第18章「あにいもうと」
I.「召喚魔法」
main character:バッツ=クラウザー
location:ドワーフの城・城門前

 

 

 霧が晴れた時、ロックはドワーフたちと一緒になって、その場に転倒していた。
 それは他の仲間達も同様であったが、カインだけは平然と立っている―――足下に数人、ドワーフたちが転がっては居たが。

 ・・・リディアの “霧” はバッツだけではなく、周りの観客までも巻き込んでいた。
 何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない霧の中で、ドワーフたちはパニックを起こして動き回る―――その結果、見えない隣人と衝突し、転倒し、それがまた他の者たちを巻き込んだ結果、その場に立っていた者はカインだけ、という結果になっていた。

「・・・よーやく霧が晴れた・・・」

 ロックはドワーフたちを押しのけながら立ち上がる。
 倒れた後も、何度か立ち上がろうとしたのだが、他のドワーフたちと再激突したりして、結局また転倒・・・というのを数度繰り返し、最後には立ち上がることを諦めた。

 ロックは立ち上がりながら、傍らのセリスを見やる。ロックのすぐ傍にセリスは倒れていた。

(こんなに近くにいたのに、偶然、胸を触ったりキスしちゃったりとかいう嬉し恥ずかしのハプニングとかなかったのかよ。ちぇー)

 心の中でお馬鹿なことを考えつつ、尋ねる。

「さっきの霧、お前の魔法でどうにかならなかったのか?」
「・・・下手に動けなかったのよ」

 バツが悪そうな顔でセリスが言う。
 感覚を狂わせる魔力の霧の中だ。それはセリスも例外ではなく、一寸先も霧で周囲の状況が何も解らない状態。

 実はセリスは、即座に魔封剣を使おうとした。魔力を吸収する能力で、自分の周囲の霧を取り込もうとしたのだが。魔封剣を使うには剣を抜かなければならない。腰の剣を抜こうとした瞬間、霧の向こうからいきなりなにかがぶつかってきてもみくちゃになって倒れてしまった。流石に濃霧の中でも密着状態になれば、それがドワーフだとは解ったが、問題はそこからだ。

(次から次にドワーフたちがぶつかってきたりして、剣を抜くどころじゃなかったのよね・・・)

 強引にでも剣を抜いていたら、誰かを傷つけていたかも知れない。
 ドワーフたちにぶつかられて、軽く打撲した―――ドワーフたちは身体が岩のように硬い筋肉で覆われている―――に回復魔法を掛けつつ、セリスは一人平然と立っているカインを不満そうに見る。

「どうして貴様は立っていられたのだ?」
「お嬢さんほどヤワではないからな」
「関係あるか! 立っていたのは貴様だけだろう!」

 セリスの言うとおり、屈強、という意味ではカインにも引けを取らないはずのヤンですら、ドワーフたちと一緒に倒れていた。
 カインはフッ、と笑って。

「竜騎士の脚力と平行感覚ならば、この程度は耐えられる」

 カインの言葉通り、彼の足下にも何人かのドワーフが転がっていた。中にはカインの足に寄りかかっている者すら居る。

「・・・それは私に対するイヤミか?」

 セリスよりもさらに不満そうに呟いたのは、同じく倒れたフライヤだった。
 ネズミ族である彼女は体重が軽い。如何に鍛え抜かれた脚力を持っていたとしても、自分よりも重いドワーフたちに何人もぶつかられては、転倒するのも仕方がない。

「・・・バッツ!?」

 フライヤの文句に、カインが何かを言い返そうとした時にヤンが驚愕の声を上げる。
 その様子に、全員がリディアとバッツの方へと目を向けた。
 そして、バッツの状態に誰もが驚愕―――カインですらも、驚きに目を見開いた―――した。

「あいつ・・・ボロボロじゃねえか」

 ロックが息を呑む。
 彼の言うとおり、バッツは見てハッキリと解るくらいに瀕死状態だった。
 全身をムチで打たれ続けたせいで、服はあちこち破け、露出している肌には何条ものの赤く黒ずんだミミズ腫れが走り、血が滲んでいる。
 さらに、あれほど余裕を見せていたバッツが、激しく息切れをして、少しフラついていさえする。押せばすぐにでも倒れてしまいそうな、そんな弱々しい状態。

「さっきの霧か・・・」

 ロックはさっきの霧を思い出す。
 バッツと同じくらい感知能力に長けたロックですら、霧の中では何がどうなっているのか解らずに、動くことが出来なかった。

「あの霧の中じゃすぐ隣の気配も読めやしない。いくらあの “紙一重” でも手も足も出ないはずだ」
「でも、それならどうして霧が晴れたのかしら?」
「・・・そういや、そうだよな・・・」

 全ては見えざる霧の中での出来事だ。
 ロックとセリスが困惑する前で、リディアはバッツに向けて背を向けた。

「じゃあさようなら、もう二度と会うことも無いでしょうけど。ブリット、みんな、行くよ―――」

 リディアが自分の仲間達に声を掛ける。
 いつの間にか、フード姿の老人の所まで退避していたらしいブリット達は、リディアの方へ向かいかけて―――

「おい、ちょっと待てよ」

 バッツがそれを呼び止める。
 その一言に、リディア達の動きが止まった。
 振り返らないまま、リディアは面倒そうに言葉を返す。

「・・・なに?」
「このまんまじゃ不公平だろ」
「はあ?」

 リディアは険悪な表情でバッツを振り返る。

「貴方が言ったんでしょう! 勝ち負けに関係なく、私たちを止めないって!」
「そうじゃなくてさ」

 不機嫌そうなリディアに対して、バッツは困ったように苦笑。
 それから彼は自分自身を指さして、

「俺は全部見せたぜ? 多分、これが今の俺の本気の本気。これ以上はない」

 その言葉に、見守っていたヤンは大きく頷いた。

「確かにな。バロンで見せた力と同じ―――いや、それ以上に洗練されていたが」
「・・・つーかあれ以上があってたまるかよ。人間の常識ってモンをわきまえて欲しいぜ」

 そう言ったのはロックだが、周囲の殆どの者たちの代弁でもあった。

 そんな彼らが見守る先で、バッツはさらに続ける。
 リディアに対し “本気” を見せて貰っていないと言うと、リディアはうつむいた。その表情は誰の目にも見えない。

 うつむいたまま彼女は問う。
 どうして自分が本気を出していないと言えるのか。
 対し、バッツは事も無げに言い切った。

「俺の “妹” だからな」
「・・・理由に、なってないよ―――バカ・・・」

 そう言って、リディアは微笑みを浮かべて顔を上げる。

「ここでもっともらしい理由なんざ、言うような俺じゃないだろ?」

 バッツもニカッと笑みを返した。

 そんな自分の “兄” に、リディアはなにか諦めたように嘆息して、ブリット達の方へ視線を向ける。

「ブリット、下がって。 “アレ” をやるから」
「 “アレ” って・・・まさか!?」

 リディアの言葉に心当たりがあったのか、ブリットは驚きに目を開く。

「幻獣を召喚する気か!?」
「あ。なんで、そうあっさり言っちゃうかな。折角、私が “アレ” とかぼかして言ったんだから、もうちょっと引っ張ってくれてもいいじゃん」
「巫山戯てる場合か! 自分が何をしようとしているのか解っているのか」
「幻獣を召喚しようとしているの」
「リディアッ!」

 のらりくらりと笑うリディアに対し、ブリットは本気で怒っていた。
 そんな二人のやりとりを眺めて、ロックはセリスに問う。

「なんだ? 幻獣って、そんなマジになるほど凄いモンなのか?」
「呼び出すものに寄るだろうけど・・・魔法よりも強力であることは確かね―――もっとも、私は実物を見たことはないんだけど」

 セリスの中にも幻獣の力は秘められている。
 幻獣が死ぬ時に残す力の結晶――― “魔石” を体内に組み込まれたものが、セリス達 “魔導戦士” なのだから。
 だが、そんなセリスでも幻獣そのものを見たことはない。魔導戦士を初めとする、多くの魔導技術が生み出された魔導研究所にも、完全な幻獣は存在せず、力を失って動くこともできない幻獣か、魔石だけだった。

 だから、セリスにしてみれば、幻獣の力というのは魔法に毛が生えたようなものだと思っていた。

「・・・私が聞いたことのある御伽噺では、一つの国が滅びかけたと聞くがな」

 不意にそう言ったのはフライヤだった。
 セリスは「ああ」と声を上げて。

「ナインツの御伽噺か。私も聞いたことがある―――ある大国が、自国の発展のために、力在る者たちが強大な “神” を召喚した。しかし人間如きに呼び出された神は怒り暴れ狂い、辺り一帯を滅ぼし尽くしていずこへと消えた・・・と」
「ほう、良く知っておるな」
「一時期、研究所の所長が熱心に調べていたのよ。一度はナインツにまで行こうとしたんだけど、色々とあって結局行けなかったみたい」
「ふむ。・・・しかし、まあ単なる御伽噺じゃろう―――」
「バッツを殺す気か!? いや、下手をすれば城が吹っ飛ぶぞ!」

 ブリットがリディアに向けて叫んだ言葉で、フライヤ達の表情が凍り付く。

「まさか―――」

 と思ってみれば、冗談をいうにしてはブリットの表情は本気だった。
 その割には、リディアは緊張感の欠片もなく緩く笑っている。
 どういうわけか、先程までの、バッツ達に敵意を抱いていたような張りつめた雰囲気が微塵もなくなっている。

「大丈夫だってば。ちゃんと加減するし」
「加減とかそう言う問題かああああああああっ!」
「もー、うるさいなあ」

 逆にリディアの表情が不機嫌になると、不意に何事かを唱え始めた。

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 それは聞き慣れない言葉だった。
 世界中を回っている、ロックやバッツ達でさえ聞き覚えのない言葉。
 しかし、それを聞いて、ブリットがギクリと表情を強ばらせる。

 そして次の瞬間―――

「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 悲鳴のような金切り声がゴブリンの口から漏れた。
 そのあまりの必死さに、ドワーフたちは驚き、あわてふためく。

「・・・とてつもない魔力が蠢いている・・・!?」

 セリスがリディアから感じる強大な魔力に、息を呑む。
 魔法の使い手であるセリスの緊迫した様子に、ロックが不安そうに尋ねる。

「な、なんだ? なにが起こるって言うんだ?」
「だから召喚魔法だろ?」

 脳天気に言ったのはギルガメッシュだった。
 かれは何がそんなに嬉しいのか、楽しそうにリディアの方を見やり、

「まさか、壁があるってのに幻獣界とコンタクトできる召喚士が居るとはなー。こいつぁマジもんだぜ? 俺は素直に逃げるがお前らどうする?」
「どうするって・・・」
「ヤン!」

 ブリットが、ドワーフたちの間をすりぬけて、顔見知りのヤンの元へとたどり着く。

「ここは危険だ! 幻獣が出現すれば、辺り一帯が焼失するか凍結するか―――とにかく、もっとリディアから離れるんだ!」
「ちょっと待て。幻獣とやらはそれほど危険なのか!? ―――というか、それならばバッツのヤツを・・・」
「・・・いや、あの馬鹿、逃げる気は無いみたいだぜ」

 ロックの言うとおり、バッツはリディアの前から動こうとしない。
 それどころか、こちら方に向かってにこやかに手を振っていた―――

 

 

******

 

 

 何か慌てている様子のロック達になんとなく手を振る。
 バッツはヒマを持てあましていた。
 リディアが詠唱を終えるまで、特になにもやることがない。

 バッツはなんとなく、リディアの方を見る。
 再会した彼の “妹” は、見違えるほどに美しく成長していた。

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 リディアの詠唱は続いている。
 一語一語唱えるたびに、リディアの表情が苦しげに歪み、脂汗が肌に滲む。
 それほどまでに、今から放とうとしている術は、リディアに負荷をかけるらしかった。

 けれど、バッツはなにもしない。
 ただ、終わるのを眺めて待っている。

(流石に成長期でここまで一気に伸びないよなあ・・・)

 ブリットは十数年間修行したと言っていた。
 よくわからないが、それならば実際にリディアは十数年間の時を経て成長したのだろう。

(魔法も強くなったし、ムチ捌きも中々だった)

 確かに、バッツが知っている幼いリディアより成長していた。
 けれどそれでも。

(一目見て、リディアだって解った)

 姿が変わろうとも、成長しようとも。
 バッツは絶対に間違えることはないと確信する。

(リディアが変わらない限り―――リディアが、リディアである限り)

 

 

******

 

 

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 詠唱が、完成する。
 リディアは息を切らせ、ムチを手にした右手を天に向かって掲げ―――

 

 ゲートオープン

 

 その瞬間。
 世界が、変質した。
 目に見えて何かが変わったわけではない。ただ、何かが変わったと、その場にいた全員が感じ取る。

「―――来たれ!」

 まるで全力疾走続けたかのように息を切らせ、汗を噴き出させ、かすれた声でリディアは叫ぶ。

「創世の火を胸に抱く灼熱の王―――」

 

 

 イフリート

 

 

 ―――炎の魔神が、リディアの背後に現出した・・・

 

 


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