エイトス地方の北部、バラム地方にある学校―――バラムガーデン。

 学園とは言っても、読み書きやものの数え方などを教える、普通の学園ではない。
 エイトス地方で “ガーデン” と言えば、傭兵養成学校のことを指す。
 そこでは年端もいかない少年少女が集められ、武器の使い方を教え、魔法の扱い方を学ばせ、一人前の傭兵として育て上げていく。

 その中でも、特に優秀な者はSeeDと呼ばれ、学生でありながらも傭兵として各地に派遣され、任務をこなしていく―――

 

 

******

 

 

 バラム・ガーデン―――学園長室。

 恰幅の良い、黒縁の眼鏡を掛けた中年の男性が、数人の青年達を前にして立っていた。

 シド=クレイマー学園長。
 ここ、バラム・ガーデンの最高責任者(最高 “権力者” ではない)である。
 傭兵の育成期間にして派遣業務を行う “ガーデン” の学園長にしては温和そうな男性で、こんな場所ではなく街角にでも立っていれば、ただの気の良いご近所のおじさんとしか見えないだろう。

 その “おじさん” は並ぶ青年達をじっくりと検分するように見回す。
 青年達は皆、この紺色の学園の制服を着ていた―――着ていない者も一人居たが―――つまり、学園の生徒と言うことになる。

「皆さんが、ここに集められた理由は解っていますね?」

 温和そうな外観を裏切らない、優しい声音でシドがそう切り出す。

「皆さんは、これからこのバラム・ガーデンの傭兵として、任務へと赴いて貰います」

 任務、という言葉を聞いた途端、青年達の間に緊張が走る。
 が、一人だけ面倒そうな顔をして、小指で耳をほじりながらうろんな声を出す。制服姿で居並ぶ青年たちの中で、制服ではなく白いコートを羽織った青年だ。

「ハッ。いちいち確認しなくても解ってんぜ」
「サイファー!」

 態度の悪い青年の名を、他の青年達とは違う制服―――教員用の制服に身を包んだ女性が窘めるように呼ぶ。歳は他の青年達と変わらないように見えるが、他の “生徒” 達にはない威厳が彼女にはあった。
 サイファーと呼ばれた青年は、自分の名を呼んだ女性を振り返る。

「だいたい、なんでキスティス先生が付いてくるんだよ? 俺たちゃお守りが必要な赤ん坊かっての!」

 猛禽類を思わせるような鋭い目つきだ。普通の人間ならば、思わず目を背けてしまうだろう。
 だが、彼女―――キスティスは真っ直ぐにサイファーの目を見返す。

「あら、サイファーったら自分でよく解っているじゃない。自分たちが赤ん坊だって」
「―――ッ!」

 チィッ、と部屋中に響くほど大きい舌打ち。
 サイファーと並ぶ生徒達がびくりと身を竦めるが、キスティスは完璧に無視してシドに視線を向け、

「学園長、続きをどうぞ」

 キスティスに促され、シドは頷く。
 彼もサイファーに対してなんら威圧されている様子はない。ただのおじさんに見えても、彼はガーデンの学園長である。多少乱暴な生徒に臆するようでは務まりはしない。

「―――今、トゥリープ先生が言ったとおり、貴方達はまだ生まれたての赤ん坊に等しい。ですが、なにも心配する必要はありません」

 穏やかな口調とは裏腹に、続く言葉は辛辣だった。

「例え貴方たちが失敗しても―――全滅したとしても、任務はSeedの皆さんが遂行してくれることでしょう」

 つまり、シドの前に並ぶ生徒達はまだSeeDでは無いと言うことだった。
 この任務は、彼らがSeeDになるための試験であり、 正確に言えば、この任務で彼らが “SeeD” になるかどうかが決まるのだ。

「それで? その任務ってのは一体なんなんだ?」

 サイファーが不機嫌を隠そうともせずに尋ねる。
 彼の担任教師でもあるキスティスは渋い顔をしたが、シドは温和な表情を崩すことなく続けた。

「それは―――」
「それは私が説明しようか」

 声は、不意にシドの背後から聞こえた。
 初めてキスティスとシドの表情が緊迫する。シドは息を呑み背後を振り向けば、そこには漆黒の鎧に身を包んだ暗黒騎士が存在していた。

「あ、貴方は・・・!?」
「―――ッ! どこから!?」

 キスティスが素早くシドに駆け寄り、学園長を庇うようにして立つ。
 一気に緊張の走る学園長室―――だが、突如として現れた暗黒騎士は、フルフェイスの兜のしたで、フフフ・・・と不敵に笑った。

「依頼人に向かって随分と険悪だな」
「では、貴方がゴルベーザ・・・」
「いかにも」

 シドが問うと、暗黒騎士―――ゴルベーザは頷いた・・・・・・

 

 

******

 

 

「・・・どうしてお前がここにいるんだよ?」

 バロンの新型飛空艇エンタープライズ。
 つい数時間前に南の島にあるアガルタの街を目指し、バロンを出立して、今は海の上だ。
 その甲板上で、ロックが赤い鎧の男を睨付けていた。

「そんなの密航したからに決まってるだろ?」

 赤い鎧の男―――バロンに居るはずのギルガメッシュは悪びれる様子もなく言った。

「なんの目的で?」
「地底に行きたいからだよ」
「だから、なんでっ!」
「行きたいからって他に理由なんかねえなあ」
「嘘つけーーーっ!」

 ロックが叫ぶ―――が、ギルガメッシュはまったく気にする風もなく、あさっての方向を向きながら。

「逆に聞きたいんだが、どーして俺は地底に行っちゃ行けないんだよ?」
「王様の命令だからだろ」
「その王様だって、昔、王様―――オーディン王の命令に背いたじゃねえか」
「ありゃ偽物だったからだろ!」
「今のセシル王が偽物じゃないって言い切れるか?」
「言いきれるに決まってるだろ!」
「へえ、証拠は?」
「こ、この野郎・・・」

 のらりくらりとはぐらかすギルガメッシュに、ロックは苛立ちを隠さない様子で歯ぎしりすると、操舵中のロイドを振り返る。

「ロイド! 一旦、バロンに戻るぞ! この野郎をセシルに引き渡す!」
「おいおいおいおい! てめえ何様だよ? 部外者のくせに指示できる立場か?」
「部外者もなにも、セシルはてめえを地底には連れていかねえって判断したんだ。だったら―――」
「それくらいにしておくんだな」

 呆れた様子でロックを宥めたのはカインだった。
 彼はフン、とロイドを振り返る。

「戻る必要はない。このまま行くぞ」
「なっ!?」

 カインの言葉に当然のように反発したのは、ロックだ。

「なに考えてんだ! こいつは―――」
「ゴルベーザの手先の可能性が高いというのだろう?」
「ばっ―――」

 あっさりとカインが言った言葉に、ロックは思わず絶句する。
 そんなやりとりを見て、ギルガメッシュが納得したように、

「なるほどなあ。つまり、俺が敵のスパイかもしれないから連れて行けないってことか。なら話は簡単だ」

 にやり、とギルガメッシュは不敵に笑って自分を指さす。

「俺、ゴルベーザの手下なんかじゃねえし」
「信じられるかよ! それこそ証拠を見せやがれ」
「証拠か? あるぜ」
「へ?」

 唖然とするロックの目の前で、ギルガメッシュは甲板の端に移動すると、両手でメガホンを作って口に当てる。
 そして。

「ゴルベーザのアホーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 思いっきり叫んだ。
 そして、何かをやり遂げたようなとてもイイ笑顔で、ロック達を振り返る。

「な?」
「てめえがアホだあああああああああああっ!」
「ぐべ!?」

 ロックのチョップがギルガメッシュの脳天に叩き込まれ、ギルガメッシュがカエルの潰れたような声をあげた。

「そんなん証拠になるかってんだ! お前、どこぞの旅人級に頭悪いな!?」
「じゃあ、どうしたら信じるって言うんだよ!」
「信じられねえって言ってるんだ! ロイド! いいからさっさと回頭しろ!」
「いや、俺もしたいのはやまやまなんだけどなあ・・・」

 ちら、とロイドはカインの方を見る。
 するとカインは、黙って首を横に振った。

「ほら、一応、この部隊長はカイン隊長だから」
「〜〜〜ッ」

 ロックはカインを振り返る―――だが、口を開こうにも何を言えばいいか解らない。ただ解るのは、この竜騎士に何を言っても聞かないと言うことだけだ。

「・・・なに考えてるんだよ、カイン=ハイウィンド!」
「単純な話だ。どうせ、あのままバロンで監視していても無意味だ。だったら、連れて行って何をするか見極めた方が話が早い」
「おいおい、俺が何かすること前提で話すなよ」

 何故か照れたように頭を掻くギルガメッシュに、ロックは疲労が溜まるのを感じていた。
 と、それまで黙っていたセリスが口を開いた。

「―――私も部外者だが、言わせて貰うなら、カインに同意する」
「セリス! お前もかよ!?」
「・・・というか逆に私が聞きたい。ロック、何故そこまでバロンに戻すことに拘る? 特に危険な存在とも思えんが?」
「そうだな。ファブールでも大して目立つことはなかった―――というかあっさり捕虜になっていたな」

 そのセリスの言葉に同意するように、ヤンも付け加える。

「今だって、お前の攻撃を避けることすら出来なかっただろう?」
「いや不意打ちだったし」

 流石に心外だったのか、ギルガメッシュが言い訳するが、誰も気に留めはしなかった。

 ロックは、何かを言いかけて逡巡していたが―――やがて、ぽつりと呟く。

「・・・・・・嫌な予感がするんだよ」
「予感?」
「根拠はねえ。ただ、こいつを連れていっちゃ行けないって予感がするんだよ。なんか、こいつには “罠” があるような気がして―――」
「はあ? 罠? 何言ってるんだオマエ? 電波か?」

 とことん馬鹿にしたように囃し立てたのは、もちろんギルガメッシュだった。
 ギルガメッシュだけではなく、カインやヤンも冷たい視線をロックに向けていた。ただ、 “ロック=コール” という “罠” にひっかかったことのあるセリスだけは複雑そうな表情をしていたが。

「俺もロックに同意ですね。確かにそいつが危険だとは思いにくいですが、ロックの勘は信頼できる」
「ロイド・・・」
「付け加えると、俺はカイン隊長の戦闘力は認めますが、 ”こういうこと” の判断力は正直信用できない」
「相変わらず、立場も考えずに物を言う男だ」

 ロイドの辛らつな意見に、カインは怒ることはせずに苦笑する。
 赤い翼が設立し、セシルが隊長、ロイドが副隊長に就任した時からの付き合いだ。ロイドがカインのことをどう評価しているかは良く知っている。
 カインの副官であるカーライルは、セシルやロイドのことをあまり快く思ってはいない。だが、ロイドは別にカインのことを嫌っているわけではない。ただ冷静に評価しているだけだ。そして、それは間違いなく正しい。

「おっし、ロイドが味方してくれるとなると、これで・・・・・・クラウドのヤツは興味ないとかいうだろうが、フライヤとバッツは多分俺達と同じ判断するだろうから、これで4対3!」

 ロイドの支援を受けて、ロックが勢い込んで言う。
 ちなみに、甲板に出ているのは今まで発言した者たちだけで、バッツ、クラウド、フライヤの三人は飛空艇の中だ。腹痛で寝込んでいるバッツを、フライヤが看病している。
 ついでにクラウドも何もやることがないからと、バッツとフライヤに付いていた―――特に看病とかはしていないが。

 そもそも、ギルガメッシュを見つけたのもバッツ達だった。
 飛空艇がバロンを飛び立ってすぐ、実は高所恐怖症だったバッツがダウンした。恐怖のあまりにストレスが溜まってしまったのか、突然腹痛を訴えはじめたのだ。それをフライヤが伴って飛空艇の中に入った―――その時に、ギルガメッシュが密航しているのを見つけたというわけだった。

 しかし、ロックの言葉に、ギルガメッシュは「ケッ」と吐き捨てて、

「この場に居もしねえヤツの意見なんて無効だ無効!」
「てめえの意見は聞いてねえ! なんだったら今、聞いてこようか!?」
「止めろ。貴様の意見が多かろうと、方針に変更はない。さっさと地底に向かうぞ」
「おいっ!」
「くどい」
「―――っ」

 ロックがカインに詰め寄ろうとした時、カインは素早く槍の切っ先をロックへと向けた。

「それ以上刃向かうというのなら、まず貴様を海の上に叩き出すぞ」
「くっ・・・」
「ロイドも、解っているな?」

 ロックに槍を突き付けたまま、カインはロイドに目を向ける。
 ロイドはやれやれ、と嘆息した。操舵中でなかったら肩の一つも竦めていたかもしれない。

「さっきも言いましたが、この部隊長は貴方です。カイン隊長が決めたことなら、どんなことであれ、最終的には従わなければならないでしょうね」
「フ・・・流石に解っているな」
「但し―――もしもの時は責任を取れるのでしょうね?」

 カインはロックから槍を引きながら答える。それから、今度はギルガメッシュに槍を向けて。

「当然だ―――なに、コイツが不穏な行動を取ったら、即座に俺の槍が貫く。それだけだ」
「おー、怖い怖い。まあ、安心しろよ。俺だって命は惜しいからな。まさか最強の竜騎士様とやり合おうなんて考えやしねえよ」

 目の前に槍を突き付けられても、ギルガメッシュは毛ほども怯まない。
 そんな様子に、ロックは危険な予感が膨れあがるのを感じていた――――――

 

 

******

 

 

「それじゃ、行ってくるから」

 かつては少女だった、緑の髪の女性はそう言って別れを告げる。
 その共にはかつてと変わりない姿のゴブリンと、成長したコカトリス。さらには炎の勢いを増したボムに、そしてローブを羽織り、フードを深くして正体を見せないマインドフレア。

「絶対、絶対無事に帰ってきてね!」

 そう言って手を振るのは、子供達。
 ただし、人ではない。異形の―――幻獣の子供達だ。
 手を振られ、彼女も応えるように手を振る。

 と、子供達の中から一人の老人と、それに付き添うように妙齢の女性が前に進み出た。

「本当ならば、お前を行かせたくはないのだがな・・・」

 何かを堪えるように老人が言う。

「お前の旅がどれほど危険なものか、我らは知っておる。だから―――」
「幻獣王様・・・私も、ここを出て行くのは後ろ髪を引かれる想いです。私にとってのもう一つの故郷だとも思っています。ですが―――」
「・・・やはり決意は変わらぬか」
「はい。そのためにこの幻獣界で力を求め得たのです」
「あいわかった―――ならば最早引き留めることはせぬ」

 幻獣王と呼ばれた老人が下がると、今度は老人に付き従っていた女性が彼女へ声を掛ける。

「幻獣王様がお許しになられたのなら、私も言うべき事はありません―――ただ、ここが貴方にとってのもう一つの故郷だと言うのなら、いつでも気兼ねなく帰っておいでなさい。私達は、どんなときでも貴女を歓迎するでしょう」
「有り難う御座います―――アスラ様」

 ぺこりと、彼女は頭を下げると、そのまま踵を返した。
 最後に、この世界で親しくしてくれた者たちの顔は見なかった―――見れば、前に進む足が鈍ってしまうような気がしたから。

「それじゃ、行ってきます!」

 別れの言葉を繰り返し告げ、彼女は歩き出す。
 それに付き従うのは四体のお供。

 去りゆく彼女の背に、幻獣たちの声が追いかける。
 それは別れを惜しむ声、そして旅の無事を祈る声だ。

「帰って・・・来るでしょうか・・・」

 そう、心配そうに呟いたのはアスラと呼ばれた女性だ。
 アスラの言葉に、幻獣王と呼ばれた老人がうム、と頷く。

「帰って来るとも。あ奴はこの幻獣王リヴァイアサンを救い出した、最高の召喚士じゃ。帰ってこぬはずがない」
「そうですね―――そのとおりです」

 リヴァイアサンの言葉にアスラは二度頷くが、それでも憂いは晴れなかった。
 だから、祈るような気持ちで彼女の名前を呟く。

「リディア―――どうか、貴女の旅の目的が無事に果たされんことを・・・」

 


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