空のない空を、飛空艇エンタープライズはゆっくりと飛ぶ。
地底世界の熱で、また制御機関が暴走しないために、おっかなびっくりと言う様子で、地上へと向かって飛んでいく飛空艇を、ロイドは見送っていた。「しかし・・・いいのか、ロイド?」
不意に、ヤンが尋ねた。
「何がです?」と尋ねるロイドに、ヤンは少し言葉を濁し、
「いや・・・バブイルの塔は、おそらくは敵の本拠地。そこへ勝手に攻め込むというのは―――せめて、セシルの指示を待った方が良くはないか?」
「それじゃ遅すぎるッス。今やゴルベーザの戦力は、殆ど無いはず。雇ったばかりのSeeDも蹴散らされ、主戦力である魔物の大半は、塔の地上部の守りを固めている―――今、地底から攻め込むことが、勝機だと思うッス」今は塔の地上部分を守っている魔物達も、こちらが地底世界に来たとなれば、もたもたしていれば、地底の守りを固めるかも知れない。
ならば、相手が体勢を整える前に、攻め切れれば、この戦いは終わる。「ふむ・・・確かに言うとおりかもしれんが・・・」
「ヤン僧長は、俺の判断はそんなに頼りないッスか」
「そういうわけでは・・・」ヤンは否定するが、ロイドは苦笑。
「ま、それも仕方ないっスね。セシル王に比べれば、俺なんか・・・」
「別に、お前とセシルを見比べているわけではない」しかし、ロイドは納得しない様子で言い返す。
「でも、実際にクリスタルは奪われた。きっと、セシル王ならこんな事にはならなかったはず・・・」
「それだ」
「え?」
「ロイドよ。もしかしてお前は、クリスタルを奪われたことに負い目を感じているのではないか?」ヤンの言葉に、ロイドはぎくりと表情を強ばらせる。
「だから、焦ってそれを取り返そうとしている」
その指摘は、的はずれなモノではなかった。
確かに、焦りがないと言えば嘘になる。しかし―――「そう言った気持ちがあることを、完全には否定しきれないッス―――けど、それでも冷静に考えての結論です」
「・・・そうか。ならばもう何も言うまいが」だが、とヤンは自分の胸に手を当てながら、振り返る。
その視線の先には、地底の天井を貫いて、地上にまでそびえ立つバブイルの塔が、細い棒のように遙か遠くに見えていた。「―――嫌な予感、とでもいうのかな。何か胸騒ぎがするのだ・・・」
******
「ゴルベーザは?」
バブイルの塔内。
その一室から出てきた赤い男―――ルビカンテの姿を見るなり、シュウは開口一番そう尋ねた。「良く眠っている。しばらくは目を覚ますことはないだろう」
「怪我の具合は?」
「手当はしておいた。目を覚ます頃には傷は癒えているだろう」と、ルビカンテは手にした膏薬を見せる。
それはスカルミリョーネが調合した薬であり、街で売っているポーションなどよりも、よっぽど効き目があるはずだ。ルビカンテは回復魔法は使わなかった。
使えないわけではない。ただ、魔法の類では怪我は癒えるだろうが、疲労そのものは癒すことはできない。ルビカンテが見たところ、ゴルベーザには過度の疲労が溜まっている。
ここ一ヶ月、地上の動きに気を配りながら地底世界を飛び回った、そのツケである。(それというのも、全てはあの男が・・・)
むう、とルビカンテはいつかホブス山の頂上で出逢った青年を思い返す。
四天王最強である自分に重傷を負わせ、そのために暫く行動不能に陥ってしまった―――セシル=ハーヴィという男。(あの男の存在が、全ての予定を狂わせている。セシル=ハーヴィが居なければ、バロンを奪い返されることも、他の四天王が倒されることもなく、ゴルベーザ様に負担を掛けることもなかっただろうに・・・)
ルビカンテは怒りを覚える。
それはセシルにではなく、自分自身へと向けた怒りだ。
ルビカンテ自身、復調したのはつい最近の事だった。つまり、ゴルベーザは地底世界にあるクリスタルの内、三つを殆ど一人で手に入れたということだ。(くっ・・・我らが不甲斐ないばっかりに―――)
自分の中に怒りを呑み込んで、ルビカンテは嘆息する。
現在、ゴルベーザ四天王の中で戦力になるのはルビカンテだけだ。スカルミリョーネ、カイナッツォの二人はまだ戦えるほど力が戻っていない。バルバリシアに至っては、意識すら戻っていない状態だ。(私も、完調というわけではないが―――しかしこうしてただじっとしているわけにもいかぬな)
「シュウ、と言ったな?」
ルビカンテは傍らの女性を見る。
ゴルベーザが連れてきたSeeDの女性。囚われている他のSeeDを助けるために、協力を申し出たというが―――「そうだけど・・・なに?」
「暫く、留守を頼む」
「頼むって、私は部外者なんだけど!? そう簡単に留守なんか任せていいの? だいたい、貴方達のリーダーが倒れてるって言うのに・・・もしも、私が敵のスパイだったらどうするつもり!?」口早にまくし立てるシュウに、ルビカンテは真面目な顔をして答える。
「その時は、私がお主を見誤っていたというだけのこと」
「見誤る?」
「お主は信頼できると思った。だから、ゴルベーザ様を任せられる」
「信頼って、ついさっき顔を合わせたばっかりじゃない。それをどうやって信用するというの?」納得がいかない様子のシュウに、ルビカンテは「ふむ」と少し考えてから、おもむろに問いかける。
「お主、ゴルベーザ様の事をどう思う?」
「え?」問われ、シュウは思わず赤面する。
「ど、どういう意味?」
「そう言う意味だ」ルビカンテは微笑んで、続ける。
「だから、信頼できる」
「別に、私はゴルベーザの事は何も・・・っ。そ、そりゃあ危ないところを庇われて、感謝してるって言うか、嬉しかったって言うか―――」
「まあ兎に角、留守は任せた―――とはいえ、特にやって貰うこともないがな。・・・ただ、私が帰るまで目覚めることは無いと思うが、もしもゴルベーザ様が起きたらよろしく頼む」
「ちょ、ちょっと! 何処に行くって言うの!?」シュウの問いに、ルビカンテはすっ、と表情を消して告げる。
「ゴルベーザ様が目覚めた時のために憂いを断っておく。エブラーナ忍者―――この塔を永く守護して来た者たちを放っておけば、後々厄介なことになりかねん」
その呟きに込められた殺気に、シュウは息を呑んだ。
ちなみに、ルビカンテはロイド達の事を忘れていたわけではない。
ただ、シュウから聞いた話では、相手にカイン=ハイウィンドが居るとはいえ、バロンからやってきたのは中型の飛空艇ひとつのみ。その程度の戦力で、まさかこの塔に攻めてこようとは夢にも思っていない。「そう言うわけで、あとは任せる」
と、踵を返しかけて―――ふと、彼は動きを止めた。
「―――おっと、一つ言い忘れていた」
「なに?」ルビカンテは微妙に渋い表情で、説明する。
「いや・・・この塔にはもう一人、ルゲイエとかいう変な男が居るが、あまり気にしないように」
「変な男・・・?」
「まあ・・・関わらなければ害はない。ここ最近、塔の一室に籠もっているようだからな」
「・・・よく解らないけど、変な男に変なことされたら、迎撃しても構わないわよね」
「もちろんだ」シュウの言葉に、ルビカンテは力強く頷いた―――
******
「ふぇーっくしょっ!」
塔の一室。
白髪が爆発したような頭をした老人が、盛大にくしゃみをする。「ぬう・・・なんじゃい、風邪か!?」
科学者である彼は、 “噂されるとくしゃみをする” なんて迷信は信じない。思いつきもしない。
「まあいい。もう少しでコイツも調整完了する! 風邪だろうがナンだろうが、今のワシを誰も止めることはできんわーーーーーー! ふぇーっふぇっふぇっ!」
独り言を喚きながら、老人は目にもとまらぬスピードで、手を動かし、工具を操っていた―――
******
バブイルの塔。
地底の天井を貫き、地上までそびえ立つその塔を見上げる一つの影があった。長い剣を―――いや、刀を背に負った、長い銀髪の青年。
彼は塔を見上げたまま、ぽつりと呟いた。「月へ―――古代の民へと至る塔―――・・・」