第19章「バブイルの塔」
B.「炎の魔人」
main character:ジュエル=ジェラルダイン
location:エブラーナ・森

 

 

 早朝。
 空は気持ちよく晴れ渡り、穏やかな風が朝の息吹であるかのように吹き渡る。
 ―――そんな日の朝。

 エブラーナのとある森でも、木々には瑞々しく朝露が零れ、動物たちが朝の活動を始めていた―――が。

 不意に、動物たちが慌ただしくなる。
 鳥たちは木々の枝葉を揺らして飛び上がり、空を飛べぬ獣は草木を塗って全力で駆け出す。

 直後。

 

 火燕流

 

 いきなり森の中央に火柱が立ち昇った。
 炎の塔は朝露を蹴散らし緑を燃やし、膨大な熱量をもって森を蹂躙する!

 その炎の中をかいくぐり、一つの人影が逃げまどう。
 黒尽くめで、覆面をした男―――エブラーナの忍者だ。

「くっ―――敵襲か!? 他の者は・・・」
「貴様で最後だ」
「!?」

 忍者は武器を抜き放ちながら、反射的に振り返る!
 だが、それよりも早く首の根を大きな手に掴まれ―――

「燃えろ」
「ぎゃああああああああっ!?」

 忍者の身体が燃え上がり、断末魔の悲鳴をあげる。
 しかしその悲鳴も次第に小さくなり、炎が燃え尽きる頃には消えていた。

「―――これで、三つ・・・か」

 そう呟き、忍者を燃やした男―――ルビカンテは、燃えさかる森を見る。
 未だ猛威をふるっている炎に向けて、彼は軽く腕をふるう―――と、森全体を焼き付くさんとしていた炎が瞬く前に消失した。

 後には焼け焦げた木々と、地面に影のように形作る、数人の忍者達の焼け焦げた跡のみ。
 それらを見下ろし、ルビカンテは小さく呟く。

「すまんな―――恨むのなら、ゴルベーザ様の敵となった、己の運命を嘆いてくれ・・・」

 

 

******

 

 

 ルビカンテが燃やした森から少し離れた別の森。
 その一番高い木の天辺に立ち、火柱の上がった森を見つめている女性が居た。

「・・・これで三つ、か」

 すでに消えた、遠くに見えた火柱を思い返して、彼女は忌々しそうに呟く。

 ジュエル=ジェラルダイン。
 エブラーナ王、エドワード=ジェラルダインの妃にして、現在はエブラーナの国王代理でもある。

 彼女達、エブラーナ忍軍は、バロンから逃げ帰った後、ゴルベーザ率いる赤い翼の逆襲を受けて、城を放棄して野に伏した。
 エブラーナのある島各地に散らばり、赤い翼に対してゲリラ活動を続け、赤い翼が去ってからはバブイルの塔を守るかのように大量発生した魔物達相手に戦い、数を減らしながら機会をうかがっていた。

 目下、彼女達の目的は “バブイルの塔の奪回” である。
 元々、エブラーナの民はバブイルの塔を守護する一族でもあった。
 というか、それはフォールスの各国家全てに共通することでもある。

 バブイルの塔に入るために必要な4つのクリスタルをファブールを始めとする4国家が護り、それをバロンが監視する。
 エブラーナは、万が一、クリスタルを集め、塔に入ろうとする者が現れた時の最後の砦であった。

 もっとも、それは数百年前の話であり、今では “塔の守護者” であるという自覚がある者は殆ど居らず、そもそも “バブイルの塔” “クリスタル” がどういった意味を持つのかを知るものすら少ない。

 ジュエル自身、全てを知っているわけではない。
 バブイルの塔に何が秘められているのかも解らない。
 ただ、その塔は開けてはいけない禁断の塔であるとだけ伝えられてきた。

 しかし、そのバブイルの塔の封印は解かれた。
 配下の忍者の報告によれば、バロンの赤い翼の飛空艇が、塔の中へと入っていったという。

(・・・ダンナの直感は間違ってなかった、ってことよね)

 喜ぶべきか、悔やむべきか、微妙な気分でジュエルは嘆息した。
 先のバロン侵入。
 あれは殆どエドワードの独断だった。
 バロンを攻める、とエドワードが宣言した時、配下の主立った者は猛反対した。当然のようにジュエルも反対した。

 ―――確かに、バロンは不穏な動きを見せていた。しかし、動くには情報が少なすぎた。
 なによりようやく最近になって停戦したというのに、また火種をつけるような事は控えるべき―――それがジュエルを始めとする、上忍たちの意見だった。

 だが、エドワードはそれを強引にゴリ押しした。
 根拠は殆ど無い。ただ「イヤな予感がする」とだけ呟いて。

 結果として、エブラーナは敗れ、王を失って故郷へと逃げ戻ってきた。
 さらには城を追われた挙句、守るべきバブイルの塔も乗っ取られてしまった。

 それでも、ジュエルたちは奮闘し、野に潜みながらじわじわと魔物の勢力を削り、ようやく落ち着いてきて、そろそろ城に戻ることもできそうだと思った矢先に―――

「今度は炎の魔人、か・・・次から次へと厄介よねえ・・・」

 爪を噛み、忌々しそうに呟く。
 あの炎の魔人が現れたのは昨日のことだった。

 ジュエルたちは数人ずつに別れてエブラーナ各地に潜伏していたのだが、突如、忍者達が潜伏していた隠し砦の一つに炎の柱が立ち昇り、全てを燃やしつくした。
 生き延びた者は居らず、当初はなにが起きたのか解らなかった。

 そして、半日ほど経ってから、また別の場所で炎の柱が上がった。
 その時はたった一人だけ、命からがらに逃げてきた者が居た。詳しく話を聞けば、その炎の柱を生み出したのはたった一人の人間だったという。
 さらにそれから半日―――たった今、3つめの炎が立ち昇った。

「厄介よねえ・・・なんて暢気に言ってる場合じゃねえだろ?」

 木の下から声。
 見下ろせば、彼女の息子が木の枝に腰掛けていた。

「エッジ」
「さっさとあいつを倒さねえと、被害が増えるばかりだ。どういうワケかあいつ、俺達の数を把握してやがった。多分、なんかの方法で俺達の居場所を探ることができるみてーだぜ」

 そう言うエッジの身に着けている忍者装束はすすで汚れていた。
 2番目に炎の柱が上がった時、唯一の生き残りが彼だったのだ。

「解ってるわよ。・・・でも、今のところ打つ手がないのも事実でしょ」

 窘めるようにジュエルが言う。
 エッジの話を聞いたところ、その炎の魔人にはあらゆる攻撃が通用しなかったという。
 火遁はもちろん通じず、水遁の類もすぐに蒸発し、他の系統の術も効果が薄い。
 さらに、刀で斬りつけようと、手裏剣を投げつけようと、魔神に触れた瞬間に鉄が溶解してしまったという。

「幸い―――というわけじゃないけど、一日で二つの場所しか探れない、みたいだし。探査能力はそれほど高くはないわ。まだ隠し砦は幾つかあるし、その間に打つ手を考えれば・・・」
「くそっ・・・親父が生きてれば―――」
「エッジ!」

 ジュエルが息子を睨付ける。

「・・・居ない人の事を口にするなって何度も言ったでしょ。他人を当てにしているようじゃ、まだまだエブラーナを継がせることはできないわね」
「・・・・・・ちっ」

 ジュエルの厳しい視線に、エッジは視線を反らす。
 と、そこへ、木の根本から声が昇ってきた。

「ジュエル様ー!」

 甲高い少女の声。
 見下ろせば、鉢金を額に巻いた少女―――ユフィがこちらを見上げていた。
 ジュエルは軽やかにその身を空中に躍らせると、途中の木々を何度か中継して、地面に降り立つ。一拍遅れて、エッジも地面に降り立った。

「どうかしたの?」

 ユフィに問いかける。
 彼女は、ジュエル達がバロンを脱出した際に、成り行きで行動を共にしていた。
 元は、別の流派―――セブンス地方にあるウータイという忍者の里の頭領の娘である。だから、エブラーナに辿り着いた時、ジュエルはユフィをウータイまで送り届けようとしたのだが。

 ―――なんかこっちも大変そうだし、あたしも手伝いますよっ。・・・それに、あたしはまだ帰るわけにはいかないし・・・・・・。

 彼女にもなにやら事情があるらしい。
 詳しいことは聞かなかったが、そう言ってくれるならば、とジュエルは好意を素直に受け入れた。
 正直、ユフィはウータイの頭領の娘とはいえ、忍者としては半人前だ。が、その半人前の力を借りなければならないほど、今のエブラーナには余裕がない。

 そのユフィは、ジュエルの問いに困惑を浮かべる。

「あの・・・お客さんです」
「客!?」

 随分と日常的な単語が飛び出したが、今は非常時。
 ジュエルを尋ねてくる客など居るはずがない。

「その、バロンに居たメイドの―――」
「お久しぶりです、ジュエル様」
「うわっ、きゃあああああッ!?」

 すぐ背後から聞こえた声に、ユフィは悲鳴をあげてその場を飛び退いた。
 ユフィの立っていた場所の、すぐ後ろに無表情を浮かべたメイド姿の女性が立っていた。

「キャ、キャシー!?」

 思わずジュエルも驚きに目を見開く。
 バロンで別れたはずのキャシーがこの場にいることも驚いたが、何よりも、ジュエルもユフィ同様にキャシーの存在に気づいていなかった。

「ず、随分と隠形が上達したわね・・・」

 ちょっと動悸を速くしながらジュエルが言うと、キャシーは「ありがとうございます」と頷いて。

「日々の精進の賜物でございます。使用人たるもの、常に主人の影と成らねばならぬ身―――ですが」

 ふっ、とキャシーの雰囲気が変わる。
 表情は無表情のままだが、なんというか不穏な雰囲気を感じる。

「その分、忍としての技能は衰えてしまいました。・・・先日もそれで不覚を・・・ッ」

 表情は変わらない・・・が、声は震え、はっきりと怒気を感じ取れる。
 キャシーが感情を表す所など、殆ど見たことがない。よっぽど悔しいことがあったのだろうと思いつつ、

「それで、キャシー。どうしてここに? まさかメイドを首になったから、エブラーナに戻ってきた―――ってわけじゃないわよね?」
「・・・用件を言う前に一つ、よろしいですか?」
「え? ええ」
「メイドではありません」
「は?」

 言葉の意味が解らずに、ジュエルは困惑する。

「メイドではなく使用人と及び下さい。エロいので」
「へ?」

 さらに意味が解らない。
 だが、何故か彼女の息子はうんうん、と不覚頷いて。

「あー、確かになー。メイドさんと言えばエロいよな」
「え、え? そうなの!?」
「あれー、おふくろ知らねえのか!? メイドさんと言えば上の方から下の方まで世話してくれる男のロマぐげええっ!?」

 いきなりエッジがカエルが潰れたような声を上げる。
 見れば、その首に細い糸―――鋼線が絡み、程よくきゅっと締めていた。

 とりあえず、エッジが何も言わなくなるくらいまで締めてから、キャシーはふう・・・と嘆息した。

「残念です・・・」
「なにが?」
「ジュエル様が、まさかメイドなどという単語を口にするほどエロい人だったとは―――」
「ちょっと待ってちょっと待って! メイドって別に変な言葉じゃないでしょ」
「ああ、また言うなんて」
「アンタだって言ってるでしょーが!」

 思わず喚く、がキャシーは涼しい顔で、

「私は使用人だから良いのです」
「なにその理屈!?」
「うーん・・・良く分かんないけど、ジュエル様って意外とそう言う人だったんだー」
「ちょっ!? ユフィまで!? しかもなにげに距離とらないで!」
「さて、ジュエル様がメイド属性なのは置いておくとして」
「勝手に変な属性つけるなああああああっ」

 ジュエルが叫ぶが、キャシーは無視した。
 ちなみに、エッジは青い顔をして木の根本に寄りかかるようにして倒れているが、それも放置。

「それで、私がここまで来た用件ですが」
「ああもう、さっさと用件済ませて帰ってしまえ」

 投げやりな様子のジュエルに、キャシーはようやく本題に入る。

「バロンからの使者として、エブラーナに協力要請をしにやってまいりました」

 


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