ドワーフの城のホール。
 戦いの後がまだはっきりと残る広間に、早足で城の外へと向かう女性と、それを追いかけるモンク僧の姿があった。

「待て、リディア!」

 ヤンがリディアの後を追いかける。
 だが、リディアは振り向こうともせずに、さっさと城の外へ向かって歩みを止めない。

「待てと言うに!」

 言葉だけでは止まらない。だから、ヤンはリディアの肩を掴んで強引に止める。
 流石に無視することは出来ず、リディアは肩を掴まれた手を振り払って振り返った。

「しつっこいわね! 人間ッ!」

 彼女は憎々しげにヤンを睨付ける。
 その憎悪の籠もった眼差しに、気圧されることはなかったが、それでもヤンの胸は痛くなる。

(何があったというのだ・・・・・・)

 リヴァイアサンに襲撃され、リディアと別れてから一ヶ月と少し。
 その僅かな時間で、幼かったリディアは一気に十数年分の成長を遂げ、強大な魔法の力を得て戻ってきた。
 しかし、無垢で明るかった少女は、今や人間に対して深い憎しみを抱いている。

「リディア・・・」
「放っておいてよ。私は人間なんかと馴れ合う気はないんだからッ!」
「・・・ッ!」

 聞く耳持つような状態ではない。
 ヤンは、リディアから話を聞くのを諦め、その傍らに付き従うゴブリンへと視線を変える。

「ブリット、聞かせてくれないか? 一体―――」
「ブリット、行くよ」

 何があった、とヤンが聞くことすらさせずに、リディアはブリットの手を引いて、再び城の外へと向かって歩き出す。
 仕方なく、ヤンも彼女を追いかけて城の外へと出た―――

 

 

******

 

「ゴルベーザ!」

 ダークフォースの力で転移し、バブイルの塔内部に辿り着いたシュウが見たものは、その場に崩れ落ちているゴルベーザの姿だった。
 もっとも、ゴルベーザは鎧を身に着けていない。シュウは、素のゴルベーザを見るのは初めてだったが、カインに貫かれた腹部から血を流しているのを見て、ゴルベーザだと確信する。

 急所は外れているようだが、傷は腹部を完全に貫通させている。槍の傷だ、傷そのものは酷くはないはずだが、血が止まる様子はない。今も流れ続け、床に血溜まりが出来ている。

「大丈夫!? しっかりして!」

 シュウはゴルベーザの傍に駆け寄ると、膝を吐いて倒れている身体を抱き起こす。
 ぴちゃり、と血が衣服を汚すが、そんなことを気にしている場合ではない。

「シュウ・・・か。クリスタルは・・・?」
「手に入れたわ。・・・思ったよりも傷が深いようね。待ってて、今、回復魔法を―――」
「その必要はない」

 不意に第三者の声。
 誰かと思って見れば、いつの間にかすぐ傍に赤いマントを身に纏った男が立っていた。

「ルビカンテ・・・か・・・」

 男の姿を見て、ゴルベーザが苦しそうに男の名前を呼ぶ。
 シュウはゴルベーザが名前を呼ぶのを聞いて、尋ねる。

「味方・・・?」
「―――お初にお目にかかる。私の名はルビカンテ・・・ゴルベーザ四天王の一人、火のルビカンテ。以後、お見知りおきを」
「私はシュウ。SeeDの―――って、のんきに自己紹介してる場合じゃないわ! ゴルベーザが!」

 とりあえず現れた男―――ルビカンテが敵ではないと解り、ゴルベーザに意識を向ける。
 その瞬間。

「―――失礼」
「えっ?」

 不意に、ルビカンテが呟いた瞬間。
 紅蓮の炎がシュウとゴルベーザの二人を包み込む!

「きゃあああああああああっ!?」

 全てを燃やし尽くさんとする炎。その火力は、ゴルベーザの鎧を燃やしたリディアの魔法以上だった。

(くっ・・・油断・・・した・・・)

 炎の中、シュウは力無くゴルベーザの身体の上に倒れ込んだ―――

 と。

「・・・何をしている?」
「え?」

 いきなりゴルベーザから声を掛けられて、シュウは顔を上げる。
 ―――いつの間にか、炎は消えていた。どころか、シュウもゴルベーザもコゲ痕ひとつついていない。

「なっ・・!? 今の炎は―――幻覚!?」
「幻覚ではない。再生の炎―――何も炎は破壊の力だけではないということだ」

 そう言ったのはルビカンテだった。

「うむ、すまんな。助かった」
「いえ―――ゴルベーザ様の配下の者として当然のこと」

 そんな二人の会話に、シュウがゴルベーザを見れば、血は止まっていた。
 ゴルベーザの声音も、先程は瀕死そのものだったのが、声に張りが戻っている。

「回復してる―――って、それならそうと言ってくれれば」

 シュウがルビカンテを振り仰ぐ。
 すると、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すまない。しかし貴女の言うとおり、ゴルベーザ様のお身体が第一だと思ったので」
「それは、間違ってはいないけれど・・・」

 それでもなにか釈然としない様子のシュウに、ゴルベーザが声を掛ける。

「シュウにも心配を掛けたようだ。悪かった」
「し、心配とかそういうことじゃなくてっ―――その、雇い主の身を案ずるのは、傭兵として当然のことでしょ」
「それもそうか、さて―――む」

 ゴルベーザは起きあがろうとして―――その場に力無く崩れ落ちる。

「ぬう、力が入らん・・・ルビカンテ?」

 ゴルベーザが臣下の名を呼ぶと、彼は一礼して。

「炎が癒したのはゴルベーザ様の傷のみ。体力までは回復させていません」
「どういうことだルビカンテ。お前の力ならば、全て回復させることができるはず」
「この一ヶ月、ゴルベーザ様は働き過ぎです。暫く休息も必要かと」

 四天王のうち三人が行動不能で、手駒の魔物達も大半がメテオで失われた。
 ホブス山でバッツとセシルに斬られたルビカンテはようやく最近になって復帰できたが、それも襲撃を警戒してバブイルの塔を離れることが出来ない。

 ルビカンテ達四天王は、クリスタルの位置を感知する能力を持っている。
 だが、その反面で、聖なる力に護られたクリスタルルームに入ることは出来ない。
 だから、ゴルベーザが動くしかなかったのだ。

「それはお前が決めることではない」

 ルビカンテの言葉を聞いて、ゴルベーザは尚も立とうとする。
 そんなゴルベーザに、シュウは肩を貸して立ち上がらせる。

「シュウ・・・すまないな」

 ゴルベーザが礼を言うと、シュウは薄く笑って。

「礼を言う必要はないわよ。単に、休める場所へ連れてってあげるだけだから」
「なに!?」
「ルビカンテ、って言ったっけ? ゴルベーザの部屋とかあるの?」
「私室ではないが、寝室ならばすぐ近くにある―――案内しよう」

 そう言って、ルビカンテが先に立って歩き出す。
 シュウもゴルベーザの身体を支えて歩き出した。

「待て! 私はまだ休む気など―――」
「だったら抵抗の一つでもして見せなさい。女の子一人抗うことも出来ない身体で、何をしようと言うの?」
「それはっ、ルビカンテが癒してくれれば―――」
「焦って失敗して貰っちゃ困るって言いたいの! このクリスタルを手に入れたことで、依頼された任務は終わり―――だけど、私はキスティス達や他のSeeD達を助けなきゃいけない。そのためには、貴方の力が必要だわ」
「・・・・・・」

 ゴルベーザを支える手とは反対の手。
 そこには、闇のクリスタルがしっかりと握られていた。その輝きを見て、ゴルベーザは諦めたように息を吐く。

「・・・好きにしろ」
「ええ、もちろん」

 即答し、シュウはにっこりと微笑んだ―――

 


INDEX

NEXT STORY