第16章「一ヶ月」
AZ.「エリクサー」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの城

 

 会議の出席者が退室し、最後にセシルとベイガンが部屋を後にする。
 会議室をベイガンが施錠して、セシルがふと廊下の端の方を見て。

「むっ!? ベイガン、あれは―――」
「どうかなされましたか、陛下?」

 セシルが緊迫した様子で廊下の端を見つめ、ベイガンもそちらの方を見る。だが、ベイガンが見る限りなにも気になるようなモノは見あたらない。

「解らないかい、ベイガン。よく見るんだ」
「む・・・?」

 じっ、と廊下の端を見る―――だが、やはり何も無い。

「なにか在るのですか? 特に気になるようなモノは―――」

 廊下の端を見つめながらベイガンが呟く―――と、その背後で、タッタッタと走り去る足音が聞こえた。
 慌てて振り返れば、セシルが背を向けて駆け出していた。

「陛下!?」
「ふはははっ、さらばだベイガン! ちょっと疲れたから息抜きに街へ―――」
「コォォォォル・スライディィィィングッ!」
「クラウザァァァァァァァ・スピンキィィィィィィィィィィック!」

 ずがしゃあああっ!

 廊下を曲がった瞬間、ロックのスライディングがセシルの足を払い、バッツの跳び回し蹴りがセシルを吹っ飛ばす。

「ぐわああああっ!?」

 びだん!
 と、セシルの身体が床に叩き付けられた。
 その傷みに呻くセシルに、ベイガンがゆっくりと近づいて、半目で見下ろす。

「陛下、次は国民との謁見のお時間です。休憩などしている暇はありませんぞ」
「くっ・・・ふ、不覚ッ。まさかバッツとロックを配置していたとは・・・ッ!」
「陛下を止められるとなると、この二人くらいしか思いつきませんでしたので」

 戦闘力、という点だけで見ればセシルを止められる人間はバッツ以外にも幾人かあげられる。
 だが、セシル=ハーヴィは力押しだけではままならない存在だ。バッツならば、セシルの知略とも真っ向から対抗できる。そしてロックならばセシルの策略も見破れる。

 ちなみに、セシルに対抗できる存在をあげるならば後二人いる。
 幼馴染であるローザとカインの二人だが、ローザならばセシルを止めるどころか手に手を取って共に逃亡するだろうし、カインはどういうわけだかベイガンを嫌っている。

「しかし、特に配慮する必要もなかったようですな。不意打ちだけで止められるならば」
「・・・・・・バロンの国王様に、初手から不意打ちで物理的に止めようとする馬鹿はそうはいないだろう」

 悔しそうな顔をして、セシルがベイガンの言に反論する。
 立ち上がると、ロックがにやりと笑っていた。チッ、とセシルは舌打ち。

「しかもこっちは裏をかいたつもりだったのに―――まるで最初から解っていたように待ち伏せしてくれちゃって・・・!」

 もしもセシルが会議室を出たところで逃げ出さず、もう少し後で仕掛けていたならば、不意打ちは成功しなかった―――というか普通に曲がり角を曲がればロックとバッツが待ち伏せしているのが解っただろう。

「逃げ出すとしたら会議室を出た直後が一番可能性が高いと思ってたしな―――お付きの気を抜いた隙をつくには一番のタイミングだ」
「それに、例え不意打ち失敗しても、俺が同行してればならそうそうセシルを逃がすこともない―――だったよな?」

 バッツがロックに聞くと、トレジャーハンターは頷いて。

「まっ、そゆこと」
「・・・なんか、君ら急に仲良くなってないか?」

 セシルがうろんに言うと、バッツとロックは肩など組んで見せて、

「いんや。俺らは前っからトモダチだぜ?」
「そうそう。二人でレオのおっさんに立ち向かった時に芽生えちゃったわけだ。友情が」
「レオ将軍と戦った時に?」

 そういえばセシルは、バロン城の攻防戦の時に、バッツとレオ将軍が戦い、バッツが勝利したことは聞いている。その時に斬鉄剣を使ったことも。
 だが、その内容までは良く知らなかった。

「良ければその時の話をゆっくりと聞かせて貰いたいな―――」
「話をするのは政務の後でお願いします。さあ、早く行きましょう民が待っております―――ロック殿、バッツ殿、同行お願いします」
「「おっけー」」

 話をそらせずにまた舌打ちするセシルをよそに、ロックとバッツの二人は声の調子を合わせて返事を返した。

 

 

******

 

 

「・・・だいたい、少しくらい休みを貰っても良いと思うんだよね、僕は」

 謁見の間へと歩きながらセシルが愚痴をこぼす。
 するとベイガンはやれやれと嘆息して。

「陛下は事あるごとに城を抜け出すではないですか。十二分に休みはとっています」
「でも逃亡しながらだしなあ゛。もうちょっと一日ゆったりと過ごしたいなあ―――ああ、昔は良かった。赤い翼の頃は、ロイドに任せておけば、僕は少しくらいサボっていても―――」

 良かった、と言いかけて思い出す。
 休日や、自主休憩―――平たく言えば “サボり” だ―――の度に、ローザが押しかけてきては慌ただしく時間が過ぎていってしまった。
 ここ最近では、色々と思うところもあって、ローザのことを避けていたりもしたが、見つかれば引っかき回されるし、かといってローザをはっきりと拒絶して追い返したり逃げ出したりすれば、その後で一人で自己嫌悪に陥ったりもして。

(・・・ようく考えてみれば、僕ってゆっくりのんびりした事がないような・・・?)

 そう考えて重く嘆息する。

(なんか、本気で逃げ出したくなってきた・・・)

 セシルも本気で逃げ出そうとしているわけではない。
 本気で逃げるのならば、この前、夜にローザに逢いに行った時のように魔法を使っている。魔法を使わなくても、やりようならいくらでも思いつく。
 だがそれをしないのは、そうやって “逃げる” ことがちょっとした息抜きのつもりだからだ。

 一ヶ月近く経った今でも、自分が国王だなんて似合わないと思っている。
 だが、それでも、王としての責任を放り出すつもりはなかった。

 その証拠に。

「確かにこの一ヶ月で、陳情の量は減りましたが」

 ベイガンの言うとおり、陳情しに城を訪れる国民の数は減っていた。
 つい最近までは、クリスタル強奪のための他国侵攻せいで国内が混乱して陳情の量も増加、その反面で国王が偽物だったために、まともな政務は行われなかった。そのせいで、賄賂でも使わなければ1年待ちは当然くらいだったのが、いまでは最長でも一ヶ月程度の順番待ちになっているのだ。

 本物のオーディン王が健在の頃も、陳情の量は増えこそすれ減ることはなかった―――流石に1年待ちはなかったが。
 つまり、セシルが自分で思っている以上に、国王としての適正があったということだ。

 ただ、如何にセシルが有能であろうとも、一ヶ月という短い期間で一年分の仕事を一ヶ月に短縮するのは、まともにやっては不可能だ。
 だからセシルは兵士に命じて紙を配らせた。
 その紙に陳情の内容を書かせたのだ。中には文字を書けないものも居るので、それは近衛兵達が手分けして代筆する。
 それをセシルが受け取って、就寝間際など、暇さえあればそれを読む。その中でも取るに足らないと判断したものは排除して、謁見しなければならないものだけを選別した。

 それによって、謁見の回数を減らし、なおかつ最初から概要が解っているので謁見の時間も大幅に減った。
 もっとも、そういった書類を処理するだけの能力が無ければ逆に混乱が起きるだけだっただろうが。

 ともあれ、セシルは王としての責任を放棄しているわけではない。
 そのことはベイガンも良く知ってはいるのだが。

「しかしですな。王としての能力は認めますが、それならば尚のこと。陛下はもう少し国の主であるということの自覚を持って、それ相応に振る舞って頂きたい。」
「威張れってことかい?」
「威厳を持って頂きたいということです」
「同じ事だと思うけど」

 やれやれ、とセシルは肩を竦める―――と、謁見の間の前にあるホールへと辿り着く。
 そこには陳情しに王に謁見を求めてきた者たちが集まっていた。ざっと二十人程度だ。

「今日はこれだけかい?」

 セシルが王となった当初は、この十倍―――二百人近くは居た。当然押し合いへし合いのぎゅうぎゅう詰めで、それでもホールに入りきれずに外に溢れていたくらいだ。
 しかも一人五分だとしても1000分=16時間強である。一日で終わるわけが無く、時間切れとなった者たちはぶうぶう文句を言いながら街へ帰っていく。

 それがここまで少なくなったのだから、セシル王の能力を尊敬するものこそ居ても、疑う者は居なかった。
 良く城を抜け出す王様だが、それも国民には身近に感じられる要因であるらしく、威厳云々はともかく、セシル国王陛下の人気は割と良い。――― “親無し” のスラム育ちであることを陰口叩く者も居ないわけではなかったが。

「これならお昼には終わりそうだね―――なら」
「謁見が終われば、教養のお時間ですが」
「・・・・・・」

 新米王のセシルは、まだまだ学ぶべき事が多い。
 その一つがベイガンの言う “教養” つまり立ち居振る舞いの作法の勉強だ。
 一応、セシルも在る程度は知っているし、無難にこなすことも出来る―――だが、ベイガンに言わせると、作法とは “やろうとしてやるもの” ではなく “自然にできなければならないもの” であるそうだ。
 つまり、意識してではなく、息を吸って吐くのと同じように、あくまでも自然体で行わなければならない。そのために何度も反復して、身体に染みこませる必要があるという。

 ちなみにセシルはこの “お勉強” だけは心底好きになれないらしく「別に一応出来るんだからいいじゃないか」とかなり本気で逃げ出している。だから、ほとんど “お勉強” は出来ていない。

(むぅ・・・バッツとロックを呼んだのはこのためか)

 セシルを逃がさぬように、両脇をがっちり固めている二人を見て、セシルはうんざりとする。
 流石に今回だけは逃げられそうにない―――と。

「セシル王!」

 呼びかけられて、おや? とセシルは振り返る。
 ホールに集まった者たちから、セシルの名を囁く声はさっきから聞こえていたが、はっきりとこちらに向けられたものはなかった。

 ―――あくまでもセシルは国王である。
 ロックやバッツやらが気安いので忘れがちではあるが―――セシル本人もたまに忘れているが―――王制国家であるバロンにとって、国王とは絶対の存在であり、国民にとっては神にも等しい存在なのだ。
 謁見の場でもないのに、 “神” に気安く声を掛けることはそれだけで不敬に値する。

 前にも述べたが、カインがハメて牢屋に入れたり、ロックがケリを入れたりと、あれは即死刑でもおかしくない―――どころか死刑で当たり前の行為だったりする。いやマジでマジで。

 つまりセシルが不思議に思ったのは、そんな風に声を掛けてくる者が居るとは思わなかったからだ。

「って・・・長老?」

 見れば、見覚えのある老人がロッドをついて立っていた。ミシディアの長老。
 傍らにはクラウドも居る。
  “金の車輪亭” の使いの途中だったのか、ウェイターの姿だ。

「セシル」

 クラウドがいつもの無愛想な調子で声を掛けてくる。

「これが道に迷っていたから連れてきてやったぞ」
「くをらっ! セシル王を呼び捨てとはどういうつもりじゃ! それから “これ” 扱いするでない!」
「興味ないな」
「ま、まあまあ、それで長老、来るならば使いをくれれば迎えを出したのですが」

 セシルがクラウドと長老の間に入る。
 途端、長老は相好を崩して「いやいや」と小さく首を振った。

「セシル王にそんなお手を煩わせるなど」
「俺の手は煩ったがな」

 ぼそりと呟くクラウドは無視して長老はにこにことセシルに笑いかける。
 パラディンに成る前は殺意満々だったのが、試練の山から帰ってきた途端に態度をひっくり返したようになってしまった。
 それほどまでに試練を打破したセシルに感銘を受けたらしいが、セシルとしては少し複雑な心境だ。

 セシルの中では、まだミシディアに攻め入った事は、重いしこりとなって残っている。
 許されることを望み、許されもした。それでも自分自身、自分を許せないと思う。それはきっと一生―――・・・

「それで、長老。あなたが直々に来られるとは急な用件ですか?」

 セシルはバロンの王だが、それを言うなら目の前にいる老人も、ミシディアの長である。
 だからこそ、セシルも長老に対して敬意を表している。

「ええ、ついに見つけたのですよ」
「なにをですか?」

 ゴルベーザの目的についての何かだろうか、と思っていると、長老はほっほっほともったい付けるようにして笑う。

「あの二人を元に戻す方法を、です」

 

 

******

 

 

 パロムとポロムの石像は、未だ謁見の間へと続く渡り廊下にあった。
 出来ることならこうして晒し者にするよりは、何処かへと移動させたかったのだが、下手に壁から引きはがそうとすればヒビが入ってしまいそうで迂闊に動かすことが出来なかったのだ。

 二人の周りには小さいながらも柵でで囲まれており、 “王の名において触れることを許さず” と札も立てている。
 この石像の意味を知る多くの者たちは、通りかかるたびに祈りを捧げて、いつか双子が元に戻ることを願う―――だが、不心得者というのは居るもので、石像にチョークで落書きをした者が居た。
 由緒ある貴族の家柄の跡継ぎだったが、それを知ったセシルは問答無用で国外へと追放し、その貴族の財産を没収、家を取り潰した。

 当然の如くその貴族―――つまり双子に落書きした父親―――は抗議し、ベイガンもそれはやりすぎではないかと意見したが、

「―――あの双子は僕の命の恩人だ。あの二人が居なければ僕はここにはいなかっただろう」

 セシルは淡々と告げる。

「つまり、あの二人を侮辱すると言うことは、救われた俺を侮辱するも同じだ」

 その言葉にベイガンも貴族も二の句がつげなかった。
 セシルの言葉に納得した―――わけではない。
 ただ、その時のセシルの口調は静かなものだったが―――そこに込められた怒りは尋常ではなかった。

 もしもあそこで貴族が引き下がらなければ、セシルはそれこそ二の句を告げることなくその場で斬り殺していただろう。
 それほどの殺気をベイガンは感じた。

 その噂は瞬く間に広がり―――というよりセシルが広めさせた―――以降、双子になにかちょっかいをかけようとするものはいなくなった。
 ただ、そのせいで貴族達は反発した。そのために、ウィルが奔走して一週間以上も家に帰ることが出来ず、ディアナが超不機嫌となり、それをローザから聞いたセシルが青ざめたりしたが、まあそれは別の話。

 ともあれ。
 未だ双子はここに居る。セシルを救うために自ら石像となったまま。

「それで長老、どうすれば二人は戻るのですかッ!」

 二つの石像を前にしてセシルは興奮を隠せない。
 予定していた謁見は後回しにした。そのことについてセシルはベイガンに文句は言わせず、また、ベイガンも文句を言う気はなかった。常に付き従って居るベイガンは知っている。この廊下を通るたびに、石像を見るたびに、どれだけセシルが心を痛めているかを。

 勢い込むセシルとは正反対に、長老は穏やかに「ほっほっほ」と笑い。

「まあまあ落ち着きなされ」

 と長老は、身に纏っているローブの中から何かを取り出す。
 それを見た瞬間、セシルの動きが凍り付く。

「あの、ちょうろう、それは?」

 引きつった表情で、呆然と尋ねる。
 双子が元に戻る! と興奮していた状態から一転したセシルの様子に、ロックが首を傾げて、

「なんだよセシル。その小瓶がどうかしたのか?」
「いや、その・・・」
「ほっほっほ。言いたいことは解りますぞセシル王―――こんな小瓶に入っている水などで双子の石化が治るか不安なのでしょう」
「ええ、ああ、うん、水じゃあ治らないだろうしねえ、あはは・・・」

 セシルは虚ろに笑いながら、長老が手にもつ小瓶の中に入っている透明な液体を見やる。
 見覚えのある小瓶だった。
 とおっても見覚えのある小瓶だった。

「ですが! 安心してくだされ王! これはエリクサーと言って、魔法薬の中でも最上の最上! 一説によれば死者をも生き返らせられるとか・・・」
「死者を生き返らせる!?」

 長老の言葉に反応したのはロックだった。
 彼は長老へと詰め寄って。

「おい、そりゃあ本当か!?」
「ぬおぉっ!? なんじゃいきなり!?」
「聞いてんだよ! 本当に死者を―――ぐえっ!?」

 長老に詰め寄っていたロックを、クラウドがロックの襟を掴んで引きはがす。

「落ち着け。・・・なんだ? 誰か、生き返らせたいやつでもいるのか?」
「・・・・・・まあ、な」
「・・・・・・」

 ロックは言葉を濁す。
 ―――ミシディアでロックの話を聞いていたセシルは知っていた。

「ロック・・・」
「わかってんよ、セシル。今は双子を元に戻すのが先決だろ」
「え、あ、うん・・・まあ、そうなんだけどね」
「・・・気ぃ使うなよ」

 ニッ、とロックは笑って。

「逆に希望が持てたぜ。あいつを―――レイチェルを生き返らせる希望がさ」
「えっ?」
「エリクサーってのは俺も聞いたことがある。確か、大昔に作られた霊薬で、その精製法は失われて現代じゃ再現出来ないモノだって。だけど、ウチの先祖が手に入れたって話も伝わってる―――つまり、まだどこかにあるかもしれないってわけだ。それを使えば・・・・・・」
「話は最後まで聞け」
「うごっ!?」

 長老がロッドでロックの頭を叩く。
 ロックは打たれた頭を抑え、涙目で長老を振り返った。

「なんだよー!?」
「あくまでも噂話じゃ。如何なエリクサーと言っても死者を蘇らせるなど不可能じゃ」
「なんで言い切れるんだよ!」
「試したからじゃ」
「は?」
「昔、ミシディアにはエリクサーが二本あった」

 ロックが呆気にとられる前で、長老がパロムの石像を見やり、

「この馬鹿者がな。エリクサーの存在を知ったその夜に盗み出し、自分の母親の墓を掘り起こして骨にエリクサーをかけたのじゃ」
「そ、それで・・・?」
「―――奇跡が起きた」
「奇跡?」
「こやつらの母親が亡くなったのは、こやつらが生まれてすぐの事じゃ。もう何年も経って肉体は腐り、土と同化し、骨となっていた―――しかし、骨を並べエリクサーをかけた途端、肉が復元され、生前の母の姿となった」
「そ、それで・・・?」

 ごくり、とロックが唾を飲み込む。
 だが、長老は首を横に振った。

「それだけじゃ」
「え?」
「肉体は再生し、身体は生き返った―――じゃが、魂は戻らんかった」
「魂・・・?」
「器だけが蘇っても駄目だという事じゃ」
「でも生き返ったんだろ!」
「意識は戻らんかった。身体は確かに生きておった―――が、しかしついには目は覚まさず、そのまま死んでしまった」

 重い空気の中、長老は続けた。

「ライフストリーム。全ての生命は星から生まれ、そして星へと還る・・・・・・一度、星へと還ってしまった魂は、二度と戻らん。流れの中で分解され、再構築され、そしてまた新たな魂となってこの星の上に降り立つのじゃ」
「くそ・・・・・・ッ」
「ロック!?」

 悔しそうに顔を歪め、ロックは走って渡り廊下を飛び出していってしまった。
 セシルは呼び止めたが、それを追いかける気にはなれなかった。ロックの気持ちが痛いほど解ったからだ。

「・・・無理もない、か。希望を掴んだと思ったら、すぐに打ち砕かれたんだから・・・」
「申し訳ないことをしてしまいましたな。ワシが余計なことを言ったばっかりに」
「爺さんが悪いワケじゃねえよ。ロックのヤツが馬鹿なのさ」

 バッツが吐き捨てる。

「死者を生き返らせるなんて、そんなことが出来るなら誰だって・・・俺だって・・・」
「バッツ・・・」
「誰もが誰かを失いながら生きている。それを解ろうとしないヤツが情けないってだけだ」

 そう言ったのはバッツではなくクラウドだった。
 いつになく感情を表す彼に、セシルは言葉を投げかける。

「君も―――何かを失ってここにいるのか?」
「・・・興味ないな」

 そう言ってクラウドは背を向けると、そのまま出て行こうとする。

「何処へ?」
「仕事だ。早く帰らないとリサが五月蠅い」
「あー・・・」

 セシルは苦笑。
 リサとは幼馴染でもあるから彼女の性格は良く知っている。

 クラウドの背中を見送っていると、不意に長老が。

「さて! それではいよいよ双子を元に戻すとしましょうか!」
「あ」

 セシルが振り返る。
 その目の前で、長老は双子の頭に半分ずつ小瓶の中身を振りかけた。

「さあ、これでどうじゃ!」

 と、双子の様子を見守るが―――・・・

「・・・なにも変化しませんな?」

 ベイガンが呟くとおり、双子の様子は変わらない石像のままだ。
 セシルは言葉もなく天を仰いでいる。

「ぬう、馬鹿な。エリクサーも効かぬとは―――まさかとは思うが、エリクサーの効力が無くなって――――――って、こりゃ水じゃああああっ!?」

 小瓶のふちをを舐めとって長老が叫ぶ。
 そして小瓶を地面に落し、ロッドを両腕で振りかぶって、

「この馬鹿もおおおおおんっ!」

 がこーんっ、と長老がロッドでパロムの頭をブッ叩いた!

「なああっ!? 何をしてるんですか長老!?」
「ええい、止めてくれるなセシル王!」
「止めますよ! 欠けたらどうするんですか!」
「エスナでも治らん石化じゃ。ワシが叩いただけではどうもならん!」
「じゃあ叩かないでください!」

 セシルが長老を羽交い締めして、なんとかパロムから引きはがす。
 長老は怒りに血走った目でセシルを振り返る。

「何故止める!」
「何故叩くんですか」
「エリクサーの中身が水に変えられておった! こんな悪戯をするのはこの悪ガキ以外には考えられん!」
「・・・あー、ええと、それは」
「思えばおかしいと思っていたのじゃ! 探してもエリクサーが見つからず、倉庫の隅に巧妙に隠されておった! おのれパロム、ミシディアの宝を!」
「う、うう、すいません」
「・・・何故、セシル王があやまるのですかな?」
「えっと、それは・・・」

 ダークフォースのダメージを癒すために、ポロムが強引に飲ませてくれました。

(でも、ポロムと誰にも言わないって約束させられたしな―――ってそう言う風に逃げるのはどうなんだ僕!?)

「・・・まあよい」

 はあっ、と息を吐いて長老はロッドを降ろした。

「全く手がなくなったわけではないしの」
「うむ。まあ、それは最後の手段じゃが」
「その手段とは?」
「なに、簡単な事じゃ」

 長老はほっほっほと笑って。

「こやつらは己の命を削って魔法を発動させた―――ならば、同じように・・・」
「まさか、長老・・・」
「おっと、そんな顔をされるな。言ったじゃろう、最後の手段だと」
「しかし―――」

 セシルがなおも何かを言いかけるのを遮って、長老が言う。

「それよりも、王に伝えなければならぬ事が」
「僕に? 長老は双子を治しに来たのでは?」
「それは単についでですじゃ」

 長老は一拍おいてから告げる。

「ゴルベーザの行き先が解りましたぞ」

 


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