第18章「あにいもうと」
F.「本気の本気」
main character:バッツ=クラウザー
location:ドワーフの城・城門前

 

 

 パァン、パァンと絶え間なく続く打撃。
 最初の頃は、なんとかバッツの姿を捕えようと躍起になっていたが、影を追うのがやっとの状態だ。
 もう何度ハリセンで叩かれたのか、どれくらいの時間が経ったのか、ブリットには解らない。
 ただ解るのは絶望的な無力感と、絶対的な実力差。

(・・・舐めているのは・・・俺の方だった、のか・・・)

 腰に下げている剣ではなく、ハリセンを手にしたバッツに、ブリットは舐められていると感じた。
 でも実際は舐められているわけではなかった。バッツの言うとおり、腰の剣で同じことをされていたならば、すでにブリットは死んでいる。

(リディアの “兄” にして、 “最強” の旅人―――こいつにはゴブリン如きじゃ、敵わないっていうのか・・・)

 力が抜ける。
 最早、ブリットは棒立ちだった―――だというのに、バッツの攻撃は延々と続いて四方八方から打ちのめされる。
 下げられた手から剣を持つ手がゆるみ、地面へと落下する―――

「ブリットッ!」

 声が、聞こえた。
 それはもっとも親しい者の叫び。怒りと苛立ちを含んだ叱咤の声。
 その声に、ブリットは反射的に手からこぼれ落ちようとしていた剣を握り直す。

「リ・・・ディア・・・?」

 自然と、彼女の名前が口から零れる。
 人間だとか、ゴブリンだとか関係無しに、幼い頃からトモダチとして共にあった少女。

「なに呆けているのッ! ブリットの力はそんなモンじゃないでしょ! やられっぱなしで悔しくないのッ!?」

(そうだ―――)

 ブリットは心の中で再確認。
 自分が今、こうして剣を握っている意味を思い出す!

(俺は、リディアの力になるために強くなったんだッ!)

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 裂帛の気合いと共に、闇雲に剣を振り回す。
 だが、振るった剣は空振りし、打撃が後頭部を叩く。

「くそっ!」

 毒づきながら背後へと振り返る―――振り返り様、視界に影が過ぎった、と思った次の瞬間には、側頭部を打撃される。
 バッツの武器はハリセンだ。打撃されてもダメージはない―――が、一発一発ごとに精神を削られているような気がする。

(ダメだ、やっぱり当たらない)

 認めざるを得ない。
 だが、ブリットは自分ではバッツに敵わないと認めつつも、先程までのように絶望はしない。
 せめて一太刀でも―――そう思い、思考する。

(考えろ・・・・・・バッツの動きは目では捕えきれない。それに、こっちが剣を振るえば、即座に反対側の死角に回り込んでハリセンで―――)

 一瞬、思考が止まる。
 それから、今、自分が考えたことを心中で反芻する。

(・・・反対側の死角に回り込む・・・?)

 悩んでる間にも間隙無く打撃は続く。
 ふと、ブリットは身体を右に傾けた―――刹那、パァン、と左の胴をハリセンで打たれた。

(そうだ・・・バッツは常に俺が動いた反対側の死角を打撃してくる・・・)

 常に最高速で速く、常に正確に死角から、そして僅かも休むこともない。
 だが、それは裏を返せば “単調” だということだ。

(こちらの動きに反応して打撃するというのなら、打撃されるところを俺が決めることが出来る)

 そして。

(バッツの速さは常に一定―――その打撃のリズムは、もう身体に叩き込まれている。

 つまり。
 ブリットは、どこをどういうタイミングで打撃されるのかが解ると言うこと―――

「認めよう、バッツ」

 打撃される中、ブリットはぽつりと呟いた。

「俺なんかより、お前の方がずっと強い―――けれど」

 剣を構える。即座に反対方向から打撃されるが、ブリットは無視。

「この場は、俺が勝たせてもらうッ!」

 ゆらり、とブリットの身体が揺れて傾く。
 ―――が、それも僅か一瞬。そんな一瞬の動作にも、今のバッツは反応してしまうだろう。

(ここだッ)

 バッツの打撃のタイミングと合わせ、自分の死角に向かってブリットは剣を振るう。
 必中の確信を込めて、必殺の気合いをのせて―――斬るッ!

「おおおおおおおッ!」

 その一撃は、打撃しようとしていたバッツの身体をカウンター気味に捕える!
 ・・・・・・はず、だった。

「な・・・に・・・?」

 渾身の一撃は、しかし空を切る。
 思いっきり空振りしたことで、ブリットの身体が泳ぐ。

「―――ジャスト、5分だ」

 転倒することだけは何とか堪え、ブリットは声の方を振り返る。

「え―――」

 振り向けば、間合いを取ってバッツが立っていた。
 それは、先程、ハリセンを懐から抜いて “本気” を開始した位置でもあった。

「俺の予想じゃ5分も持たないと思ってたんだけどな。つーわけでっ」

 ニッ、と笑ってバッツはハリセンをブリットと向けた。
 何十回、何百回と打撃したせいか、そのハリセンは形こそ保ってはいるものの、見るからにボロボロだった。

「こいつはオマケだ、とっとけよッ」

 そう言って、バッツは言葉を吐く。
  “無意味” な本気ではない。正真正銘、本気の中の本気―――バッツ=クラウザー、最強の技を発動させるための言葉を。

「―――その剣は疾風の剣」

 

 

******

 

 

(なにが・・・どうなっている・・・?)

 必殺の一撃の筈だった。
 タイミングはバッチリ。バッツへの反撃への一太刀となるはずだった。それなのに―――

「―――その剣は疾風の剣」

 バッツの呟きも、ブリットの耳に入らない。
 散々に打ちのめされて、ようやく反撃開始だと思ったのに。

「風よりも速く何よりも速く限りなく速く―――ただ、速く・・・」

 頭では理解している。反撃の一撃は外れてしまったのだと。理解はしているが、感情は納得できていない。
 頭の理解を、心が拒んでいる。これは夢か幻なのだと、現実を認められない。

「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」
「ブリットッ! 逃げてッ!」

 リディアの必死の声が聞こえた。
 ふと、その声に我に返る。先程から何事か呟いているバッツの姿に焦点が合う。
 相変わらず、型もなく構えもない、戦士として戦っているとは思えない男だ。

 当然だ。
 バッツ=クラウザーは戦士ではない。ただの旅人なのだから。

 だが、その旅人は並の戦士よりもなお強い。

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない―――」

 何かが来る。
 先程の、影すら捕えることの難しい乱撃の前触れに似たものを感じ取って、ブリットは警戒する。

(呆けている場合じゃない。剣を握り、構え、迎え撃て―――)

 ブリットは手にした剣を構え直す。
 その時には、先程の “空振り” もようやく吹っ切れていた。
 次に同じモノが来たなら、今度こそは負けないと心を硬く固める。

 だが、そんな決意は圧倒的に遅かった。

「―――これこそが最強秘剣」

 声は、ブリットの真後ろから聞こえた。
 気がつけば目の前に居たはずのバッツの姿は存在しない。

 なにが起きたのか、と、バッツの声がした後ろを振り返ろうとした瞬間。
 衝撃。

 

 斬鉄剣

 

 ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ。

 打撃、ではなかった。
 衝撃が一つ、ブリットの顔面から激突する。

 今度こそ、ブリットはなにが起きたのかを理解できなかった。
 攻撃を受けたことすら信じがたい。ただ結果として、強い衝撃をまともに受けたと言うことしか解らない。

(――――――)

 最早、思考も何もなく。
 ブリットはそのまま衝撃の押されるままに、真後ろへと倒れ込む。

「おっと」

 そのまま地面に倒れるところを、誰かに支えられる。

「大丈夫かよ?」

 支えたのが誰なのか、考えるまでもない。
 バッツ=クラウザー。ただの “最強” の旅人だ。

「う・・・あ・・・?」

 反射的に応えようとして―――なんと応えて良いか解らずに、ブリットは呻き声を上げる。
 大丈夫か? と問われれば、それはまず間違いなくノーだった。
 魔物とはいえ、ゴブリンのような人型の魔物は、身体の構造も人間のそれに近しい。つまり、顔―――というか頭に強い衝撃を受けて、脳を揺らされれば脳震盪も起こす。今のブリットがその状態だった。

 視界が混濁して、意識も朦朧として身体に力が入らない。
 その様子を見て、バッツが困ったように頭を掻く。

「あー、悪い。ちょっとやりすぎたか?」

 “ちょっと” どころではなかった。
 武器がハリセンなので、あれだけ打たれたにしてはダメージは少ない―――が、ハリセン一つでここまで叩きのめされたのだ。身体に力が入らないのは、脳を揺らされたばかりではない。精神的にも文字通りに打ちのめされていた。

「く・・・お・・・・・・」
「無理して喋るなよ。悪かった、俺もちょーっと調子に乗りすぎた」
「う・・・く・・・・・・」

 バッツの言葉がブリットの心に突き刺さる。
 気遣う言葉が、逆に鋭利な刃となってブリットの心に突き刺さる。

「おい? どした、なんか苦しそうだけど―――」
「・・・最低」

 バッツを非難する言葉。
 それを口にしたのはブリットではなかった。

「リディア・・・」
「傲慢にも程があるわ。貴方のその言葉が、どれだけブリットを傷つけたのか、貴方には解らないのね」
「傷つけたって・・・いや、俺は反省しただけなんだが・・・」
「それが傲慢だっていうの! 圧倒的な実力の差を見せつけられて、その上で “やりすぎた” と詫びられる。戦士としてのブリットの誇りはズタズタよ!」

 リディアの言葉に、バッツは腕にブリットを抱えたまま、ムッ、としてにらみ返す。

「じゃあ、どう言えってゆーんだよ! 本気だせって言われて本気でしたら完膚無きまでに叩きのめしちゃって、それで反省しない方がヒドイだろ!?」
「言い様があるって言ってるのよッ!」
「だったらお前はどうなんだよッ!」
「はあ?」

 リディアは思わぬ反撃に首を傾げる。

「私が、どうしたって言うの?」
「あの時ッ・・・・・・・・・いや、やっぱいいや」

 言いかけて、止める。

「何が言いたいの!? 言いたいことがあるならハッキリしなさいよ! 意気地なし!」
「ああそうだよ意気地無しだよ悪いかバッキャロー!」

 バッツは不意に、支えていたブリットの身体から手を離す。
 支えを失って、ブリットはこてん、とその場に倒れた。
 それを見下ろしてバッツは告げる。

「ブリット、てめえも負けたからには強くなれよ―――俺がそうだったように」
「・・・・・・?」

 不思議そうにブリットがバッツを見上げる―――が、バッツはもはやブリットには何も言わない。
 代わって、リディアへと視線を投げかけて。

「さーて、リディア。これからどうする? 意気地無しのおにーちゃん相手に、このまま手も足も出ずに終わってみるか? それでも俺は構わないけどな」

 バッツの挑発に、リディアは肩を竦める。

「下手な挑発」
「挑発に聞こえるのかよ。身体はでっかくなったようだが、中身は全然だな。なにも変わっちゃいない」

 バッツの挑発に、リディアはしかし動じない。
 むしろ、お供の二匹―――ボムボムとトリスが不機嫌そうに、炎を燃えさからせたり、甲高い泣き声を上げたりして威嚇する。だが威嚇するだけだ、前に出ようとはしない。
 そんな二匹を手で制し、リディアは静かに告げる。

「貴方は変わった」
「どんな風に?」
「強くなったよ」

 すんありと言われ、バッツは軽く驚いた。

「・・・皮肉の一つでも言われると思ったけどな」
「こっちじゃ一ヶ月程度しか経っていないはずなのに、私の記憶にある “お兄ちゃん” は貴方ほど強くはなかった」
「色々なことがあったからな。・・・俺は、凄い強いヤツらに叩きのめされてきた」

 このフォールスに来て、バッツは何度も叩きのめされた。
 セシル=ハーヴィ、レオ=クリストフ、それから―――

「だけど、それでもまた立ち上がって立ち向かった―――だから俺は強くなれた」
「なら、その貴方を倒せたなら、私も強くなれるかな?」
「それは無理だな」

 バッツの否定。
 リディアは不満そうにバッツを睨む。

「大した自信ね。私じゃ絶対に倒せないって事?」
「そうじゃない。もっと根本的な話さ」

 言いつつ、バッツはハリセンを懐にしまい込む。

「さーて、どうする? このまま続けるかよ? ブリットはもうまともに戦えやしないし、他の二匹だってビビってる」

 バッツの言葉に、ボムボムとトリスの二匹が非難めいた声を上げる―――が、バッツが視線を向けると、その声は小さくしぼんだ。

 リディアの連れている仲間の中で、一番戦闘力が高いのはブリットだった。
 ゴブリンであるため身体が小柄で、威力のある一撃こそ振えないが、代わりに磨きに磨きぬいた剣技の冴えは、一流の剣士にも引けを取らない。
 ・・・それがあっさりとバッツに一蹴された。ボムボム達が尻込みするのも仕方ない。

 そんな仲間達に、リディアは柔らかく微笑んで言う。

「二人とも、下がってて。あとは私がやるから」
「キュイイイ・・・?」

 トリスが心配そうな鳴き声をあげる。
 だが、リディアは優しく微笑んだままで続けた。

「大丈夫。私は大丈夫だから―――あの馬鹿は絶対に私を傷つけないし」

 そう言ってリディアはバッツを見る。バッツの何も持っていない両手を。

(何せ、ハリセンすらしまいなおしたくらいだし)

 ブリットを見れば解るとおり、あんなもので何度ブッ叩いても大した怪我にはならない。
 だというのに、バッツはそれで叩くこともする気はないようだった。

「前言撤回」

 リディアは視線を鋭くしてバッツを睨む。

「やっぱり貴方は変わってない」
「もしかして褒められてるか?」
「ばーか」
「ああ、貶されてるのか、俺」

 がっくりとバッツは肩を落とす。

「っていうかリディア、トリス達には微笑むんだなー。俺には?」
「私に勝ったら考えて上げる」
「お! おいおい、そんなこと言っていいのかよ? やる気出しまくっちゃうぞ、俺」

 ごごごごごっ、とバックに炎でも背負いそうな勢いで、バッツは両手を握りしめガッツポーズ。
 対し、リディアは静かに前に一歩出る。

「出したければ出しなさいな―――どうせ貴方は私には勝てないから・・・ッ」

 ぞわっ。
 何か、妙な気配を感じてバッツはリディアを注視する。
 すると、リディアの肩の辺りに真っ白い竜の頭が現れた――――――

 

 


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