第18章「あにいもうと」
J.「兄妹」
main character:バッツ=クラウザー
location:ドワーフの城・城門前

 

 

 鬼―――オーガというものを、ロックは見たことがあった。
 人間の二倍ほどの巨大な体躯に、膨張したような筋肉を持ち、頭にはいびつに歪んだ角を持つ。口には牙が生え、見るからに人をとって喰うような、凶悪な魔物だ。

 リディアが召喚したそれは、そのオーガに良く似ていた。
 ・・・似ているだけで、全くの別物だったが。

「なんだ、ありゃ」

 思わず口をついて出た、ロックの言葉は自分でも意外だと思うほどに平坦だった。
 オーガの何倍もある―――ちょっとした建物程度はある巨大な肉体。岩ではないかと思うほどに硬く膨れあがった筋肉。口と頭から生えた牙と角は鋭く怖ろしい。
 のみならず、その鬼は紅蓮の炎を身に纏っていた。文字通り、衣服のように炎を “着ている” ような感じだ。

 だが、そんな外観などはどうでもいい。

「なんだ・・・ありゃ・・・?」

 もう一度ロックは同じ言葉を呟く、
 青ざめた表情で、今度は少しだけ感情が込めることが出来た。
 その感情とは恐怖。
 ロックは抗えない恐怖を体感していた。あまりの恐怖に、一瞬、感情そのものが吹き飛んだほどだ。
 それほどまでに、リディアが召喚した炎の魔神―――イフリートに恐怖を感じる。しかし―――

(けど、これは・・・ッ)

 それは、初めて感じた恐怖ではなかった。
 だからこそ、よりハッキリと感じることが出来る。

(あいつと・・・アストスと同じ・・・)

 トロイアの洞窟で遭遇した、ダークエルフの王。
 それと同じくらいの危機感を、ロックに備わった危機感知能力が知覚していた。

「あれが、幻獣だというのか・・・」

 ロックの隣でセリスも呆然と呟く。
 初めて見た、本当の “幻獣” ―――その幻獣から圧倒的な威圧感と共に感じられる魔力は、未だかつて感じたことの無いものだった。
 下手に魔封剣など使ってしまえば、強大な魔力そのものにセリスというちっぽけな存在は塗りつぶされてしまうだろう―――そう、思わせられるほどだ。

 ・・・どくん、とセリスの中の魔石が疼いたような気がする。

 何故、魔導戦士に組み込まれるのが死んだ幻獣の残した魔石であるのか。幻獣そのものの力を注入されるわけではないのか。その理由は考えなくても解る。

(人間の、扱える力じゃない・・・)

 だというのに、それを召喚した者が居る。
 人間の、召喚士の少女。

(・・・ケフカが、フォールスに来ることを拘ったのもこのためか)

 もっとも、その本人はさっさと帰ってしまったが。

「何をぼさっとしている! 早く逃げるんだ!」

 ブリットの声に、ロックは我に返った。

「しかし、まだバッツが―――」
「いや、退こう」

 フライヤが言いかけたのを制したのはヤンだった。
 その言葉に、フライヤは驚いてヤンを見る。

「何を言っている!? お主は感じないのか、あの魔神の力を。・・・御伽噺は真実じゃった! 魔法の使えぬ私でもはっきりと解る、あの人智を越えた力を!」
「人智を越えた力、か―――しかし」

 慌てるフライヤとは正反対に、ヤンは至極落ち着いてバッツの方を見る。

「その人智を越えた力とやらに、真っ向から立ち向かい、そして勝利した―――バッツ=クラウザーという男は」

 思い出されるのはバロンの “決闘” 。
 セシルの圧倒的なダークフォースを前にして、バッツは一歩も退かなかった。

 しかし、今の相手はセシルでもダークフォースでもないが、何故かその時のことを思い出されるのは。

「あの時と同じだ。バッツのヤツを見ろ。余裕を持って笑っているではないか」

 セシルの “闇” をバッツは嘘だと決めつけて笑い飛ばした。
 あの時と同じように、幻獣、という強大な力を前にしても、バッツは臆することもなく笑っている。

「ヤツは死なぬ。何故ならば、バッツ=クラウザーは最強の―――」

 と、言いかけて、ヤンは言葉を止める。
 それからニヤリと笑って、言い直した。

「――― “ただの” 旅人なのだからな!」

 

 

******

 

 

 ヤン達の姿が遠ざかる。
 安全な位置まで下がる仲間達を見送って、バッツはリディアに―――その背後に存在する幻獣へと目を向ける。

 炎の魔神。
 そう形容するのが相応しい、炎を司る幻獣・イフリート。
 その秘められた力は、対峙するだけで押しつぶされそうな強烈な威圧感から伺い知ることが出来る。まともにやり合えば、バッツなど一瞬で炭にされてしまうだろうとすら思わせられる。

 だからバッツはそれを見上げ、感嘆の息を漏らす。

「すっげーなあ・・・」

 しかし、その声に怯えはない。
 ただただ感心するだけだ。

「・・・随分と簡単な感想じゃない」

 額に玉のような汗をびっしりとかいたリディアが、うっすら微笑みながら言う。
 それは、気温の高い地底だからとか、炎の魔神を背に負っているからだという理由だけではない。

  “魔封壁” ―――人間達の済む現界と、幻獣達の済む幻界。二つの世界の狭間にある “壁” のせいで、幻界は閉ざされている。
 そのせいで、幻界の幻獣達を召喚することは基本的には出来ない。
 魔封壁を越える力を持つ者ならば可能だろうが、壁を造ったのは幻獣達の王だ。どんなレベルの高い魔道士でも―――たとえ、 “魔女” であろうとも、それを越えるのは不可能である。

 リディアが魔封壁を越えて召喚できるのは、壁を一時的に開封する合い言葉を教えて貰っていたからだ。
 イフリートを召喚する直前に唱えていた、聞き慣れない言葉の呪文。それが、幻獣王・リヴァイアサンから教わった、魔封壁開封のキーワードだ。

 しかし、合い言葉を知っていたからと言って、そう簡単に開封できるものではない。
 リディアが全身全霊を込めて魔力を注ぎ込んで初めて、開封できる。リディアが苦しそうに疲労しているのはそのためだった。

「さて・・・みんなも退避したみたいだし。そろそろ行くよ。覚悟は良い?」

 リディアがバッツに告げる。
 正直、すでに限界だった。
 ―――召喚魔法を使うのは、それほど苦ではない。強大な力を持つ幻獣達だが、リディアはそれらを無理矢理に使役しているわけではない。彼女にとって幻獣達は友達であり、だから呼びかければ向こうから来てくれる。
 ただ、魔封壁を開封した状態を維持するのは、相当に負担がかかる。維持しているだけで、魔力がガンガン吸い取られていく。もしも、魔力が尽きればイフリートは幻界に強制送還されてしまうだろう。

 むしろそうなるほうが、良いのかもしれない。
 ブリットの言葉ではないが、リディアが召喚した幻獣は、城や町の一つ焼き尽くすほどの力を秘めている。
 ただの人間であるバッツなど、炭も残らずに焼失するだろう。

 バッツに限らず、この力は人間が抗せる力ではない。
 放てば確実にバッツは焼死する。リディアにはその確信があった。
 だから、本当はこの力を放つ気はなかった。ただ、召喚して見せただけで、すぐに引っ込める積もりだった。―――今し方、バッツの “感想” を聞くまでは。

 あっさりし過ぎているバッツの感想。
 まともな人間ならば、 “炎の魔神” という人外を見た瞬間、背を向けて逃げ出している。勇敢な戦士ならば、その威圧感に耐えて立ち向かおうとするかも知れない。
 だが、バッツ=クラウザーはマトモな人間でも、勇敢な戦士でもない。ただの馬鹿だった。
 人外のバケモノを前にして、全く動じない。

 もしもバッツが、腰の一つでも抜かしてくれたなら、リディアは満足して幻獣を引っ込めたかも知れない。
 リディアの胸にはバッツの言葉が引っかかっていた。

『弱っちいリディアなら、あっさり殺されちまうだろうなあ』

『変わってないよ、お前は』

 再会した “お兄ちゃん” は、少女の記憶の中にある姿と変わらずに、けれど遙かに強くなっていた。
 なのに、彼よりも長い期間修行を続け、力を得たはずの少女を、 “お兄ちゃん” は認めてくれない。

 リディアは、バッツを殺す気なんて塵ほどもない。
 むしろ、死んで欲しくないからこそ、憎まれ口を叩いていた。
 しかし今、自分の召喚したモノが必滅の力だと知りつつ、それを放とうとしている。矛盾、である。死んで欲しくない相手を滅ぼすための力を放とうとしている矛盾。
 自分でも矛盾しているとはっきりと気がついている。

 ただ、その矛盾した行為の理由を、彼女は理解していた。
 リディアが思うのはただ一つ。大好きなお兄ちゃんに自分を認めて欲しいと言うことだけ。強くなった、と褒めて欲しいだけなのだ。

「一応・・・言っておくよ?」

 息を切らし、歯を食いしばり、必死で人間の手に余る力を制御しながら、リディアはバッツに呼びかける。

「死んだら・・・許さないから」

 言いながら、馬鹿なことを言っていると自覚する。
 死んで欲しくないのなら、そもそも幻獣など放たなければいい。

 しかし、バッツはそんなリディアの矛盾を指摘することなく、いつも通りにニヤリと笑う。

「安心しろって。俺は絶対に死なないから」
「うん・・・」

 バッツの言葉に、リディアは素直に頷いた。
 もう一つ、リディアの中に矛盾があった。
 幻獣の力は絶対必滅―――この力を放てば、バッツは確実にこの世から消え去ると確信している。・・・その一方で、バッツは絶対に死なないと確信している。だからこそ、リディアは幻獣を―――

「行きなさい! イフリート!」

 ―――解き放つ!

 

 

******

 

 

 ―――紅蓮が舞った。

 幻獣が吼え、その身に纏う炎の衣が風もないのに翻り、火の粉を散らす。
 ちょっした家屋の大きさを持つ幻獣の衣だ。火の ”粉” と言えども、文字通りのものではない。大きいもので人の頭、小さいものでも握り拳ほどの大きさの火の粉―――いや、火の球だ。
 それが幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも――――――それこそ火の粉が舞うが如く、無数に生み出される。

 無数の火の粉はしばらくイフリートの周囲を漂っていたが、やがて重力の存在を思い出したかのように落下していく。
 ただしリディアの居る真下ではない。前方―――つまりはリディアと対峙するバッツへと。

 雨あられと自分に向かって降り注ぐ炎に対し、バッツは最後まで笑みを崩さない。
 豪雨―――というよりは吹雪だろうか。
 炎の吹雪がバッツに向かって殺到する。その寸前までリディアはずっとバッツの姿を見つめていた。いつまでもバッツは不敵な笑みを浮かべ続け―――そして、炎に呑まれる。

 爆音。
 炎の球が地面に激突し、爆発し、熱風が巻き起こる。
 風がリディアの頬を打つ。あまりの強風に、リディアは目を閉じて―――そしてすぐに目を開ける。

 目を開けた先では、まだ炎が降り注いでいた。
 バッツが立っていた場所が何処だったのか、もう正確にはわからないほどに炎の吹雪―――というよりは滝のようになって降り注いでいる。

「・・・あ?」

 思わず、とリディアの口から呆けた声が漏れる。
 バッツはあっさりと炎に呑み込まれた。
 じっと見つめていたが、避けようとした様子もない。

 あっさりと。あんまりにもあっさりと、バッツ=クラウザーは炎の中に消えた。

「・・・ウソ」

 今、自分が見たものが、リディアには信じられなかった。
 あれだけ自信たっぷりに笑っていたのだ。絶対に死なない自信があったのだと思い込んでいた。
 信頼していた、と言っても良い。人外の力を放ったとしても “お兄ちゃん” ならば大丈夫だと。

 ―――だが、その信頼は裏切られた。

「・・・馬鹿」

 がくり、とリディアは膝をつく。
 その呟きは、バッツに向けてのものではない、自分自身への自虐。

(いくら強いからって、不死身なわけがない。そんなこと、解っていたはずなのに・・・!)

 かつて、ファブールでの悪夢が脳裏にフラッシュバックする。
 ティナを奪われ、そしてバッツも殺されかけたあの戦い。
 その時、リディアは何も出来なかった。あの時居た仲間の中で一番幼く、そして弱かったからだ。

(だから強くなったのに・・・強くなって―――弱いせいで、大切な人を失わなくても済むように・・・! なのにッ!)

 それなのに、自分がバッツを殺してしまった。
 今になって、どうして自分がこんなことをしたのか理解できない。
 放てば必滅。絶対にバッツは死ぬと解っていた―――それなのに、どうしてそんな力を使ってしまったのか。

 ―――いつの間にか、炎は止んでいた。イフリートの姿も無い、どうやら幻獣界へと還ったようだ。
 ごぼり、ごぼり、と音が響く。
 バッツの立っていた場所―――炎が降り注いだ場所の地面が、融解して小さなマグマ溜まりとなっていた。
 マグマから放たれる熱気がリディアの肌を灼く。
 さっきまでは、イフリートの力で目の前に炎が降り注いでいても、その熱気を感じなかった。強大すぎる幻獣の力だ、幻獣がガードしなければ術者ごと全て滅ぼしかねない。

 しかしそんな熱気も、リディアは熱いとすら感じなかった。
 あまりの喪失感に、感覚がマヒしかけている。
 それでも呼吸して、喉が熱気に灼かれてむせる。けほけほと、数度咳をしてから、リディアはかすれた声でぽつりと呟いた。

「お兄・・・ちゃん」
「お、なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 声は、背後から。
 呆然として膝を突いたまま首だけ振りかえる。
 するとそこには、さっきと変わらない笑みを浮かべたままのバッツが居た。

「・・・え?」

 もう一度、疑問を短音に乗せる。
 さっきまでの喪失感が尾を引いて、目の前にいる存在が理解できない。

「どうかしたのか?」

 リディアが声を失っていると、バッツが心配そうに声を掛けてくる。

「な、な、え・・・あ?」

 まだ混乱しているリディアに、バッツは声を掛けようとして―――口を閉じる。
 困ったように眉根を寄せて、どう声を掛ければいいのか迷っている様子だった。
 そんなバッツに、ようやく混乱から少し立ち直ったリディアが、身体ごとバッツの方へ向き直って疑問をぶつける。

「な、なんで・・・」
「おう?」
「なんで声を掛けないのッ!」

 どうして生きているのか、とかそう言うことはとりあえずどうでも良かった。
 さっきまでの喪失感を思いだし、リディアの中に沸々と怒りが沸き上がる。

(心配したんだからすっごく心配したんだから本当に殺しちゃったかって死んじゃったのかって思ったんだからッ)

 感情が爆発する。
 それを言葉にしなかったのは、あまりにも感情が先走りすぎて上手く言葉に出来なかったからだ。

 そんなリディアの気迫に押されたのか、バッツは半歩下がって困ったように愛想笑いを浮かべる。

「や、だってさっき」
「さっきぃ!?」
「ブリットのこと、気遣ったらなんか怒られたし。よく解らんが気落ちしてるようだったから、下手に声を掛けない方がいいかなーって」
「妹が落ち込んでるんだから、声の一つもかけてやるのが当たり前でしょ! 空気読みなさいよ馬ーーーーー鹿っ!」

 照れ隠しなのか何なのか。
 リディアは思いっきりバッツを罵倒する。
 対し、バッツは力無く笑う、

「悪かったよ、馬鹿で。・・・ていうかさ」
「ていうか、なに?」
「もう、限界」
「へ?」

 言葉の意味が解らずにきょとんとするリディアの目の前で、バッツは笑みを浮かべたまま―――その身体がぐらりと傾ぐ。

(倒れる・・・?)

 そう、なんとなく思った瞬間、その通りにバッツの身体がリディアに向かって倒れ込んでくる。
 反射的にそれを抱き止めた。

「ちょっと、おにぃ・・・バッツ、どうしたの?」

 まともに “お兄ちゃん” と呼ぶのは気恥ずかしいのか名前で言い直す。
 だが、バッツからの反応はない。
 一瞬、さっきの喪失感が蘇る―――が、すぐにバッツが呼吸していることに気がついて安堵する。

 無念無想に斬鉄剣と、バッツは自身の本気を惜しみなく使って見せた。
 人並み外れた技を、人の身で使用するには代償が居る。
 いかに “無拍子” の使い手でも、身体への負担を無視することは出来ない。

 さらに、バッツはさほど打たれ強い人間でもない。
 リディアのムチによるダメージも見た目以上に効いていた。むしろ、今まで動けていたのが不思議なくらいだ。

 ボロボロになったバッツの身体を抱きかかえ、リディアは意識を失っているバッツの耳元へとそっと囁く。

「ごめん、お兄ちゃん」

 謝罪の言葉を呟いて、リディアは小さく吐息する。
 リディアの方も、疲労困憊だった。
 バッツとの戦いで、使った魔法は大した労力ではない。疲労の原因は、最後に召喚した幻獣。それも召喚してさっさとその力を解き放っていれば、それほど負荷が掛るモノではなかった。バッツに見せつけるように、幻獣を “こっちの世界” につなぎ止めていたことが、一番の理由だ。

 さらに、幻獣の力を無理矢理抑えて手加減させたことも原因の一つ。
 大地をマグマに変えてしまうほどの火力。それだけでも人間の魔道士では一生どころか、数代重ねてもまだ届かない程の力だが、それほどの力でも炎の幻獣イフリートの力の一割程度だ。

「・・・私も、限界」

 もう、魔力はすっからかん。ちょっとした魔法も使えそうにない。

(おんなじだー)

 すぐ傍で全てを使い果たして意識を失っているバッツを見て、はにかんで―――それから目を閉じた。

 

 

******

 

 

「・・・とんでもねーな」

 ロックは少し離れた場所に出来たマグマ溜まりを眺め、感想を呟いた。

 イフリートが消え去った後。
 これでようやく戦いが終わったのだと察し、見守っていた観客達は、バッツ達の元へと集う。

「・・・セシルと言い、どうしてこいつは身内と戦う時の方がとんでもないのか」

 ヤンは気を失っているバッツを見て苦笑する。
 他の者たちは、人智を越えた戦いに、まだ半ば放心していたりもするが、 “一度見ていた” ヤンは割と早くに我に返っていた。

「こうしてみれば、単に―――」

 ヤンの目の前で、バッツとリディアは意識を失っていた。
 バッツをリディアが抱き止める格好になっていたが、そのリディアもバッツに体を預けるようにして意識を失っている。
 互いに互いを支え合うような男女の姿。
 ただしそれは、恋人同士のように甘く色気のある雰囲気は無く・・・

「―――単に、ただの兄と妹にしか見えないな。なあ?」

 ヤンが声を掛ける。
 声を掛けられたカインは肩を竦める。

「・・・さあな。俺には兄妹などいないからよく解らん。―――もっとも、兄妹みたいな存在は居たがな」

 今は城で彼が “王” と認めた青年と、仲睦まじく過ごしている彼女―――ローザのことを思い出しながら苦笑する。

「もっともそれは、こいつらみたいに楽しげなものでもなかったが」

 むしろ苦労ばっかりかけられた気がする。
 それも、興味がセシルへ移ってからは、その苦労もセシルが肩代わりしてくれるようになったが。

「・・・おい、なんか来たぜ」

 不意にロックが声を上げる。
 ロックの視線を辿ってみれば、彼はすでにマグマの方を見てはおらず、ドワーフの城から走ってくる一人のドワーフを見ていた。

「た、た、た、大変ラリーーーーーーーーっ!」
「なんじゃ、騒々しい。何があったというのだ!?」

 そのドワーフは泡を食ったように息をきらせて駆けてきた。
 ロック達と同じように見物に来ていたジオット王が、何事かと問いただす。

 ドワーフは、息を整えると言うこともせず、自分が飛び出してきた城の方を指さして叫んだ―――

「お城が乗っ取られたラリーーーーーーーーっ!」

 

 


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