第17章「地底世界」
E.「長老」
main character:ロック=コール
location:アガルトの村

 

 

 

  “長老” の家は村の中心にあった。
 バッツは勘違いしていたが、道すがらロックに聞いたところによると、 “長老” と言っても街の長というわけではなく、文字通りにこの村で一番長く生きている者のことを言うらしい。

 真偽の程はどうだか解らないが、200歳を越す老婆であり、なんでもドワーフと人間とのハーフ―――つまり、街の他の者たちのように “子孫” にドワーフの血が混じっているとか言う遠い話ではなく、自分の母親がドワーフだったという。

「長寿なのも亜人の血が濃い所為なのかもな」
「そーいやエルフなんざ、千年二千年は普通に生きるって聞くしなー・・・っと、ここが長老のばーさんの家だ」

 ロックが前に建つ一軒の家を指さす。
 他の建物と同じように頑丈な煉瓦造りの家だ。

 が、バッツはその家よりも別に気になるものを見つけて、それを凝視する。

「・・・なんだ、あれ?」

 長老の家の隣、家よりも巨大な石造りの建物があった。
 それも、この村の中で一番の大きな建物―――村人達が全員入れるんじゃないかと思うほどの大きさだ。村のすぐ傍にある火山の大きさに気を取られて気づかなかったが、思えば村の外からでもこの建物は見えた気がする。
 

「あー、あれな」

 バッツが見ているものを見て、ロックも不思議そうに首を傾げ、

「俺も良くわかんないんだけどさ。中には井戸が一つだけあったなあ」
「井戸? ただの井戸を?」
「中に入る扉はあるけど鍵が掛ってたから、夜中にこっそりと忍び込んでさらっと調べてみたけど、普通の井戸よりもかなり深い井戸だったな。松明を照らしてみたけど、底が見えないくらいの深さだった。それとなく街の連中に聞いてみたけど、はぐらかされたしな」
「ふうん・・・」
「とりあえずゴルベーザにゃ関係なさそうだから放っておいたが、案外、地底への道かもしれねーな。どうしても道が見つからなかったらとりあえず、もう一度忍び込んで、今度は井戸に潜ってみるか」
「ていうか忍び込むって・・・泥棒じゃねーか」

 バッツがつっこむと、ロックは不敵に笑う。

「ドロボウ? 俺を呼ぶならトレジャーハンターと呼んでくれ」
「でもやることはドロボウだよな」
「うっせ。とにかく謎の井戸のことは後にして、さっさと行く―――」

 ぞ、とロックが言いかけた時。

 ばこん! と、長老の家の扉が勢いよく開き、赤い鎧の男が飛び出してきた―――

 

 

******

 

 

「・・・なにやってるんだ? お前」

 家の中から飛び出して、そのまま地面に倒れ込んだ男―――ギルガメッシュを見下ろして、不可解そうにバッツが問う。
 ギルガメッシュは顔を不機嫌に歪めて立ち上がる。

「チックショウ、あのババア! お年寄りだからって、ちょーっと優しくしてやりゃ調子に乗りやがってッ!」
「今のは明らかに貴様が無礼じゃったろう」

 激昂したギルガメッシュの声に応えたのは、家の中から普通に出てきたフライヤだった。
 彼女は呆れたようにギルガメッシュを見やり。

「全く、礼儀を知らんヤツじゃ」
「なにおう! てめえ、自分がババアみたいな口調だからって、連帯感持ってるんじゃねー」

 フライヤは喚くギルガメッシュには取り合わず、半眼でロックの方を見る。

「・・・どうしてこいつをバロンに突き返さなかったんじゃ?」
「俺は連れて行くのを反対したぜ。文句言うならカインのヤツに言えよ」

 ロックも睨むようにギルガメッシュを見る。

(・・・嫌な予感が消えやしねえ。危険は感じないのに、不安感だけが強くなる・・・)

「おいおい、そんな熱い視線で見つめてくれるなよ?」
「俺だってねーよ!」
「じゃあなにか? まだ俺を疑ってるのか? 寂しいなー、仲間を疑うヤツの心ってのは」
「スパイと仲間になった記憶もねーよ!」
「・・・スパイ、というならお前も同類だろう?」

 最後の台詞は、フライヤの後に続いて出てきたセリスだった。
 彼女は外で騒ぐロック達を睥睨し、

「何を玄関先で騒いでいる。さっさと中に入れ」

 それだけを言って、セリスは家の中に戻る。それにフライヤが続き、ギルガメッシュも文句をぶつくさ呟きながら中に入る。

「スパイって?」

 残されたバッツがロックに尋ねると、ロックは不機嫌な表情のまま家の中へと入った―――

 

 

******

 

 

 長老の家は割と広かった。
 天文台のように二階建てではなく、平屋だったが、置いてあるものが少ないせいか広く感じた。
 その広い家のど真ん中に、大きなテーブルが一つ置かれ、そこに先に街へと来ていたクラウド達が座っていた。10人ほど楽に座れるほどのテーブルで、以前ロックが訪れた時に聞いたところ、近所の集会にもよく使われるのだという。

「このクソババア! よくもやりやがったなッ!」

 ギルガメッシュが怒りをむき出しにして、怒鳴っている。
 その目の前にいる、背の低い老婆が長老らしかった。
 老婆、と言ってもそれほど年老いているようには見えない。200歳どころか、80にも手が届いていないように見える。

「ふぇっふぇっふぇっ・・・そのクソババアごときに叩き出される若造が。いきがるのも見苦しいねえ・・・」
「こ、殺すーっ!」
「落ち着け! この馬鹿者!」

 長老に飛びかかろうとしたギルガメッシュをヤンが羽交い締めにする。
 ヤンの力には敵わないのか、必死でもがくが拘束から逃れられる様子はない。

「・・・なにやってんだか」

 ロックが呆れたように呟く、と長老がロックに気づいた。

「おう、ロック。久しぶりじゃのぅ・・・」

 年の割にははっきりとした発音だったが、その口調はとてものんびりとしていた。

「この間は世話になったな。本当は手土産の一つでも持ってくるべきだったんだろうけどよ」

 ロックは以前にこの村を訪れた時、この家にロイドと一緒に泊まらせて貰っていたことがあった。
 一応、飛空艇の中でも寝ることはできるが、ちゃんとした寝床とは言い難い。それに温かい食事を振る舞ってくれたのは有り難かった。

 ロックがその時の礼を言うと、長老は「よいよい・・・」と手を振って。

「構わんよ。また顔を見せてくれたことが一番の土産じゃ―――時にロイドは・・・?」
「飛空艇の整備してる。まあ、あとで顔を出すだろうよ」
「そうかそうか・・・」
「ところで、今回俺達が来た用件なんだけどさ―――」

 ロックが言いかけると、老婆はギルガメッシュの方をちらりと見やり、

「聞いておるよ。地底に行きたいそうじゃな・・・?」
「ああ。でも、地底への道は塞がれてるって―――他に、道があるなら教えて欲しいんだけどさ」
「そうさのう・・・」

 と、長老はロックの方は見ずに、ヤンに羽交い締めにされたギルガメッシュの方を見続けて、

「教えるのは吝かではないが、そやつがワシにしたことを考えるとのう・・・」
「何したんだよ、お前」

 ロックがギルガメッシュを見ると、彼はそっぽを向いて答えない。
 やれやれ、と嘆息すると、代わりにフライヤが答えた。

「地底への道はあるらしい。―――じゃが、どうやらそれはこの村の秘密であるらしく、教えるかどうか長老が迷っていたところ、その馬鹿がいきなり胸ぐらを掴んで “教えやがれクソババア” と」

 フライヤの話を聞いて、ロックは顔を手で覆った。

「・・・それで、家から叩き出されたワケか」
「って、この婆さんがやったってことかよ!?」

 驚いたのはバッツだった。
 確かに長老は200歳を越しているとは思えないが、それでもギルガメッシュを物理的に外へ叩き出すほどの力があるとは思えない。

「ひょっひょっひょっ、ドワーフの膂力を甘く見る出ない。こんな若造・・・一ひねり―――おおおおっ!?」

 バッツに向かって笑いかけた長老は、はっと表情を変えて、バッツの顔を凝視する。

「お、おおおっ、お主っ!」
「な、なんだ? 俺が、どうかした―――」
「ド、ドルガン!?」
「へっ!?」

 いきなり出てきた父の名前に、バッツは戸惑う。
 だが、すぐに人違いだと気がついたのか、長老はかぶりふって、

「いや、違うな・・・」
「おい、婆さん。こいつの親父を知ってるのか?」

 ロックが尋ねると、長老はこくりと頷いた。

「おお、知っておる。なにせ、一度ここから地底へ向かったことがあるからのう・・・」
「親父が・・・?」
「しかし・・・そうか、ドルガンの息子か―――彼は、今何を・・・・・・?」

 長老が尋ねると、バッツは表情を曇らせて、

「親父は・・・死んだよ」
「なに・・・! ドルガンが死んだじゃと・・・!?」
「病気で・・・」
「そうか、病か―――しかし、ドルガンの息子の頼みならば聞かぬ訳にもいくまいな・・・」

 長老はぶつぶつと呟くと、年の割にはしっかりとした足取りで、家の外へと出ようとする。
 思わずロックがそれを呼び止めた。

「お、おい、どこへ行く気だよ?」

 ロックの問いかけに、長老はゆっくりと振り返って言った。

「決まっておる・・・ぬしらの言う、 “道” を開きに行くのよ・・・」

 

 


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