第18章「あにいもうと」
C.「その手に掴んだモノ、掴めなかったモノ」
main character:ロック=コール
location:ドワーフの城・城門

 

「おおおおおおっ!? 顔が、顔がああああッ!?」

 バッツの身体が地面に倒れる。
 それを無視して、リディアは城の外へ―――

「って、ちょっと待てええええええええっ!」

 がばあっ! とバッツは勢いよく立ち上がる。
 リディアは至極面倒そうに―――それでも立ち止まって、振り返る。

「あによ?」
「なんか再会からしてから、とっても酷くないかッ!? お兄ちゃんはそんな風に育てた覚えはないぞ」
「誰がアンタなんかに育てられたのよ」
「くうっ・・・暫く見ない間に、すっかり口が悪くなりやがって・・・! 昔はあんなに可愛かったのに―――」
「用はそれだけ? 下らない用事で引き留めるんじゃないわよ、バーカ」
「妹に馬鹿呼ばわりされたッ!?  “大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるんだー♪” っていつも言っていたリディアが・・・」
「言ってねえッ」

 さめざめと泣くバッツと、激怒するリディア。
 なんだか混沌めいてきた所へ、ヤンが戸惑いながらバッツへと尋ねる。

「・・・あー、ちょっと良いかバッツ?」
「あ! ヤン! お前からもなんか言ってやってくれよ! 暫く離れてたらリディアがグレたああああっ!」
「いや・・・そもそも、お前は疑問に思わないのか?」
「何を?」
「リディアだ。性格はともかく、私達の知っているリディアはもっと幼かったはず・・・」

 ヤンに言われ、バッツはじっとリディアを見る。
 確かに今のリディアは “幼い” と言える歳ではない。バッツ自身と同じくらいか、もしかしたら少し上辺りだろうか。

 バッツはふむ、と頷くとあっさりした口調で言う。

「成長期なんだろ」
「成長期で済ませられるレベルかあああああっ!」
「だってあれリディアじゃん」
「・・・解った。お前とまともに話をしようと思った私が愚かだった。

 ハァ、とヤンは溜息を吐く。
 その一方で、感心もする。

(疑うことも、迷うこともせずにリディアだと確信したのか)

 バッツ=クラウザーは ”馬鹿” なのだと、改めて確信する。
 確信して、そして諦める。リディアを止めることは自分では出来ないと。役目ではないと。

(リディアになにがあったのか私には解らない。だから私には、彼女を止めることは出来ないだろう。だが、バッツならば―――)

 天下無敵の馬鹿野郎ならば。
  ”解らない” ことは意味を為さない。何故ならば、馬鹿とは何も解らない者の事を言うのだから。何も解らず、考えもせずに、しかして己が想う道をひたすら真っ直ぐに突きすすむ者なのだから。

 だからヤンはそれ以上口出しすることを諦める。あとはバッツ=クラウザーという大馬鹿野郎に任せようと。

「行くわよみんな、馬鹿に付き合ってたら陽が暮れちゃうわ」

 地底世界なのでそもそも陽は昇らないのだが。
 ブリット達を引き連れてさっさと城を出ていこうとするリディア―――その前に、バッツは素早く回り込む。

「ちょっと待てよ。折角帰ってきたのに何処に行くつもりだよ?」
「帰ってきた・・・?」

 リディアは立ち止まると、険悪にバッツを睨付ける。

「私が帰る場所は “この世界” にはないわ!」
「この世界? あー、もしかして、お前って今まで別の世界にいたとか?」

 バッツの言葉に、「そんなバカな・・・」とヤンが呟きかけたが、リディアは少し感心したような笑みを浮かべて、

「へえ? よく解ったわね―――馬鹿のくせに」

 笑みを浮かべながらも、リディアの目はあくまでも冷たい。

「そうよ。今まで私達は幻獣の住む世界―――幻獣界にいたの。そこで私達は十数年間、修行に修行を重ねて強くなった―――ティナを、取り戻すために」
「十数年間って・・・リディアと別れてから、まだ一ヶ月ちょっとしか経ってないだろ」
「幻獣界では時間の流れが違うのよ。この世界での一日が、向こうでは数ヶ月にもなる」

 説明を終えると、リディアはバッツに手を伸ばす。
 その肩を押しのけて、前に進もうとする。バッツは抵抗することなく道を譲った。そのままリディアは振り返らない。振り返らずに、城の外へ―――

「つまり、リディアがこの世界に帰ってきたのは、ティナを助けるためってわけだ」

 背中からバッツの声が届く。
 リディアは反射的に立ち止まり、振り返って訂正する。

「何度も言わせないで。 “帰ってきた” わけじゃない」

 その文句を、バッツは受け流す。

「まあ、無理だな」
「なにがよ?」
「お前達だけじゃ、ティナを助け出す事なんて絶対に出来ない」
「なんですって?」

 声に怒気がはらむ。
 バッツはにやりと笑って、親指で自分を指さす。

「俺はガストラの将軍達―――レオとセリス、その二人に負けた」
「「えっ!?」」

 2人分の声がハモる。
 それはリディアとヤンの声だ。
 ヤンは驚きを隠せないまま、バッツに問う。

「それは本当かバッツ!? ファブールで、レオ将軍に敗れたことは知っていたが・・・いつセリスに?」
「この前、ローザを追いかけ回したろ。あの時だよ―――俺は、手も足も出来ずに倒されたのさ・・・」

 ふぅ、とちょっと切なそうにバッツが答える。
 その言葉は嘘ではない。嘘ではないが、はっきりとした真実でもない。
 単に魔法で眠らされただけで、もしも次に戦ったならば同じ手は食わないだろう。レオ将軍に関しても、バロンできっちりとリベンジしている。

 だが、バッツはその事は言わなかった。

「さて、この俺でも敵わないほどの力だ。弱っちいリディアなら、あっさり殺されちまうだろうなあ」

 にやにやと笑いながらバッツが挑発する。
 バッツが二度も破れたという事実がショックだったのか、呆然としていたリディアだったが、その挑発に我に返ると、再び怒りを顕わにする。

「誰が弱いって・・・?」
「ちゃんとリディアって言ってやったろ。馬鹿だなあ」
「この・・・ッ! だいたい、アンタが負けたからってなんなのよッ! アンタはただの旅人でしょ、負けて当然じゃない!」

 ばっ、と腕を開いて、リディアはお供のブリット達を指し示す。

「私達は負けない! 絶対にティナを取り戻す!」
「ほー、じゃあ試してみるか?」
「試す?」
「俺とお前ら、どっちが強いのか―――勝負しようぜ!」

 

 

******

 

 

 ドワーフの城の救護室は広かった。
 日頃からそんなに怪我人が多いのか、ちょっとした病院並の広さがある。救護 “室” というよりは救護 “場” とでも言った方がしっくり来るような広さ。
 だが、そんな広い救護室も、今は怪我人だらけで満杯になっていた。

 救護室に居るのはドワーフたちだけではなかった。
 先の戦いで負傷したフライヤとクラウドの姿も居るし、敵だったSeeD達の姿もある。もちろん、SeeD達は武器を取り上げられているが。

 ドワーフたちが忙しく飛び回り、怪我の軽い者たちは互いに包帯を巻きあっている。
 重症患者達には城にあるだけの魔法薬をばっしゃばっしゃとふりかけられ、ベッド毎魔法薬漬けになっていたりもする。

 そんな救護室の隅で、石を削りだした椅子に腰掛けて、セリスとロックは向き合っていた。

 ・・・・・・一旦ゴルベーザが撤退した後、回復魔法を使えるセリスも怪我人の治療を手伝ったが、実のところセリスはそれほど回復魔法は得意ではなかった。
 自分自身の怪我を治すくらいなら十分だが、他人の怪我を癒すとなるとちょっと力が足りない。治せないわけではないが、魔法薬の方が効果は高い。だからあまり役には立たずに、すぐに救護室を後にした。

 その時に比べれば、救護室の中は落ち着いてはいた。
 それでも、ドワーフの医師達は休むヒマもない。ロックを救護室に案内してやったはいいが、誰も手当する者が居ないので、仕方なくという感じでセリスがロックの面倒を見ることにしたのだ。

(まあ、こいつの態度も気になったしな)

 ロックは何故か仏頂面だった。
 バッツを探しに行ったはずだが―――リディアの話のよればバッツは生きているという。それなのに、何故、機嫌が悪いのか、手を怪我しているのかが気になった。

「・・・なにやっているんだか」

 セリスは、ロックの拳の怪我の具合を見て、呆れたように言う。

「ムカツク馬鹿野郎を全力で殴り飛ばしただけだ」

 ロックは憮然と答えた。そんなロックの顔を見て、セリスはクスクスと笑う。

「なんだよ?」
「いや―――お前がそういう顔をしているのは珍しいから。いつも飄々として、巫山戯ていて。真剣な顔をしていても、それが本当なのか冗談なのかも解らない」

 バロンで、ロックに敗北した時の事を思い出す。
 あの時はのロックがまさにそれだ。無能を演じ、罠を見破られたと演じ―――そして、敵を “演じた” 。

 掴み所のないヤツだ―――そう思いながら、セリスはロックの拳に回復魔法をかける。
 癒しの光が怪我を包み込み、途端に痛みが嘘だったかのようにすーっと消えた。

「うわ、すっげー。痛みが消えた・・・」

 軽く驚く。
 ロックは今まで回復魔法をかけられたことはなかった。
 同じような効果なら、ポーションなどの魔法薬で体験していたが、詠唱するだけで怪我が治るのは新鮮だった。

「魔法って、便利だなー。俺でも使えるようにならねえかな」
「ガストラに来て、魔導の力を植え付けて貰えば誰だって使えるようになる」
「そいつは御免だな」

 ロックは苦笑する。そんなロックを見て、セリスはある疑問を感じた。

「・・・お前は、私の敵なのか?」
「は?」
「私達の敵、なのか・・・?」
「ちょっと待て。なんでそういう話になるんだ? 俺達は仲間じゃん―――って、うわ、どっかの赤鎧みたいな事言っちまった」

 そういえば、それこそあのギルガメッシュは敵なのかどうかが解らない。
 バッツの持つエクスカリバーが目的だと言うことは解ったが、城門ではバッツの事は放っておいて、リディアを追いかけていってしまった。

(あの時は、エクスカリバーを奪う絶好のチャンスだったはず―――何考えてるのか、わかんねえな・・・)

 未だに危機感はある。
 だが、今のところは敵になる様子はないようだと思う。

「ロック?」
「あ・・・悪い、ちょっと考えごとしてた」
「私が聞きたいのは、ガストラの将軍である私にとって、反ガストラ組織 “リターナー” のお前は敵であるのか、ということだ」
「まあ・・・それは・・・敵、なんじゃないか・・・?」

 重い口調でロックが答える。正直、今の今まで “ガストラ” とか “リターナー” とか言う話は忘れていた。

(そーいや、俺はリターナーの密偵としてフォールスに来たんだよな)

 しかし―――

「でもさ、今、ここに居るのは “ただの” ロック=コールで、俺の目の前にいるのは “ただの” セリス=シェールだろ?」

 リターナーとしてこの場にいるのではない。
 別の目的があってここにいる。地底世界という未知の世界ならば、死者を蘇らせる方法があるかも知れないと思って。

 そしてセリスも、ガストラの将軍としてこの場にいるわけではないはずだった。

「けれど、ミストの村では私を殺すつもりだったんでしょう?」
「まあ・・・あの時は、敵、だったからなあ」
「それなのに、この前のバロンでは私を殺さなかった。どうして?」

 バロンでローザを追いかけた時。ロックは敗北したセリスを殺せる立場にいた。

「私は、あの時に本気で死を覚悟した」
「あれは冗談だって。ちょっとからかってみたくなっただけで、殺そうなんて気は全然無かった」
「どうして?」
「いや、あん時は、実は侮られていることが少しムカついて、その仕返しだったんだけどさ―――流石にやりすぎだと思った。反省してる」
「そうじゃない」

 セリスはロックを見つめる。
 その真剣な瞳にロックの鼓動は高鳴る。

(そんな目で、俺を見ないでくれよ・・・)

 後悔とともに、 “彼女” の事が強制的に思い出される。
 セリスに似ている “彼女” の顔。

「私はガストラの将軍だ。それを殺せる立場にいたのに、少しも殺意が沸かなかったというの?」
「当たり前だろ! だってお前は―――・・・」

 言いかけて、言葉を止める。
 それは口に出してはいけない言葉のような気がした。

「・・・貴方の恋人に似てるから?」

 だが、言いかけた言葉はセリスに言われてしまった。
 否定することもできず、ロックは押し黙る。
 セリスは嘆息して。

「誰かに似ている―――その誰かの代役にされるのは、あまり良い気分じゃないわね」
「違う! 俺はお前のことをレイチェルの代わりだなんて思ったことは一度もないッ!」
「じゃあ、貴方にとって私はなんなのかしら?」
「え・・・っ」

 思いがけない問いかけをされて、ロックは一瞬思考が止まる。
 それからハッとして気づいた。

(これは―――試されている!?)

 セリスを見る。
 こちらを見つめるセリスの瞳は、何かを期待して潤んでいる―――ような気がした。
 その唇も、きゅっと結ばれて、何かを求めている―――ように思えた。
  “私の想いに気づいてロック” と想っている―――のかもしれないと思った。

 そんなセリスの様子(妄想)に気がついて、すぐに一つの言葉が思い浮かぶ。躊躇うことなく、ロックはそれを口に出した。

「結婚しよう」

 するとセリスはにっこりと微笑んで、答えた。

「死ね」
「ちょっ!? プロポーズの返答としてはおかしくねえかッ!?」
「・・・人が真面目に話をしているのに、冗談を抜かす馬鹿は死刑にしてもいいと思うが」
「勝手に脳内法律で裁くんじゃねえッ! つーか、どういうつもりでの質問なんだよ」
「お前が敵か味方なのか、よく解らないからだ。今は共闘していても、いつ後ろから斬られるか解らない相手には気を抜けないだろう」
「まあ、確かに・・・」

 ロックにとってギルガメッシュがそうであるように。
 セリスにとってはロックの存在が、 “不安” であるのだろう。セリス自身は認めないだろうが、一度敗北したこともその “不安” を増長させている。

 加えて言えば、ロイドもセリスを疑っている事にロックは気づいていた。
 先程の攻城戦の時、結局戦闘はしなかったが、城内戦闘ならば素手であるヤンの方が立ち回りが効く。なのにそのヤンを飛空艇に待機させて、セリスを城内に突入させたのは、突然に寝返られて飛空艇を奪われることを怖れたのだろう。

(まあ、仕方ないか。チグハグな部隊だしなあ・・・)

 セシルもよくもこんなテキトーな部隊を編成したものだと思う。
 一応、バロンの偵察部隊と言うことになっているが、その実、それぞれの目的もバラバラだ。

 そんなことを考えながら、ロックはセリスに答えた。

「・・・お前が “ただの” セリス=シェールである限り、俺は手を出さねえよ」
「ガストラの女将軍に戻ったならば?」
「それは・・・」

 敵になる。そのはずだ―――なのに、ロックは敵であると断言できなかった。
 気分がもやもやする。自分自身でもよく解らない感情がわき上がる。

(俺は、セリスのことをレイチェルの代わりだと思っているのか・・・?)

 だとしたら最低だと思う。
 だから、それだけは認めたくない。

「正直、俺はお前を敵だとは思いたくない」
「私が恋人に似ているからか?」
「・・・わからない」

 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
 そう答えたロックに、セリスは苦笑して。

「そうか―――それなら、貴方は私の敵ではないということよね?」
「まあ、そう、かな」
「だったら―――仕方ないか」

 何故かセリスは照れたように頬を赤らめる。
 困ったように小さく首を振って、上目遣いにロックの方を見つめてくる。

「その・・・貴方に、言っておかなければならないことがあって・・・」
「な、なんだよ・・・?」

 どっくんどっくんと、ロックの胸の鼓動が尋常じゃないほど高鳴ってきていた。
 さっきの妄想がリフレインする。
 瞳を潤ませ、恥ずかしさを堪えるように唇をきゅっと引き締めるセリス―――でもそれは妄想ではなく。

(ま、まさかマジで―――うわ、顔が火照ってきたッ! つーか落ち着け俺のマイハート!)

 思考がぐっちゃぐっちゃに乱れる。
 目の前が真っ白になって、息が苦しくなる。

「ロック・・・」

 来る、とロックは覚悟する。
 もしも思った通りの言葉が来たなら、どうすれば良いのかと混乱した頭で惑いながら。

 しかし。

「・・・ありがとう」
「実は俺もお前のことが―――・・・は? ありがとう?」

 思っていたものとは別の言葉が来て、ロックのテンションは急速冷凍。
 一気に冷静になって、ロックは困ったように問い返す。

「なんでいきなり礼を言われるんだ?」
「ゾットの塔で、助けてくれたでしょ」
「へ・・・?」

 ロックは首を傾げる。
 ふと思い当たったのは―――

「あー、あのラグってヤツと戦った時のことか」
「違う、その前」
「前?」

 何のことか、とさらに首を傾げるロックに、セリスはやれやれ、と嘆息して。

「塔がローザの魔法で吹っ飛ばされた時、私の腕を掴んでくれたでしょう?」
「あ・・・」
「貴方を助けるバッツの姿を見て、あの時のことを思い出したのよ。そう言えば礼を言ってなかったな、って」

 まだちょっと顔を赤らめたまま、セリスは続ける。

「敵に礼を言うのは変だと思ったけど。敵じゃないなら仕方ないし―――あ、改めて礼を言うのも照れるけど・・・ふふ」
「・・・・・・」
「ロック・・・?」

 何故か呆然としているロックに気がついて、セリスは怪訝そうな顔をする。
 だが、セリスの言葉は届いていないようだった。

「できた・・・のか? 俺にも・・・」
「どうしたの、ロック?」
「俺・・・助けることが、出来たのか―――・・・?」

 さっきとは違う意味で動悸が激しくなる。
 脳裏に二つの光景がフラッシュバックされる―――最愛の “彼女” を失った時の事故と、ついさっきロックを助けて飛空艇の下へ墜ちていくバッツの姿。

(人を助けるのに理由はいらない、か)

 昔出逢った少年が言っていた言葉を思い出す。
 それと同じ事をバッツも言っていた。

 

 ―――アンタが落ちるって思ったら、勝手に身体が動いてた。理由なんて一々考えてられるかよ。

 

 先程のバッツが言った台詞を思い出す。
 確かにその通りだった。
 あの時、ゾットの塔が消え去り、空中に放り出される寸前―――ロックは何も考えずにセリスの腕を掴んでいた。「バンダナを返して貰いたかったから」なんて理由を後付けしたが、実際は理由なんてなかった。

「バッツに・・・謝らなきゃな」

 素直に、そう思う。

(バッツは誰かを助けられないなら死んだ方がマシだと言った。俺は何も背負いたくないって言った―――だけど、それは・・・)

 今になって気がついた。結局、バッツもロックも言っていることは変わらない。

(誰かに助けられるくらいなら、死んだ方がマシ―――そう言ってるのと同じ事か)

 言っていることは結局同じ。けれど、決定的に違うのは、バッツは “解決策” も示したこと。
 助けられたくないのなら墜ちなければいい―――単純で、簡単な解決策。

(一方的に助けられるだけじゃなくて、自分でも墜ちないように―――死なないように、もがいて、あがいて、努力すればいい。そうすればきっと、互いが互いを助けられる。誰も失われなくて済む)

 バッツがそこまで考えて言ったのかは解らない。
 けれど、ロックはそう思うことにした。

「おーっす、皆の衆!」

 突然、脳天気な声が医務室に響く。
 見れば、部屋の入り口に赤い鎧に身を包んだ男―――ギルガメッシュが立っていた。

「動けるヤツは外へ出な! なんか面白い事が始まるみたいだからよ!」
「面白いこと、じゃと?」

 利き腕に包帯を巻いたフライヤが問い返す。
 ちなみにクラウドはベッドに横たわり眠っている。クラウドの場合、怪我はそれほどでもないのだが、肉体が疲労しきっているらしい。だから眠るのが一番の治療なのだ。

 フライヤの問いに、ギルガメッシュは「ああ」と頷いて。

「俺もヤンから聞いたんだが、なんでもあの召喚士―――リディア、だっけか? あいつとバッツが戦うんだと」
「・・・ちょっとまて。リディアじゃと!?」

 ずっと医務室に居たフライヤは、リディアの事を知らされていなかった。

「召喚士のリディア・・・本当に、あのリディアか!?」
「あの、って言われても何のことか分からんけどな。ヤンはリディアって呼んでたぜ」
「し、しかし私の知っているリディアだとしたら・・・何故、バッツと戦うことに・・・?」

 リディアの変貌を知らないフライヤは、意味が解らずに困惑する。

「俺だって知らねえよ。ま、行ってみれば解るんじゃね?」

 そう言い残して、ギルガメッシュは医務室を後にする。困惑し続けながらも、フライヤも続いた。

「俺達も行こうぜ」

 ロックは立ち上がり、セリスに向かって手を差し出す。
 だが、セリスはその手を無視して立ち上がった。

「敵でないとしても、別に貴方と馴れ合うつもりはないわよ」
「うっわ、冷てー」

 ツン、と言ったセリスに、ロックは苦笑い。
 ふと差し出したままの自分の手を見る。

(助けることができた―――できたはず、なんだよな)

 セリスの腕を掴むことが出来た手。
 レイチェルの腕を掴むことが出来なかった手。

 助けられた喜びと、助けられなかった悔恨。
 二つの相反する想いが渦巻く。

「行くんじゃないの?」

 セリスに声を掛けられる。
 ロックは、見つめていた自分の手をぎゅっと握りしめ―――頷いた。

「おし、行くか―――」

 


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