第18章「あにいもうと」
D.「気配」
main character:バッツ=クラウザー
location:ドワーフの城・城門前

 

 赤茶けた荒野が広がっている。
 視界に草木は一本も生えていない。ただ広がるのは無機質な赤い大地のみ。
 生命を感じさせない世界は、まさに地上の人間が思い浮かべる “地獄” と酷似していた。

(・・・もしかしたら、地上の人間が地底に迷い込んで、それが “地獄” として広まったのかもな)

 ふと、そんなことを考えながら、彼―――バッツは周囲を見回す。

 ドワーフの城の城門前だ。
 バッツ達とは距離を置いて、取り囲むようにドワーフたちが集まっていた。
 ドワーフの中には仲間達の姿も見える。

「・・・大分、人が集まってきたな」

 人を集めたのはバッツだった。
 傍にいたヤンに頼んで、集めてきてもらったのだ。
 いきなりの決闘に、何か小言でも言われるかと思ったが、ヤンは存外素直に許諾し、城内を走り回ってくれた。

「さて―――それじゃあ、始めようか」

 バッツは前を見る。
 そこには彼の “妹” と、それに付き従う、3体のお供が居た。
 普通の鳥よりは一回り巨大な石化能力を持つ魔鳥 “コカトリス” のトリス、炎の塊に手を生やした様な魔法生命体 “ボム” のボムボム、そして人間の子供のカタチを歪めたような妖魔 “ゴブリン” のブリット。
 いずれも魔物だが、リディアのかけがえのない友人でもある。

 もう2体―――というか一人と一匹と言うべきか、供の者はいる。
 チョコボのココと、それからバッツは知らないフード姿の何者か。ちらっと聞いた声と、やや丸い背中を見るに、どうやら老年の男性のようだが。
 ココと、そのフード姿の老人は、どうやら戦闘には不向きらしい。なので、ドワーフたちと一緒に観戦するようだった・

「覚悟は良いかしら・・・!」

 リディアが問う。
 バッツは不思議そうに首を傾げた。

「覚悟って?」
「っ! 私達をナメたことを後悔する覚悟よ!」
「はあ? なんで俺が後悔しなきゃいけないんだよ」

 にやり、とバッツは笑って言う。

「本当の事を言っただけで」
「・・・減らず口にも程ってもんがあるでしょう・・・ッ!」

 バッツの挑発にリディアはかなり頭に血が昇っているようだった。
 今にも攻撃しかけんとロッドを強く握りしめる。
 だが、それをブリットが冷静に宥めた。

「落ち着けリディア。カッカしすぎだ。怒りは正常な判断を狂わせる」
「わかってるっ!」

 絶対に解ってない様子でリディアは叫ぶ。
 びしいっ、とバッツを指さして、

「とにかくあの馬鹿をぶっ飛ばして叩きのめして鼻血出させてゴメンナサイって土下座させるッ! ほらよしOK大丈夫、正常な判断狂ってないッ!」
「お、思いっきり暴走してる。落ち着け!」
「落ち着いてられるかーッ。馬鹿のくせに馬鹿のくせに馬鹿のくせに!」
「・・・あのー、流石にそこまで馬鹿とか連呼されると、お兄ちゃんヘコむぞ?」

 バッツ、泣き笑い顔。
 しかしリディアは容赦ない。

「うっさい、黙れ馬鹿」
「・・・うう、昔はあんなに可愛かったのに・・・」

 その場にしゃがんで、地面に ”の” の字を書き始めるバッツ。
 なんかもう、始まる前からひたすら落ち込んでいた―――

 

 

******

 

 

「・・・なんか、戦う前から勝負ついてないか?」

 呆れたように言ったのはヤンだ。

「そもそも、どうしてあの二人が戦うことに? ヤン、お主は止めなかったのか?」

 隣りに立っていたフライヤが不思議そうに問う。
 ヤンは、うむ、と頷いて。

「シクズスへ向かおうとしたリディアに、バッツが “お前達ではティナを救えない” と断言したのだ。それを証明してやる、とバッツが言ってな」
「バッツの方から振ったのか!?」
「ああ。バッツには何か考えがあるようだった。おそらくヤツにしか、今のリディアを止めることは出来ぬ。だから私は止めなかった」
「・・・考え? そんなモノあるわきゃねーだろ」

 声は後ろから。
 振り返ると、ロックがセリスと共にやってくるところだった。
 ロックは、へっ、と鼻で笑って、

「あいつは筋金入りの “天才” 様だぜ。深い考えなんかありゃしないさ」
「ならばロック、バッツは何を考えて、リディアと決闘など・・・」
「だから考えなんてないっての。アンタが言ったとおり、あの娘じゃガストラに喧嘩を売るのは役者不足で、バッツは戦ってそれを証明するってだけのこと」
「・・・ならば、バッツはリディアを止める気はないと?」
「俺は、あのリディアって子の事は良く知らない。だけど聞いた話じゃ、バッツはあの娘の事が大好きなんだろ? 愛する女のやりたいことを止めるなんて、バッツ=クラウザーってのはそんな無粋な男かね」

 言われてフライヤは思い出す。
 バッツやリディアに初めて会った時のことを。

(そー言われてみれば、魔物達が徘徊するアントリオンの洞窟へ、なにも気にすることなく幼いリディアを連れて行ったな)

 カイポの村で魔物の群れに襲われた時も同じだ。
 リディアが戦うことを、バッツは止めようとはしなかった。
 ファブールでは、セシルが地下シェルターへと押し込んだが。

「・・・しかし、それはそうとバッツに勝算はあるのか?」

 新たな疑問を口にしたのはセリスだった。

「あのリディアとかいう召喚士・・・魔法詠唱が異常なほど速い。1対1ならまだしも、護衛がついてる状態だと一方的に魔法を連発されて、それで終わりかねないわ」

 クリスタルルームで見せたリディアの魔法。
 詠唱無しの疑似魔法ほどではないが、それでもセリスの半分以下の詠唱時間で、なおかつセリス以上の威力だった。魔導戦士として強化されているセリスは、並の魔道士よりも速い詠唱速度で魔法を発動できる。それよりもさらに速い―――人間とは思えないほどの能力だ。

(まさか、噂に聞く “魔女” ってワケじゃないでしょうね・・・)

 エイトスのガルバディアを支配しているという “魔女” 。
 話によれば、常識とは掛け離れた魔法の使い手で、詠唱無しで高威力の魔法を発動できるという。

「うむ。ブリット―――あのゴブリンの事だが、今日初めて一太刀見たが、かなりの剣の使い手だ。少なくとも、セシルやセリスと同レベルくらいの剣士ではある」

 ヤンの言葉に、しかしセリスは反論しない。
 セリスもブリットがゴルベーザの腕を斬り飛ばした斬撃は目にしている。正直、その鋭さは自分よりも僅かに上だったと認めざるを得ない。

「ゴブリンとセシルを一緒にしないで貰おうか。剣技はともかく、セシルにはダークフォースがある―――セリスにも魔導があるようにな」

 ヤンに反論するように言ったのはカインだった。
 その言葉に、特に反発することはなく、ヤンは頷いた。

「確かに。しかし、なんにせよブリットが居る以上、リディアに近寄ることも難しいだろう。そうなれば、セリスの言ったとおりに、一方的に魔法攻撃を受けてバッツの負けだ。その事には異論なかろう?」

 ヤンの言葉に、カインは何も答えない。リディアの魔法とブリットの剣技、その二つを見た以上、バッツの不利は否めない。
 だが―――

「なんだよ、俺だけか? バッツが勝つって思ってるのは」

 あっけらかんと、そう言ったのはロックだった。

「ロック、今の話を聞いていなかったの?」
「そう言えば、お前は見ていなかったな。あのリディア達の実力を」

 セリスとヤンが口々に言う。
 しかしロックはへ、と鼻で笑って。

「確かに俺は見てなかったがな。―――フライヤ、あんたはどう思う?」

 ロックと同じように、クリスタルルームにいなかったフライヤへと尋ねる。
 彼女は少しだけ悩んで。

「私はどちらの実力も良く知らん。が、百戦錬磨のヤンやセリス、さらにはカインまでもが認めるというのなら、リディア達の強さは本物なのだろうな」
「よっしゃ解った商談成立な」
「「は?」」

 セリスとヤンの声が綺麗にハモった。
 カインとフライヤも怪訝そうな顔でロックを見る。

「俺はバッツに賭けるから、お前らは全員リディアに賭けろよ。んで、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞く!」
「興味ないな」
「それはクラウドの台詞じゃ」

 カインが下らなそうに言い捨てて、フライヤが突っ込む。ヤンも「賭け事は好きではない」と言い、あまり気乗りでない様子。
 ロックは「えー」と不満そうな声を上げた。

「なんでだよー、お前ら自信満々にバッツが負けるって思ってるんだろ?」
「一人でやってろ」

 カインがクールに斬り捨てる。
 ロックは詰まらなそうに周囲を見回し―――セリスに向かってにこやかに笑いかけた。

「なあ、セリスは乗るだろ?」
「そんな賭けをする意味がないわ」
「・・・まあ、そうだよな」

 がっくし、とロックは残念そうに呟く。肩を落としたまま、ぽつり、とさらに呟いた。

「だよなー・・・これでまた負けたら二連敗だしなー」
「・・・今、何か言ったかしら?」
「あっと悪い、聞こえたか? つい口が滑っただけなんだ。別に逃げたって文句を言うつもりはないから忘れてくれ」
「・・・下手な挑発ね」

 セリスは冷静に答え―――たつもりなのだろうが、目は据わっていた。
 さり気なく握られた拳は、苛立ちのためかぷるぷると震えている。
 そんなセリスに対し、ロックは意外そうに目を丸くする。

「へ? 別に挑発してるワケじゃないぜ? ―――っと、あれー、ロイドじゃねえかー」

 ドワーフたちを掻き分けるようにして、ロイドとギルガメッシュがこちらへ向かってくるのに気づく。
 人間に比べてドワーフたちの身長は低い。だから、ロイド達の姿はすぐに解った。

 ロイドはやや不機嫌そうにロック達の方を訪れると、リディアと対峙するバッツを軽く睨む。

「全く、こんな時に何やってんスかあの人は」
「おっす、ロイド。早速だがどっちが勝つか賭けないか? なんか誰も乗って来なくてさー」
「賭け? やるやる。んじゃ、俺はあの緑髪の召喚士が勝つ方にハイポーション一つ」

 反応良く乗り出したのはギルガメッシュだった。
 やれやれ、と言いながらもロイドも仕方なさそうにバッツを指さして。

「じゃあ、俺はバッツさんの方で。 “金の車輪亭” のランチ券一枚」
「お前、それってリサからタダでもらったヤツだろ」
「良いじゃんか。―――それでロック、お前はどっちに賭けたんだよ?」
「俺? 俺もバッツの方に。負けたらなんでも言うことを一つ聞くってことで」
「なんだ、お前と同じ方に賭けたのか。・・・それで? 結局乗ったのは俺とギルガメッシュさんと―――後は?」
「言ったろ。誰も乗ってこな―――」
「私も召喚士に賭ける!」

 ロックの台詞を遮るようにセリスが叫ぶ。
 いきなり叫ばれてロイドは吃驚したようにセリスを振り向き、ロックはにたりと笑う。

「おいおい、いいのかー? 今ならまだ撤回できるぜ」

 ロックの浮かべるイヤらしい笑顔がさらに勘にに触ったらしく、セリスはギリギリと奥歯を噛み締めてロックを睨付ける。

「オーケーオーケー。解ったからそんなに睨むなよ―――んで? 賭ける物は?」
「お前と同じで良い」
「よっし、賭け成立だ。というところで始まるみたいだぜ?」

 ロックの掌で踊らされている自覚はあったが、あそこまで挑発されては黙っていられない。

(・・・私が勝ったら・・・どんな目に合わせてやろうか・・・ッ)

 心の中でどうすることがロックにとって一番屈辱なのかを考えながら、セリスもバッツ達の方へと視線を向けた―――

 

 

******

 

 

「俺、復活!」

 落ち込んでいたバッツは唐突に勢いよく立ち上がると、びしいっ、とリディアを指さした。

「馬鹿というなら馬鹿といえ! 馬鹿で結構、馬鹿万歳!」
「自分で言ってれば世話ないわね」
「ぐゥッ・・・・・・その程度の口撃で倒れてたまるか」
「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかっ!」
「ぐっはああっ!」

 倒れた。
 地面に仰向けに倒れて、バッツはぴくりとも動かない。

 それを見下ろして、リディアは大きく嘆息。
 それから、ブリット達に呼びかける。

「倒したみたいだし、行きましょうか」
「待てよ! 単なる冗談だ! ノリ悪いな!?」
「馬鹿に構ってられるほどヒマじゃないのよ! ああもう、手を出すのも面倒だから自分で顔面殴って鼻血出して土下座してゴメンナサイって泣きながら謝りなさいッ!」
「―――と、まあ。冗談はこのくらいにして」

 今までの馬鹿三昧が無かったかのように、バッツはすんありと立ち上がる。
 いきなりの態度の変わりように、逆にリディアが少しこけた。

「・・・冗談だったの?」
「冗談に見えなかったのか?」
「うん」
「・・・・・・本気で切ないんだが、それ」

 苦笑いして、

「昔だったらこの冗談に乗ってきてくれたのになー」
「いい加減に鬱陶しいわね、 “昔は” ばっかり連呼して、アンタは親戚のおじちゃんかっ!」

 リディアはロッドをきつく握りしめ、それをバッツへと向けた。

「さっさと勝負とやらを終わらせるわよッ!」
「あー、その前に一つ、ルール確認と行こうか」

 戦闘態勢に入るリディアに、バッツが拳を前に突き出して言う。

「ルール確認?」

 訝しげに呟き返すリディア。
 バッツは「そ」と頷くと、突きだした拳の指を一本立てる」

「まず一つ―――お前が勝っても負けても、別に俺はお前がティナを助けに行くのを止める気はない」
「は?」
「二つ」

 怪訝な声を出すリディアに構わず、バッツは二本目の指を立てる。

「この勝負は、どっちかが負けを認めるか、倒れて起きあがれなかった方の負けとする」

 さらにもう一本立てる。

「三つ―――最後に、俺は一切攻撃しない」
「・・・待ちなさいよ。それって勝負にならないじゃない!」

 リディアが文句を付ける。
 すると、バッツが口を尖らせて、

「だって、俺、お前達を叩きのめす気なんてないし」
「じゃあ、最初っから勝負しようだなんて言うなー!」
「だから、これはお前達が俺を倒せるかどうかって話なんだよ。最低でも俺を倒せなければ、ガストラの将軍様なんざ、束になったって敵いっこねえってことさ」
「・・・この」

 プチン、とリディアは自分の頭の中でなにかがキレたのをはっきりと自覚した。

「馬鹿にするのもいい加減にしろーーーーっ! ブリット、トリス、ボムボム! やっちゃええええええっ!」

 ロッドを指揮棒のように振り回す。
 その号令を受けて、ブリット達三匹のお供がバッツに向かって突進する。

 対し、バッツは特に構えることなく、困ったように頭なんぞを掻いているだけ。

「・・・別に馬鹿にしてる気はないんだけどなー」

 そう呟いた、最後の「なー」のところで、ブリットが抜きはなった剣がバッツの身体を切り裂かんとする。
 ブリットが持つ剣は、短剣よりも少し長いくらいの剣―――ショートソードだ。もっとも、子供くらいの背丈のゴブリンが持てば、ロングソードぐらに長く見えたりもするが。
 使い込まれているのだろう。所々、細かい傷の入った剣が、バッツの身体を切り裂く―――瞬間、バッツがブリットの視界から消える。

「!?」
「右ッ!」

 後ろからのリディアの声に反応すれば、確かにそちらにバッツの姿があった。
 無拍子―――脈絡もなく、突然真横へ跳ばれては、すぐ近くに居たブリットでは見失ってしまうのも無理はない。

「ギャイイイイイイイッ!」

 ブリットが二撃を叩き込もうとするよりも速く、上空からトリスがバッツに向かって急降下する。さらに、バッツの背後にはボムボムが回り込んでいた。
 上からはトリス、背後はボムボム、そして前方はブリット―――バッツの逃げ道は左右しか無い。

 ブリットはバッツの背後のボムボムと目と目を合わせ、意思疎通。

(お互い、右に意識を集中させろ・・・!)

 実際に思考で会話を交わせるわけではないが、もう結構長い付き合いだ。簡単な目配りだけで、大雑把ではあるが言いたいことは伝わる。

(今度は見逃さない・・・!)

 いかに無拍子とは言えども、複数の相手に取り囲まれて、限定された逃げ道に意識を集中されれば逃れることなど出来ないはずだった。
 だが。

「よっと」
「なッ!?」

 気がつけば目の前にバッツの姿が接近していた。
 慌てて剣を振るう―――が、それよりも速く、バッツはブリットの頭に両手を添えると、跳び箱のように跳び越える。

「一つのことに集中してると、他が見えなくなるぜ?」

 からかうような声に振り返ると、バッツがこちらを振り向いてにやーっと笑っていた。

「くっ・・・」

 ブリットの顔が羞恥で歪む。
 如何に背が低いとはいえ、戦闘中に頭を跳び越えられるなど屈辱でしかない。

「ガァァァッ!」

 なんとか地面と激突するのを免れたトリスが、再び急上昇&急降下。
 バッツへと狙いを定める。
 同時にボムボムが突進する。

「おっと?」

 バッツは急降下してきたトリスを、横に跳んで回避―――したところで、ボムボムが突進してくる。

「まだまだぁっ」

 迫り来る炎の塊を、身体を回転させながら回り込むようにターンして回避。
 そこへ、最後にブリットが斬りかかる。

「タアアアアッ!」

 裂帛の気合いと共に放たれた斬撃。
 ゴルベーザの腕を切り跳ばした時と同じ、その鋭い一撃を、さしものバッツも避ける余裕はない。
 ブリットの剣が、バッツの身体を縦一文字に切り裂くが―――

「手応えが!?」

 あまりにも手応え無く、剣はバッツの股下を抜ける―――その瞬間、切り裂いたバッツの姿がぼやけて消える。

「残像・・・ッ」
「惜しかったな。今のは割と―――どわっ!?」

 余裕の表情を浮かべていたバッツが、不意にギクリと表情を強ばらせると、その場を飛び退く。
 そのわずか一瞬後、バッツのいた場所に紫電が降り注ぐ。

「ちいっ、かわされた!」

 舌打ちしたのはリディアだった。
 ブリット達がバッツ達に攻撃を仕掛ける中、こっそりと魔法を詠唱して放ったのだが―――寸前で回避されてしまった。

「どうして避けるのよ!」
「当たったら痛いからに決まって―――」
“炎よ、巻き起これッ!” ―――『ファイア』!」

 バッツの立っている地面に炎が生まれる。
 炎は旋風のように円を描いて走り、そのまま上昇して炎の塔を形造る―――が、すでにその場にバッツの姿はない。

「危ねー―――っと」

 バッツの逃げた先にブリットがさらに斬りかかるが、それもあっさりと避ける。

「全く、油断も隙もねーなあ」

 そんなことを言いながら。
 バッツは楽しそうに笑っていた。

 

 

******

 

 

 リディアたちの攻撃をバッツはひたすら回避していた。
 主な攻撃はブリットの斬撃で、それをサポートするようにボムボムの突進と、トリスの急降下が連携する。さらにバッツが立ち止まるたびにすかさず、リディアの魔法が飛ぶため、バッツは一息つくこともできない。

 バッツの方からは攻撃を全く仕掛けないため、リディア達が一方的に攻撃している。
 多少、想定していたモノとは違うが、ヤン達が予想したとおりに “一方的な展開” 。・・・だというのに―――。

「何故、回避し続けられる・・・?」

 ヤン達は唖然とバッツの動きを目で追っていた。
 もう10分以上は経っている―――なのに、一人と三匹の猛攻を、バッツはかすらせることもせずに回避し続けていた。

 その事実に、ヤンやセリス、フライヤ、さらにはロックまでもが驚愕していた。

「えっと・・・もしかしてあの人達、弱いんスか?」

 一人、よく解っていないらしいロイドが尋ねる。
 確かに、たった一人をその四倍の数で攻めて、かすり傷一つ負わせられないなんて、弱いとしか言い様がない。
 だが―――

「冗談じゃねえぞ・・・」

 ロックは頭痛を堪えるように、自分の額を抑える。
 結論から言うと、リディア達は決して弱くはない。最初は、バッツが相手ということもあって動きも若干ぎこちなかったが、バッツに回避されるたびに連携がスムーズになっていく。特に、ブリットの斬撃は間近で見ればその太刀筋も見えるかどうか解らないほどに鋭く、速くなっている。

 だが、そんな攻勢を、バッツは最初と変わらぬ様子で軽やかに避けていく。
 心得のないものが見れば、相対的にリディア達が弱すぎると見えても仕方がない。
 しかし実際は―――

「やっぱり紙一重じゃねえか、あの馬鹿」

 ふるふると、ロックの身体は震えていた。

 ブリットと1対1ならば、ロックでも “ミラージュベスト” の幻影を使えば、なんとか逃げ続けることはできる自信はある。
 だが、そこにトリスにボムボム、さらにリディアの魔法まで加わってはどうしようもない。10分どころか、1分持つかも怪しいくらいだ。

(あんなのセシルだって―――いや、何処の誰だって不可能だっつーの!)

 心の中で毒づくロックの隣で、ヤンが信じられないものを見るような目でセリスを振り返る。

「セリス、本当にアレに勝てたのか・・・?」
「・・・まともにやって勝てたと思う?」
「いや、無理だな」

 きっぱりとヤンが答えるが、セリスは特に怒りも覚えない。
 それほどまでに、バッツと自分との差というものを感じてしまっている。
 あまり認めたくはないが、ブリットの斬撃はセリスよりも鋭く、リディアの魔法はセリスよりも早い。それが完璧に避けられ続けているのだ。セリスが戦ってどうなるかなど、目に見えている。

(まともにやって――― “切り札” を使っても勝てるかどうか・・・)

「つーか、魔法ってあんなに避けられるもんだっけか?」

 そんな疑問を呟いたのはギルガメッシュだった。
 彼もロイド同様、あまりよく解ってないのか、ロック達程に驚いている様子はない。

「普通は・・・避けられない」

 セリスが答える。

「攻撃魔法は、例えるなら “絶対に当たる飛び道具” 。暴走でもしない限り、必ず狙った目標、地点に発動する」
「でも避けてるじゃんかよ」
「絶対必中の魔法を回避する方法は単純。発動した瞬間に回避できれば避けられる―――正確には “発動が確定した瞬間” にね」

  “絶対必中の飛び道具” ―――同じ能力を持つローザの放つ矢を、セリスが今言った方法でセシルは回避した。もっとも、セシルの場合は放たれた矢を回避することは早々に諦めて、居合いで迎撃していたが。

「確定した瞬間って、どうやって解るんだよ?」

 問い返したのはロックだった。
 割と物を知っている彼だが、魔法は管轄外らしい。

「魔法の名前を唱えた瞬間―――『ファイア』とか『サンダー』とか最後に言ってるでしょ? その瞬間に回避すれば、避けられる」
「・・・それが聞こえなかったら? てか、絶対に聞こえてないよな、あれ」

 ロック達の場所でもリディアの詠唱は全く聞こえない。
 近いとはいえ、バッツはブリット達の攻撃を避け回っている、如何にリディアスキーなバッツでも、リディアの声が聞こえるとは思えない。

「魔道士なら魔力の動きで解るわよ。私の “魔封剣” も魔力の流れを感じ取って、その流れを変えてやる技術だもの」
「バッツって魔道士だったか・・・?」

 ロックの疑問に、ヤンは「ううむ」と首を捻り。

「魔法を使っているところは見たこと無いな」
「じゃ、どーして避けられるんだよ!?」

 ロックのさらなる問いに、セリスは言葉に詰まる。

「そんなの解るわけ無いじゃない! 直感かなにかじゃないの!?」
「直感で避けられるもんなのかよ!?」
「1回や2回ならともかく、何度も避けられるわけないでしょッ!」
「だからっ、それならどーして―――」
「勘だろ」

 何気なく言ったのはカインだった。
 全員が、最強の竜騎士を振り返る。

「何故見る?」
「今、勘っていったよな・・・?」
「ああ」
「なんで?」
「魔法くらい、勘で避けられるだろ。普通」

 あっさりと言い放った竜騎士にに、ロックは脱力した。

「居たよここにも、紙一重が・・・」
「・・・言っておくが、勘、と言ってもそれほど不確かなモノを言っているワケじゃないんだが」

 ロックの物言いが気に食わなかったのか、カインが言葉を重ねる。

「言葉で説明するのも難しいが―――そうだな・・・ヤン」
「ぬ?」

 カインはヤンに自分の槍を渡す。
 そして、自分はヤンに背を向けた。

「いつでも良い。その槍の柄で、俺の頭を小突け。・・・解りやすくな」
「・・・成程、そういうことか―――承知した」

 カインの言葉でなにやら解ったのか、ヤンは納得したように頷く。
 それからおもむろに、カインの頭を小突いた。こん、と突かれてカインの姿勢が前のめりになる。

「おい・・・ッ」

 突かれた後頭部を押さえ、カインが恨みがましい目でヤンを振り返った。
 ヤンは苦笑して、

「すまん、次はちゃんと “解りやすく” やってやろう」
「同じ事やったら・・・殺すぞ」

 かなり険悪に言葉を吐いて、カインは再び背を向ける。
 ロック達は、カインとヤンが何をしたいのかも解らない。

「おい、なんの遊びだよ?」
「良いから見てろ」

 ヤンはそう答え、それから不意に再びカインの頭を小突く―――が、槍の柄がカインの頭を小突こうとした瞬間、カインは首を傾げてそれを回避する。
 それからカインは振り返ると、ヤンから槍を受け取って、

「解ったか?」
「解らねえ―――いや、待てよ・・・」

 否定しかけて、ふとロックは考え直す。

「・・・そうか、つまりそれが “勘” ってことか」
「どういうことだ? 私達にも解るように説明しろ」

 解らないらしいセリスが言うと、カインが朗らかな笑い声を上げる。

「ははは、お嬢さんには難しかったか」
「・・・ぐぐ・・・・・」
「気配だよ気配。殺気とか―――それを感覚的に察知するのが、即ち “勘” ってわけだ」

 ロックの説明に、ヤンとカインがさらに補足する。

「もっと解りやすく言うならば “呼吸” だな。例えば、何か行動を起こす時や緊張する時、呼吸止めたり乱したりするだろう?」

 今の例でいくと、ヤンが槍を突き出す時、力を込めるために息を止めた。
 その呼吸の変化をカインは読み取って、回避したというわけだ。

「セリスもさっき言っていただろう、魔力の流れを読み取って―――とかどうとか。それと同じで、呼吸が止まるということは息を吐いたり吸ったりという “空気の流れ” に影響が出る、その僅かな影響を感じ取る。それがいわゆる “勘” というやつだ」

 カインはそう締めくくって、もう一つ付け足す。

「―――と、セシルのヤツは理屈付けていたが、正直それが正しいのかは解らん」
「結局、不確かなものじゃない」
「ただ、なにかしら攻撃される時に “違和感” の様なモノを感じるのは確かだ―――ちなみに、戦闘レベルで集中していれば、数十メートル離れた先から狙われても気付けるぞ」
「・・・それは流石に嘘だろう」
「嘘と思いたければ思っておけ」

 セリスのツッコミをカインは軽く流す。
 と、フライヤがふと気付いたように、

「・・・もしかして、最初にヤンが小突いた時に回避できなかったのは・・・」

 カインは非難するようにヤンを軽く睨む。

「気配を変えずに小突かれたからな。流石に何も感じなければ避けられん。解りやすく、と念を押したのにな」
「ちょっとした茶目っ気だろう。そう、怒るな」

 ははは、とヤンが笑う。
 ならば、とフライヤがふと思いついたことを言う。

「気配を消す―――か、じゃあ気配を消して攻撃すれば、バッツだって・・・」
「無理だろ」

 即座に否定したのはロックだった。

「何故じゃ、ロック?」
「軽く小突く程度だから、気配を消して攻撃できたんだ。どんな人間だって力を込めるときには息を止める。気配を消したままだと、ひょろひょろの弱い攻撃しかできやしないってことさ」

 ロックが言うと、ヤンも頷く。

「ロックの言うとおりだ。例えば軽く小突く程度ならばともかく、致命的な一撃を与える時には気配を消して打撃することなど私には出来ん」
「まあ、毒とか―――或いはボウガンや銃なんかの “力を必要としない武器” を使うなら話は別だけどな。それ以外なら、まず無理な話だろ―――」
「何を言っている?」

 さっきロックの言葉に頷いたばかりのヤンが、怪訝そうな顔をする。

「それならば、一人居るだろう」
「は?」
「というか目の前で戦っている」
「へ?」

 ヤンに言われて向いた先には、未だにひたすら回避し続けるバッツの姿があった―――

 

 


INDEX

NEXT STORY