内をあちこち移動して回っているらしい。おそらく、こちらを探しているのだろうが、素人がちょっと探して見つかるような場所に隠れたりはしない。

 ちなみに、熱で攪乱する前は、暫く襲撃した場所に留まり、半日くらい経過してから突然動き出していた。その動きの変化から考えても、やはりギルバートの出した案―――エブラーナの各地で焚き火を起こし、熱で攪乱する―――は有効だったのだろう。

「エブラーナの代表として、礼を言わせて貰うわ―――ありがとう」
「いえ、そんな。こちらも貴方達の力が必要ですから・・・」
「あたしはエブラーナを離れられないけど、話はウチの息子に任せるから。話が決まったら、もう一度来て頂戴」
「解りました。それじゃあ・・・」

 行きましょうか、とギルバートがエッジ達に声を掛けようとしたその時。

「あ、ちょっと待ってくれ」

 それまで黙っていたマッシュが声を上げる。
 彼は、ジュエルに向かって、

「一つ尋ねたいんだが、俺の師匠たちは知らないか? なんでもこっちの方に来たらしいんだが・・・」

 マッシュが尋ねると、ジュエルはあからさまにイヤな顔をする。

「アンタの師匠って・・・あの、筋肉ジジイよね? あたしたちがバロンへ襲撃したとき、しつっこく追い回してきた」
「あ、ああ・・・」

 ジュエルの心底イヤそうな顔に、マッシュは気圧された。

「一応、この国にいるわ。個人的には、あの炎の魔人と同じくらいに厄介な客人だからね」
「す、すいません。いや・・・あ、でも師匠がしつこく追いかけ回すって事は、それだけアンタの強さを認めたって事だから―――」
「ごめん、全然嬉しくない」
「は、はは・・・・・・」

 フォローも真顔で切って捨てられて、マッシュは力無く笑うしかなかった。

「さて、と。質問はそれだけかしら? 会いたいって言うなら、全力で阻止するけど。こっちの場所が知られたら困るし」

 ジュエルが言うと、マッシュは少しだけ悩んでから首を横に振る。

「いや、いい。師匠達が無事なのが確認できただけで十分だ。それに、またここには来るんだろう?」

 マッシュが問うと、ギルバートは頷いて、遠くに見えるそびえ立つ塔を見やる。

「敵の本拠地がここにあるからね。イヤでも来ることになるだろうさ」
「なら、いい。―――さあ、さっさと行こうぜ。ファリスも船の上で待ちくたびれて―――うん? どうした?」

 ふと、マッシュはジュエルが険しい顔をしているのに気がついた。
 何か、悪いことでも言ったか? とマッシュが思いかけた時、ユフィが緊迫した声で囁くように問う。

「ジュエル様・・・この音・・・」
「音?」

 マッシュとギルバートは顔を見合わせる。
 特に妙な音など聞こえてはいないが―――

 みれば、エッジも先程までのおちゃらけた様子は欠片もなく、真剣な表情で辺りをうかがっている。ただ、ミストはギルバート達と同様に、その “音” とやらは聞こえないようで、ぽかんとしている。

「・・・特殊な訓練を受けた忍者の耳にしか聞こえない笛の音が響いてるの。それで、遠くの仲間に危険を知らせたりできるのよ」
「危険?」
「厄介なのが、真っ直ぐこっちに向かってきているそうよ。どうしていきなりこの場所が解ったのかは解らないけど、とにかく早く逃げ―――」
「遅かったようだぜ」

 ちぃ、と舌打ちしてエッジが言う。
 その視線を辿って振り向けば、炎の魔人―――ルビカンテが、陽炎を身に纏い姿を現していた・・・・・・

 


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