第18章「あにいもうと」
N.「交渉」
main character:ロイド=フォレス
location:ドワーフの城・医務室前
「こんにちわ」
医務室の前で、彼女は立って待っていた。
中で待ち受けているとばかり思っていたロイドは多少面食らう。だが、すぐに気を取り直すと、手を挙げて挨拶を返す。「どーも、ご指名頂きましたロイド=フォレスです―――にしても、どうして俺を? それに、名乗りましたっけ?」
特に名乗った覚えは無かったが、その問いにキスティスはくすりと笑って。
「自覚が無いのね。貴方は割と有名なのよ? ―――なんていっても、あの、セシル=ハーヴィの副官なんだもの」
「あー、そう言う意味で」ロイドは苦笑。
セシル=ハーヴィの雷鳴は、海を飛び越えて他の地域にまで響き渡っていると言うことは知っていた。
そのオマケで、自分の事も知れ渡っていたらしい、とロイドが思っていると。「あら、勘違いしないでね。別に貴方がセシル=ハーヴィのオマケであると言っているわけではないわ。セシルの副官が務まるほどの能力の持ち主という意味よ。人によっては、彼よりも高い評価を受けているのよ?」
どんな不利な状況でも、類を見ない奇抜な戦術で窮地を切り抜けるセシル。
だが、類を見ないということはそれだけリスクが高いということでもある。実際、一つでもボタンを掛け間違えれば、すでにセシルはこの世にはいない―――なんて状況も、片手では数え切れない程度にはあった。逆にロイドの戦術は基本を守り、時には応用もするが、堅実な手を選ぶ。
さらに、セシルは意外に情に流されやすい。というか、感情のままに突っ走って、それを後追いで理性がフォローしている。
例えば、“誰か一人を犠牲にすれば、他の全員が無事に助かる” と言う時。ロイド・・・というか、普通ならば一人を犠牲にすることを選ぶだろう。だが、セシルの場合は迷わずに、逆を選ぶ。
それで、切り抜けられるからこそ、セシルの評価は高いわけだが。しかし、或る意味セシルは綱渡りを連続して行っているようなものだ。それに比べれば、堅実なロイドの方を高く評価するものも居る。中には、ロイド=フォレスが居るからこそ、セシル=ハーヴィは無茶を出来るのだと言う者までいる。そしてそれは間違いではない。
そう言ったことは、ロイドも知っていた―――海外にまで及んでいたことは知らなかったが。
ただ、それよりも自分の心中を指摘されたことに驚く。「・・・人の心でも読めるんですか」
「一応教師ですから」
「説明になってるんですか、それ」と、キスティスはロイドの背後に控えるセリスの方へと目をやる。
興味深げにじっと見つめて。「貴女―――セリス=シェールね。ここに居るとは聞いていたけれど」
「ほう、私の知名度も捨てたものではないようだ」
「ええ、もちろん―――バロン、ガルバディアと並ぶ、軍事国家・・・ガストラ帝国の将軍ともなれば、ね」そう言ってキスティスは一礼。
「初めまして―――バラム・ガーデンのキスティス=トゥリープよ。しがない一教員だけれど、覚えて頂けると嬉しいわ」
「覚えておく必要があるのか?」
「あら。もしもこの先、ガストラ帝国の支配が世界中にまで広がったら、戦場で会う可能性も出てくるでしょう? そうでなくてもこうして出逢っているわけだし」
「敵と馴れ合う必要があるのか、という意味だ」
「ガストラに雇われることがあれば、味方にもなるわ」
「少なくとも、現時点では敵だ」
「そう言われると返す言葉がないわね―――でも、同じ歳同士だし、私としては仲良くしたいんだけれど、ね」
「同じ・・・歳!?」セリスが訝しげにキスティスを凝視する。
ロイドも驚いたように目を見張っていた。
そんな反応に、キスティスは腰を折るようにして声を殺し、笑う。
と、セリスは我に返って、「あ・・・す、すまない。別に同じ歳だからどうだって言うワケじゃなくて―――でも本当に私と同じ18なのか?」
「老けているって言いたいのかしら?」
「そ、そういうわけじゃない」やや泡を食ったようにセリスは否定して、キスティスを凝視する。
女性にしては背が高い方で、170は越えているだろう。
身に着けているスーツは赤系統だが派手ではない。やや明るさを抑えた色で、シックに着こなしている。
そのスーツと同じように、落ち着いた佇まいは歳相応を感じさせない。
何よりも最初に “教師” だと聞いていた先入観が大きいのかも知れない。自分と同じ歳の人間が教鞭をとっているというのは、どうにも想像しがたかった。・・・もっとも、身長に関して言えば、セリスもキスティスと同じくらいはある。
それに、職業で言うならば、一教員よりも一国の将軍なぞやっているほうが、歳不相応だと言えるだろう。「それで、わざわざ俺を呼びつけた理由は? ご丁寧に人質までとって」
「―――その前に、一つ良い? カイン=ハイウィンドはどうしたの? てっきり、セリス将軍ではなくて、彼がついてくるとばかり思っていたのに」
「そう思われてると思っていたから連れてこなかったッス」
「それは困ったわね」困った、と言いながらキスティスはくすくすと笑う。
それを見たセリスが、訝しげに言う。「困った? やはり罠を仕掛けられていた、ということか?」
セリスは油断無く気配を配る。
だがキスティスは手を振ってそれを否定した。「あら勘違いしないでくれる? 私達に壊滅的な打撃を与えてくれた “最強” が目の届く場所に居ないことが不安なだけよ。―――教師としての性分かしら、問題児は目の届く場所にいないと何をしでかすか解らないじゃない」
冗談めかして言う―――が、そのキスティスの目が僅かに泳ぐ。
先程のセリスと同様に、周囲の気配に意識を拡散させた事がロイドにも解った。「成程ね。一理ある―――けれど、今回に限っては小細工は何もしちゃいないッス」
早い話、キスティスはカインの奇襲を警戒しているわけだ。
そこまで考えてロイドは、キスティスが部屋の外で待ち受けていた意味を理解する。(・・・つまり、わざわざ外で一人で待ち受けていたのは、カイン隊長に対する警戒か)
例えばいきなり部屋の中に踏み込まれれば、あっさりと全滅させられる可能性がある。少なくとも、キスティスはそう考えたのだろう。
そうでなくとも、自分の喉元に刃を突き付けさせて交渉する馬鹿はいない。キスティス一人で相手をすれば、最悪でも犠牲になるのは彼女一人で済む。飄々としているように見えるが、内心では細い綱を渡っているような心境だろう。
参ったな、とロイドは思う。
(・・・こういう人、嫌いじゃないんだよなあ・・・)
「ま、そちらが小細工しようとしてまいと、こちらの要求はたった一つ」
ぴっ、と彼女は指を一本立てて告げる。
「私達をエイトスのバラムまで送り届けなさい。バロンの飛空艇なら造作もないでしょ?」
「確かに造作も無いッスけど―――呑むと思いますか?」
「呑んで貰うわ。そのための人質でしょ?」
「中にいるのは殆どがドワーフだ。 “切り札” にするには弱いッスよ」
「そうね。けれど、こちらの要求が呑めないんだったら、中のドワーフたちを皆殺しにして、魔法で逃げるわよ? そうしたら貴方達もやりにくくなるんじゃなくて?」
「・・・・・・」ロイドは押し黙る。
確かに、指名通りにロイドが出向いた上で、人質を殺されて逃げられました―――なんて話になれば、ドワーフたちは良い顔をしないだろう。後々まで遺恨が残るだろうし、この地底世界での活動にも支障をきたす。最悪、ドワーフたちとの戦争が始まる可能性もある。ちら、とロイドは隣のセリスを見る。
セリスならばキスティスを取り押さえることも可能だろう―――が、キスティス一人取り押さえたところで、どうにもならない。彼女が言ったように、こちらが行動開始した瞬間、人質達は殺されて、キスティス以外のSeeD達は逃げ出すだろう。(さて、どうするか―――)
ロイドが悩んでいると、唐突に医務室のドアが勢いよく開かれた―――