第17章「地底世界」
F.「マグマの石」
main character:ロック=コール
location:アガルトの村・井戸のある建物

 

「・・・何が始まるんだ・・・?」

 薄暗がりの中、ロックはなんとなしに呟く。

 ・・・今、ロックが居るのはさきほどバッツが気にした井戸のある建物の中だった。
 広い建物だが、天井はやや狭く、ロックが爪先立ちで手を伸ばせば、ギリギリ天井に着くくらいの高さだ。

 そんな中に、ロック達は村人達と一緒に押し込まれていた。
 広い建物、と言ったが、村人全員を収納すれば流石に手狭になる。

  “道を開く” ―――長老が、そう言って家を出た後、村人達をこの建物中へと集めた。
 陽気で鷹揚な村人達も、流石に戸惑っていたが、バッツがドルガン=クラウザーの息子で、さらに地底への道を探していると聞いた途端、納得したようだった。
 ―――村人に納得されても、こっちは納得出来ていない。

「ほー、アンタがドルガンさんの息子かあ。言われて見れば確かに面影あるわぁ」

 村人達の注目の的であるバッツも、訳が解らずに困惑している。
 他の仲間達も同様だった。

 と、ロックが現状を把握していると、見知った顔がやってきた。

「らりほー♪」

 やったら陽気な調子でそう言ってきたのは、エリアだった。
 彼女の後ろには、彼女の夫であるコリオも居た。

「・・・なんだその妙な挨拶は」
「あら知らない? ドワーフの伝統的な挨拶よ。覚えておきなさいな。とりあえず “ラリホー” って言っておけば、ドワーフたちは歓迎してくれるから」
「ホントかよ・・・」

 思いながらも、そう言えば祖先の残した冒険記にもそんな記述があったことを思い出す。

「だけど、アンタがドルガンさんの息子と知り合いとはねー。そうと知ってたら、もう少し歓迎したのに―――ねえ、あなた」
「そうじゃの。ドルガンさんには、恩があるからのう」

 コリオはしみじみ呟く。天文学者のコリオは、流石に他の住人達のように脳天気に明るくない。白髪で病的に肌が白く、ついでに細い身体に白衣を羽織っている白尽くめの男だが、別に妙な病気を持っているわけではない。白髪は生まれつきで、なんでも年がら年中天文台に籠もって研究に没頭しているらしく、身体の方も痩せて白くなっただけらしい。
 年寄りじみた話し方をしているが、一応、エリアとは幼馴染である。ただ、昔から頭の良かったコリオは、同年代の子供が外を駆け回っている間、ずっと長老の話を聞いていた。そのせいで、喋り方がうつってしまったのだという。

「その “恩” ってなんだよ? ここまで盛り上がるなんて、一体、ドルガン=クラウザーは何をしたって言うんだ?」

 ロックの疑問に、コリオが答えた。

「15年ほど前、かな。二人の子供が森で迷子になってのう。それを偶然、村に立ち寄っていたドルガンさんが助けてくれたんじゃ」
「へー」

 ロックが相づちを打つと、エリアがやれやれ、と肩を竦めて。

「全く、あなたが森に行きたいからなんていうから―――」
「違う。言い出したのはエリアじゃ」
「そだっけ?」
「って、お前らかよ!」

 ロックがツッコミを入れると、夫婦揃って「「うん」」と頷く。
 おいおい、とロックが呆れて、しばし沈黙。
 数秒たってもコリオは何も言わず、ただ、バッツを取り囲む村人達の騒ぎだけが聞こえて。

「・・・ちょっと待て。それだけか?」
「そうじゃが?」

 きょとん、とコリオは言う。

「そんだけで、なんでこんなに歓迎されてるんだよ!?」

 事情が事情でなかったら、祭でも始まってそうな勢いだ。
 だが、ロックの言葉の意味が解らなかったらしく、コリオはきょとんとするだけだ。エリアがクスクスと笑って。

「あー、 “外” の人には解らないかもねー。でも、この村ではこれが普通なんだよ」
「普通?」
「そ。受けた恩は死ぬまで忘れずきっちり返す―――小さな辺境の村だからね。そうやって互いを助け合うことで生きてきた村だから」
「・・・だから外の人間に対して開放的なのか。俺、こういう村はもっと閉鎖的だと思っていたけどな」
「そう? ま、でもウチはこうだから―――ドルガンさんが亡くなったって知った時は哀しかったけれど、でもこうしてあの人の息子さんに恩を返すことが出来る―――ありがとね、ロック」

 エリアはにこっとロックに笑いかけた。
 薄い暗闇の中、壁に掲げられた灯火だけの光源に映える彼女の屈託な笑顔に、ロックは思わずドキッとした・・・

(・・・お、俺としたことが、不覚・・・ッ)

 おそらく、少し赤くなっているだろう自分の表情を想像して、ロックはそう思ったていると。

「あれ、どうしたの? 顔赤いよ?」
「のわあっ!?」

 いきなりエリアに指摘されて、ロックは驚きのあまりのけぞる。

「な、なんで・・・見えるんだよ!?」

 全く灯りがないわけではないにしろ、ちょっとした顔色の変化など解らないくらいに薄暗い。
 冒険家として割と夜目の効くロックでさえそうなのに、普通の村人であるエリアが解るはずはない―――と思っていたのだが。

「ああ、ドワーフの血のせいじゃろうな。ドワーフは暗視が効くと言う。私は血が薄いのか、それとも単に目が悪いだけなのかそれほど見えはしないが、長老なぞは、月のない夜も不便することはないらしい」

 解説したのはコリオだった。
 考えてみれば暗い地の底に暮らしているなら、暗視も効くようになるだろう。

「もっとも、だからといって光が必要ないというわけではない。やはり暗闇よりも光があった方がものが見えるし、色も全く光がなければ解りはしないという」
「ふうん。まあ、なんにせよ便利な目だよなあ」

 などと、ロックが感心していると。

「それでは皆の者! これより、地の底の “蓋” を開く―――!」

 

 

 ******

 

 

 長老が井戸の前に断つ。
 彼女は、懐から手の中に収まる程度の石を取り出す。
 それは赤い石だった。まるで高温で熱して焼けたような赤い赤い石。暗がりの中で、薄ぼんやりと赤く光を漏らしている。

 長老は自分が手にした石を確認すると、それを井戸の中へと放り投げた。

 赤い薄光が井戸の闇の中へと吸い込まれていく。
 それは次第に遠ざかり、限りなく見えなくなって――――――――――――十数秒後、こつん、と極小さく井戸の底から音が響いたその直後。

 

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

 

 建物を振るわす地響きが、地の底から響いてきた!

 

 

******

 

 

 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 

「―――ッ!?」
「ギィッ!?」

 飛空艇エンタープライズのデッキで、アベルと戯れていたカインは、突然の轟音に村の方を見る。

「な、なんだああっ!?」

 飛空艇の機関部に籠もっていたロイドも、突然聞こえてきた音に、慌ててデッキへ飛び出してきた。

「山が・・・っ」

 異変は山。
 山が震え、唸り、響きを立て、そして―――

 

 

 オオオッ! ッッッドオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!

 

 

 いきなり山の頂上がはじけ飛んだ!

 はじけ飛んだ頂上部分は砕け、そのまま空中で破砕し、流星のように村へと降り注ぐッ!

「な、な、な、何がッ!?」

 突然の火山の噴火に、ロイドは目を白黒させる。
 アベルもギャアギャアと騒ぎ声を上げるが、ただ一人、カインだけはいつもの調子を崩さない。

「・・・もしかして、あの山から地底に行けたりしないか?」
「はあ!? 何言ってるんスか!? そーゆーことを言っている場合じゃないでしょう! 村にはロック達が―――というか、村人とかは―――ッ!?」
「いや、なんとなくそう思っただけだ。今の噴火―――いや火は出ていないから噴火ではないか。・・・まあ、ともかく山に穴が開いていれば、その穴が地底に繋がっていないかと考えたんだが」
「アンタよくそんな冷静にモノ言えるなああああ!?」

 未だ続いている地鳴りに負けないようにロイドが叫ぶ。
 すると、カインは首を傾げて。

「ぎゃあぎゃあ喚けば地震が収まるのか」
「収まりませんよ! 収まらないけど、普通は驚くでしょう!?」
「甘いな。俺は普通ではない」
「ええ、そうでしょうとも」

 ようやく落ち着いてきたのか、ロイドが疲れたように静かにつっこむと、大地の鳴動も収まった。
 山を見れば、頂上部分が吹き飛んだだけで他に変化はない―――まあ、頂上が吹き飛んだのが大変化と言えるだろうが。
 そして村の方は―――

「うわー・・・」

 遠目からでも解る。
 落ちてきた山の破片が、村の至る所へ落ちている。
 直撃した建物も幾つかあるが、殆どの建物が石造りなため、倒壊しているものは見えない。

「あー・・・小さな村にしちゃ、頑丈な石造りの建物なんで不思議に思っていたけど、こういうことが在るからなのか・・・?」

 だとしたら、頑張ってこんなところに住まずに別のところに住めばよいものを―――そう、ロイドが思っていると。

「様子を見てくるか―――アベル」
「ガア」

 カインが飛竜の背中に飛び乗ると、アベルは一声鳴く。
 ロイドも慌てて、アベルの尻尾に捕まった。

「ちょっと待て。俺も―――ううをわああっ!?」
「しっかり捕まっていろ―――落ちても助けんぞ!」

 尻尾にしがみついたロイドに構わず、アベルは村の方に向かって飛び立った―――

 

 

******

 

 

「―――なんだこりゃああああああああああっ!?」

 揺れが収まった後。
 ロックは井戸のある建物の外へ出て叫んだ。

「こりゃまた・・・凄いな・・・」

 バッツも目を丸くして外の光景を見る。

 一言で言うなら “破壊された村” だ。
 山の破片があちこちの地面にめり込んだり、家の屋根に突き立ったりしている。

 飛空艇の上からロイドが見たとおり、崩れ落ちた建物はないものの、凄惨たる光景ではあった。

「うおおおーーーーーいっ!」

 声が振ってきて、空を見上げてみれば、アベルに乗った(しがみついた)カインとロイドが降りてくるところだった。
 カインはアベルの背から降り立つと、ロックたちの姿を見つけて、

「なんだ、無事なのか」
「無事で残念そうだな」
「残念ではない。単につまらないと思っただけだ」
「同じだろーがっ」
「それよりも、ロック! 一体なにが起きたんだよ!?」

 カインとロックの間に割り込んで、ロイドが尋ねる。
 だが、そう問われてもロック自身なにが起きたのか理解していない。

 答えられずに、まごまごしていると―――

「驚いたかえ、客人よ・・・」

 建物の中から、ゆっくりと長老が姿を現した。

「そら驚くわ! 一体、何がどーなってこうなったんだよ!?」

 ロックが問い、それにセリスも続ける。

「・・・先程、井戸の中になにかを落としたな」
「マテリア―――」

 ぽつり、とクラウドが呟く。
 どうやらこの二人は井戸の近くに居たようだった。

「なんとなくマテリアに似た感じがした・・・もっとも、普通のマテリアよりも力が弱いが」
「マテリアというのは良く知らんがな」

 と、長老は懐から、先程井戸に入れたのと同じような石を取り出す。

「マグマの石、と私らは呼んでいるがね。こいつは地底に埋まっている鉱石で、火の力を秘めている―――そしてこの石の特徴として、他のマグマの石と “共振” するという特徴がある・・・」
「共振?」
「まあ、今の現象と例えて言うならば、コイツを地中深くで砕くことにより、周囲の “マグマの石” も連鎖崩壊し、その中に秘めた火の力が解放されて、マグマとなって噴火する―――もっとも、今回使った石は小さかったから、頂上が吹っ飛んだ程度で済んだがの」
「・・・つか、なんでわざわざ山を噴火させる必要が―――」

 まだ納得しきれずにロックが呟くと、遠くの方で長老を呼ぶ声が聞こえた。
 振り返ると、村の青年が長老の元へと駆け寄ってきて、

「一通り村を回ってきたけど、特に壊れた建物とかはなかった」
「そうかい―――石はどうじゃ?」
「いやー、ダメだね。クズしかねえや」
「まあ、仕方あんめい。今回はそれが目的ではないからのう」

 と、そんな会話を聞いて、ロックは唖然とする。

「ま、まさか・・・」
「おや、お解りかい?」
「・・・まさか、わざと火山を噴火させるのは、地中の鉱石を取るのが目的だって言うのか!?」
「正解じゃ」

 なんでもないことのように、長老はふぇふぇふぇ、と笑う。

「いつもはもっと、大きなマグマの石を井戸の中に放り込む。そうすれば、マグマが地中から良質の鉱石を噴き出してくれる―――もっとも、やりすぎれば村が溶岩に呑み込まれるがね」
「・・・とんでもねえトレジャーハントだな」

 ロックは苦笑い。
 と、長老は不意にバッツの方を振り向いて。

「これであの山の火口に大きな穴が開いた。お主らの飛空艇とやらならば、地底へ降りてゆけるじゃろう―――これで良いかな、ドルガンの息子よ・・・」
「あ、ああ。ありがとう―――だけど、悪いな。村をこんなにしちまって」

 申し訳なさそうにバッツが言うと、長老はニカッと笑った。

「なんのなんの。これで借りが返せると思えば安いもんじゃ―――おっと、こいつはおまけじゃ」

 長老は持っていたマグマの石をバッツに差し出す。

「お守りじゃ。とっておけい」

 それを見て、ロックが声を上げた。

「って、ばーさん! それって地底で砕けたら大変なことになるんじゃ・・・」
「安心せい。マグマの石が特に密集しているのはこの山の地下辺りじゃ。他の場所で砕けても、大したことは起こらんよ」
「ホントかよ・・・」
「多分な」
「おいっ!」

 ロックがツッコミを入れる―――が、構わずにバッツは長老からマグマの石を受け取った。

「ありがとよ。貰っておくぜ」
「ふぇふぇふぇ・・・流石はドルガンの息子じゃ。誰かさんと違って男前じゃのー」
「誰かさんって誰のことだよ・・・」

 ロックのぼやきは無視。

「おっと、いつまでも “ドルガンの息子” ではお主に失礼じゃな。―――お主の名を聞かせてもらえるか・・・?」
「そーいや名乗ってなかったっけ」

 マグマの石を仕舞いながらバッツはニッ、と笑って自分を指さす。

「俺の名前はバッツ=クラウザー―――ただの、旅人だぜっ!」

 

 


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