第17章「地底世界」
D.「村の中で」
main character:ロック=コール
location:アガルトの村

 

 

「こんちわー」
「ああ、こんにちわ」

 村の中を行く。
 小さい村だが、人が全く居ないというわけでもない。何人か、村の住人とすれ違い、軽く挨拶を交す。
 ―――そうしてバッツが気がついたのは違和感だった。

 バッツが挨拶をすれば、向こうも挨拶を返す。
 当たり前と言えば当たり前だが、当たり前だからこそ奇妙だった。
 そのことをロックに言えば。

「お。お前も気づいたか」

 ちょっと驚いたようにこちらを振り返った。
 全く、どこまでこちらのことを馬鹿にしているのか―――と、思っていると、それが出たのかロックは苦笑して。

「いや、今のは馬鹿にしたワケじゃないって。普通は気づかないものだし―――現にロイドのヤツは気づかなかったしな」

 飛空艇で待機しているロイドは、この一ヶ月の間、ゴルベーザの情報を得るために、ロックと一緒に何度かこの村へ訪れたらしい。
 さっき、あっさりと情報を集めてこれたのも、以前に訪れていたからということもあったのだろう。

 と、ロックはふと気がついたようにバッツの格好を見て、

「そうか、お前は旅人だったよな」
「まあな。こういう村も何度か通ったことがある―――けど、普通は俺達みたいな ”よそ者” を快くは思わない筈なんだ」

 大きな街や、そんな街と街を繋ぐ中継点のような小さな街ならば、外からの人間も頻繁に出入りするため、それほど警戒されることはない。
 だが、アガルトの村はぽつんと離れた孤島にある小さな村だ。旅人など訪れる事は皆無であろうし、それならば異邦人に対してもう少し警戒感を見せても良いはずなのだが。

「まさかとは思うけど、前に来た時になんかやったとか?」

 バッツがロックを見れば、ロックは怪訝そうに首傾げて、

「なんかって、なんだよ?」
「ほら・・・例えば、魔物に襲われてる女の子とかを助けるとか、そーゆー英雄的な行動をして、村の人間に慕われたとか」
「なんだそりゃ。そういうのは俺のガラじゃねえな―――第一、そんな話になってるなら、もうちょっと歓迎されないか? 俺」

 確かに。
 こちらを拒絶する様子はないものの、だからといって歓迎しているわけでもない。
 ここの住人達は、いたって普通に、すれ違った者同士がするような反応しか見せていない。

「ま、そーゆー街なんじゃねえの? ほれ、たしかドワーフって言うのは陽気な種族なんだろ? だったらその子孫も脳天気ってことで―――」
「それは流石に聞き捨てならないけど」

 不意に第三者の声。
 振り返れば、若い女性が腰に手を当てて立っていた。

 若い―――とは言ってもバッツよりは年上だろう。ロックと同じ、二十代後半に差し掛かったくらいか、とバッツは検討付ける。
 その女性を見た瞬間、ロックは「うげ」と苦い声を漏らした。

「エリア・・・」

 ロックが女性の名前らしきものを呟く。
 すると女性―――エリアはにっこりと笑って。

「お久しぶりナンパ男さん」
「ナンパ男?」

 バッツが聞き返すと、ロックは渋い顔をして口をつぐむ。
 エリアはにこにこと笑みを浮かべながら。

「そうよー? この人ね、つい半月ほど前に初めてこの村に来た時、いきなり私をナンパしちゃって――― ”生まれた時から愛してましたー!” とか情熱的に言われてねー」
「へー」
「で、私もそんな風に言われて悪い気はしなかったから、1回だけデートしたんだけど・・・」
「デート、ねえ・・・」

 バッツは半眼でロックを見やり、

「アンタ、情報収集に来て何やってるんだよ?」
「いーじゃんかよ! 少しくらい! 俺はてめえ見たいなシスコンとは違うんだよ。普通に女の子が好きなんだよッ」
「・・・セリスに言うぞ」
「はあ? なんでそこでセリスの名前が出てくるんだよ?」
「あれ。アンタとセリスって恋人同士じゃないのか? なんか仲良さそうに見えたんだけどな」
「仲良さそう・・・?」

 ロックはふとここ一ヶ月のこと―――具体的に言えば、ゾットの塔からのことを思い返してみる。

「・・・なんか、嫌われてるような想い出しかないよーな気がするんだが・・・」
「そうか?」
「とにかく、別にセリスとはなんの関係もない―――」
「じゃ、後で言っておくぜ」
「すいません。お願いしますから言わないでください」

 凄い勢いでその場で土下座するロックに、バッツは思わず引く。

「いや、そこまでしなくても」
「そうそう。大体、私、フラれちゃったしね」
「え、フラれた? フッたんじゃなくて!?」

 驚愕。
 まるで信じられないものでも見るかのように、バッツはロックとエリアを交互に見る。

「おい、バッツ。その反応はどういう意味だ・・・?」
「あー・・・いや、別にロックがモテない男だって言ってるワケじゃないぜ?」
「言ってるじゃねえかッ! 大体なあ! 俺だって、いくらなんでも人妻に手ぇだすかッ!」
「は?」

 ロックの言葉が一瞬だけ理解できず―――固まった表情のまま、バッツはエリアを振り返る。

「人妻・・・って、結婚してるのか?」
「うん。てゆか、結婚してなきゃ人妻じゃないよねえ」

 キャハハ、と笑う。
 その軽い調子は、どう見ても既婚者には見えなかったが。

 バッツは神妙な面持ちでロックを振り返り、

「まあ、アンタは悪くないと思うぜ? 多分・・・」
「ううっ、解ってくれたか―――いや、解ってくれると信じてたぜ!」

 とかなんとか言って、ロックは腕で顔を覆って男泣き―――というか嘘泣き。

「ああ、そんなことよりさ。さっき見知らぬ連中が長老の家の方へ向かってったけど、あれってアンタ達の関係者?」

 エリアに問われて、ロックは腕をのけてから頷く。

「多分な」
「またゴルベーザとかってヤツの話?」
「まあ、関係あるといえばあるんだけど・・・そいつが地底にいるかもしれないって言うんで、地底へ行く道を探してるんだ」
「地底へ? ・・・でも、洞窟は―――」
「崩れたんだってな。だから他に方法がないか、あるいはどうしようもなけりゃ、その崩れた洞窟を掘り返すか・・・」
「道、ねえ・・・」

 エリアは思案げに眉根を寄せる。
 と、ロックはそんな彼女を見て、

「・・・なにか知ってそうだな」
「あら解る?」
「職業柄、何かを “探る” のは得意でね」
「ナンパは苦手だけどな」

 バッツが付け足すと、ロックが無言でバッツの頭を殴る―――が、バッツはあっさりと避けて。

「怒るなよ。本当のことだろ」
「本当のことだから怒るんだろうが! ・・・ったく」
「あはははっ、仲いいねえ」

 エリアは愉快そうにひとしきり笑ってから。

「だけどちょっと私の口からは教えられないかな。他の人にも言われたでしょ? 長老に聞いてみろって」
「まあな」
「だったらとりあえず長老の家に行ってみなよ―――あ、そうそう」
「なんだよ?」
「ウチの人が、アンタの話をまた聞きたいってさ」
「俺が知ってる月に関する話は全部話したぜ?」
「月の話じゃなくても、知らない地域の人の話は良い刺激になるんだって」
「へいへい・・・」

 うんざりとした様子でロックが頷く。
 そんなロックを見て、エリアはクスクスと笑いながら去っていった―――

 

 

******

 

 

「月の話って?」

 エリアが去った後。
 バッツが尋ねると、ロックはエリアの去っていった方向を指さして。

「ほら、あっちに大きな建物があるだろ?」
「あー・・・なんか大砲みたいな筒が空に向けてあるヤツか?」

 ロックが指し示したのは二階建ての建物だった。他の建物は平屋なのに、その建物だけ二階建てだったのでさっきから目立ってはいた。

「気になってたんだけど・・・あれ、対魔物用の兵器とか?」
「魔物用の兵器だったら街のど真ん中にあったりしないだろ―――それに、ここいらの魔物はミシディアと同じでな。人を襲うことは滅多にないんだと」
「じゃあ、なんだよ?」
「旅してた時に見たことはないか? あれは天文台だ」
「天文台!? あれが!」

 バッツも聞いたことはあった。
 遠く、遠く離れた空の上のさらに上にある月や星を見るための施設。
 だが、普通の望遠鏡ならともかく、話に聞いただけで、実際に見るのは初めてだった。

「親父に聞いたことがあるぜ。そうか・・・あれが―――」
「って、こらこらどこに行くんだよ」

 ふらふらと、天文台の方へ歩いていこうとしたバッツの襟首をロックが捕まえる。
 捕まえられてバッツは我に返った。

「いや、ちょっと俺も月を見せて欲しいなーって。ボコもそう思うよな」

 襟首を掴まれたままバッツが相棒に問いかける。
 だが、ボコにはよく解らなかったらしく、首を傾げるだけだ。

 ロックは、襟首から手を離しながら嘆息して。

「好奇心旺盛なのは良いけどな、そんなのは後にしろよ。エリアも言ってたろ、話を聞かせて欲しいって―――お前だって親父や旅の途中で、月や星に関する話を耳にしたことくらいはあるだろ?」
「そりゃあるけど・・・でも、誰でも知ってるような話か、突拍子もない噂話の類しか知らないぜ」
「いいんだよ、それで。学者ってのは、俺達が気にも留めないことを気にするのが商売みたいなもんなんだからな」
「学者なのか、エリアの旦那さんって」

 バッツが尋ねると、ロックは頷いて。

「ああ―――コリオって言う・・・まあ、後で紹介してやるよ。もしかしたら天体望遠鏡を覗かせてもらえるかもな」
「おっしゃあ! じゃあ、さっさと用事済ませて天文台に行こうぜ!」
「おいおい、地底へ行く方法を聞きにいくんだぜ? もののついでみたいに言うなよ」
「情報収集の傍らに、ナンパしていた誰かさんよりはマシだろ」
「・・・悪かった。降参だ―――じゃあ、さっさと行くとしますかねえ」

 やれやれ、と肩を竦めて。
 二人と一匹は、長老の家を目指して歩を進めた―――

 

 


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