第17章「地底世界」
C.「馬鹿と天才」
main character:バッツ=クラウザー
location:アガルトの村・入り口
アガルトの街は小さな村だった。
規模で言うなら、自分の生まれ故郷であるリックスの村よりも小さいかもしれない―――と、バッツは村の入り口で辺りを見回して思う。ただ、彼の村では殆どが木造の建物だったが、この村では木造のものは見あたらない。
全てが石造りか煉瓦造りで、見るからに頑強だ。
そして、もっとも大きな違いは、村の背後にそびえる大きな山。
見上げなければ頂上を見ることが出来ないほどに高く、そして近い火山。その火山に地底への入り口があるという。「・・・ドワーフ達との子孫の村、か」
ドワーフ。
山妖精、岩妖精などとも呼ばれる、亜人の種族である(もっとも、向こうから見ていればバッツ達の方が亜人なのだろうが)。
背丈は人間よりも低く、その力は怪力で、かつ頑強な身体をしている。性格は皆明るく、大雑把であるとも聞く。
・・・と、並べると如何にも野蛮そうな種族に思えるが、反面、石や鉄の加工技術に優れ、その指先は繊細な細工物を仕立て上げるほどに器用だと言う。
嘘か本当かは知らないが、人間に鉄の扱い方を教えたのもドワーフだという話も聞いたことがあった。(いや、あれは親父の想像だったかな?)
世界中を旅していたバッツの父、ドルガンは色んな人種についても詳しかった。
亜人の多い、ナインツにも行ったことがあるらしく、フライヤの様なネズミ族の話も父の口から聞いたことがある。
ドワーフも同じだ。
ドルガンは、ドワーフという種族のことを、実際に見聞したことと、自分の感想を織り交ぜてバッツに語ってくれた。(・・・案外、親父の刀もドワーフが打ったモンだったりしてな)
なんとなくボコを振り返る。
以前は、相棒が背負っていてくれた、形見の剣を想いながら、そんなことを考えた。「クエ?」
どうかしたのか? と、ボコが首を傾げて問いかけてくる。
バッツは苦笑して。「・・・親父は、好きだったのかな。人間が」
なんとなく、そんなことを呟いた。
別にドルガン=クラウザーが人付き合いを避けていたという意味ではない。
亡くなるしばらく前からあまり他人に関わらないようにしてはいたが、それは自分の病気のためだ。ただ、ふと思い出したのは父の最後の願い。
自分と同じように、バッツにもこの世界を大好きになって欲しい―――だから、旅を続けろ、と。思えば、ドルガンが息子にいつも語っていたのは大好きな “世界” の事ではなく、その世界に住む “人間” 達の事だったように思う。
大好きな人間達が生きている世界だからこそ、ドルガンはこの世界のことが大好きだと―――そう言ったんじゃないかと、バッツは思った。「俺は―――好きなのかな。人間が」
自分はどうなのだろうかと、疑問が口をついて出る。
世界には良いヤツもいれば悪いヤツもいる。いや、むしろボコと一緒に旅をしてきて、良いヤツの方が多かったように思う。(まあ、俺がヤなことはすぐ忘れてるだけなのかもしれないけどな)
バッツ=クラウザーは基本的には前向きな人間だ。
どんな事があっても、悔やまずにとにかく前に進む強さを持つ―――だからこそ、完膚無きに叩きのめされた時、立ち直る方法が解らずに、復活するのに時間が掛かったりもするのだが。「親父の遺言・・・俺は、世界を大好きになれたのかなあ・・・」
「・・・昼間っから、なに黄昏れてるんだよ」呆れたように声を掛けてきたのはロックだった。
あれ、とバッツは少し驚いた顔をして。「ロック、居たのか」
「お前・・・誰と一緒にここに来たんだよ?」
「あ、悪い悪い、ちょっと考え事してた」愛想笑いをして、バッツは頭を掻く。
そんな旅人に、冒険家は嘆息して。「考え事ねえ―――お前が考えたって意味がねえだろ」
へらへらと小馬鹿にしたように笑うロックに、バッツはムッとして。
「・・・いい加減、俺を馬鹿扱いするのは止めろよな。繰り返されると流石に傷つくぜ」
「馬鹿っつーか。どっちかって言うと、天才?」
「はあ?」
「紙一重っていうだろ?」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃねえか!」怒鳴るバッツにロックはなおも笑いながら。
「いいや、それは間違いだ」
「間違いって?」
「紙一重じゃなくてな。同じなんだよ。馬鹿と天才は」
「・・・? 何言ってるんだ?」妙なモノでも見るかのように、バッツは訝しげにロックの表情を見る。
そんな視線に、しかしロックは怯まずに続けた。「馬鹿って言うのはどういうヤツのことを言うんだ?」
「頭悪いヤツのことだろ!」
「頭悪いって言うのはどういう意味だよ?」
「意味って・・・そんなの言葉通りだろ?」困惑するバッツにロックは、チッチッチ、と指をふって。
「俺の持論だが、馬鹿って言うのは物事を考えないヤツ、考えられないヤツのことを言うんだ」
「やっぱり俺のことじゃねえか!」
「・・・自覚してるのかよ」
「う・・・」ツッコミ返されて、バッツは渋い顔をして押し黙る。
ロックはカラカラと笑って。「じゃあ、天才っていうのはどういうヤツのことを言うんだ?」
「頭良いヤツのことだろ・・・?」ロックに揚げ足を取られたせいか、今度は自信無さそうに応える。
その答えを聞いて、ロックはやはり指をふって否定する。「天才じゃなくても頭良いヤツはいるだろ。つーか、必死になって勉強すれば誰だってそこそこ頭良くなるって」
「・・・じゃあ、なんだよ」
「天才って言うのは、考えなくても理解できるヤツのことだ。いちいち順序立てて考えなくても直感で理解できるようなヤツ」
「ええっと、それって俺のことか・・・?」
「自覚してるじゃんか」自信無さそうに自分のことを指さすバッツに、ロックはニヤリと笑って言う。
「この前、セシルがローザを追いかけた時のことを覚えてるか?」
「へ?」
「自分で言ってたろ。天才だって」
「あー・・・」ローザの “能力” を説明する時、確かにそんなことを言ったような気がする。
「あれは、ちょっと調子に乗った―――というか」
「いんや。お前はアレで良いんだよ」ロックは笑ったまま、ロックの鼻先に指を突き付ける。
「余計なことは考えるなよ。ただ、感じたままに動けばいい―――お前は “天才” なんだからよ」
「だけど―――」
「天才のくせに、下手に考えようとするから “馬鹿” になるんだよ」
「むー・・・」バッツはなにか納得できないように唸っていたが、やがて。
「確かに、アンタの言うとおりかもな」
ドルガンが死んだ時も、レオに叩きのめされた時も。
思えば、色々悩んで、考えて―――それで間違っていたような気がする。
そして、結局悩み抜いても結論が出さずに吹っ切って立ち直ってきた。「アンタって、やっぱすげえな」
「おやおや、最強の旅人様にお褒め頂くとは光栄至極でございます」
「茶化すなよ。マジで尊敬してるんだからよ」真面目な顔で言うバッツに、ロックはおどけた表情から一転して、心底イヤそうな顔を見せる。
「なんだよ気持ち悪い」
「うわひでえ」
「野郎に尊敬されて何が嬉しいんだ。ったく・・・ほら行くぜ」素っ気なく言ってロックは街中へと歩き出す。
バッツとボコもそれを追いかけて、「お。悪い悪い、地底に行くための情報収集しなけりゃな」
「なにいってんだ?」ロックは立ち止まると、バッツを怪訝そうに振り返った。
「そんなもんとっくに終わってる」
「は?」ロックの言った意味が解らず混乱するバッツの目の前で、ロックは街の向こうにそびえる火山を指さして。
「ちょっと前まで、あの火山に洞窟があって、そこから地下へと行けたらしいんだけどな。なんでも落盤があって洞窟が塞がれたんだと。他にルートはナシだとさ。それで、どうにか地底に行く方法はないかって聞いてみたら、この街の長老なら何か知っているらしいんで、これからその家に行くところってわけだ。オーケイ?」
「・・・は?」
「おい、天才様。こうも如何なく天才ぶりを発揮されると、俺もキレるぞ」さっきの照れ隠しも入っているのか、ロックはかなり不機嫌そうにバッツをにらみ返す。
するとバッツは慌てて手を振って。「いや、解らなかった訳じゃなくて―――アンタ、何時の間にそんな情報集めてきたんだよ!?」
「お前がぼーっと考え事している間に」
「って、五分も経ってなかったろ!? どーやったらそんな事聞き出せるんだよ!?」
「はっはっは。そいつは企業秘密だ―――ほれ行くぞ。多分、今頃はセリス達も似たような情報掴んで、長老サンとこに向かってるだろうしな」すたすたと街の中へと歩いていくロック。
その背中を追いながら、バッツは声を掛けた。「なあ、トレジャハンター」
「なんだよ、旅人」
「あんた、トレジャーハンターよりも密偵とかのほうが合ってるんじゃないか?」バッツが言った瞬間、ロックがいきなりコケた。
「お、おい、大丈夫か?」
「・・・ちょっと石に躓いただけだ」などと誤魔化しながら、ロックは慌てて立ち上がる。
砂を払いながら、ちょっと心臓ドックンドックン。(・・・つーか、こいつ俺がシクズスのレジスタンスの密偵だって知らないはずだよな―――そもそもリターナって名前すら知らないはずだし・・・)
「ま、確かにな」
ロックは苦笑して、
「だけど、それでも俺は “トレジャーハンター” だ。冒険家って事に誇りを持ってるんだよ―――お前だってそうだろ? どう見たって、 “ただの旅人” よりも、 “最強の剣士” の方が似合ってる」
「最強は余計だ―――けどまあ、言いたいことは解るな」と、バッツはぺこりと頭を下げ、
「悪い。ちょっと無神経だった」
「謝られることでもねーよ」ぶっきらぼうにそう言い捨てて、ロックは再び歩き出した―――