第17章「地底世界」
G.「地底」
main character:ロック=コール
location:地底

 

 

 ―――熱が、迫る。
 息を吸うたび、吐息よりも熱い空気が肺の中で暴れ回る―――が、そんな事は彼らに関係なかった。

「火山の中に入るなんて、長いことトレジャーハンターやってるが、初めてだぜ!」
「お、おお、俺だって、長いことた、旅人やってるけど、は、初めてだああああああああっ」

 まるで子供用にはしゃぐロックと、自棄のようになって喚くバッツ。
 ちなみにバッツは未だ空を飛ぶことになれないのか、涙目だった。そんなバッツに、ロックはやや心配そうに。

「お前・・・飛空艇の中に入ってた方が良いんじゃねえか? お前一人だけ顔が真っ青だぞ」
「へっ、た、旅人サンを甘く見るなよ!? 折角の地底なんだから、外に出てなきゃ勿体ないだろ!」
「おー、良く言った。その調子で高所恐怖症も克服しちまいな」
「それは無理」

 はっはっはー、と青ざめた顔のまま笑うバッツ。
 軽く錯乱しているように、ロックには見えた―――

 

 

******

 

 

 火山が噴火して、火口に地底へと続く穴が開いた後。
 ロック達はすぐには出立せずに、街の中に降り注いだ岩や石の片づけを手伝い、その日は村に一泊した。

 一番広い家だということで、ロック達は長老の家に泊まったのだが、その晩は村人達がほぼ全員、長老宅へと押しかけて、バッツにドルガンの話を聞いたり、ロックに今までの冒険の話を聞いたり、セリスやフライヤ、クラウドには遠く離れた地域の話をせがんだりした。

 他の者たちにも酒や御馳走が振る舞われ、なし崩しで宴会へと突入していた。その騒ぎは一晩中続き、お陰でみんな寝不足気味だったりする。

 ―――もっとも、例外としてただ一人。
 カインだけは馬鹿騒ぎには付き合わず、さっさと寝てしまったが。

 ともあれ。
 翌朝、村を出立したのは結局、昼近くになってからだ。
 別れを惜しむ村人達に見送られ、エンタープライズは火口の中へと舞い降りて―――

 

 

******

 

 

 ―――そして今、ゆっくりと火口の中を降りている最中だった。
 地底へと近づくに連れて、段々と温度が上がっていく。

「しかし熱いな・・・」

 ヤンが呟く。
 額の汗を拭う彼に、ギルガメッシュが小馬鹿にしたように、

「何いってんだ。この中で一番涼しげな格好しやがって! 俺なんか熱いなんてもんじゃねえぞ。まるで鎧の中は蒸し風呂だぜ!」
「だったら脱げばいいだろうに」

 ヤンがツッコミ返すと、ギルガメッシュは真っ赤な鎧を着たまま誇らしげに胸を張り。

「ハッハー! 俺からこの鎧を取ったら何が残ると思ってやがるんだ」
「・・・なにも残らないのか?」
「俺が残るに決まってるだろッ」
「いや、ワケが解らん」
「解れよ! つまり俺が言いたいのはだな―――・・・」

 ばたん。
 何事か言いかけて、ギルガメッシュはその場に倒れた。

「・・・!?」

 何事かと思ってみれば、ギルガメッシュは真っ赤な顔をしてうなされていた。
 どうやら熱中症らしい。

「すでに頭が熱でやられていたか―――いつもと同じ調子だったから気がつかなかったが」

 やれやれと、ヤンはギルガメッシュの身体を引き摺って、飛空艇の中へと放り込む。

「はあ・・・しかしホント、どうにかならないッスかねー。この暑さ」

 ロイドが操舵台の上で、飛空艇を操りながら言う。
 それにヤンも「そうだな」と、同意して。
 ふと気がつく。
 暑い暑いと言っているのが、自分とロイドの二人だけだと言うことに。

 かつてない体験に、暑さを忘れて興奮しているバッツとロックは置いておいて。暑さで倒れたギルガメッシュの他に、チョコボのボコも自前の羽毛が暑苦しいのか、甲板に寝ころんでダウンしている。

 だが他の四人と一匹は特に騒ぐことなく平然としていた。

「お前達、暑くないのか?」

 ヤンが尋ねると、カインが「フッ―――」といつもの調子で冷笑を浮かべる。
 ちなみに、兜は脱いでいるが、竜騎士の蒼い鎧はちゃんと身に着けている。色のせいか、ギルガメッシュほどに暑苦しくは見えないが、それでも鎧の中に熱が籠もらないはずはない―――というのに、平然としていた。

「モンク僧のくせに修行が足りないんじゃないのか? この程度の熱。熱いうちには入らんだろう」

 カインの物言いに、ヤンはムッとしかけるが、即座にフライヤがフォローする。

「竜騎士というのは基本的に熱には強いのじゃよ」

 何故なら、とフライヤはカインの傍に寄り添うアベルの姿を見て。

「竜は体温が高い。普段はそれほどでもないが、動けば動くだけ熱が上がる。激しい戦闘ともなれば触れただけで火傷してしまうほどにな―――ちなみにこれは火竜に限ったことではなく、氷竜、水竜の類も同様じゃ」

 竜が動くためには膨大なエネルギーが必要となる。
 その高エネルギーを消費すると、熱として体外に発散される―――人間でも同じように、走ったり運動すれば体温が上がって、熱が外へ逃げようとする。それと同じと思ってくれればいい―――ただ、竜の上昇する体温が人間よりも遙かに高いというだけだ。

「だからお前達は汗一つかいていないと?」

 カインと同じように、フライヤも熱さをまるで感じていないようだった。
 鎧こそ着ては居ないが、ネズミ族の彼女には体毛が長い。如何にも熱が籠もりそうだが、やせ我慢している様子はなかった。

「では、他の二人は・・・?」

 ヤンがセリスとクラウドを見れば、クラウドは無言で背を向けて、背負っている大剣を見せた。
 彼の剣にはピンポン球程度の穴が開いており、そこに緑色の球がはまっていた。球の中には氷の結晶が入っていた。

「冷気のマテリアだ」

 同じように、セリスも自分の腰に差していた剣を見せる。
 彼女の剣は青白く輝いていた。

「魔法剣ブリザド」
「・・・よく解らんが、つまり魔法の力で涼んでいるというワケか・・・」
「うっわー、いいなー。俺にもくれないッスか?」

 心底羨ましそうにロイドが言うと、セリスとクラウドは同時に。

「「自分でやれ」」
「やれないからお願いしてるんでしょーが! つか、なんでハモるんですか!」
「・・・興味ないな」
「同感だ」

 それっきり、二人とも何も喋ろうとはしない。
 はあ、とロイドが吐息する―――と。

「お」

 という声はロックが漏らしたものだった。
 続いて。

「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 バッツの口から歓声が上がる。
 見れば、さっきまでは周囲が火口の壁に囲まれていたのだが、視界が開けていた。

 火口を抜けたら一気に世界が広がる。
 そこは赤い世界だった。
 赤い大地が、赤い溶岩の中を島となって点在する。もちろん、地底なので太陽は存在しない。陽の光の届かない地底を照らしているのは、地の底から沸き上がる溶岩―――マグマだ。

 赤く薄ぼんやりと燃えるマグマが、地底を表す。
 だから実際の大地の色が赤いかどうかは解らない。ただ、赤く照らされているから、赤くないものも赤く映り、赤いものはなお赤く映える。

 目に映るのは大地とマグマだけ。
 幾つか山や丘も見えるが、それ以外のもの―――森や川など、地上には当然あって然るべきものが存在しない。
 地獄のような光景だった。もしかすれば、地獄とは誰かが地底世界を訪れて想像したのかもしれない。
 もしも地上で同じような風景を見たならば、怖ろしさに震え上がったかもしれないが、これが地底世界なのだと今は皆、圧倒されていた。

「すっげーーー・・・」

 空を飛ぶ恐怖も忘れ、飛空艇の外へ身を乗り出して、ひたすらに感嘆するバッツの隣で、ロックも同じようにして未知の世界を見回す。
 ―――と。

「あん?」

 それに気がついたのはロックだった。
 飛空艇の右斜め前方、遠くに何かが飛んでいるような気がして―――

「あれ・・・ “赤い翼” か・・・!?」
「なんだと!?」

 ロックの言葉に反応して、カインも舷側に身を乗り出す。
 見れば、確かに赤い何かが数十隻飛んでいた。よくよく耳を澄ませれば、なにかドーン、ドォーンという音も僅かに聞こえるような気がする。

「何かと撃ち合ってる・・・? 戦闘してるのか?」
「確か、この地底にはドワーフが住んでいると言ったな。もしかすると・・・」
「ドワーフと戦って―――あっ、そうか!」

 ロックはふとロイドの方を見る。ロイドも同じことを考えたらしく、頷きを返した。

「闇のクリスタルっていうのが地底にあるのなら・・・」
「地上で4つの国家が護っていたのと同じように、ドワーフたちが守護している可能性が高い」
「ゴルベーザはそれを狙って・・・」
「ミシディアの長老の話はビンゴだったってワケだ。んで、どうする?」

 ロックがロイドに尋ねると、彼は渋い顔をして、

「俺達の任務はあくまでも “偵察” だ。赤い翼―――ゴルベーザの動きが確認できたのなら、一旦、バロンへと戻ってセシル王に報告しなければならない」
「ちょっと待てよ!」

 声を上げたのはバッツだった。
 バッツは赤い翼の方を指さしながら、ロイドを睨付ける。

「ドワーフたちが戦ってるって言うんだろ! 助けなくてもいいのかよ!」
「言ったでしょう。俺達の任務は偵察ッス。大体、飛空艇一隻で赤い翼の部隊に勝てるはずがないッスよ」

 言われなくても、バッツもそれは解っていた。解ってはいるが、感情が納得できない。
 尚も食い下がろうとしたバッツに、ロイドはやれやれと溜息をついて、

「―――と、言いたいところなんですがね」

 さっきロックに見せたのと同じ、渋い表情でカインの方を見る。
 カインはニヤリ、と不敵に笑って頷いた。

「もちろん、ドワーフたちを助けに行く。敵の敵は味方だ―――それを見捨てるなんて出来るはずがないだろう」
「お前・・・良いヤツだったんだな」

 感心したようにバッツが言うと、ロイドが呆れたように。

「単にその槍を振り回したいだけでしょうに」

 ロイドのつっこみに、カインはフッ・・・と笑って。

「少し違うな。俺は “王” のためにこの槍を振るうことを望んでいるだけだ―――それに俺が受けた命は、単なる偵察ではない。ゴルベーザの目的を打ち砕くことだ。なにも命令に背いているわけではない」
「そーいや言ってたな、セシルのヤツ」

 ―――カイン=ハイウィンドよ。王の名において命ず。地底へと赴き、ゴルベーザの行方を探り、その目的を打ち砕くのだ!

 確かにセシルはそう言っていた。
 もっともあれは、カインにせがまれて、そう格好付けただけなのだろうが。

「ま、カイン隊長ならそう言うと思ってましたがね」

 何か諦めの混じった言葉を吐いて、ロイドは飛空艇を赤い翼が浮かんでいる方へと向ける。
 それほど強く反論しなかったところを見ると、ロイドも内心ではドワーフたちを見捨てることに後ろめたさがあったのかもしれない、とロックは思った。

「良し。全速前進! 目標は赤い翼―――ドワーフたちを支援する!」
「了解!」

 カインの号令を受けて、ロイドは飛空艇を発進させた―――

 

 

******

 

 

 近づくに連れて、段々と状況がはっきりしていく。
 赤い翼に気を取られて気づかなかったが、戦闘しているすぐ傍に大きな城があった。
 どうやらドワーフの城らしいが、赤い翼は城へ向けて直接砲撃しているわけではないようだ。

 城の前、飛空艇と同じくらいの大きさの何かがずらりと並んでいる。
 地上―――フォールスでは目にしない、箱形の何か。ふと見て連想するのはチョコボ車などの ”車” だが、その箱にはチョコボはついておらず、また車輪もない。代わりにベルトのようなものが箱の両側に付いていて、天辺には大砲まであった。その大砲で飛空艇と撃ち合っている。

「―――あれ、もしかして戦車か?」
「センシャ?」

 心当たりを呟くロックに、ヤンが怪訝そうに問い返す。
 ロックは、ああ、と頷いて。

「エイトスなんかの軍隊で使われる兵器だよ。・・・まさかフォールスで見ることになるとはな」
「へえ、あれが戦車か。話には聞いてたけど、すげえ頑丈だな」

 バッツの言うとおり、戦車は頑丈だった。
 飛空艇の爆撃、砲撃を一度二度受けても砕けることなく、果敢に砲撃を打ち返す。
 しかし―――

「ダメだ。いくら戦車が頑丈でも中身がもたねえ」

 ロックが舌打ちする。
 爆発の中でも戦車は破壊されることはなかった―――だが、細い砲塔が歪んでしまっては反撃することが出来ない。さらに、ロックが口にしたとおり、戦車は中に人が入って操作しなければならない。如何に戦車が頑丈であろうとも、その身に受けた衝撃の何割かは車内に響く。ドワーフの身体が如何に頑強であろうとも、そう何度も攻撃を受けて無事でいられるはずがない。

 次第に戦車側の砲撃回数が減っていき、戦車も一つまた一つと動きを止めていく。
 ―――やがて、ドワーフ側の砲撃が完全に止み、飛空艇がドワーフの城へと降下していく。

「やべえぞ! 急がねえと―――おい、これ以上速度は上げられないのかよ!」

 バッツがロイドを振り返る。
 すると、ロイドはにこやかに微笑んで。

「すいません。トラブりました」
『へっ?』

 その場にいた、ロイド以外の全員が疑問符を頭に浮かべた次の瞬間―――

 どぅんっ!

 いきなり飛空艇が大きく揺れた。

「なっ!?」

 不意打ち。
 その大きな揺れに、飛空艇の縁に居たロックは、空中へと投げ出された。

「しまっ―――」

 不覚。身体が宙を泳ぎ、空を飛ぶ術を持たないロックは為す術もなく飛空艇の外へと投げ出される。
 それに対して、他の者たちは揺れのせいで転倒していた―――その中で。

「うおおおおおおおおっ!」
「バッツ!?」

 他の全員が、突然の揺れに反応できなかった中で、たった一人、バッツだけが激しい揺れの中でも体勢を崩さずに居た。
 無拍子―――完璧な身体制御の下で行われる究極の体技を使えるバッツだからこそ、耐えることが出来た。

 バッツは自ら甲板を蹴り、宙に投げ出されたロックへと飛びつくと、そのまま自分を軸にしてロックの身体を大きくスイングする。その反動で飛空艇の方へと投げやった。
 当然、ロックの代わりにバッツの身体が飛空艇の外へと飛んで―――墜ちていく。

「バッ―――カやろおおおおっ!」

 落ちていくバッツに向けて絶叫した直後、ロックの身体は飛空艇の甲板の上に墜落した。
 全身を衝撃が襲い、激痛が悲鳴を喉まで押し上げてくるが、それを呑み込むとロックはすぐさま立ち上がってロイドを振り返る!

「ロイ―――」
「アベル!」
「シャーーーーーーーーッ」

 ロックの叫びを遮るように、カインが怒鳴り、アベルが翼を広げてバッツが落ちた方へと飛び立った。

「飛空艇では間にあわんだろう」

 立ち上がりながら、カインがいつもの調子で涼しげに言う。
 仲間が落ちたというのに、その冷静な態度がロックは気に食わなかったが、気にしている場合ではない。すぐさま舷側に飛びつくと、バッツの姿を目で追う―――が、また飛空艇が激しく揺れて、外を見るどころか舷側にしがみついて耐えるのが精一杯だった。

「ロイドッ! 何が起きたんだよ!?」
「舵も出力もコントロール不可能だッ。多分、制御機関が―――つうっ!?」

 説明の途中で、舵に頭をぶつける。
 なんにせよ、飛空艇はコントロール不可能らしい。ついでに先程、甲板に “墜落” したロックは気がついた。
 投げ出された時に比べ、墜落するほど高度差があったということは―――

「落ちてやがる―――墜落するぞッ!」

 ロックが叫ぶ。

「 “万物を引き寄せる星の力―――その枷を今一時断ち切らん―――” 」

 セリスが魔法を詠唱する。
 揺れる飛空艇の上だ。普通の魔道士ならば集中できず、まともに魔法が扱えるはずはない―――だが、魔法戦士としての訓練を受けている彼女は、声さえ出せるのなら、走ってる最中でも魔法を唱えることが出来る。

「『レビテト』ッ!」

 重力を緩和するセリスの魔法が発動した瞬間―――飛空艇エンタープライズは、地底の大地へ墜落した―――

 

 

******

 

 

「・・・違う飛空艇?」

 ドワーフの城に向かって飛ぶエンタープライズを見上げて、緑の髪の女性は怪訝そうに呟く。

「バロン以外に飛空艇があるのか?」

 彼女に付き従っていたゴブリンが尋ねると、彼女は首を横に振った。

「わからないよ、そんなの」

 と、その時。
 不意に、飛空艇が大きく揺れた。
 なにが起きたのか、と思っていると。

「誰か落ちた・・・? ―――って、トリス!?」

 少女の近くを飛んでいた鳥の魔物―――コカトリスが、いきなりその落ちた誰かに向かって急速に飛んで行く。

「キュイイイイイイイイッ」

 コカトリスの鳴き声を聞いて、彼女は思わず目を見開いた。

「―――お兄・・・ちゃん・・・?」

 呟き、呆然と、彼女は飛空艇から落ちた人影を見つめていた―――

 

 

 


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