第17章「地底世界」
N.「SeeD撤退」
main character:カイン=ハイウィンド
location:ドワーフの城

 

「待ちくたびれぞ―――」

 王の間へと辿り着く。
 そこではゴルベーザがこちらへと身体を向けて待ち構えていた。

 その背後にはSeeDが11人―――3チームと、さっきホールにいたSeeDの二人を合わせた数だ―――そのうちの一人が、王の間の最奥で玉座に座っている、立派な王冠を頭にかぶったドワーフに刃を突き付けている。その傍らには女の子のドワーフもいた。震える身体で人形を抱きかかえ、ドワーフ王に寄り添っている。
 あとは数名のドワーフたちが、生存していたが、ドワーフ王を人質に取られている形で身動きできないようだった。

 フッ、とカインはギルガメッシュを指さして。

「少し揉めていてな」

(というか)

 入ってきた時、振り向くことなくこちらに向いていたゴルベーザを見て、ロックはなんとなしに考える。

(もしかして本当に来るのをこっちに向いて待ってた、とか?)

 カイン強襲の伝令が、いつゴルベーザに伝わったのかはロックは知らない(実はロック達がカインに合流する2,3分ほど前)―――だが、ギルガメッシュのことで揉めていて、それだけで五分以上、十分近くは経っている。その間ずっと、こうして待っていたのだとすれば、それは文句の一つも言いたくもなるだろう。

(・・・なんか、割と間抜けというか―――あれ、でも、こういうヤツをどっかで見たことが・・・)

 思い返して、思い出したのはセシルの顔だった。

「あー、そうかセシルだ。こういう間の抜けた格好悪さって」
「なんの話だ?」

 隣りに居たセリスに問われて、ロックは誤魔化し笑いながら「なんでもない」と首を振る。

 そんな風にロックがどうでも良いことを考えている間にも話は進んでいた。

「どうやって地底へ来た・・・? まさかバブイルの塔を突破したわけではあるまい」
「最悪そうするしかなかったが―――しかし運良く別のルートが見つかったんでな」
「・・・アガルトか」

 すぐさま思い当たったらしく、ゴルベーザが呟く。

「しかし、あそこの道は潰しておいたはずだが・・・」
「なるほど。道が崩落したと言うのは、貴様が原因か―――だが、生憎だったな。結局俺達は地底へたどり着けた」

 カインは槍を構え、その切っ先をゴルベーザへ向ける。

「決着を、つけさせて貰うぞ」
「いや・・・ここは退かせて貰う」
「「なにっ」」

 ゴルベーザの言葉に、二つの声が重なった。
 一つはカイン。そしてもう一つは―――

「ここで退くというの!? ここまでやっておきながら!」

 SeeDの女性だ。手にはムチを持っている―――が、それもただのムチではない。ムチの先端には三角形の刃がくくりつけられていた。
 彼女は、さらにカイン達を指さして。

「教えなさい。ここに辿り着くまでに、何人ものSeeDと遭遇したはずよ―――彼らをどうしたの?」
「概ね死んだな」

 さらりと答える。
 ちなみにカインに “敵を倒した” という意識はあっても “殺した” という意識は全然無い。
 カインにしてみれば、自分が殺したと言うよりは、相手が弱かったから死んだ―――という印象でしかないのだ。

「死・・・っ!?」

 覚悟していたことだったが、敵からはっきりと言われるとショックを受ける。
 彼女は唇を振るわせて、カイン達四人を凝視する。

「精鋭のSeeD達が・・・たった4人に・・・?」
「いや、たった1人だ」

 ロックは肩を竦めて、カインを見やる。

「殆どコイツがなぎ倒した。俺達はそのあとをついてきたに過ぎねえよ」

 実際、ロック達は城門以来、戦闘らしい戦闘をしていなかった。
 城の中で待機していたSeeDの殆どはカインに屠られ、中には生き残った―――というか見逃された者も居たが、 “最強” の力を目の当たりにした彼らに戦う気力は残されていなかった。

「シュウ、解ったか?」

 ゴルベーザがSeeDの女性―――シュウへと呼びかける。

「現状、カイン=ハイウィンドに対抗できる手段がない」
「・・・だからといって」

 シュウが己の武器――― “ウィップバイト” と呼んでいる、特殊ムチを構えて他のSeeDに向かって叫ぶ。

「バックアップ! フォローをお願い! 私が―――」

 斬り込む―――そう言いかけた瞬間。

 ズダンッ!
 床を砕く破壊音―――それとともに、カインの姿がこちらに向かってはじけ飛んでくる!

 音の余韻が消えるよりも速く、その槍がシュウの首元へと伸びてくる―――唐突の迫撃に、シュウはなんの反応も出来ていない。ただ漠然と、

(死ぬ・・・?)

 己の死を予感することだけ出来た。
 そして、ずぶり、と槍が貫く―――

「え・・・?」
「だから言っただろう」

 やれやれと、困ったような呟きはシュウの目の前から聞こえた。
 目の前に、黒いマントがあった。そのマントの下から、槍が突き出ている。

「ゴル・・・ベーザ・・・?」

 シュウが目の前で自分の代わりに槍を受けた男をの名を、呆然と呟く。
 名を呼ばれた男は、ちらりとシュウの方へと振り返って。

「納得したか? ―――退くぞ」
「・・・っ!」

 悔しさに唇を噛み締めながらも、シュウはそれ以上なにも言わなかった。

「逃がすか・・・ッ!」

 カインは槍を引き抜くと、再びゴルベーザへと突き立てる―――が、ゴルベーザは身じろぎ一つしない。

(・・・ミストの時と同じ・・・何故ダメージがない・・・!?)

 幻影の魔法か、とも思ったが、ちゃんと手応えはある。
 ただ、人の身体の手応えはしない。まるで粘土かなにかに突き立てているような、そんな手応え。

「ダームディア」

 ゴルベーザがその名を呟くと、手の中に漆黒の剣が出現する。

「・・・ギルガメッシュ」

 暗黒の剣を手にしたゴルベーザは、ギルガメッシュへと呼びかける。

「貴様も来るか・・・?」
「!」

 ロックは思わずギルガメッシュを振り返る。
 しかし赤鎧の男は相変わらず飄々とした調子で。

「いかねーよ。・・・俺には目的もあるしな」
「フ・・・そうだったな」

 呟いた瞬間、ゴルベーザの手の中の暗黒剣の輪郭がぼやけ、形を崩す。
 無形となった剣は闇となって広がり、王の間を包み込んだ。

「ちいっ・・・!?」

 カインが槍を振り回すが、そこに手応えは無い。
 ―――闇が消えたあと、その場からはゴルベーザやSeeD達の姿は消えていた・・・・・・

 

 

******

 

 

「シュウ先輩!」

 闇の中を渡り、辿り着いたのは赤い翼の飛空艇だった。
 そこへ戻ってきた時、シュウは我知らずその場に膝を突いていた。

(格が・・・違う・・・)

 カイン=ハイウィンド。最強の竜騎士。
 認めるしかなかった。自分を含むSeeDの精鋭達が、手も足も出なかったことを―――それほどに戦闘力に差がありすぎた。

「あ、あのシュウ先輩・・・」

 飛空艇で待機していたSeeD候補生の一人が、おずおずと声を掛けてくる。
 シュウは疲れ切った表情で、そちらを振り向いた。

「・・・どうしたの?」
「あの・・・キスティス教官が・・・」
「キスティス? そう言えば彼女の姿が見えないわね―――」

 言いかけて、最悪の可能性に気がつく。

「・・・まさか」
「シュウ先輩達が城へ攻め込んだ直後、謎の飛空艇が不時着して―――」

 指さされたその先、少しと奥の方へ赤い翼とは違う飛空艇が着陸していた。事情を聞いて愕然とする―――6人のSeeD候補生がほぼ全滅し、キスティスがサイファーを伴って向かったが、未だ帰ってこないという。
 キスティスの能力は親友であるシュウが一番良く知っている。加えて、サイファーの戦闘能力は現役SeeDすらも上回る―――その二人が戻ってこない・・・

 ゴルベーザも不時着した飛空艇を見て「ほう」と呟く。

「新型飛空艇か・・・セシルも来ているのか・・・?」
「セシル=ハーヴィが・・・?」
「エイトスまでその名が届くか。―――しかしもしヤツが来ているとしたら厄介だな。ただでさえ、手を付けられないカイン=ハイウィンドが、さらに強くなる」
「あれ以上に・・・?」

 シュウの声は震えていた。
 たった一人でSeeDの精鋭達を屠りながら、さらに強くなると言うのか。

「すまなかった」

 謝罪の言葉はゴルベーザの口から。
 その言葉の意味が解らず、シュウは怪訝そうにゴルベーザを振り返る。

「まさかセシル達が地底に来るとは思わなかった―――手は打っていたつもりだったのだが」

 フォールスで、地上から地底へと行くルートは二つ。
 アガルトの村にある火山から行くか、エブラーナのバブイルの塔を通るかだ。
 このうち、アガルトの村の道は崩落を起こして潰し、バブイルの塔の方は四天王最強の男ルビカンテと、魔物の群れを配置してある。だからまだしばらくは地底にたどり着くことはないと踏んでいたのだが。

「そうそう思惑通りには行かぬな」
「あいつらが来たから何だって言うの・・・?」

 ぎり・・・とシュウは悔しげに歯を噛み締める。

「たった飛空艇一隻の戦力よ・・・? その程度の戦力で、私たちSeeDがこうまで・・・?」

 落ち着け、と自分の冷静な部分が叫ぶ。
 同僚相手ならばともかく、これからSeeDを目指そうとする候補生達に見せて良い姿ではない。
 けれど、止まらない。激情を抑えきれない。

「SeeDは・・・世界最高の傭兵ではなかったの!」

 泣き言だ。情けない。自分でも思う。
 SeeDになってから、これほどまでに情けない想いをしたことはない。

「・・・勘違いがあるな」

 誰もが押し黙る中、声を発したのはゴルベーザだった。
 シュウは顔を上げる。
 しかし暗黒の兜の下で、どんな表情をしているのか解らない。

「SeeDは世界最高の傭兵だ。それは間違いない―――屈強なドワーフを相手に、短時間で王座まで制圧できた。軍事国家であるバロンの兵士達と言えど、こうも上手くは行かなかっただろう」

 実際にバロンの兵士を動かしたゴルベーザならば解る。
 ファブール攻城戦の時も、これほどスムーズに事は進まなかった。

(もっとも、あの時はセシル一人にやられた形だったがな・・・)

「だが、SeeDは最高の傭兵ではあっても ”最強” ではない。故に、 “最強” を止められなかった―――たった一隻の飛空艇の戦力にやられたわけではない。たった一人。カイン=ハイウィンドという “最強” に破れたに過ぎない」

 ぶっきらぼうな物言いだ。
 だが、慰めてくれているのだろうと、シュウはなんとなく感じた。
 そう感じてしまうからこそ、余計に惨めになる。

「なんなのよ、最強って・・・!」
「最も強き存在。誰にも負けぬ者。常識の外に存在するモノ。 “最強” の前にはあらゆる戦略も、戦術も、力も、運命すらも無視される。あとに残るのは、単なる結果のみ・・・」

 そう言って、ゴルベーザは膝を突いたままのシュウを見る。

「お前達は良くやってくれた。カイン=ハイウィンドが来ることを予測できなかったのは私のミスだ」

 言いつつ、ゴルベーザは手の中に暗黒剣ダームディアを出現させる。

「道を開いてやる。ガーデンへと帰るがいい」

 ゴルベーザの言葉に、SeeDやSeeD候補生達に安堵の表情が浮かぶ。
 この、遠く離れた異境から、ようやく帰れるのだと。
 だが、ただ一人、シュウだけが他のSeeD達とは違っていた。

「そう・・・ね。私達がここで出来ることはもうなにも無いでしょう。あのカイン=ハイウィンドという “最強” に対して何も出来なかった私達には」
「酷な言い方ではあるが。そうだな」

 ゴルベーザの言葉は、こちらに気を遣っているように聞こえた。
 威圧感を放つ、黒い鎧に全身を覆っているにしては似合わない気遣いだ。
 そんなことを想い、シュウはくすりと笑う。

「・・・すまなかったわね、何の力にもなれなくて」
「繰り返させるな。これは私のミスだ―――お前達は良くやってくれた」
「だが、一つだけ、我儘を聞いてはくれない?」

 懇願するような表情で、シュウは立ち上がる。

「私を使って」
「・・・は?」

 間の抜けた声が、ゴルベーザの鎧の下から漏れた。
 思っても見なかったのだろう。そんなゴルベーザにシュウは噴き出しそうになるのを、なんとか堪えた。

「私の親友が戻ってこない。それに、城の中にはまだ生きているSeeDも居るはずだ。・・・私はこの任務のリーダーだ。他の者たちを見捨てて逃げ出すことなどできはしない」
「・・・仇を取りたいというのか。お前一人で」
「そうだ」

 頷く彼女に、ゴルベーザはしばし考えて。

「言って置くが、厄介なのはカイン=ハイウィンドだけではない。向こうにはガストラ最強の将軍、レオ=クリストフも居る」
「 “最強” が二人、か―――勝ち目は在るのか?」
「なければ戦わん」

 素っ気なく言うゴルベーザに、シュウは不敵に笑う。

「ならば私も一口のせて貰うわ。勝ち目があるなら、仇だってとれるでしょうし」
「カインの力を見せつけられたというのに・・・楽観だな」
「絶望して、諦めて、悔やんで落ち込むよりは万倍マシでしょ?」

 シュウがそう言うと、ゴルベーザは最後に一言だけ告げる。

「・・・追加料金は払わんぞ?」
「構わないわ。貴方に雇われるわけじゃない。自分の意志で戦いたいのよ」
「解った。ならば何も言わん―――ダームディア!」

 ゴルベーザが己の剣の名を呼ぶと、先程と同じように暗黒の剣の輪郭がぼやける。

「ま、待て! リーダーが残るなら俺達も!」

 SeeD達がシュウへと詰め寄る。
 けれど、シュウは静かに首を横に振った。

「ダメよ。これは単なる私の我儘だもの。貴方達を付き合わせるわけにはいかない」
「しかし!」
「命令よ。ガーデンに戻りなさい。そして、事の次第を学園長に伝えて―――後は、学園長の指示に従いなさい」

 そう、シュウが言った瞬間。
 剣から生まれた闇が、SeeD達を包み込む―――しばらくして、闇が晴れた頃には、SeeD達の姿は消えて無くなっていた―――

 甲板をほとんど埋め尽くしていたSeeD達の姿が消え、シュウは淋しそうに吐息する。
 だが、すぐに気持ちを切り替えて、ゴルベーザに向き直る。

「それで、これからどうするの?」
「奴らが来た以上、正攻法では難しくなった―――ならば、搦め手を使う」

 ゴルベーザはそう言うと、赤い翼の団員たちに命令を出す。

「発進せよ! バブイルの塔へ帰還する」
「・・・・・・」

 ゴルベーザの指示に、赤い翼の団員達は声もなく動き出す。
 やがて、飛空艇は発進し、地底から地上へと向かって高くそびえるバブイルの塔へ向けて飛び立った―――

 

 


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