第18章「あにいもうと」
K.「牢屋の中で」
main characterキスティス=トゥリープ
location:ドワーフの城・牢屋

 

 バッツとリディアの決闘が始まった頃―――

 先の攻城戦で生き延びて捕まった、SeeD達の中で、治療の必要ない者は牢屋に入れられていた。
 生き延びたのはカインと遭遇し、しかし刃向かわなかった者たち、或いはカインとは遭遇しなかった者たち、そして―――

「随分と、数が減ったわね」

 トントン、と鉄格子を指で弾きながらキスティスは牢屋の中に居るSeeD達を見回す。
 その数は、出撃したときの4分の1にも満たない(SeeD候補生達は数には入れない)。
 広い牢屋ではあるが、一つの部屋に全員収まる程度の数だ。その殆どがカイン一人に殺戮された。

 SeeD達の様子も様々だった。
 未だ茫然自失としている者、牢屋に入れられた屈辱に苛立ちと怒りを感じている者―――前者はカイン=ハイウィンドと遭遇した者たちで、後者は遭遇しなかった者たちだ。

(・・・もしかしたら、何人かはSeeDを辞めるかも知れないわね)

 青ざめた顔で言葉を失っているSeeDを見て、キスティスは嘆息する。
 カインと直接遭遇していない者は、気落ちしている同僚に向かって「一度負けただけで、そんなにショックを受けるなら、この先やっていけないぜ」などと声を掛けていたが、キスティスはそんな叱咤激励もなにも言う気にはなれなかった。

 カイン=ハイウィンドの強さは耳にしたことがあるし、なによりもカインに負けた―――というか戦うことすら出来なかったSeeD達の中には自分の教え子や、共に戦ったことのある戦友も居る。
 彼らが生半可なことで臆するような、そんな弱者ではないことはキスティスも知っている―――つまり、それだけ。

(カイン=ハイウィンドが圧倒的だった、か)

 ある程度報告は聞いている。
 カインの攻撃の前に、SeeD達は連携もなにもすることもなく、一方的に瞬殺されてしまったと。

「ど、どうします?」

 と、声を掛けてきたのは唯一のSeeD候補生の生き残りであるニーダだった。
 もう一人、候補生ならばサイファーが居るが、彼は牢屋の中にはいない。今頃は別の場所で治療を受けているはずだった。

「どうしようかしらねえ・・・」
「さっさと脱出するべきだ」

 SeeDの一人が声を上げる。
 そう声を上げたのは青ざめた方―――つまり、カインと遭遇したSeeDの一人だった。

「そして依頼主と合流するか、なんとかしてガーデンへ戻ろう。なにもこんなところでのんびり捕まっていることはない」

 平静を装っての発現だったが、表情はまだ恐怖に青ざめているし、その上、声も若干震えていた。
 もっともな意見ではあったが、理性的ではない。
 単に今すぐこの場から逃げ出したいだけなのだろう―――そう言っても認めないだろうが。

「そうね、確かにその通りだわ」

 キスティスはとりあえず同意を示すように頷く。
 下手に頭ごなしに否定しても、反発されるだけだ。

「ただ、どうやって脱出するつもり? 武器は全て取り上げられているし、なによりも牢屋の外にはカイン=ハイウィンドという “最強” がいる。下手に逃げ出しても殲滅されるだけよ」
「そ、それは―――しかし」

 反論、というかカインの名前を出されて、そのSeeDは口ごもる。ちょっとしたトラウマになっているようだった。
 そんな彼の様子に、キスティスは自分でも意地が悪いと思いつつ、言う。

「・・・それとも貴方、私達を逃がすために囮になってくれる?」
「―――っ」

 青かった彼の表情がさらに青ざめ、それ以上は口を開こうとしなかった。
 実際にカイン=ハイウィンドを見てはいないが、それにしても呑まれすぎだ。
  “最強の竜騎士” がどれ程のバケモノかは知らないが、傭兵にはどんなバケモノだろうと立ち向かえる胆力が必要だというのに。

(仕方ないのかしらねー)

 世界最高の傭兵部隊 “SeeD” 。
 その威光は世界各地に轟き、争いの絶えないシクズスやエイトスからは年中依頼が絶えない。キスティスの世代よりもずいぶん前の話だが、バロンとエブラーナが争っていた時は、ここフォールスにも派遣されたことがあるらしい。
 他の地方からも、魔物や盗賊退治の名目で、簡単な依頼が入ることもあるが、何にせよ言いたいのは、それだけ “SeeD” と言う傭兵が重宝され、よく使われると言うこと。使われると言うことは、それだけ信頼性が高い―――任務達成率が高いという意味でもある。

 任務達成率が高い理由は単純で、任務成功すると思われる人員を派遣するからだ。
 単純明快な理由ではあるが、これが割と簡単なようで難しい。
 依頼の内容を吟味し、SeeD達の能力を把握し、適切な人員を派遣する―――バラムガーデンで、派遣するSeeDを選抜するのは主にシド学園長だが、その判断が間違っていたことはほとんど無い。

 だから、任務に赴いても、自分の能力を限界まで振り絞って、生きるか死ぬかという状況はまずない。
 緩いとまでは行かないが、それでも “SeeD” であることにある種の慢心がある。キスティス自身、それが無いとは言い切れない。

(だから、本当に切羽詰まってしまった時、脆い―――今回のように)

 今回の様な事態が特殊であるのだ。
 そもそも、依頼内容からして不明瞭である。 “ドワーフの城に攻め込んでクリスタルを奪取する” という依頼だが、クリスタルがどういうもので、何のために必要であるのかも解らない。
 まあ、その辺りの情報は傭兵には必要ないことではあるが、それを除いても、相手の戦力や状況など、必要な情報も解らないままにこの地に飛ばされた。だいたい、ゴルベーザという男の正体もよく解っていない。

 解らないことだらけの任務だ。
 シド学園長だけは理解しているのかも知れないと思ったが、部隊の編成を考えて思い直す。
 普段の任務よりも人員が多く投入されている。別任務で出ているSeeDを除く、学園に残っていたほぼ全数のSeeDが投入されていた。
 城を攻めるのだから必要な数なのかと思ったが、考えてみれば任務の内容は “制圧” ではない。実際に話を聞いてみれば、余裕で王の間まで到達できたという。むしろ人が余りすぎたせいで、城の各所、必要のない所まで制圧していたらしい。

(適切とは言えない過剰な数の投入・・・学園長も、任務の難度が計れなかったから、必要以上にSeeDを投入せずには居られなかった、か)

 常に細密な情報があるわけではない。
 ただ、国家間の戦争ならば、常に情報収集をして戦況は大まかに解っている。魔物退治程度なら、依頼人の話から魔物の種類を推察することも出来る。
 だが、ゴルベーザは国家ではなく個人だ。
 個人が城を落とす依頼をしてくるなど、前代未聞の未知の任務だった。
 しかも相手は地底世界のドワーフと、突拍子もない任務。普段のシド学園長ならば、断ったはずだが―――

( “理事長” をその気にさせるほどの報酬を払ったのか、それともシド学園長にも考えがあってのことか・・・)

 何にせよ、その辺りの事情など今考えても仕方がない。
 今、考えなければならないのは、これからどうするか、だ。

 脱走することは当然としても、その後どうするか。
 先程誰かが言ったように、依頼人と合流するか、それともどうにかして自力でガーデンへ帰る道を見つけるか。

(問題は、それをどうやって成し遂げるか―――よね)

 逃げ出すことはそれほど難題ではない。
 ただ、依頼人であるゴルベーザが何処にいるかも解らないし、そもそも地底から地上に出るにはどうしたらいいのかも解らない。

 とりあえず逃げてみて、それを探す―――というのも一つの手ではある。
 団体で逃げれば目につくので、SeeDの基本である三人一組になって逃げ出せば、かなりの確率でガーデンへと帰り着けるだろう。SeeDを名乗る以上、それくらいの能力はある―――普段ならば。

(問題はSeeDではないニーダと、カイン=ハイウィンドに畏怖してしまったSeeDたちよね・・・)

 ニーダの担当教官はキスティスだ。彼の能力は十分把握している。
 突出したところがない代わりに、弱点もない。善くも悪くも “平均的” な生徒だ。
 彼のことは、彼を良く知るキスティス自身がフォローしてやればどうとでもなる。

 問題なのは、カイン=ハイウィンドという恐怖を知ってしまったSeeDたちだ。
 トラウマのせいで、普段通りの実力が出せそうにない。もしも逃げ出してカインとばったり遭遇してしまったら、それだけで恐慌に陥るような様子だ。他の仲間の足を引っ張る可能性が高い。

(―――今逃げ出しても、かなりの確率でガーデンへと戻ることは出来る。でも、逆を言えば、何人かは戻れない可能性があるということ・・・)

 だから今逃げるべきではない、と判断する。
 判断して、キスティスは自嘲気味に苦笑する。自分の考えは甘すぎる、と。

(本当なら、足手まといを囮にして、他の帰還率を高める―――というのが、正しい傭兵の在り方なんでしょうけど、ね)

 傭兵としても、傭兵の教官としても、甘すぎる。

(・・・やっぱ、向いてないのかしらね。私は)

 そんなことを思っていると。
 牢屋の外で音が動いた。

 

 

 


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