第17章「地底世界」
R.「求める者」
main character:リディア
location:ドワーフの城・クリスタルルーム

 

 白い霧が視界を覆う。
 その瞬間、自分を縛る束縛が消えた事にカインは感じた。

(動く・・・)

 束縛が消えたことに疑問は感じない。理由など知る必要はない。ただ、動けるのならばやるべき事はたった一つ。

 

 ドラゴンダイブ

 

 ダガッ―――と、床が砕けるほどの跳躍。
 まさに竜が吸収するが如くの勢いで、霧を裂いて前へと跳ぶ。
 霧のせいで視界は見えない―――霧が発生する前の位置を頼りに、検討付けて槍を突き出した。

「―――ぐおっ!?」

 ずぶり、とした手応え。それとともにゴルベーザの悲鳴が目の前で響いた。

「ゴルベーザ!」

 シュウの声が後ろから響く。
 カインは突きだした槍を抜き、もう一度突く―――が今度は槍は何も突き刺さない。

「ちっ」

 避けられたか―――と思った頃、ようやく霧が晴れた。
 霧が消えると、目の前にゴルベーザの姿が見えた。槍を回避した―――と言うよりは、横に少しだけよろけただけのようだった。致命傷ではないが、ダメージは浅くない。
 ぽたり、ぽたりとゴルベーザの闇の鎧から、血か滴り落ちる。霧の中、めくらに突いた一撃だったが、上手い具合に鎧と鎧の間隙を突いたようだった。

「なんだ」

 カインがいつもの冷笑を浮かべ、ゴルベーザを見る。

「不死身というわけではないんだな」

 今の一撃は普通の手応えを感じた。
 ミストの村や、先程の王の間の時のように、突いたのか突いていないのかよく解らないような手応えではなく、ちゃんと肉を貫く感触だ。

「―――ここで終わらせてやる」
「カインッ!」

 セリスの警告―――その声と、後ろから唸り迫るムチの音に気がついて、カインは素早くその場から跳ぶ。
 カッ! と、直前までカインの立っていた位置に、シュウの刃突きムチが突き刺さる。

「ゴルベーザ! 傷は・・・」
「召喚士―――か」

 駆け寄ってきたシュウには一瞥もくれず、ゴルベーザはある一点―――クリスタルルームの入り口を見つめていた。
 そこには、ロッドを手にした召喚士の娘―――リディアがいた。リディアは白い霧を身に纏い、肩にはドラゴン―――幻獣ミストドラゴンの首が乗っている。そして、傍には彼女に付き従う小柄なローブ姿があった。

 彼女の身体から霧が薄れ、ミストドラゴンが消える。
 そして冷たい目で戦場を眺める。と―――

「余所見していて良いのか?」
「はぁぁぁぁっ!」

 突然現れた召喚士の娘に気を取られている隙を突いて、カインとヤンが、それぞれおゴルベーザとシュウに向かって突進する。
 だが―――

「 “グラビデ” 」
「なにっ!?」
「ぬうっ!?」

 リディアの放った重力魔法に、カインとヤンの身体は床へ叩き付けられた。
 倍加された重力に、床へ押しつけられる二人を、彼女は変わらぬ冷たい視線で見つめ、一言。

「邪魔、しないで」

 リディアはゆっくりとゴルベーザに向かって歩みを進める。
 途中、武器を失って攻撃には参加しなかったセリスとすれ違い―――軽く、怪訝そうな目で睨むが、すぐにゴルベーザへと向き直る。

(ミスト・・・?)

 見覚えのある顔立ちに、セリスはロックと同じようにミストの村で出逢った召喚士を思い出す。
 しかし、彼女の視線はこれほど冷たくはなかったはずだ。

 疑問に悩むセリスの目の前で、召喚士の娘はゴルベーザに問いかける。

「教えなさい。ティナは何処?」
「ティナ・・・? ティナ=ブランフォードのことか?」

 ティナ、の名前を聞いた瞬間、セリスがぴくりと反応する。
 ケフカ=パラッツォの操り人形。
 しかし彼女は―――

「知ってどうする?」
「取り返す。そのために私は戻ってきた」

(戻ってきた・・・?)

 セリスは彼女の言った言葉を心中で反芻する。
 その容姿や言動から、なにか引っかかるものを感じるが、セリスは目の前にいる召喚士が、ミストの娘だとは結びつけられない。
 当然だ。セリスの記憶が確かならば、ミストの娘であるリディアは、まだ10にも満たない少女だったのだから。今、目の前にいる召喚士の娘は、どう見ても自分と同じ年齢か、少し上くらいに見える。

 胸中では困惑しながらも、セリスは彼女の知りたがっている情報を付ける。

「ティナ=ブランフォードならばここにはいない」
「いない?」

 リディアはゴルベーザに背を向けて、セリスの方を向く。

「彼女ならガストラへ帰ったわ」
「・・・ “帰った” とか言わないで、人間」

 彼女は憎々しげにセリスを睨む。

「ティナの帰る場所は人間なんかの居る “こんな世界” じゃない」
「どういう、意味・・・―――あ」

 リディアに問い返したその時、セリスは気がつく。
 他の者たちの視線がリディアに集中している隙に、ゴルベーザがこっそりとクリスタルに手を伸ばすのを―――

「って、セコすぎるっ!」
「うるさい」

 少しは気にしていたのだろう、ゴルベーザは憮然と言いながらクリスタルを掴もうとするが―――

「ブリット!」
「応ッ」

 リディアの声に、ローブ姿―――ブリットがローブを脱ぎ捨てる。
 そのローブの下から現れた姿は―――。

「ゴブリン!?」

 シュウの驚きの声をよそに、ブリットは腰から剣を抜く。

「ゴブリン風情が!」

 素早く跳びかかるブリットに、ゴルベーザはクリスタルを手にすることを諦め、剣を振りかざす―――が、ゴルベーザに出来たのはそれだけだった。ブリットの素早い斬撃が、ゴルベーザの振りかざした腕を斬り飛ばす。
 暗黒剣ダームディアを振りかざしたその腕を断たれ、腕に握りしめられたままの暗黒剣が、シュウの足下に突き刺さった。

「この――― “炎よ、燃やし尽くせ” !」

 リディアはロッドをゴルベーザに向けると、魔法を解き放つ。

「『ファイガ』!」

 ごわんっ!

 轟火がゴルベーザの鎧ごと焼き尽くす。
 それを見て、セリスが驚愕に目を見開いた。

「今の・・・魔法、だと!? 馬鹿な!」

 有り得ない詠唱速度だった。
 というか、詠唱そのものが短い―――セリスが同じ時間で無理に魔法を発動させようとしても、ロウソクに火をつけることも出来ないだろう。

 セリスが呆然としている前で、ゴルベーザを覆っていた炎が消える。
 それと同時に、その鎧ががらん、と崩れた。

「・・・しまった」

 中身は燃え尽きてしまったらしい。灰の詰まったがらんどうの鎧を見て彼女は舌打ちする。

「思わず殺しちゃった。・・・まあ、いいか。必要な情報は―――」

 リディアはもう一度セリスを振り返る。

「貴女が教えてくれるでしょうから―――ねえ? ガストラの女将軍さん?」
「私のことを知っている・・・?」
「正確には思い出したのよ。さっきから貴女の中に幻獣の力を感じるのを不思議に思っていたのだけど―――」
「リディア!」

 未だに、重力魔法に押しつぶされているヤンが、その名を叫ぶ。

「緑の髪の召喚士・・・ブリットという名前のゴブリン―――まさか、リディア・・・なのか?」

 自信無さそうにヤンが問う。
 セリス同様、ヤンが知っている “リディア” はまだ幼い少女の筈だったのだから。

「そう言えば、あんたのような人間もいたわね」
「リディア・・・?」

 その冷たい物言いに、ヤンは酷く違和感を感じる。
 彼が知っているリディアという少女は、もっと奔放で明るく、元気な少女だったはずだ。
 少なくとも、他人を見下すような冷たい目をする者ではない。

「何があったのだ・・・?」
「あんたたちには言っても解らないことよ―――貴女なら解るかも知れないけれどね」

 そう言って、はっきりと敵意の在る眼差しでセリスを睨む。
 だが、解る、と言われてもセリスには何のことかさっぱり解らない。

「そ、それよりもそろそろこの術を解いてくれんか?」
「自力で抜け出せば?」
「な―――」
「確かにそうだ」

 ダン!
 と、音がして振り返れば、カインが足を床に立てて立ち上がろうとするところだった。

「う、お、お、お、おおおおおおおおっ!」

 だむっ!
 立ち上がり、そのままの勢いで床を蹴る。前へ。
 重力魔法を抜け出した途端、その動きは超加速。リディアに向かって突進する。

「なっ―――」
「さがれっ!」

 ブリットがリディアを庇うように前に出る。
 手にした剣を構え、迎え撃とうとする―――瞬間、カインがさらに床を蹴って加速する。唐突の加速にブリットは反応できない。そのままカインはブリットの持つ剣を蹴り飛ばした。

「邪魔だ」

 勢いのまま、カインはブリットとリディアを飛び越えると、その後ろにいたシュウに向かって襲いかかる!

「・・・ッ」

 自分に向かってくる槍に対し、シュウは手にしたムチを放つ。
 ムチなんかでカイン=ハイウィンドの槍を防ぐことなど出来はしない―――そんなことはシュウにも解っていた。

(狙いは―――足!)

 シュウのムチがカインの足首に巻き付く。
 だが、その程度ではカインのダイブは止まらない。

 

 ドラゴンダイブ

 

 シュウに向かって墜ちてくる槍。
 対し、シュウは自分に残された最後の手段を切る!

「来てッ!」

 シュウの声に応え、彼女の身体から青白い光が現れる。
 それは瞬時に美しい女性の姿となった。

 ガーディアンフォース・シヴァ。
 氷を操る、シュウのガーディアンフォースだ。
 だが、強大な氷結の力を持つガーディアンフォースも、その力を発揮する前にカインの槍に貫かれ―――消滅する。

(ガーディアンフォースが一撃で、か―――ごめん、シヴァ)

 ガーディアンフォースは死ぬことはない。
 一旦消滅しても、また再び蘇る―――そうと解っていても、自分の盾としたことに心で詫びながら、シュウは足下に落ちていたゴルベーザの腕ごと暗黒剣を掴んで駆け出す―――クリスタルの元へ。

「させるかっ!」

 床に着地したカインが、再びシュウに向かって飛びかかろうとする。
 その瞬間、絶妙なタイミングで、シュウはカインの足に巻き付いたムチをひく。

「くっ!?」

 床を蹴ろうとした足を引っ張られ、カインは転倒こそしなかったものの、大きくバランスを崩した。

(・・・ちっ、狙いはこれか・・・!)

 心の中で舌打ちしながら、カインはバランスを崩したまま、シュウのムチを掴むと力任せに引っ張った。

「甘い」

 シュウは僅かに微笑むと、即座に自分の武器を手放す。
 全く抵抗することなく、あっさりとムチを手放されて、カインは勢い余って今度こそ転倒する。その隙に、シュウは闇のクリスタルを手の中に納めた。

「ちっ―――とりかえせッ!」

 起きあがろうとしながらカインが必死に叫ぶ。
 だが、他の者たちには、どうしてそこまでカインがムキになるのかが理解できない。

「無駄な抵抗は止めろ。貴様一人では逃げられまい」
「そうね、私一人では無理でしょうね」

 ようやく重力魔法から抜け出したヤンが、ゆっくりとシュウに近づく。
 シュウはにっこりと微笑んでそれを認めた。追いつめられているはずなのに、その余裕の表情にヤンは戸惑う。

 と、そこへ聞こえるはずのない声が響いた。

『ご苦労だったな』

 先程、リディアの火炎魔法で焼け死んだはずのゴルベーザの声。
 ヤンはぎくりとして周囲を見回し、リディアも呆然と目を見開く。

「しまった!?」
「ヤン殿! 早くクリスタルを!」

 セリスとロイドが同時にあることに気がついた。
 その頃にはカインも立ち上がり、シュウに向かって飛びかかる―――だが。

『・・・ダームディア』

 ゴルベーザの呟きの方が早い。
 その声に応えるようにして、シュウの手の中にあったゴルベーザの腕と剣が形を失い、闇となる。形の無くなった闇は広がり、シュウの姿を包み込む。闇に包まれたシュウの身体を、カインの槍が貫く―――が、その手応えはなかった・・・

 

 


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