第17章「地底世界」
I .「不安」
main characterキスティス=トゥリープ
location:地底
―――その報告を聞いた時、キスティスは耳を疑った。
「全滅・・・って、どういう、こと・・・?」
”赤い翼” の甲板上で待機していたキスティスのところに、息を切らせて戻ってきたのは ”偵察” に向けたSeeD候補生の一人だった。
いきなり不時着してきた謎の飛空艇へ、手持ちぶさたにしていたSeeD候補生の中から適任と思われる6人を選び、偵察させた―――その結果、戻ってきた一人を除いて全滅―――殺されたという。「お・・・俺にも訳が解りません! いきなり、飛空艇の上から槍を持った男が―――いや、あれは竜騎士が飛び込んできて、あっという間に俺以外がっ!」
「落ち着いて。ゆっくりでいいから説明しなさい」ただ一人だけ生き残り、逃げ残ってきたその候補生は大分錯乱していた。
それを宥めるのに、キスティスは苦心して、ようやく状況を整理する。「つまり、奇襲されて、一方的にやられてしまったと?」
「そ、そうです! あいつら、有無を言わさずに、卑怯で・・・ッ」卑怯、という言葉を聞いてキスティスは嘆息する。
「卑怯、という言葉は戦場では言い訳にすらなりはしないわ」
「教官! 教官は敵の肩を持つ気なんですか!」非難じみた候補生の言葉に、キスティスは頭痛を感じた。
その一方で、仕方ないのかもしれないと思う。
ガーデンのSeeDと言えば、超一流の傭兵だ。その候補生となる者たちも、それに応じた訓練を受けてきた。単なる候補生とは言っても、そこらの傭兵や、雑兵に比べれば遙かに質が高い。それが一方的に殲滅させられたのだ。言い訳の一つもしたくなるのは当然だろう―――正直、キスティスも “相手が卑怯だった” という “言い訳” で全てを済ませてしまいたい気分にもなる。
だが、それでもキスティスはプロだった。
卑怯だろうがなんだろうが、こちらが敗北した事は事実。それを相手のことを卑怯と罵るだけでは、またもう一度その “卑怯” な相手に当たった時、同じように殲滅させられるだけだ。「敵は倒せる時に倒す。勝者が全て―――傭兵として生きるつもりならば、それくらいは心得ておきなさい」
「しかし・・・!」逃げ帰ってきた候補生が、尚も言い募ろうとした時。
「教官!」
別の候補生が、キスティスの元へと駆けてくる。
「今度は何!?」
「あの・・・っ。正体不明の飛空艇の方から、誰かが城へ・・・!」その報告を聞いて、さらにキスティスは頭痛が増すのを感じた。報告はもう少し正確にしなさいよ、と愚痴りそうになって自制する。
相手が候補生だからと甘い顔をしているつもりはない。 ”候補生” とはいえ、世界でも有数の傭兵―――SeeDになろうとする若者達だ。並の傭兵達とは比べものにならないほどの教育を受けている。だからキスティスが思った程度のことは出来て当然なのだ。ただ、今回に限ってはいつもと勝手が違いすぎる。
いつもと違う地域で、いつもと違う相手。熟練のSeeDですら戸惑っている。経験の浅い候補生達が浮き足立つのも仕方がない。「誰かって?」
いいながら、キスティスは舷側へと歩み寄る。
そして、確認する。ドワーフの城へと、単身駆けていく蒼い竜騎士の姿を。その姿を見て、キスティスは一つの名前を連想した。
「まさか・・・カイン=ハイウィンド・・・?」
候補生とはいえ、一方的にガーデンの生徒を殺すほどの力を持つフォールスの竜騎士―――
その条件に当てはまるのは、たった一人しか居なかった。「きょ、教官・・・カイン、ハイウィンドって・・・」
候補生の一人がおそるおそる尋ねてくる。
キスティスは頷いて。「フォールス最強の―――いえ、世界でも最強の一人・・・」
「どうしてそんなヤツがこんなところに!」
「・・・いてもおかしくはないでしょう? ここはフォールスの地底らしいし」冷めた口調で言いながら、キスティスも候補生と同意見だった。
幾らなんでも、SeeD試験に出てくる相手としてはタチが悪すぎる。殺された候補生達は運がなかったとしか言い様がない。(だけど・・・)
だからと言って、このまま見過ごすわけにはいかない。
相手が “最強” だからと言って、見逃しては “SeeD” の名に関わる。「狙撃手! 誰かいる!?」
「は、はい!」キスティスの言葉に、大型のライフルを抱えた女子候補生が声を上げる。
彼女を見ながら、キスティスは疾走するカインを指して、「―――撃ちなさい」
「え・・・?」
「あれがカイン=ハイウィンドかどうか、はっきりとはしない―――けれど、もしもそうなら、貴女は歴史に名を残せるわよ」キスティスは、相手の緊張を和らげるためににっこりと微笑んだ。
「 “最強” を撃ち殺したスナイパーとして、ね」
「・・・っ!」
「自信ない?」
「い・・・いえっ! やりますっ!」ごくり、と唾を飲み込み、彼女はスナイパーを抱えて前に出る。
キスティスの隣りに並び、膝をつく。そして銃床を肩に当て、スコープを覗き込んだ。疾走する竜騎士の速度は人間のものとは思えないほど速い。
しかし、彼女はそれよりも速い魔獣ですら捕える技術を持っていた。距離も射程内―――十中八九当てられる距離だ。(―――捕えた!)
照準内に竜騎士の姿を捕える。
そして、トリガーを引こうと指に力を込めたその瞬間―――(え―――!?)
竜騎士が、ちらりとこちらを振り返った。
しかもあろう事か、口元には笑みを浮かべて。ありえないことだった。
スコープでは間近に見えるとは言っても、裸眼ではどんなに目が良くても相手の顔も判別できないような距離だ。
ライフルで自分が狙われてるかなんて気づきようがないし、照準を合わせたその瞬間に振り返ることなんかできやしない。ただの偶然だ―――彼女はそう思い、トリガーに力をこめる―――
「・・・ちょっと!? どうしたの!?」
キスティスの言葉で我に返った。
彼女はスコープから顔を離し、ライフルを放り出して首を横に振った。「ダメ・・・ッ・・・なにあれ・・・っ・・・・・・なんなのぉっ!?」
「ど、どうしたの!? しっかりして!」
「いやあ! もういやあ! こ、殺されるっ! 死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない・・・・・・」彼女は撃てなかった。
撃てば最後。それで終わってしまうと直感したからだ。
当たればいいが、万が一でも外れてしまえば、その時は、あのバケモノはこちらに向かってくるだろう。そして為す術もなく殲滅させられるに違いない―――偵察に向かった候補生達のように。それは或る意味、傭兵としての素質があったのかもしれない。
傭兵の素質―――それは敵を多く倒すことでも、任務を完璧に果たすことでもない。ただ “生き残ること” だ。そういう意味では狙撃手の彼女は優れた傭兵の資質があったのだろう。もっとも、そのことに気がついた者は彼女本人を含めてその場には誰もいなかったが。「・・・なんだっていうのよ」
ただひたすらに「死にたくない」と繰り返し、嗚咽する狙撃手に本格的に頭痛を感じ、キスティスは文字通りに頭を抱える。
状況が、理解の範疇を逸脱して来ている。
そもそもが、突然にこんな場所に連れてこられたと言うこと自体が異常だった。こんあこと、ガーデンの教科書には載っていなかったし、SeeDとして活動してきたキスティス自身、未体験だ。その上、特に問題はないと思われた飛空艇の偵察に向けた候補生達は、一人を残して全滅した。
トドメが、狙撃手の錯乱―――「きょ、教官! どうするんですか!?」
候補生達がすがるような目でこちらを見つめてくる。
(聞きたいのはこっちの方よ!)
当たり散らしたい気持ちをギリギリで抑制する。
―――キスティス=トゥリープは優秀なSeeDであり、SeeDを夢見る学生達を指導する教官でもあった。10歳でバラム・ガーデンに入学し、5年でSeeD資格を取得した。これはエイトス各地にあるガーデンの中でも最年少の記録である。
教官、教官と呼ばれているが、実のところ、このSeeD候補生達はキスティスと同年代だった。中にはキスティスよりも年上の候補生もいるだろう。
そのことを考えると少しだけ苛立つ―――がなんとか自制した。「みんな、落ち着いて―――いくらあれが最強の竜騎士だからって、SeeDには敵うわけがないわ。とりあえず、ここで待機―――」
「教官っ!」
「今度は何ッ!」自分を呼ぶ声に流石に感情を隠しきれず、声を荒立てる。
候補生達がびくっと身を震わせるのを見て、キスティスは我に返った。「ごめんなさい―――それで?」
一応謝り、自分を呼んだ青年に問い返す。
すると、その候補生は飛空艇の外を指さして。「また、別の誰かが城の方へ―――今度は三人・・・」
「三人?」言うとおり、三つの人影が、先行した蒼い竜騎士を追うようにして走っていく。
「ど、どうします? また狙撃を・・・?」
「いえ・・・」キスティスが狙撃手の彼女を見ると、彼女は涙目でびくっと身を震わせた。
どうみても狙撃できる状況ではない。「・・・城の中へ向かったSeeD達に任せましょう。シュウならば問題ないわ」
今、城の中へ攻め込んだSeeD達の指揮を取っているのは、キスティスの親友だった。
彼女ならば、例え相手が最強の竜騎士であろうとも、遅れを取ることはないだろう―――そう、この時は思っていた。「三人・・・いえ、四人か・・・」
キスティスは考え込み―――そして決断する。
「もう一度、あの飛空艇を偵察―――いえ、強襲する」
キスティスの言葉に、候補生達がざわつく。
それに構わずキスティスは続けた。「4人も戦力が減った今ならば、あの飛空艇を落とすのも容易いはず―――今度は私も出るわ」
「キ、キスティス教官が出るなら俺も・・・っ」キスティスの言葉に、「俺も」「俺も」と何人かの候補生達が名乗り出る。
だが、その誰もが声が震えていた。(そんな状態でまともに戦えるかしら―――でも、いないよかは・・・)
と、そう思ったその時。
「ちっ、ビビリは引っ込んでろよ!」
そういいながら、飛空艇の中から出てきた青年を見て、キスティスは声を上げる。
「サイファー!? どうやって出てきたの!?」
SeeDについて城攻めに参加すると言って暴れたサイファーは、飛空艇の倉庫に閉じこめておいたはずだった。
縄で拘束し、候補生を二人ほど見張りに付けていたはずなのだが。キスティスの疑問に、サイファーはにやりと笑って。
「へっ。見張りの奴らに “粛正リスト” に入れてやるから、ガーデンに戻ったら楽しみにしてろ―――そう言ったら、快く開放してくれたぜ。今頃はスイーティーな夢でも見てるんじゃねーの?」
「サイファー、あなたね・・・」
「説教は後にしてくれよ。・・・随分と楽しいことになってるみたいじゃねえか」彼は自分の武器―――ガンブレードを肩に担ぎ、本気で楽しそうに言う。
いつから聞いていたのか、現状は概ね把握しているようだった。「俺も混ぜろよ」
「遊びじゃないのよ」
「心外だな。俺は遊んでるつもちはねえぜ? いつも本気さ」
「・・・どーだか」キスティスは嘆息して、しかし頭の中では冷静に思考を巡らせる。
(確かに―――この “異常事態” に呑まれている他の候補生達よりは、サイファーの方が戦力にはなる、わね)
実際、サイファーの戦闘能力はキスティスよりも上だ。
上手く手綱を取れるなら、これ以上頼もしい相手もいない。もう一度、溜息を吐いて、キスティスは頷いた。
「解ったわ。サイファー、ついてきなさい」
「最初っから素直にそう言えば良いんだよ」
「・・・他の人達は現状を維持。もしも私達―――SeeDが戻らなかった場合は、各自の判断で行動しなさい」キスティスの言葉に、候補生達に不安の波が広がる。
それを感じて、キスティスは自分の失言を悔やんだ。(最後の一言は余計だったわね―――正規のSeeDにならともかく、候補生達に向かって “帰ってこれないかもしれない” ことを口に出すなんてどうかしてる・・・)
やっぱり私って教官に向いてないのかなあ・・・などと思う。
しかし、不時着した謎の飛空艇を見つめ―――(だけど・・・嫌な予感がするのよね。とっても・・・)
なによりも、誰よりも不安を感じているのはキスティス自身であることを、彼女は自覚していた―――