第18章「あにいもうと」
O.「交渉成立」
main character:ロイド=フォレス
location:ドワーフの城・医務室前

 

 バダンッ! と、医務室のドアが乱暴に開かれた。
 同時、中から白い影が飛び出してくる。

「・・・へ?」

 唐突な出来事に、ロイドは呆けたようにそちらの方を見る。
 ぼんやりと顔を向けた先では、サイファーがガンブレードを振り上げた所だった。

「逝っちまいなッ!」

 まだ上手く事態が飲み込めていないのか、驚く以外の動きが出来ないロイドに刃が振り下ろされる―――

「ぐえっ!?」

 斬られる寸前、ロイドの襟首が後ろへと引っ張られる。首を絞められながら強制的に後退、その眼前を刃の影が通り過ぎていく。

「・・・何をぼーっとしてるのよ」

 ロイドの襟首を掴み、呆れたように言ったのはセリスだった。
 首を絞められ目を白黒させているロイドの襟をさらに引っ張ると同時、自分はロイドと位置を入れ替わるように前に出る。
 彼女は嘆息して、

「貴方、本当に弱いのね」
「わ、悪かったな」
「別に。まあ、貴方はそこで見てなさい。ここからは私の領分のようだから、ね」

 言いながら、セリスは剣を抜く。
 それを見てサイファーは侮るように顎をわずかに上げて、セリスを見下す。

「けっ、女が! 俺とやり合おうっていうのかよ!?」
「サイファー! 一体これはどういうつもりなの!」

 サイファーの後ろでキスティスが焦ったように叫ぶ。
 先程までの余裕は無い。どうやら、これは彼女にとってもイレギュラーな事態のようだった。

「どういうつもりもこういうつもりもねえよ。ぐだぐだ言うよりも、ブチのめして言うこと聞かせた方が速いだろうが!」
「・・・さっき負けたのをもう忘れたの!? 貴方の敵う相手じゃないわよ!」
「うるせえ! さっきのは油断しただけだ! それにこいつはさっきのソルジャーじゃねえッ」
「ソルジャーよりも分が悪いって言ってるの! 彼女はガストラの―――」
「もういい」

 キスティスの言葉を遮ったのはセリスだった。
 彼女は剣の切っ先をサイファーへと向けて、静かに告げる。

「確かに無駄に言い合うよりは、叩きのめした方が手っ取り早い」
「セリス! あいつの持っている武器は―――」
「知ってるわよ。ガンブレード、でしょ?」

 ロイドの忠告に先じてセリスが答える。
 ガストラの将軍として、ある程度の武器の知識は有していた。

「実物を見るのは初めてだけどね」
「大丈夫か? あの剣で、クラウドの一撃も受け止められた」
「へえ・・・それなりに使いこなせてはいるようね。けれども・・・」

 セリスはサイファーに向かって薄い微笑を浮かべた。

「大した相手じゃない」
「てめえ!」

 セリスの挑発に、サイファーが怒りで歯をむき出しにして、突進する!
 対して、セリスは何か呟きながら剣を構える。

「おぉらああああああッ!」

 裂帛の気合いと共にガンブレードがセリスに向かって振り下ろされる。
 セリスは垂直に剣を構え、盾のようにして受け止めようとする―――が。

 ズガンッ!

 剣と剣が激突する瞬間、サイファーはガンブレードのトリガーを引く!
 火薬が爆発し、刃が振動。
 その振動がセリスの剣をはじき飛ばす―――はず、だった。

「!?」

 手応えが、無かった。
 確実に剣と剣が合わさったはずなのに、ガンブレードは振動しながらセリスの剣をすり抜ける。戸惑うサイファーの目の前で、セリスは振り下ろされたガンブレードに対して、右足を軸に身体を90度反転させて回避行動。同時、手にした剣を下からすくい上げるようにして、ガンブレードを迎撃する。

 カーン・・・と、あっさりとサイファーのガンブレードははじき飛ばされる。空振りしたことにより、行き場を失った振動がサイファーの手の中で暴れ、そこにセリスの一撃が決まったのだ。
 くるくると弧を描き、キスティスの足下へ落ちる。

「私の勝ちだな」

 セリスは冷笑を浮かべ、サイファーの喉元に剣の切っ先をつきつけた。
 サイファーは怒りに燃える目でセリスを睨付ける。

「なんだ、今のは・・・!」
「魔法剣ブリンク―――貴様が剣を叩き付けようとしたのは、ただの幻影だ」

 冷淡に告げるセリス。
 サイファーの後ろで、キスティスが深々と嘆息する。

「・・・だから言ったでしょうに。まだ貴方の手に負える相手ではないと」
「う、うるせえ! まだ負けてねえッ!」

 そのサイファーの言葉は、普通ならば単に気勢を張ってるようにしか聞こえない。
 喉元に剣を突き付けられた状態では何も出来ないはずだった。

 しかし―――

 パチ・・・ッ。
 剣を失い、だらりと下に下げたサイファーの手の中で、何かが弾けるような音が鳴った。
 それは電撃が生まれる音。
 サイファー達の使う疑似魔法は、詠唱無しで発動できる。

(くらいやがれ―――)

 心の中で叫びつつ、サンダーの魔法をセリスに放とうとする―――だが、その直前。

「う!?」

 つん、とサイファーの首をセリスの剣が突いた。
 突いた、と言っても突き刺すほど出はない。切っ先が僅かに触れた程度。
 サイファーはちくりとした痛みを感じ―――たと思ったら、次の瞬間には意識が遠のいていくのを感じた。

「な、なんだ・・・眠・・・・・・」

 セリスが剣を引っ込める。
 まるでそれがつっかえ棒だったかのように、途端にサイファーの身体が崩れ落ち、その場に倒れたかと思うと、そのままいびきを立てて眠ってしまった。当然、放とうとしていた魔法も霧散している。

 セリスはそれを見下ろし、最早声は届かないと知りつつ、告げる。

「魔法剣スリプル―――おやすみなさい」

 

 

******

 

 

「―――さて」

 と、呟きながら、ロイドはキスティスを振り返った。
 見れば彼女は苦虫を噛みつぶしたような、渋い顔をしている。

 キスティスの視線は、ロイドではなく床に倒れ眠りこけているサイファーを睨んでいる。
 ちなみにセリスはサイファーに剣を突き付けたままだ。

「これでこっちにも人質ができたというわけだ」
「人質? なんのこと?」

 キスティスはわざとらしく問い返しながら、足下に落ちているガンブレードを拾い上げる。
 そしてそのまま、切っ先を倒れているサイファーへと向けた。

「その子の事を言っているというのなら無意味よ。煮るなり焼くなり好きにしなさい」

 冷たく厳しく言い捨てるキスティスに、ロイドは苦笑する。

「無理は良くないッスよ?」
「無理? 別に私は無理なんかしていないわ」

 先程、サイファーがクラウドに倒された時とは豹変とも言える態度の変わりようだった。
 サイファーの命と引き替えに、あっさりと投降した事など忘れ去ってしまったかのように、彼女は冷然としている。

 だが、その理由をロイドは気がついていた。

(ま、さっきとは状況が違うからな)

 さっきはキスティスとサイファーの二人だけだった。
 早い話、あそこで敗北しても、キスティスとサイファーの二人が、捕虜になるか殺されるか―――ともかく、他のSeeD達には被害が及ばない。

 だが、今は違う。

 キスティスの後ろには、数十人もののSeeD達が居る。
 彼女の選択一つで、それらの運命が決まると言っても良い。

(だから私情に走るわけにはいかない、か―――だけど)

「俺には無理しているようにしか見えませんがね」

 軽い調子でロイドは言う。
 対し、キスティスはサイファーに向けていた冷たい視線をそのままロイドへと向け、

「・・・私の何処が無理しているというの?」
「顔」

 即答。
 あまりにも即座の返答に、キスティスはきょとんとする。
 ロイドはもう一度、「顔」と呟いてから。

「さっきまで、アンタの表情には余裕があった―――笑みすら浮かべていた。が、今はそれがない」
「!」

 ロイドの言うとおり、サイファーが登場してから、キスティスからは余裕が吹っ飛んでいた。
 もっとも、言うほど元々余裕が在ったわけではない。
 半分以上は演技で、 “こちらの要求を呑もうと呑むまいと、私達はどちらに転んでも構わないわ” と余裕を見せることで、ロイドに対してプレッシャーを掛けていたのだ。

「・・・・・・っ」

 思わず自分の顔に手をやるキスティス。
 だが、すぐに彼女は口を開いた。

「・・・だから、どうしたというの?」
「はい?」
「貴方の言うとおり、確かに私は無理をしているかも知れない―――いいえ、そうね。素直に認めましょう。正直、その子を殺して欲しくないって思ってる」

 彼女は自分の心を素直に認め、その上で「けれど」と続けた。

「私が言ったことは嘘偽りはないわ。その子がどうなろうとも、私は引くつもりはないわ」

 きっぱりと言い切るキスティスに対し、ロイドはうんうん、と頷いてから。

「それで?」

 聞き返す。

「・・・は?」

 ロイドが聞き返した意味が解らず、キスティスは怪訝そうな顔をした。
 そんなキスティスの表情が可笑しかったのか、ロイドは小さく声を立てて笑う。

「別に俺はそいつを人質に使うだなんて一言も言ってないんですがね」
「だ、だってさっき人質ができたって・・・」
「出来たって言っただけですよ?」
「た、確かにそうだけど―――」

 なにか釈然としない様子で口ごもるキスティス。
 ロイドは構わずに、さらに言葉を放つ。

「それからさっきのアンタが言った言葉、そのままお返ししますよ」
「私の言った言葉?」

 訝しがるキスティスに、ロイドは医務室の方を親指を立てて指し示し、

「こっちも引くつもりはないって事ッス。言いましたよね? この中に居るのを人質にするには弱いって」
「・・・クラウドって言ったかしら? 貴方達の仲間もいるのよ」
「サイファーって言いましたっけ? そこで寝ている貴方達の仲間は」
「仲間じゃないわよ」

 はあ、とキスティスは否定してから嘆息する。

「どうしようもないくらい問題児な、私の生徒だわ」

 降参、とばかりにキスティスは手を挙げた。
 その表情には困ったような笑みが浮かんでいる。

「人選誤ったかしら。リスクのことを考えれば、すんなり要求を呑んでくれると思ったのだけど」
「リスクはそっちも同じでしょう? まあ、悪い手じゃないかもしれませんが」

 キスティスの言うとおり、もしも彼女たちが人質を皆殺しにでもして逃げ出したのなら、この地底でのロイド達の立場は最悪になる。
 だが、それ以上にキスティス達の状況も悪くなる。右も左も解らないこの地底で、さらに敵を増やすことになる。城を攻めた時点で敵であるといえるが、下手にこれ以上ドワーフたちを刺激すれば、どうなるか解らない。最悪、地の果てまで追いかけられるハメに陥るかも知れない。

(多分、俺が突っぱねた場合、無意味に人質を殺したりはせずに、そのまま逃げ出したんだろーけど)

 ロイドはそう推察する。
 そして、そう言ったことを気づかせないために、キスティスは余裕たっぷりの演技をしていたというわけだ。

(俺達に選択肢はないと思わせるために―――か。下手すりゃ引っかかってたな)

 実はサイファーが登場するまで、ロイドはかなり本気で悩んでいた。
 自分たちのことだけを考えるなら、素直に呑んでおいた方がリスクは無い。SeeD達をバラムまで送り届けるだけなら、バロンで今準備中の飛空艇を使えばそう難しい話でもなかった。

 そもそも、このキスティスの提案もロイドの予想の範囲内だった。
 呼び出された時に、 “問題はない” と言い切ったのも、キスティスの行動からある程度の展開を予測していたからだ。

 だから、SeeD全員をバラムへ送り届けろ、と言われた時にそれを素直に呑んでも問題はなかった。
 いつものロイドなら、キスティスの策略通り、要求を呑んでいたかも知れない。

 だが、ロイドはすぐには呑まずに、悩んだ。

 何故か?

(・・・なんで俺が悩んでたのか・・・なにに引っかかっていたのか、さっきまで解らなかったが―――)

 ロイドはキスティスを見る。
  “それ” に気がついたのは、彼女のお陰だった。
 彼女の行動で、ロイドはそのことに気がつくことができた。

「それで」

 キスティスが挙げていた手を降ろし、言葉を切り出す。

「私達はどうなるのかしら? また牢屋へ逆戻り? それとも処刑?」
「そのどっちかを俺が選んだら、アンタ達逃げるでしょ」
「今は逃げないわ。大人しくもう一度捕まってから、それから改めて逃げ出すつもり。・・・でないとその子、殺されちゃうでしょ?」

 キスティスが困ったようにセリスの足下にいるサイファーを見やる。
 ロイドはやれやれと肩を竦める。

「アンタ、俺がアンタ達に危害を加える気ないって解ってて言ってるでしょう」
「さあどうかしら?」
「・・・カイン=ハイウィンドを連れてこなかった時点で、こっちにゃ戦う意志なんて無いことは示したつもりだったんですがね」
「そうね、解ってたわ―――だからこそ解らないのよ。貴方が私達をどうしたいのか」

 キスティスも当然、医務室の中の “人質” がロイドには直接的には通用しないということは解っていた。
 一応、彼女自身が言ったように、ドワーフたちを虐殺して逃げる―――という手札もあったが、それは単なる見せ札で、最初から使う気など無かったのだ。

 あくまでも彼女の目的は、 ”全員でバラムに無事に帰り着く事” 。そのための手段が、バロンの飛空艇。総合的な性能は科学の発達したセブンスやエイトスの乗り物には劣るが、補給無しで渡り鳥のように長距離飛行できるバロンの飛空艇ならば、そう苦労なく帰ることが出来るだろう。

 そのためにはバロンの人間と交渉しなければならない。
 この地底に来ているバロンの人間は二人。ロイド=フォレスとカイン=ハイウィンド―――他は、どういう事情かは解らないが、外の地域の人間のようだった。
 カイン=ハイウィンドを交渉相手にするのは、それこそ相手が悪い。言葉よりも先に槍が飛んで来かねない。
 ロイドを相手にしたのは、当然の選択であり、なおかつ彼ならばキスティスの思惑も読んでくれるだろうと踏んだのだ。そしてそれはその通りだった。

 つまるところ。
 わざわざキスティスが医務室を占拠して、ドワーフを人質に取ったのは、単にロイドと交渉するためのきっかけに過ぎなかった。

「カイン=ハイウィンドではなくセリス=シェールを連れてきたのを見た時、困ったって言ったでしょう? あれは嘘。貴方がカイン=ハイウィンドを連れてこなかった時点で、9割方成功すると踏んでいたのよ」
「読み通りッスよ」
「え・・・?」
「交渉って言うのは、基本はギブアンドテイクですよね? そちらの要求は解りました。あとは、アンタ達次第ってことッス」

 ロイドの言葉の意味を理解して、キスティスは軽く身構える。

「・・・つまり、貴方達の要求を呑めば、私達を送り届けてくれると言うこと?」
「その通りッスよ。そして、そちらは傭兵。傭兵に要求することは・・・解りますよね?」
「―――貴方達の敵に、私達は雇われていたのよ」
「でもその雇用はもう終了してるんじゃないですか? ゴルベーザの目的―――この城のクリスタルが奪われた事で」
「・・・・・・」

 確かにそうとも言える。
 だいたい、こういう状況になったのも、ゴルベーザが目的を果たし、救援は望めないと判断したからだ。
 キスティスは少しだけ考えてから、頷いた。

「・・・貴方の言い分は了解したわ。ただし、依頼を受ける前に、任務の詳しい内容を確認させて。使い捨てられるような任務だったら、自力で家まで帰るわよ?」

 

 


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