第18章「あにいもうと」
E.「本気」
main character:バッツ=クラウザー
location:ドワーフの城・城門前
―――その光景は異常だった。
「おーい、もう終わりかよ?」
戦闘開始から30分以上経った頃。
バッツは久しぶりに足を止める―――リディアからの魔法の追撃はない。息一つ乱していない。30分間、絶えず逃げ回っていたというのに、だ。
「ハァ・・・ハァ・・・」
逆に息を切らせているのはリディア達だった。
四人掛かりで攻めていた方が異常なほど疲労している。トリスは力無く地面に墜ちて羽を広げて寝そべり、ボムボムも空中で文字通り小さくなっていた。ブリットも、片膝をついて息切れしている。「なんでこれだけやって、1回も当たらないのよ・・・ッ」
リディアもロッドを地面に立てて寄りかかっている。
魔法を何度も唱えたせいか、少し声がかすれ気味だ。ちなみにバッツからは何も攻撃を仕掛けていない。本当に逃げ回っていただけだ。
―――その光景は異常だった。
同じ30分間戦闘したとは思えないほど、バッツは平然としており、逆にリディア達は疲労困憊していた。
・・・とはいえ、たった30分だ。動けなくなるほど疲労するのは妙な話だ。少なくとも、その程度で音を上げない程度には鍛え抜いてきたはずだった。つまり、リディア達が疲労しているのは、肉体よりも精神的な疲労の方が濃い。
どんなに攻撃を仕掛けても、どんなに攻撃を仕掛けても、かすりもしない。剣を振るうたび、突撃するたび、魔法を唱えるたびに虚しくなっていく。「だから言っただろ、お前らじゃ無理だって」
「アンタ、こんなに強かったの!?」
「んー・・・」リディアの問いに、バッツは少しだけ考えて。
「・・・ちょっと違うかな。お前と別れた時は、多分、今のブリットと互角くらいだったんじゃねーかな。少なくとも、1対4じゃ絶対に勝ち目無かったぜ」
「今、あっさりと全部回避したじゃないの!」
「だから、 “強くなった” んだよ」
「・・・・・・認め、られない・・・ッ」そう、言って立ち上がったのはブリットだった。
彼は剣を構え直す。「俺達は、十数年間強くなるために修行をしてきた―――その俺達の十数年間を、バッツの一ヶ月が凌駕するなど、認められないッ」
「・・・お前達がどこでどーやって強くなってきたのかは知らないけどな」ニッ、と笑ってバッツは言う。
「そこには、レオ=クリストフもセシル=ハーヴィも居なかっただろ?」
バッツが強くなったのは、その二人のお陰だった。
生まれて初めて敗北し、そこから這い上がったから強くなれた。(・・・その二人だけじゃない。フライヤやファリス、ヤンやロック、ギルバート―――それからリディアにも。このフォールスで、色んな奴らに出会えたから、俺は強くなれた)
「・・・さて、そろそろ休憩は終わりか? それともギブアップするかよ?」
「誰がッ」リディアも寄りかかっていたロッドを構えると、即座に魔法を唱えようとして―――
「リディア!」
ブリットに名前を呼ばれ、リディアは詠唱を中断させる。
「・・・頼みがある。俺一人にやらせてくれ」
「ブリット・・・? 四人掛かりでも無理だったのに、貴方一人でどうにかなる相手じゃないでしょう?」
「頼む」ブリットの言葉に切実な響きを感じ取り、リディアは嘆息して頷いた。
「解ったわよ。このまま続けても埒が明かないしね―――ボムボム、トリス、下がって」
リディアの指示に、二体の魔物が後ろに下がる。
ブリットは一人だけでバッツと向き合う。バッツは肩を竦めて、「まあ、俺は1対1でもいいけどな。その分、楽だし」
「・・・剣を抜け」
「は?」
「その腰の剣を抜けと言った」言われてバッツは腰のエクスカリバーを見る。
それからブリットを再び見て、首を傾げた。「なんで?」
「剣を抜いて、俺と本気で戦え。そうでなければ俺も本気を出せない!」嘘だった。
ブリットは、もう十分以上に本気だった。
戦闘開始時は躊躇いがあった。
だが最早、バッツを殺すつもりで斬りかかっている―――そうでなければ届かない。そうであっても届かない。(認めるしかない・・・)
自分たちでは、バッツ=クラウザーの足下にも及ばないと。
こちらが本気だというのに、まだバッツは本気を見せていない。
剣も抜かずに軽くあしらわれている。だから、せめてバッツの “本気” を見てみたいと思った。(このまま負けたのでは、あまりにも情けなさ過ぎる・・・)
「うーん・・・」
バッツはぽりぽりと、気が乗らなさそうに頭を掻く。
「・・・まぁ、いいか。解ったよ、俺の “本気” ってのを見せてやる。ただし―――」
と、バッツは腰のエクスカリバーを抜かずに、懐に手を突っ込むと、なにやらゴソゴソと探して―――それを引き抜いた。
「剣じゃなくて、こいつでな」
手に持ったのは、厚い紙を何度も折ったおもちゃ―――ハリセンだった。
それを見て、ブリットの表情が険しくなる。「俺は剣を抜けと言ったはず!」
「いや、抜いて本気なんて見せたら、お前死んじゃうぞ?」困ったように言うバッツ。
その言葉はあっさりとしていたが、死ぬ、という言葉にブリットは息を呑む。それが冗談でもハッタリでもない事は十分すぎるほどに解っている。押し黙るブリットの前で、バッツは笑い飛ばしながら言う。
「安心しろって、きっちり本気を見せてやるからよ。・・・正直、あんまり使いたくはないんだけどな」
などと言いつつ、空いた方の手をブリットへと向ける。
それから手を開いて、「5分だ」
「?」
「5分間耐えられたらオマケも付けてやる」
「5分だと・・・」ブリットはぎりっ、と奥歯を強く噛み締める。
怒りをもってバッツをにらみ返した。「甘く見るな・・・俺はそんなオモチャで倒れるほど弱くはないッ」
「甘く見てるつもりはないんだけどなあ・・・」バッツは苦笑。
それから、ハリセンを弄びながら―――不意に、呟く。「―――その剣は虚空の剣」
それは最強秘剣 “斬鉄剣” を放つ時に唱える言葉と似ていた。
「その剣に意志は無く、意志無き剣に意味は無し」
文言は違えど、その意味は同じ。
「倒すために倒し、勝つために勝つ」
“本気” を放つための精神集中のためのモノ―――
「―――しかして、得られるモノは “無意味” のみ・・・」
それを唱え終わった瞬間、バッツの表情からあらゆる感情が消えた―――と、ブリットが思った瞬間。
ぱぁんッ!
いきなりブリットの顔面が何かに叩かれて、小気味よい音を立てた―――
******
「―――なっ!?」
その一撃を、ブリットは認識することができなかった。
戸惑っている間にもう一度、今度は後頭部をパァン! と叩かれる。痛みはないが、軽く頭を揺さぶられてくらくらする。「―――ッ」
後頭部を叩かれて、反射的に背後を振り返る―――と振り向いたその時に、視界の隅に影がよぎった・・・と思った次の瞬間、側頭部を叩かれる。
三度叩かれて、ようやくこれがバッツの攻撃だと理解できた―――が、そのバッツの姿は視界には映らない。「この・・・ッ」
叩かれた方を振り返る―――その視線の動きとは反対方向に、また影が過ぎると直後に首の付け根を叩かれた。
「なん―――ッ」
パァン!
振り向けば、その逆方向を叩かれる。
パァン! パァン!
武器がハリセンであるためにダメージは全くない。
パァン! パァン! パァン!
だが、その攻撃を防ぐことは出来ず、バッツの姿すら視界に映らない。
パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン・・・・・・
為す術もなく、ブリットはハリセンで叩かれ続ける。
まだ一分も経ってないというのに、叩かれた数は100を軽く超える。一発一発に威力はなくても、塵も積もれば何とやら。
積み重なった衝撃に脳が揺れ、意識が朦朧としてくる。(何が・・・起きて・・・?)
最初はバッツの姿を捕えようと躍起になっていたが、どんなに視線を巡らせようとも影しか掴むことしかできない。
その上、打撃は停滞することなく連続で行われる。
先程、こちらの攻撃がバッツに当たらなかった時と同じ、逆に今度は攻撃を避けるどころか認識することすら敵わない。肉体へのダメージよりも、精神、気力が打ちのめされていく―――(これが・・・バッツ=クラウザーの “本気” ・・・)
圧倒的な実力差の前に、ブリットは戦意を喪失させていく―――
******
「・・・無念無想・・・だと!?」
バッツとブリットの戦い―――いや、最早戦いとすら呼べない一方的な蹂躙を見て、ヤンは先程よりも強いショックを受けていた。
「それって確か、セシル王との決闘でバッツさんが見せたって言う・・・?」
ロイドがヤンの言葉を聞き咎めて聞き返す。
あの決闘の時、ロイドはロックと一緒に新型飛空艇エンタープライズの整備を手伝わされていたため、決闘そのものは見ていないが、大体の内容は耳にしていた。ヤンはウム、と頷いて。
「無我の境地。極限に集中し、あらゆる雑念を捨て去り、己を殺す事によって、肉体の潜在能力を引き出す・・・」
ヤンの解説する間にも、バッツは攻撃の手をゆるめない。
ヤン達の位置から見ても、なお霞むほどの速度で、ブリットの死角から死角へと渡り連打する。「速すぎる・・・ッ。あれが人の動きか・・・!」
フライヤが愕然と呟く。
「・・・・・・」
さっきまでは無感動だったカインも、流石に神妙な顔で息を呑む。
「―――極限まで集中力が高まったセシルとの死闘だからこそ発現できた能力だと思っていたが・・・まさかモノにしていたとは・・・」
ヤンが驚嘆する。
ふと、ロックは思いついて尋ねた。「もしかして、さっきの “気配” の話って・・・」
「うむ。無念無想―――心が空であるが故に、その気配もまた空である」
「勿体振って言うなよ。まあ、なんとなく解るけどさ」ロックは霞んで見えるほど速いバッツの動きを見る。
先程までとは明らかに違う。
1体4で、一方的に攻撃を受けていた時のバッツの動きは、 “無拍子” によるもので唐突で思っても見ないような動きを見せていた。それはまるで風のように自由自在。その反面、速度そのものはそれほどでもない。正直、ロックの身のこなしの方が速いと思ったくらいだ。しかし今のバッツは、ただひたすらに “速い” 。
人の動きでは絶対に有り得ない速度でブリットを蹂躙する。「・・・バロン最強の剣と槍に、ガストラの将軍様。オマケに最強のソルジャーや、ダークエルフと、このフォールスに来てからというものトンデモナイに遭遇しまくったが、アイツが極めつけだ!」
ロックが言い捨てると、ヤンも頷きを返す。
「うむ・・・あの状態のバッツには、この世の誰も敵わぬだろうな」
「・・・おっと、そいつは違うな」
「なに?」ロックに否定され、ヤンは怪訝そうに言葉を返す。
するとロックはにやりと笑って、「・・・今のバッツだったら俺でも勝てる。もちろん、今戦ってる―――つーか一方的に叩かれてる、あのゴブリンでも勝てるはずさ」
「なんだと?」
「もっとも、あのゴブリンがきづければの話だけどな―――」