第16章「一ヶ月」
AY.「円卓会議」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの城・会議室

 

「―――報告は以上だよ」

 特に長くもない “報告” を終えて、ギルバートが着席する。
 一通り聞き終えたセシルは、深く椅子に体重を預けて、その場に集まった面々を眺める。

 そこはバロン城の一室にある会議室だった。
 円卓に十三席の椅子が並べられ、その半分ほどが埋まっていた。

 上座に座っているのはもちろんセシルで、そこから時計回りに、ギルバート、ヤン、テラ、ファス、ファリス、ロイドが一つずつ座席を空けて座り、セシルの背後にはベイガンが控えて立ち、ベイガンとは反対側―――入り口の傍には、カインとローザの家の使用人であるキャシーが扉を挟むようにして立っていた。
 ギルバートからファスまでの4人は、一応、それぞれの国の代表としての意味合いもあるが、ファリスやキャシーも呼ばれて居ることからも解るとおり、政治的な意義のある会議ではなかった。

 会議の内容は、地上から姿を消したゴルベーザの行方と目的について、だ。

 セシルがバロンの王と成ってから、もう一ヶ月近くにもなる。
 その間、ゴルベーザが地上で動いた様子はなかった。
 今、セシルが聞いていた報告もそれに関することであり、それぞれの国で何か異変が無かったかを聞いたのだが、たった一言 “特になし” で済ませられる内容でしかなかった。

 この場にファリスとロイドが居るのは、ファリスは自前の海賊船で、ロイドは唯一稼働している飛空艇エンタープライズで、ギルバート達をのせてそれぞれの国とバロンを往復したり、フォールスの各地を偵察してまわっていた。

 王族の最後の一人であったり、モンク僧を束ねる長である、ギルバートやヤンは、ずっとバロンに留まるわけにも行かず、何度かバロンと本国を行ったり来たりを繰り返していた。
 ファスも指示を仰ぐために黒チョコボのチョコに乗ってトロイアに二、三度戻り、テラはミシディアの代表というわけではないが、クリスタルについて調べるために “デビルロード” を通って、ミシディアとバロンを行き来していた。
 バロンにある書物と、ミシディアにある書物を照らし合わせるためである。当然、魔道書の類はミシディアの方が質、量共に豊富だが、魔道書以外の書はバロンも負けていない。フォールス一の大国であるバロンにも様々な書物が集まっており、中にはミシディアには無い魔道書もいくつかあったらしい。

 そしてカインは愛竜アベルと共に、飛空艇の護衛―――ゴルベーザの襲撃がある可能性も無いわけではなく、以前に比べ少なくなったとはいえ、空の魔物も皆無ではない―――をしたり、やはりフォールスの各地の様子を調べていた。

 そして―――

「さてキャシー」
「はい」

 セシルに名前を呼ばれ、カインと並んで入り口に立っていたキャシーが返事をする。
 一応、彼女やカインにも席に座ることを進めたのだが、カインが言うには「王の騎士が、公の場で王と同席するわけには行かぬだろう」と言い、キャシーも「一介の使用人たる私が席に座るわけには行きません」と言った。
 二人の妙なところで律儀な発言に、それなら普段から僕に対する応対をもう少し考えて欲しいなあとセシルは苦笑したが、仮に “セシル王” に敬ったりへつらったりする、この二人というのが想像できないほどに不自然だとも思った。

「何故、君がここに呼ばれているかは解っているかい?」
「 “塔” ですね」

 予め台本が用意されていたのではと思うくらい、自然に即答する。
 逆にセシルが一瞬戸惑ったほどだ。

「それほど不思議に思われる必要はありません。ここ一連の戦の鍵となっているのがクリスタルであると、お嬢様から聞いておりますので―――その上で、エブラーナ出身の私が呼ばれるならば、バブイルの塔に関することをお知りになりたいのでしょう?」

 バブイルの塔―――
 忍者の国エブラーナにある、フォールス最大の塔である。
 その高きは雲を突き抜け、天のさらに上までへと伸び、逆に下は地の底まで続くと言われている。

 だが、バロンとエブラーナは長年敵対していたため、その塔の詳細は知られていない。
 誰が作ったかも、何のために作られたかも、中に何があるのかも知られていない。
 ただ、そう言った塔があるというだけだ。

 ファブールのラモン王によれば、クリスタルとはそのバブイルの塔に入るための鍵だという。
 だが、元学者のラモン王でもそれ以上のことは解らないらしい。そもそも、クリスタルが塔にはいるための鍵という話も、色々な文献を見てそう推測される、というだけの話だ。
 もっとも、その辺りはテラやミシディアの長老も調べた結果、どうやらクリスタルがバブイルの塔に関係するものであることは確かなようだった。

 テラがそのことをキャシーに告げると、彼女は詫びるように頭を下げる。

「―――申し訳ありませんが、クリスタルについてはそれ以上のことは私も解りません。ただ・・・」
「ただ?」
「エブラーナは “塔” を守護する役目を負っていたそうです。そのために力を高め、忍びの技を磨き続けたと」

 そこまで言って、キャシーは小さくかぶりを振る。

「ただ、その力が行きすぎたせいで、軍事国家として発展し、この国と戦争を繰り広げる結果となってしまいましたが―――」
「・・・役目、ですか」

 ふとベイガンが呟く。
 その呟きを聞き咎め、セシルが振り返った。

「何か? ベイガン」
「いえ。役目というのならば、このバロンにもクリスタルの盟主としての役目がありました。不思議に思いませんでしたか? ダムシアン、ファブール、トロイア、ミシディアの四ヶ国にクリスタルがあって、バロンとエブラーナの二大国にはなにもないことに」
「・・・・・・そうか。エブラーナがバブイルの塔の守護者だとするならば、バロンはクリスタルの―――」

 セシルが言うと、ベイガンは頷いて。

「左様。バロンは四つのクリスタルの盟主。その役割は、クリスタルを集わせぬ事。そのため、四つのクリスタルをそれぞれ四つの国で分け、国同士で争い、クリスタルが奪い奪われぬようにしてきたのです」

 そしてその盟主たるバロンがもしも暴走してしまった時、それを抑えるために召喚士の村ミストがあった―――もっとも、バロンとエブラーナは力を付けすぎたために互いに争い、役割を見失い、ミストは力を失った。そして今、四つのクリスタルは一つに集まってしまった。だが―――

「エブラーナが塔の守護、バロンがクリスタルの盟主―――だというのは解った」

 それまで黙って話を聞いていたカインが呟く。

「だが、今やクリスタルは一つに集まり、エブラーナもまた塔を守護するだけの力を失った―――しかし、それでもなにも起こらない」

 おそらくゴルベーザ達はバブイルの塔へと入ったのだろう。
 しかしそれからどうなったかが解らない。

「バブイルの塔周辺には魔物が集まってました」

 偵察で、カインと共に何度もエブラーナに足を運んでいるロイドが言う。

「けど、塔自体になんの異変もありませんでしたッス。・・・・・・まあ、以前の塔がどんな感じだったのか詳しく知りませんし、魔物のせいであんまり近づけなかったんですがね」

 バブイルの塔の周りに居た魔物達は、空を飛ぶ魔物こそ少なかったものの、その数は数え切れないほどで、まるで塔の周りを魔物という色の絵の具で塗りつぶしたようにも見えた。
 だが、近づけば攻撃を仕掛けてくるが、少し離れれば追いかけてこようとはしない。
 専守防衛―――塔を守るためだけに魔物達は集まっているようだった。

「フン―――だから俺が行くと言ったのだ。あれしきの魔物、俺とアベルなら突破できる」
「突破してどーするんスか。アンタだけ突破して、それで塔の中に入れたとしてもたった一人と一匹で敵の中心で、いかにカイン=ハイウィンドと言ってもどうにかなるわけがないでしょう」
「・・・チッ」

 ロイドに反論されて、面白く無さそうな顔でカインは舌打ちする。今、ロイドが言ったことはカインも解っているのだろう。だから、エブラーナに言った時も突破することを断念したのだが。

 ふう、とセシルが吐息してから話をまとめる。

「総括すると、今のところゴルベーザは地上では動きを見せていない。エブラーナのバブイルの塔でなにかをしているようだけど、魔物が守っているせいで、どうにもできない、と」
「魔物なんて蹴散らせばいいんじゃねーの」

 などと乱暴な事を言い出したのはファリスだ。
 それをロイドは半目で見やり、

「簡単に蹴散らせる数じゃないんスよ。トロイアの時みたいに、テラ殿に大魔法使って貰えるなら話は別ですがね」
「・・・流石にもう一度使って還ってこれる自信はないな」

 ロイドの言葉を受けてテラは苦笑。
 命を糧にして使えば、もう一度くらいは発動するかもしれない。ただ、奇跡は二度と起きないだろう。
 もちろん、テラはゴルベーザへの憎しみを失ったわけではない。自分の命と引き替えに復讐を果たせるというのならば、命を投げ出す覚悟はある。

 しかし、その一方で願わくば生き延びたいとも思う。
 失ってしまった自分の娘の代わりに生き延びて、そして―――見届けたいと思う。娘が愛した男の行く末を。

「ど、どうかしましたか? テラさん?」

 いつの間にかギルバートをじっと見つめていたらしい。そのことに気がついて、ギルバートがおそるおそる尋ねる。またテラの機嫌を損ねてしまったのではないかと。
 そんなギルバートの懸念通りに、テラは不機嫌そうにそっぽをむく。

「なんでもない」
「え、でも今僕の方を見て―――」
「私がなんでもないと言ったのだ。それ以上の説明が必要かね?」
「す、すいませんっ!」

 かなりつっけんどんなテラの物言いに、ギルバートは平謝りに謝る。
 なんていう光景は、もはや二人の日常茶飯事であった。大臣のアルツァートなどはダムシアンの王族であるギルバートに居丈高にこきおろすテラのことをかなり険悪に思っているようで、実際に何度か激突したこともある。その時はセシルがギルバートと共に仲裁して事なきを得たが、もしそうでもなければいい年した大人が取っ組み合いの喧嘩でも始める勢いだった。
 そのアルツァートはダムシアンに戻っている。建前は、まとめ役の居ないダムシアンを仕切ってもらうようにギルバートが命じたものだが、実際はテラとの衝突を防ぐための意味合いが強い。

「とにかく、魔物を蹴散らすにしても戦力が足りない。先の戦いで失った兵力は決して少なくはないし、ミシディア以外の国は色々あって浮き足立っている状態だから、今しばらくは下手に動くことも出来やしない」

 セシルが言うとおり、ダムシアンはほぼ壊滅的な打撃を受け、ファブールも多くのモンク僧を失い、ラモン王もまだ伏せったままだ。トロイアではクリスタルを失ったせいで加護が消え、その影響が出るのはまだ先であるとしても、早くも国内に不穏な空気が漂い初め、神官達は寝る間もないほどに忙しいという(だからまだ子供のファスが、セシルとのコネがあるというだけで大使に選ばれたりする)。

 バロンもバロンで、国王が変わったばかり。ベイガンやウィルの働きにより、新王セシルに対する不満は意外に低い―――というか一番不満を感じているのはベイガンであるかもしれない。
 ただ、それよりも問題なのが、王が変わった理由―――即ち、前王オーディンが殺されたという事実である。しかもそれがずいぶん前の話で、その間偽物が玉座に座っていたという事が、国内に良くない雰囲気を持ち込んでいた。

「相手が何をしているかも解らず、さらにはこちらの状態も万全ではない。・・・八方ふさがりだな」

 ヤンも暗い顔をしてうつむく。
 重苦しい雰囲気の中、誰も何も喋らなくなる。・・・いや何も言うことが無い。

(これ以上は時間の無駄だな)

 セシルはもう一度嘆息すると、会議の終わりを宣告した―――

 

 

 

 


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