第18章「あにいもうと」
M.「口調」
main character:ロイド=フォレス
location:ドワーフの城・城門前

 

 

 

「城・・・っつーか、医務室を占拠されて、んで俺を呼んでこいって?」

 城の中から飛び出してきたドワーフの話を聞いた後。
 ロイドは訝しげに、今し方聞いたことを反芻した。

「・・・てゆか、見張りは何をしてたんだよ。幾ら向こうには魔法があるからって、武器は取り上げていたはずだから、そう簡単には―――」
「見張りならここにいたりするんだが」

 ロックが言うと、ギルガメッシュが傍にいた二人のドワーフを指さす。

「・・・なんでいるんだよッ」

 呆れ半分怒り半分でロックが言うと、二人のドワーフは悪びれる様子もなく胸を張って言い返す。

「「こっちの方が面白そうだったから」」
「そんなんで持ち場放棄するんじゃねえ!」
「落ち着けよロック。・・・にしても解らないのは、わざわざ城に留まる理由だよな。牢から逃げたら、そのまま逃げ出せばいいのに―――いや待て、そうか医務室か」

 医務室には現在、怪我人達が運び込まれている。
 その中にはSeeD達も含まれている。

 しばらく考えて、ロイドはキスティスの言葉を伝えに来たドワーフに問いかけた。

「医務室を占拠される時、誰も怪我したり殺されたりはしてないんスよね?」
「そうラリ」
「そして、俺を名指しで指名したのは、金髪の―――ムチを持った女じゃなかったッスか? ええと、確か、名前はキスティスって言ったかな」
「その通りラリ」
「・・・なるほどな。ということは、目的は―――」

 ロイドはブツブツとなにやら考えている。
 不意に、カインが声を上げた。

「考えるよりも、さっさと潰しに行った方が速くないか?」

 ぶるん、とカインが槍を振るう。
 だが、その隣でフライヤが首を横に振った。

「やめておいたほうがよいな」
「ほう? 何故だ」
「忘れたか。先の戦いでは、ドワーフはSeeDたちに一蹴された。まともにぶつかっても被害が多くなるだけじゃ」
「フン、ならば俺一人で十分だ」

 SeeDがドワーフたちを一蹴したというのなら、カインもSeeD達を圧倒した。
 しかし。

「カイン、お主の強さは認めるが、蛮勇は身を滅ぼすぞ」
「何が言いたい?」
「先程、お主はSeeDたちを蹴散らしたそうじゃが、それは後方からの強襲だったからじゃ。正面から相対すれば、結果は少し違っておったじゃろう―――それでもお主が勝利したじゃろうが」
「勝てるならば問題なかろう」
「さっきまでとは状況が違う。おそらく、向こうで指揮を取っているのは、キスティス=トゥリープという女じゃ」

 フライヤは包帯が巻かれた左手を見下ろす。
 キスティスと戦う時に負った怪我だ。

「あやつの戦闘能力は私と同程度じゃが、判断能力に長けておる。向こうはこちらにカイン=ハイウィンドが居ることも知っておるはずじゃ。何かしらの対策も考えておるじゃろうな―――例えば、狭い通路や部屋の中で戦う、とかな」
「ふむ・・・」

 言われて、カインは槍を肩に掛ける。
 確かに槍を使うには狭い場所では不利だが、それでも並の相手になら負ける気はしない。
 しかし、相手はSeeDだ。下手に突っ込んで良い相手でもないと判断する。

「ならば、どうする?」

 そう、問いかけたのはフライヤにではなく、熟考中のロイドにだった。
 ロイドはカインに問いかけられて、顔を上げる。

「とりあえず、行ってみることにします」
「一人でか?」
「いえ―――」

 と、ロイドはセリスの方へ視線を向けて、

「セリスさん、一緒についてきて貰えませんか?」

 セリスは驚いたように自分を指さす。

「私か? 構わないが」

 ロイドは頷くと、城へと爪先を向ける。
 そんな彼に、ジオット王が近寄って頭を下げる。

「ロイド殿、城内に残っている者たちのことを頼む・・・!」
「頭を上げてください王。大丈夫ッスよ、俺の考え通りなら、何も問題はないはずですから」

 

 

******

 

 

「―――しかし意外だな」
「何がッスか?」

 医務室へ向かうために城内を歩きながら、セリスは本当に意外そうに言葉を吐く。

「お前、私のことを信用してなかったのではないか?」
「・・・気がついていたんですか」

 それこそ意外だったのだろう。
 ロイドは思わず立ち止まり、セリスを見る。
 彼女は苦笑返して、

「まあな。・・・貴様よりは若いが、これでも将軍となるまでの色々あった。他人が自分のことをどう思っているか、少しくらいは読めるさ」

 それに、とセリスは続けて。

「信用しないのが普通だろう? むしろお前達の王が例外なのだろうな」
「それは同感ですね」

 と、ロイドも苦笑。
 そんな彼に、セリスは問いかける。

「それで? 何故、信用していない私を同行者に選んだ?」
「おや、解りませんか?」
「・・・貴様、私を試そうというのか」

 明らかに不機嫌になったセリスに、ロイドは「そういうわけじゃないんですけどね」と弁解してから。

「なに、単純な話ですよ。・・・キスティスというSeeDの女性が何の目的で医務室を占拠したのか、その理由は読めたつもりですが、もしも俺の読みが外れていた場合―――これが相手の罠だった場合、貴方なら魔法で逃げることができるでしょう?」
「なるほど。最悪のパターンを考えて、か。・・・しかしそれなら、信用できない私ではなく、カインを連れて行った方が良かったのでは?」

 皮肉のつもりか、信用できない、という部分を強調してセリスが問い返す。

「さっき、フライヤさんも言ってましたが、相手はこちらにカイン=ハイウィンドが居ることを知っている。俺が相手だったら、少なくともそれに対抗する手段の一つや二つは用意しておきますよ。まともにぶつかれば、どうしようもない相手でも、やりようによってはどうにかなる。例えばSeeDには魔法がある。魔法に関しては俺もカイン隊長も専門外だ」
「成程な。つまりは魔法を警戒して、私を選んだと言うことか」
「単に “逃げる” ことだけを考えるなら、ロックのヤツが適任なんですがね」

 言われてバンダナの青年の顔を思い浮かべる。
 確かに逃げることは得意そうだ。

「さて、そろそろ行きましょうか」

 立ち止まっていたロイドはそう言って歩き出そうとする。
 だが、それをセリスが呼び止めた。

「ちょっと待って」
「はい?」
「行く前に、一つ頼みがあるんだけど」
「なにがッスか?」

 訝しがるロイドの口元を、セリスは指さした。

「その口調」
「は?」
「ずっと気になってたけど、もうちょっと普通に喋れない?」
「普通って・・・俺はこれが普通ッスけど」
「ロックには口調が全然違うじゃない」
「それは、アイツはなんか妙に気が合うというか―――だいたい、それならセリスさんだって同じじゃないスか。ロックに対しては、くだけた喋り方で」
「今みたいに?」
「そう、そんな風に―――ってあれ?」

 いつの間にかセリスの口調が変わっていることに気がついて、ロイドはきょとんとする。
 セリスはくすりと笑って、

「頼みというのはそのことよ。私に対しても普通に喋りなさい」
「命令になってますよ!? ていうかなんでまた。別に良いじゃないですか、口調なんて」
「信用されていない相手に丁寧に喋られるっていうの、もの凄く気持ち悪いのよ。私のことを信用できないならそれなりの態度でいなさい」
「だけどですね・・・」
「私の頼みが聞けないというのならここまでよ。ここから先は貴方一人で行きなさい」

 セリスはぷいっとロイドに背を向ける。
 ロイドは暫く逡巡していたが、やがて、意を決したように、

「わ、解った。解りましたよ」
「 “解りましたよ” ?」
「―――っ。解ったよ、セリス! ・・・これでいいか?」

 ロイドのその言葉を聞いて、セリスがくるりと振り返る。

「はい、良くできました♪」

 振り向いたその表情には微笑みが。
 今まで見たことのないような上機嫌に、ロイドは思わず目を奪われる。
 そんなロイドに、セリスは小首を傾げた。

「どうかしたの?」
「べ、別にっ、なんでもっ」

 自分の顔が赤くなっていることを自覚して、それを見せないように前を向いてさっさと歩き出す。
 セリスもその後に続いて歩き出した。

「・・・にしたって、なんでまたいきなり・・・」
「何か言った?」
「いや。印象変わったなあって」
「そうかしら?」

(・・・変わりすぎだ)

 内心呟くロイド。
 噂に聞いたセリス=シェールと言えば、弱冠18歳ながらに軍のトップである将軍職まで登り詰め、なによりも冷徹で、その血と心は氷で出来ていると揶揄されるほどに、血も涙もない女だと。
 だが、今、すぐ後ろを歩いているのは、冷血の将軍とは掛け離れた、普通の女性に思える。

(・・・あれ、だけど・・・気のせいか? なんか最初っからこんな感じだったような気もしてきた。・・・あれ?)

 奇妙な違和感―――というか、なにかしっくり来ない感じがして、戸惑いながらロイドは医務室へと向かった。

 

 

******

 

 

「いや。印象変わったなあって」
「そうかしら?」

 ロイドに言われてセリスは昔の自分を振り返ってみる。
 思い返すまでもない。
 変わったから―――変わってしまったから、セリスは今、ここに居るのだ。

(けれど、その “変わってしまった” 原因の一旦は、貴方でもあるのよ?)

 前を歩くロイドの背中を見つめながら、セリスは心の中だけで呟く。

 ロイドと二人きりになったせいだろうか。
 セリスは何となく、初めてロイド=フォレスと話をした時のことを思い返す。

 それは、もう何年も前のことにも思えるが、実際は二、三ヶ月前程度の話だ。

 セシルがまだ王ではなく、しかし赤い翼の長を解任された夜の事。
 イレギュラーで、炎の魔物―――ボムの大群が出現し、それを倒すためにセリスはセシルのダークフォースに初めて触れた。
 あの時だ。

(あの時、私が見せつけられたのはセシル=ハーヴィを取り巻く、絆<きずな>の強さ)

 思えば、その “絆” というものに触れたせいで、変わってしまったのだと思う。
 少なくとも、ローザに対して思い入れが強くなってしまったのは、それが原因なのだろう。

 そしてその絆の中に、当然、ロイドの存在もあった。

 そんなことを思い出したせいだろうか。
 ロイドが自分のことを信用してくれていないことが、なんとなく嫌だった。

 セリス自身が言ったとおり、それが普通なのだろう。
 他国の将軍を受け入れ、そのまま信用するなど、普通の人間はしない。
 けれど、それでも、 “ガストラの女将軍” ではなく、 “ただの” セリス=シェールのことを信じて欲しいと思った。だから、せめて口調だけでもロックと同じように対等にして欲しいと思った。

(・・・なんて、恥ずかしいから絶対に口には出さないけれど)

 らしくないことを考えているという自覚はある。
 セリス=シェールはそんな風に、他人の絆を求めるような甘い女ではなかったはずだ。
 けれど、そんな建前はどうでも良かった。
 問題は、今までのセリスではなく、今のセリスがどうしたいか、なにをしたいか、なのだから―――

 


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