第17章「地底世界」
L.「内なる声」
main character:クラウド=ストライフ
location:地底

 

 ―――身体が動かない。
 胸が焼け付くように熱い―――

 しかし、サイファーに斬られた傷は、深傷ではあるが致命傷ではなかった。
 常人ならばともかく、身体強化したソルジャーならば、まだ立ち上がれる。

 だというのに、クラウドは身動き一つ出来なかった。

(俺は・・・何故、弱い・・・っ)

 それは肉体のダメージではなく、精神のダメージ。
 絶対最強であるはずのソルジャー1st。だというのに、自分の渾身の一撃は通用せず、逆に反撃を喰らってしまった。

 今だけではない。
 このフォールスに来て、敗北の味を何度も噛み締めた。
 ゴルベーザにあしらわれ、セフィロスにはあっさり斬り捨てられ、ダンカンの強力無比な一撃の前に沈んだ。

 バロンでフライヤと戦った時は辛くも勝てたが、胸を張って勝利とは言い難い。

 そんな風に敗北を続けて、最近になって疑問が出てきた。

 自分は本当に強いのか―――ソルジャーが最強だとしたら、自分は本当にソルジャーなのか・・・?

(俺は・・・俺は・・・・・・―――?)

 クラウドから力を奪うのは胸の傷ではない。
 自分自身への疑問、不安、無力感―――そう言ったものがこの土壇場になって沸き上がり、クラウドの心を沈めていく。

「―――っ!?」

 いきなり身体が跳ね上がる。
 それが身体を蹴り飛ばされたのだと気づいたのは、数瞬遅れてだった。
 傷のせいか、それとも精神が沈んでいるせいか、痛みの感覚が鈍くなっている。

 蹴り飛ばされて地面の上をごろごろと転がる。その勢いはやがて止まり、暫くして。

「さて、オシマイの時間だ」

 声、にうっすらと目を開ける。
 見れば、サイファーが剣の切っ先をこちらに向けていた。

 終わるのか、と、どこか他人事のように思う。

(あっけないもんだな・・・)

 そう、思い、目を閉じようとした―――瞬間。

 

 ―――終わっていいのか・・・?

 

 声が、聞こえた。

 

 

******

 

 

 キスティスとの戦闘中、ふと見ればクラウドが地面に倒れていた。

「クラウドッ! なにをしとるんじゃッ!」
「余所見をしている余裕はあるのかしら?」
「―――ッ」

 チェーンがフライヤに向かって飛んでくる。
 それをフライヤは槍で払い、後ろに跳んで間合いを取った。

 フライヤは槍、キスティスはチェーンウィップ。
 どちらも中距離の武器であるが、槍が直線的な攻撃に対し、ムチは変幻自在。攻撃は槍の方が使い勝手が良いが、その分、ムチは攻防一体。キスティスは自分の武器を、まるで手足の延長のように自在に操ってくる。
 追い込まれているわけではないが、攻めあぐねている。しかも隙を見せれば先程のように、見逃さずに攻撃が飛んでくる。

(もう少し積極的に攻めてくれれば、こちらも攻撃の仕様があるというに―――こうも受けに回られては・・・ッ)

 そう。キスティスは積極的に攻撃しようとはしなかった。
 フライヤが隙を見せたり、攻撃の手を休めればチェーンを飛ばしてくる―――だが、基本的にフライヤが攻めるに任せている。

 「仇を取る」と宣言しながらも、攻撃の緩いキスティスの狙いが解らなかった―――先程までは。

「サイファー、と言ったか」

 舌打ちしながらフライヤが呟くと、キスティスは「ええ」と頷いた。

「まさかこれが狙いだったとはな―――1対1でソルジャーに勝てると信じていたのか?」
「ええ。言っておくけれど、戦闘能力だけでは私よりも上。ソルジャーにだって負けない―――現に勝ったみたいだしね」

 ちらりとサイファーの方を見やると、サイファーは倒れたクラウドを蹴り飛ばしたところだった。

「くっ・・・」
「行かせないわッ」

 ガシャンッ。と、フライヤの足下に、チェーンウィップが叩き付けられる。
 ほんの僅かの隙すらも、この女教官は見逃そうとしない。

(戦い慣れておる―――どうすれば勝てるか、よく解っておる)

 フライヤの見たところ、キスティスの実力はフライヤと拮抗している。
 まだ相手の手札を全て見たわけではないのではっきりとは言えないが、普通に戦っても五分と言ったところのはずだ。
 だというのにキスティスは、積極的に仕掛けてこようとはせずに、受けに回っている。

(サイファーがクラウドを倒せば、こちらは一人。一対二ならばこちらに勝ち目はない―――)

 二対二という状況。個々の戦闘能力を瞬時に判断して、この状況を作り上げた。
 だが、それ自体はそう驚くことでもない。敵の弱いところを突き、数的有利を作り上げる―――兵法の基本中の基本なのだから。

(驚くのは、今、それをやってのけたということじゃ!)

 自分の身内を4人も殺され、彼女は怒りを感じていたはずだ。
 だというのにその怒りを押し殺し―――なおかつ、クラウドの “ソルジャー” という肩書きにも惑わされず、確実に勝てる戦況を作り上げた。その冷静さに舌を巻く。

(クラウドは決して弱くはない―――じゃが、足りないものがあるのもまた事実・・・)

 薄々感じていたことではあったが、バロンで実際に戦ってみてはっきりとわかった。
 クラウドは一つ勘違いをしている―――それがある限り、彼は何度でも敗北するだろう。

(それが解るまでは生き延びるんじゃ! クラウド!)

 フライヤは意を決してクラウドの倒れた方へと身体を向けて踏み出す。
 その隙をキスティスが見逃すはずはない。

「行かせないと言ったわよッ!」

 鋭いチェーンの一撃がフライヤに向かって飛ぶ。
 対し、フライヤは地面を蹴って跳ぶ―――しかしそれはクラウドのいる方向ではなく。

「え・・・っ!?」

 フライヤが跳んだのはキスティスに向かって立った。
 不完全な体勢から、空中で身を捻ってキスティスへと向き直る。

 飛んできたチェーンが目の前に迫る。それに向かって、フライヤは片手を叩き付けた。

「ぐああッ!」
「片手を犠牲にして!?」

 チェーンが手を打った瞬間、何かが砕けるような感触が自分の手の中から響いた気がした。
 激痛に腕を伝わり脳を直撃する―――だが、そのお陰でチェーンの軌道は逸れた。

 キスティスは慌ててチェーンを引いて構える―――が、

(私の突きはそんなもので防げるほど遅くはないッ)

 フライヤが片腕一本で放った槍の突きは、キスティスが “盾” にしたチェーンをすり抜けて、胸の中央へと到達する。

「―――あうっ」
「キスティス教官ッ!」

 ずぶり、と槍の切っ先が胸に突き刺さり、キスティスが苦悶の声と共にその場に崩れ落ちた。ニーダの悲痛な声が飛ぶ―――だが、フライヤはそれに構わずに、すぐクラウドが倒れていた方へと向く。

(間に合うか―――!)

 祈るように念じながら、振り返ったフライヤが見たのは―――

「・・・あ」

 思わず呆けたような声を漏らす。
 サイファーは剣を振り下ろしていた―――が、その先にクラウドの姿はない。
 クラウドは立ち上がり、サイファーと相対していた。剣は手にしていない―――先程、倒れた時に落としたようだ。

 しかし、とりあえず生きていることにフライヤは安堵して―――殺気を感じてその場を飛び退く。
 飛び退く寸前、熱―――元々、この地底には熱が籠もっているが、それ以上の熱だ―――を感じた。

 見れば、さきほどまでフライヤがいた場所で、火球が燃え尽きようとするところだった。

「・・・どういうわけか、あっちの方は持ち直したみたいね」

 キスティスはそう言いながら立ち上がる。
 その胸は、服は切れて血が染みついていたが、それほど出血はなく止まっていた。おそらくは傷もなくなっていることだろう。

「疑似魔法・・・というやつか。詠唱なしで発動する魔法・・・」
「そうよ。良く知っているわね」
「連れが似たようなものを使っていたからな」

 クラウド達ソルジャーが使う “マテリア” 、キスティス達SeeDが使う “G.F” 、それらによる “魔法” は差違はあれど、同じ “疑似魔法” に分類される。

「まあ、でも状況は変わらないわ―――いえ、むしろ好転したと言える」

 キスティスはフライヤの槍を持っていないほうの手を見る。
 チェーンを払ったために、砕けてしまった手。

「腕一本で、まともに戦えると思って?」
「・・・くっ」
「さっきまでのように、緩くはないわよ!」

 キスティスの宣言通り、チェーンが唸りフライヤに向かって飛んでくる。

(腕一本でどこまで持つか―――というか)

 飛空艇の中にいるはずの男のことを思い浮かべ、フライヤは呪うように胸中で叫んだ。

(何をやっとるんじゃヤンはッ)

 

 

******

 

 

「ちっ・・・まだ動けるのかよ」

 サイファーがこちらを見て苛立たしそうに言う。
 気がつけば、クラウドは立ち上がり、剣を地面に突き立てた格好になったサイファーと相対していた。

(なんだ? 何時の間に俺は立って―――いや、違う。ちゃんと俺は―――)

 そう、クラウドはちゃんと自分の意志で振ってきた刃を回避して素早く立ち上がったのだ。
 そのはず―――だが、それが自分の意志ではないような・・・まるで夢の中のように、自分の “意志” というものがはっきりしない。

「だがよ、何度立ち上がっても同じだ。何度でも叩き潰してやるよ。ブチッとなあっ!」

 そう言ってサイファーは哄笑。
 だが、そんなサイファーの言葉もクラウドの耳には届かない。
 不意にぽつりと呟く。

「――― “死者が生者の血肉となる” 」

 知らずに、そんな言葉が口をついて出た。
 それは誰の言葉だったが―――

(俺が言ったんだ。さっき―――いや・・・違う。昔誰かが・・・俺が言ったのか・・・?)

 記憶がはっきりとしない。
 自分自身が希薄になる。思考は混乱するのに―――何故か、身体は躊躇することはない。

「――― “生者は死者の責を負う” 」
「なんだぁ? さっきから何をブツブツ言ってやがるんだよ、テメエは―――」

 サイファーが怪訝そうに言ってくるが―――クラウドはそれを無視した。いや、聞いていない。

「――― “魂は常に共と在る” 」
「うぜえな。なにが言いたいんだよ!?」

 ガンッ、とサイファーはガンブレードを地面に叩き付けた。
 それを見て、クラウドはにやりと笑う。

「解った―――」
「はあ?」
「思い出した―――俺のやり方!」

 瞬間。
 クラウドの姿がはじけ飛んだ。

「なんだっ!?」

 サイファーが戸惑う。正確にははじけ飛んだわけではない。 “はじけ飛んだ” ように唐突に動き出したのだ。
 その向かう動きは、サイファーへと向かって一直線。

「ちぃっ!」

 迫るクラウドに向かってガンブレードを振るう―――と、その姿が眼前から掻き消える。

「横か!?」

 サイファーが振り向く。
 クラウドの姿はサイファーが振り向いたところにちゃんとあった。消えたわけではない、単にサイファーの眼前で直角に方向転換しただけだ。
 それは、バッツの使う “無拍子” に似た動きだったが、実際は全く違う。
  “無拍子” が無駄の動きを限りなく排除した動作に対し、今クラウドがやってのけたのは、ソルジャーが持つ常人離れした身体能力をフルに使って、強引に方向転換しただけだ。常人ならば筋を痛めるような無理な動作だが、ソルジャーならばなんの問題もない。

 サイファーを避けたクラウドは、彼には目も向けず、自分が落とした剣の元へたどり着くと、それを拾い上げる。
 それを見てサイファーは「はン」と笑って見せて、

「武器を拾ったからってなんにも変わんねーんだよ」

 ガンブレードを肩に担いで挑発する―――
 だが、内心では戸惑っていた。

(なんだこいつ・・・さっきまでとは動きが全然違う―――)

「そうだな」

 クラウドはサイファーの言葉に頷く。

「何にも変わっちゃいない―――最初から、何も」
「は、解ってるじゃねえか。ソルジャーだろうが何だろうが、お前は俺に勝てやしねえ」
「そうだな―――お前に勝つのは “ソルジャー” じゃない」

 そう言って、クラウドは自分を指さす。

「――― “オレ” だ」
「抜かしやがれぇっ!」

 挑発を返されて、サイファーは突進する。
 全く最初と同じように、サイファーが振り上げ―――振り下ろしたガンブレードを、クラウドは巨剣で防ごうとする。
 二つの鋼が合わさった瞬間―――ズガン―――サイファーはトリガーを引く―――

「甘い」

 だがその瞬間、クラウドは僅かに剣を引いた。
 それだけで、振動が空振りする。

「うおっ!?」

 何処にも伝わらなかった振動は、逆にガンブレード自身に伝わる。サイファーの手の中で柄がほんの僅か暴れる―――その隙を、クラウドは見逃さない!
 力任せに巨剣でガンブレードを跳ね上げる。
 為す術もなく、サイファーは武器をはじき飛ばされ、ガンブレードはくるくると弧を描いてから、サイファーの背後の地面へと突き刺さった。

「くっ―――」

 サイファーは素早く後ろに跳ぶと、足下のガンブレードを引き抜く。
 それをクラウドはすぐさま追撃しようとはせずに、告げる。

「そろそろ交換したらどうだ?」
「なに・・・?」
「確か、ガンブレードは弾薬を使って刀身を振動させるんだったな?」

 普通の銃と同じように、ガンブレードは弾薬を込めて使う。その弾薬を内部で爆発させることにより、刃を振動させる―――そのため、その回数には限りがあるのだ。
 付け加えると、銃と同じようにメンテナンスが必要な上、内部で暴発させるという構造上、部品の破損が激しく、こまめにパーツを取り替える必要がある。そんなところも、ガンブレードが廃れていった原因である。

「・・・舐めてるんじゃねえぞ、テメエ!」
「舐めて当然だろう?」
「ッ! この野郎・・・ッ!」

 先程自分が言った言葉を言い返されて、サイファーの額に青筋が浮かぶ。
 しかし、クラウドの言うとおり、弾数は残り少なくなっていた。
 サイファーのガンブレードの装填数は8発。もう6発使っている。

 仕方なしに、サイファーはシリンダーを開いて弾薬を詰め替える。
 空の薬莢を地面に落とし、5秒と掛らずにリロードを完了させると、クラウドにガンブレードを向ける。

「余裕見せたこと―――後悔させてやるぜ・・・!」
「三流のやられ役の台詞だな」
「てめえッ」
「焦るな。今度はオレの番だ―――」

 

 リミットブレイク

 

 クラウドの身体から漏れ出るほどに、魔晄の力が高まる!
 さっきと同じく、サイファーに向かって一直線。
 そのままの勢いで剣を振りかぶり、サイファーに向かって叩き付ける!

「さっきと同じのがッ」

 ズガンズガンズガン―――渾身の一撃を、ガンブレードで受け止めると同時、トリガーを三回連続で引く。
 結果は変わらず、クラウドの剣は跳ね上げられた。

「なんにも変わんねえ!」
「そうか?」
「!?」

 跳ね上げられた剣―――が、即座に角度を変えてサイファーへと振り下ろされる。
 咄嗟にサイファーはサイドステップして回避―――だが、巨剣が地を穿つ前に、まるで見えない地面に当たって跳ね上がったかのように、斜め下からサイファーを襲う!

「ちいいっ!?」

 ガンブレードで受け止めるが、それだけでは受けきれない―――ズガン―――トリガーを引いて、その衝撃で剣の軌道を反らす。胸に向かっていた巨剣は、サイファーの頬を掠めてその頭上へと―――剣が巻き起こす風が、サイファーの髪の毛を逆立たせた。

「もらった―――ッ!?」

 目の前にはがら空きのクラウドの胴―――だが、そこに斬りつける寸前、悪寒を感じてその場を飛び退る―――眼前を、鋼の影が過ぎ落ちていった。

「ど、どこまで―――」

 言葉も満足に吐けないうちに、次が来る。今度は首元を狙った “突き” ―――身の丈ほどもある巨大な剣では絶対にあり得ない攻撃。しかしそれを、レイピアにも劣らない速度でついてくる。

 クラウドの斬撃はもはやサイファーの理解を超えていた。
 在るべき筈の重力を、在るべき筈の慣性を無視して、文字通り縦横無尽に斬りかかってくる。
 常人では有り得ない連撃―――物理法則を身体能力で圧倒し、力任せの速度で技を凌駕する。

 これこそが、ソルジャー最強の絶対必殺攻撃―――

 

 超究武神覇斬

 

 まるで暴風雨のような攻撃―――いや、理不尽とも言える “暴力” を、サイファーは避け、或いはガンブレードで受け流して回避する。
 しかし、それも限界がある。

 横凪の斬撃をガンブレードで受けた瞬間、トリガーを引く―――だが、ガンブレードは何も反応しなかった。

(弾切れ―――)

 それに気がつくと同時、ガンブレードごとサイファーの身体が跳ね飛ばされる。
 まるで人形のように “く” の字になって吹き飛び、地面に落ちた。

「か・・・は・・・っ」

 それでもまだ生きてはいる。
 斬撃を受けた時、ガンブレードが盾になり、なおかつ生存本能がそうさせたのか、反射的に吹き飛ばされる方向へと自ら跳んでいた。
 しかし、ガンブレードを持っていた右腕は折れ、脇腹にも強い衝撃を受けていた。肋骨の二、三本は折れているだろう。

「い・・・やだ・・・死にたくねえ・・・こんなところで、俺は・・・まだ・・・!」

 呟きながらも、そのまま意識が遠くなるのを堪えることは出来なかった。

 倒れたサイファーを見て、ようやく動きを止めたクラウドがにやりと笑う。

「これが―――オレだ・・・!」

 そう、言って。
 笑ったそのまま、クラウドは意識を失い、その場に倒れた。

 

 

******

 

 

「クラウド!」
「サイファー!」

 戦っていた二人の女は、互いの相方が倒れたことに気がついて声を上げる。
 思わず駆け寄ろうとするフライヤに、キスティスのチェーンが飛んだ。

「ちっ・・・!」
「どうやらあっちは相打ちのようね―――なら、私が貴女を倒せば・・・!」

 無傷であるキスティスに対して、フライヤは満身創痍だった。
 致命傷は避けているが、少しずつ身体は傷ついていた。なにより、砕けた手が動くたびにズキズキと痛む。
 すでに槍は捨てていた。片手で槍を扱って何とかなる相手ではない。フライヤに残された道は、ただひたすらに逃げ回って耐えることだけだった。

「―――残念だが。そこまでだ」

 声は、真上から。
 その声の正体に、キスティスは愕然として、フライヤは―――

「何しとったんじゃ、このハゲエエエエエエエエエエッ!」

 かなりブチ切れていた。
 普段は割と冷静なフライヤのにしては珍しい激昂だ。
 その迫力に、ヤンも少したじろいで。

「ハ、ハゲと言うな! お主まであの口汚い暗黒剣のようなことを・・・!」
「喧しい! お陰でこっちは散々じゃ!」
「わ、私は悪くないぞ!」
「すいません、俺が止めました」

 ひょっこりとヤンの後ろから顔を出したのはロイドだった。
 彼は申し訳なさそうにフライヤを見下ろして。

「できれば逃がしたくなかったんで―――決着が着くまで、ヤンさんには待機してもらったんですよ」

 例えば最初っからヤンが出て行けば、状況不利と見てキスティスはさっさと撤退しようとしただろう。
 だが、ロイドとしては出来ればSeeDを捕えて、情報を聞き出したかった。
 それはフライヤにも解る。だが―――

「クラウドがやられるところじゃったぞ!」
「いや、あの時はヤンさんが大丈夫だって言うから」
「ソルジャーが1回斬られただけで戦闘不能になると思うかッ! あれくらい、私でも耐えられるぞ!」

 飛空艇の上でぎゃあぎゃあ喚き合う元気な二人。
 手の痛みと相まって、かなりの頭痛を感じながら、目の前で立ちつくすキスティスを見やる。

「さて、どうする? 逃げるならば追いはせんぞ―――そんな余力もないしな」

 フライヤもクラウドも戦闘不能だ。
 追撃するならばヤンしかいないが、そうなればこの飛空艇は本当に無防備になるから、少なくとも深追いは出来ない。

「じゃが、お主の連れを抱えては逃げられまい―――そうした場合、どうなるかは保証せんが」
「くっ・・・」

 キスティスは歯がみする。
 この場は引くべきだ、と冷静な自分は判断する―――だが、そうなればサイファーがどうなるかは解らない。
 戦ってみて解ったフライヤという女性の印象として、わざわざ殺そうとはしないだろう―――現にニーダは生かされている。しかし、サイファーの怪我の具合がどれほどかは解らないが、放っておいて問題ないはずがない。放置しておけば最悪、死んでしまうかもしれない。―――いくらお人好しでも、捕えた敵を治療することはないだろう。

 そこまで考えて、キスティスは吐息した。
 SeeDとしても失格だわ、私―――などと自嘲しながら。

「解りました。投降します―――だから、お願い。あの子の手当を・・・応急処置だけでも良いから・・・!」

 キスティスの嘆願に、フライヤは頷いて返した―――

 

 


INDEX

NEXT STORY