第16章「一ヶ月」
AW.「竜騎士と海賊」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン領内・森

 

 

「―――まさか、バロンで再会するとは思わなかったな」

 カインが感慨深げに言うと、ファリスは「うふふ」と笑う。
 ・・・仲間の海賊や、バッツが見たら「気が触れたんじゃないか?」と思うような、女性的な微笑み。
 だが、カインにとってはそれが普通だった。

「私はもしかしたらと思っていました―――会わないように気をつけたつもりですけど」

 いつもの口調は何処へやら。
 ファリスは令嬢の如き口調で、微笑む。
 いや、今の “彼” はファリス=シュルヴィッツではなかった。今の彼女はサリサという名前のタイクーン皇女であった。

 

 

******

 

 

 サリサ=シュヴィール=タイクーン。

 それはファイブルにある風の国タイクーン公国の姫君の名前―――だった。

 生まれてきた事を国中から祝福されてきた姫。
 聡明であり、明るく朗らかで周囲の人間も笑顔で彼女と付き合っていた。
 また、タイクーン王家とは縁のある、バロンのハイウィンド家、その嫡男であるカインとも仲が良く、実際は数えるほどしか顔を合わせたことがなかったはずだが、カインが父に連れられてタイクーンを訪れると、始終寝る時までカインから離れないほどに懐いていたという。そのカインがタイクーンを去る度に、淋しさに枕を濡らして居たとも言う。

 だが、十年前―――姫が10の誕生日を迎えるころ、船で友好国であるウォルスを訪問する際に、海竜に襲われて海に転落。その後は行方しれずとなる。

 タイクーン王アレクサンダーは何年間も捜索を続けていたが、三年経った捜索を打ち切っている。
 ちなみに、その頃にタイクーン近海を荒らし回っていた海賊団と衝突。何度かの交戦の後にこれを撃破していた。

 その海賊団の首領の名前が、ファリス=シュルヴィッツ。
 つまり―――

 

 

******

 

 

「行方不明になってから、まさか海賊団の首領をやっているとはな。驚いたぞ」
「そうですか? 謁見の間で顔を合わせた時は、そうでもなかったようですけれど」
「確信が持てなかったからな。なにせ昔の面影がほとんど残っていない。変わっていないのは瞳の色だけだ」

 カインが知っているサリサは、快活ではあったが色白の陶器のような滑らかな肌と、類い希な美しい紫の髪を持った少女だった。
 だが、再会した彼女は、肌は浅黒く日焼け、髪も美しかった紫が潮風のせいか色褪せている。例え肉親でも、外観で記憶の中の少女と照らし合わせるのは難しいだろう。

「瞳の色だけで私の正体に気づかれたと?」

 彼女が少し驚いてみせると、カインは「いいや」と首を振って。

「一番気になったのはお前から感じられた “竜気” だ。かつて感じたものと同じ気を感じられた」

 そう言って、カインは溜息を吐く。

「忘れようもない―――我が父やタイクーン王など、偉大な竜騎士を幾人か俺は知っているが、その誰よりもお前は竜に愛されていた。―――その忘れ得ぬ竜気を感じたのだ。まさかと思っても否定できるものではない」

 なあ? とカインは傍らのアベルに視線を向ける。するとアベルはそうだそうだと言わんばかりに頷いた。そんな様子を見てサリサはクスクスと笑う。

「それは光栄ですわ。―――父にも同じ事を言われました」
「タイクーン王に? そうか、王はやはりお前が生きていることを知っていたか」

 サリサが行方不明になってから、カインは何度かタイクーンを訪れた。
 愛娘を失った当初は、竜騎士としても名を馳せていたタイクーン王が、まるで見る影もなく憔悴していたものだった。それは、やはり娘を失った心労のせいか倒れた王妃が、ほどなくして他界してしまってからはさらに見る目もなく、杖やもう一人の娘であるレナの支えがなくては歩けぬほどだった。

 だが、ある時を境に哀しみを忘れたかのようにかつての精悍さを取り戻した。
 サリサの捜索を打ち切り、自分からその名を口にすることは無くなった。カインはもう吹っ切ったものと思っていたのだが。

「タイクーン王は何も教えてくれなかったな」
「私が口止めしたのです。今の私はただの海賊に落ちぶれてしまった。そんな私を兄様には知って欲しくなかったのです」
「しかし、何故海賊などに・・・? タイクーンには戻らぬのか?」
「――― “兄様には知って欲しくなかった” の辺りはスルーですか、兄様」

 むう、とちょっと口を尖らせるサリサ。
 カインはなんのことだ? と首をかしげる。その様子は、とぼけているのかそうでないのか判別はつかない。

 イマイチ反応のないカインに、サリサは「もういいです」と拗ねたようにそっぽを向く。

「・・・タイクーンには戻れません。海賊風情が王女だったなんて、そんなことが知られたら国の名が汚れます」
「タイクーン王や、タイクーンの民がそんなことを気にするとは思えんがな」

 タイクーン王や、タイクーンの民のことをカインは良く知っている。
 バロンに比べればタイクーンは小国ではあるが、国の規模が小さい分、王と民の信頼関係はしっかりしている。
 王は民を愛し、民は王を敬愛する。それは二人の王女も同様で、王女の誕生日には国を挙げてのお祭りが行われるほどだ。それも国ではなく、民衆が音頭をとってのお祭りだ。

 それほど慕われていたサリサだ。海賊だったからと蔑む者はいないだろう。それどころか生きていたことに喜び、運命に感謝するに違いない。

 そう、カインが言うと、サリサは首を横に振る。

「確かにタイクーンの民はそうでしょう。ですが、他の国は・・・?」
「む・・・」

 ファイブルには三つの国がある。
 風の国タイクーン、水の国ウォルス―――そして火の国カルナック。

 数百年前にはもう一つ、土の帝国ロンカがあった。
 その国はファイブル全土を掌握しかけたが、突如としてその勢力を失い、滅亡した。かの帝国が滅亡した原因は誰も知らないという・・・

 かつてはロンカ帝国の進行により、ファイブルも戦乱の中にあったが、それも昔の話。
 現在のファイブルは極めて平和で、国同士の関係も良好であり、また凶暴な魔物も少ないために世界のどこよりも平穏な地方と言われている。
 しかし表面的な争いはないものの、人間が集まれば衝突してしまうのが人の業である。
 最近では、カルナックが武力を拡大し、勢力を高め、他の二国に対して高圧的な外交をし始めている。タイクーン、ウォルスの二国は同盟を結んでそれに対抗しているが、その同盟においても、一応は対等の筈が、国力の劣るタイクーンがどうしても低く見られがちで、ウォルスの言うがままになっている。

 この上で、元王女が海賊だったなどという話が出てしまえば、さらにタイクーンの立場は悪くなるだろう。

「だから私はタイクーンを捨て、海賊として生きていくことを決めたのです―――ですからカイン兄様も、このことは他言無きよう・・・」
「わかった・・・そう言うことならば仕方がない―――が、時が来たならば」
「ええ。もしも私が王女に戻れるならばその時は、サリサ=シュヴィール=タイクーンとして国に戻りたいと存じます」

 にっこりと微笑むサリサ。
 かつてとは変わり果ててしまった風貌―――それでも男になりきれないほどに美しいが―――だが、それでも昔見たサリサの微笑みとファリスのそれが重なり、カインは思わず息を呑んだ。

 と、そんなカインに、サリサは甘えるような声を出す。

「兄様・・・傍に寄っても宜しいですか?」
「駄目だ」

 即答。
 ついでに、大木に立てかけてあった銀の槍を手に取る。
 思っても見なかったのか、そんなカインの反応を見てサリサは目を丸くする。

「何故ですか? それに何故武器を・・・」
「お前が敵でないとは限らない」

 構える事はしないが、それでも槍は掴んだ手は離さないままに言う。

「私は兄様の敵などでは・・・ッ」
「そう言えば聞いていなかったな―――何故、お前がここにいる?」

 先程までの妹を見守る兄のような優しい瞳は消え失せて、敵を目前にした戦士の鋭い視線がサリサを射抜く。
 サリサはそんなカインから視線を反らし、

「わ、私は・・・兄様と話をしたくて」
「話なら城でできたはずだろう。俺も何度かお前に会おうとしたが、その度にお前はなにかと理由を付けて逃げていったな」
「それは・・・正体がバレるかと思って・・・」
「暴かれたくない正体を、何故今ここで晒す? 何か目的があるとしか思えんな」
「・・・目的?」
「そうだ。例えば、セシルに頼まれて、俺を捕まえに来た―――とかな」
「―――!」

 カインの指摘にサリサが息を呑む音が聞こえた。
 やっぱりか、とカインは小さく吐息する。

「やれやれ。タイミングが良すぎるとは思ったんだ、頭上を飛空艇が通り過ぎた後にお前の登場―――チッ、この分だとこの場所もバレているな」

 撒いたと思ったが、逆に追い込まれただけなのかもしれない。
 しかし、ロイドは確かに有能な男ではあるが、ここまで正確に追跡されるとは思っても見なかった。

(こいつはアイツだけではないな。・・・まさか、あのロック=コールとかいう・・・?)

 ロックの事を、カインは良く知らない。
 謁見の間で顔を合わせた時には、単なるお調子者のようにしか見えなかったが。
 だがそれを言うならバッツ=クラウザーもただの旅人にしか見えない。それがドルガン=クラウザーの息子であり、しかもセシルやレオと言った強者と互角以上に戦ったと聞く。カイン自身も刃を交えたが、少なくとも “ただの旅人” と称して納得できるような男ではなかった。

 実のところ、カインの勘は当たっていた。

 実際にカインとアベルを追っていたのはロイドだったが、それを補佐していたのはロックだった。
 飛空艇団 “赤い翼” としての竜騎士団との付き合いはセシルもロイドも変わらない。だから、アベルに乗ったカインがどういうルートで逃げるのかはある程度推測できる。

 それでも見失ってしまったら、近くの集落に降りてロックが情報収集する。集める情報はなにもカインの目撃情報だけではない。それが聞ければそれ以上聞くことは何もないが、そうそう都合良く行くわけがない。だが、 “カインを目撃しなかった” というのも一つの情報であるし、他に些細なこと―――例えば、西の方で鳥たちが騒がしかった、とか犬が東に向かって吠えていた、とか、一見大した情報でなくとも、手がかりになるようなこともある。そんな様々な情報から、必要と思われる情報だけを選別して、ロイドに伝える。与えられた情報を吟味して、ロイドは追うべき方向を定めてまた追いかける―――そんな塩梅で、二人はカインを追いつめていったのだ。

 二人だけではカインを追いつめても捕えることは出来ないと、暇そうにしていたガストラの将軍二人をセシルが同乗させていたが、そういった追跡に関しては何の役にも立たなかった。
 セリスは何度か口を挟もうとしたのだが、ロイドとロックの抜群のコンビネーションに結局何も言えず、レオはそもそもこういう事が得意ではない。

 ちなみに。
 どうしてこのロイドとロックの二人がカインを追いかけているかというと、早い話、王に向かって手を挙げた罪を許して欲しければ追いかけてこいとのセシル王のお達しがあったからだったりする。

(ともあれ、そうと解ればさっさと逃げなければな)

 そう結論づけてカインはサリサの様子を見る。
 彼女は武器は持ってはいないようだった。
 だが、カインは彼女が初歩的な魔法を使えたことを覚えていた。丸腰だからと油断は出来ない。少なくとも、背を向けて逃げ出すのは避けるべきだと判断する。

「サリサ、大人しくこの場から去れ。さもなくば―――」
「待ってください! た、確かに私はセシル王からそう命令されました。けれど、バロンの者でもない私がどうしてそんな命令を聞かなければならないのですか!」
「バロン近海での海賊行為の許可と引き替えに、とかか?」
「うっ・・・」

 図星だったらしい。
 かなりあからさまに顔色を変えるサリサに、カインは緊張をゆるめて苦笑する。

「確か、セシルとの謁見で、そんなことを言っていたな?」
「た、確かにその通りですが―――」
「もう一度だけ言うぞ。素直に消えろ―――正直、お前に手を挙げたくはない」

 そう言って、カインは槍の切っ先―――とは反対の、石突きをファリスに向ける。実の妹のように懐いてくれた少女に、刺す気はないとはいえ刃を向けるのも忍びなかった。

「カイン兄様には敵いませんね」

 サリサは降参、とばかりに両手を空へ向ける。

「確かに兄様の言うとおりです。セシル王に言われて私はここにいます。兄様を捕まえれば、条件付きではありますが、私達の “商売” を認めてくださると。・・・けれど―――」
「けれど?」

 サリサは淋しげに微笑む。
 その瞳には涙が潤んでいた。普通の人間ならば怯んでしまいそうにもなる、切ない表情に、しかしカインはぴくりとも表情を動かさずに先を促す。

「本当は、話したいことがあって―――」
「話したいこと? お前の正体ではなく?」

 怪訝そうにカインが問いかえす。
 サリサの目の前の槍が、僅かに下がった。
 それを見て、彼女は小さく頷いた。

「これを話そうかどうか、迷いました。父にも信じて貰えなかった―――私がタイクーンに戻らない、本当の理由・・・」
「本当の理由だと?」
「はい―――兄様、 “レナ” には会いましたか?」
「あ、ああ―――」

 レナ。
 レナ=シャルロット=タイクーン。
 タイクーンの第二皇女であり、第一皇女が居ない今、実質的なタイクーンの跡取りである。
 サリサ同様に美しい姫君だが、どちらかというと活動的な姉に比べ、内向的で大人しい性格で、見る者の保護欲を刺激するような、どこか放っておけないような雰囲気がある。
 だが、その実、意外に頑固なところがあることもカインは知っていた。その一つがサリサの事で、誰もが行方不明になった第一皇女のことを諦めている中、レナだけはそれを認めようともせず、会う度に「姉様は生きています。絶対に」と涙ながらに繰り返していた。

 実際にこうして生きていたのだから、姉妹ながらに通じるなにかがあったのかもしれない。

「そうだ。タイクーンに戻る戻らぬは置いておくにしても、レナにだけは正体を伝えてはどうだ? 王は知っているようだが、以前にあった様子ではレナはまだ知らないのだろう?」
「そう―――兄様も気づかなかったのですね」

 カインがそう言うと、サリサは残念そうに呟く、
 どういう意味だ? と問うカインに、サリサは視線を向ける。

(―――ッ!)

 ゾクッとした。
 その視線に込められた暗い感情に。
 怒りと、憎しみ、哀しみ、嘆き、後悔―――痛み。
 セシルが持つ暗黒剣に触れた時のような、感情の底にある闇に引きずり込まれそうな錯覚。

「サリサ・・・?」
「私は・・・アレを私の妹とは認めません」
「さっきから何の話をして―――」
「私にッ」

 サリサ、として彼女は初めて声を荒らげた。
 その身体が震えていることに、カインは気がついた。
 彼女は、そんな自身の震えを抑え込もうとするかのように、両腕で何か見えないものを抱くようにして―――自分を抱きすくめる。

「私に妹はいません―――もう、居ないのです・・・」
「サリサ! 何を言っているか意味が―――」

 カインが思わず槍を下げて、サリサに近づいた―――その瞬間。

 だんっ。

 地を蹴る音。
 サリサが唐突にカインに向かって飛びかかったのだ。

「!」

 反射的に、カインは構え直しつつ、後ろに跳躍しようとする。
 明確な危機を感じたわけではないが、身体が勝手に反応していた―――本能的な反応による竜騎士の跳躍に、サリサはカインに届かない・・・

 ・・・そのはずだった。

「なっ!?」

 がくん、と腕が引っ張られる。
 否、腕ではなく槍だった。サリサがカインの槍を掴んでいた。槍に引っ張られる形でカインの動きが止められる。

「ちいいいっ!」

 即座に槍から手を離して、逃げようとする―――だが。

「遅せぇよッ!」

 それよりもサリサのほうが早い。
 彼女は逃げるカインの服を強引に掴むと、半ば引きちぎりながら引き寄せて。

「オラァッ!」
「がはぁっ!」

 ドォン! という音が身体の中に響き渡る。
 腹部を強打され身体の中の酸素が強制的に吐き出され、軽い酸欠に目眩がする。足ががくがくと揺れて力が入らない―――それでも竜騎士として鍛えられた脚力と平衡感覚は、カインの身体を倒さずにいてくれたが、それも僅かな無駄な抵抗。

「沈め」
「うぁッ―――」

 顔面を手で押さえられ、そのまま地面に叩き付けられる。
 だむんっ、と地面に背中から落ちてワンバウンド。もう一度跳ねる前に、胸をサリサの足が押さえつける。

「ぐ・・・あ・・・ッ」
「―――悪ぃなぁ、カイン=ハイウィンド。こっちも商売なんでな・・・」

 先程までとは口調が一転していた。
 その表情も、お姫様のような丁寧な者ではなく、海賊らしい野性味を帯びた荒々しいものだ。
 その凶悪な声音でにたりと笑うその様は、邪悪そのもの。

「な・・・サリ・・・サ・・・?」
「おっと」
「があっ!?」

 彼女の名前を呟いたカインの顎を蹴り上げる。

「誰だよそいつは? 俺の名前はファリス―――ファリス=シュルヴィッツ様だぜ!」
「・・・そうか」

 カインは静かに呟いた。
 それは何かを受け入れたようであり、諦めたようでもあった。
 そんな彼の様子に、サリサ―――ファリスは感心したように「へえ」と呟き、

「諦めは良いんだな。ま、あの王様がどうするかは知らねえが、まさか死ぬことはな―――のわっ!?」

 いきなりファリスは地面に引き倒されていた。
 カインが、自分の胸に乗せられた足とは反対の足を手で掴んで思いっきり引っ張ったのだ。
 人の胸に片足を乗せた状態というのは、割とバランスが悪い。刃物でも突き付けているならともかく、単に足を乗っけただけならば転ばせてくださいと言っているようなものだ。

 ファリスが地面に倒れるのと入れ替わるように、カインが素早く立ち上がる。
 不意打ちに受け身も取れなかったのだろう。頭をしたたかに打ったらしく、両手で痛そうに押さえるファリスの首元に槍の切っ先―――今度は刃の方を突き付けた。

「ぐ―――」
「さて、ファリス=シュルヴィッツとやら?」

 あっという間に体勢は逆転してしまっていた。
 刃を突き付けられて、ファリスは声を出すことも出来ない。

「海賊らしいが―――俺はバロンの騎士として、この場はどうするべきだと思う?」
「・・・殺すなら殺せ」
「良い覚悟だ」

 にやり、とカインは笑う。
 その目を見て、ファリスは血の気が引いた。目は笑ってはいなかった。

「ま、まさか、本気で―――」
「なんだ? 命乞いか?」
「ば、馬鹿言うなッ。どうして誇り高いシュルヴィッツ一家の頭領が命乞いなんて!」
「威勢は良いな。ならば死ね」
「―――ッ!」

 ザグリ、とカインの槍が貫いた―――

「最後の最後まで、俺のことを “兄様” と呼ばなかったのは褒めてやる」

 ―――ファリスの、すぐ隣の地面を。

「やれやれ、あのお転婆がまさか海賊になるとはな」
「な―――なにいってやがるッ! 俺は・・・」
「海賊のファリス=シュルヴィッツだろ?」
「そ、そうだ」

 拍子抜けしたように頷くファリス。
 カインが手を差し出すと、素直にファリスはその手を握って立ち上がる。屈んだ隙を狙って不意を討とうとも思ったが、最初の不意打ちで倒せなかった以上、あっさりとやられる気がした。

「 “最強” の竜騎士か・・・」
「条件付きだがな」

 カイン=ハイウィンドの名が最強たり得るのは、相棒がいてからこそだ。
 愛竜アベルと、親友セシル=ハーヴィ。この二つが揃えば、カインは誰にも負けない無敵の槍となる。
 だが、ファリスはカインの言葉の意味が解らなかったようだ。「条件?」と首を傾げる―――そんな彼女の頭を、カインは撫でる。

「って、何人の頭を撫でてるんだよ」

 慌てて払いのけようとするが、それよりも早くにカインは手を引っ込め、悪びれる様子もなく、

「昔は頭を撫でてやると喜んだだろう」
「む、昔ってなんの話だよ! 俺は―――」
「ファリス=シュルヴィッツだったな?」
「そ、そうだ! だから―――」
「だが、お前が何を名乗ろうと、海賊になろうとも、俺にとってはサリサ=シュヴィール=タイクーンで、俺の可愛い妹分でしかない」
「かわッ―――ふ、ふざけんなッ! 俺は男だ!」
「―――ほう」

 きらーん、とカインの目が光る。
 槍を構え、じっとファリスを見据える。ファリスは嫌な予感がして、後ろへあとずさった。

「な、なにをする気だ」
「剥く」
「は?」
「服を剥く」
「な―――ななななっ!?」
「男だというのなら剥かれても問題あるまい」
「も、問題あるわああああっ! 変態かお前えええええっ!」
「失礼な」

 心外そうに彼は眉をひそめ、

「今まで女だと思い込んでいたが、そう言えば確かめたことはなかったからな。折角の機会だから確かめてやろうと思っただけだ」
「な、何を確かめる気だッ、何をッ」
「・・・・・・・・・」
「答えろよッ! 怖いからッ!」
「クックック、安心しろ、怖いことは何もない―――じっとしていれば一瞬で済む」
「十分怖いわああああああああああああッ」
「――― “グラビデ” 」

 ファリスの絶叫に隠れるように、第三者の声が場に割り込んだ。
 聞き覚えのある声に、カインは一人の女性の顔を頭に浮かべた。

(セリス―――!?)

 その言葉は力となって、カインの周囲を “変質” させる。

「ぐぅっ!?」

 重力魔法グラビデ。
 星が引き寄せる力―――重力を何倍にもする魔法だ。
 カインは、そんな魔法のことなどは知らなかったが、それが魔法だと言うことは理解する。

「おおおおおおおおおっ!」

 雄叫びと共に、カインは自分の脚力を全開にして地を蹴る。
 重力が倍加した場を強引に抜け出す。ふっ、と身体が軽くなった途端、目の前にバンダナを頭に巻いた青年が現れる!

(ロック=コール!)

 その名を胸中で叫びながら、カインは槍の石突きを目の前の敵に向かって突き込む。
 一応、刃は向けなかったが加減をする余裕はない。まともに当たれば昏倒、どころか悪ければ死にかねない勢いで放たれた突き―――だが、手応え無くロックの身体をすり抜ける

「幻影―――ッ!?」
「もらったぞ!」

 幻影の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。
 カインの脳裏に警戒信号が鳴る。
 ヤバイ! と思うと同時に、カインは槍を手放していた―――さらに同時、開いている方の手で腰の剣を掴む。そのまま標的も確かめずに、剣を抜きはなつ!

 

 居合い斬り

 

 セシルやオーディンほどに熟練しては居ないが、緊急の時のためにカインもこの技を習得していた。
 槍はリーチが長い分、懐に飛び込まれると大きな隙ができる。それを補佐するための技だ。

 鞘走りによって加速された斬撃が、幻影の向こうの何者かに放たれる。
 と、ぎぃん、と堅い物同士がぶつかり合う音。その音にかき消されるようにしてロックの幻影が消え去った。その幻影の向こうに現れたのは―――

「レオ=クリストフ!」
「流石だな、カイン=ハイウィンド!」

 ガストラの将軍は、カインの振るった剣を無色透明の剣―――クリスタルソードで受け止めていた。
 刃と刃がせめぎ合う―――が、カインのほうが分が悪い。

(腕力では敵わん。ここは―――)

 引く、と足に力を込めるより早く。
 とん、と腹部に何かが触れた。
 触れた、だけだ。だが、その感触に先程とは比べものにならない危険を感じる!

(まずい―――)

 逃げろ―――と、身体に念じるよりも早く。

 

 ショック

 

 カインが腹部に感じた感触は、レオの拳だった。
 その拳から、拳大の衝撃がカインの腹に叩き込まれる。そしてそこは、先程ファリスの一撃を受けた場所でもあった。カインの身体は軽々と吹っ飛んで、その直線上にあった木に叩き付けられる。

 実はファリスの一撃は、軽くはなかった。
 表に出さなかっただけで、割とダメージは芯に残っている。そこへ、レオの必殺の打撃が叩き込まれたのだ。カインの意識はあっさりと闇に叩き落とされた―――

 

 

******

 

 

「・・・怖ろしい男だ」

 レオは顎を伝う汗を拭う。
 汗を掻くほど激しくは動いていない―――つまりそれは、冷や汗だった。

「重力魔法から逃れる脚力に、一度は幻影に惑わされても即座に反応して次撃を放つ―――そして」

 レオは自分の拳を見やる。
 最後の一撃。それは、予想よりもかなり軽かった。

「何よりも怖ろしいのはあの脚力だな。私が攻撃を放った後に跳んで威力を殺した―――」

 もしもファリスの一撃が入ってなければ、カインはまだまだ戦えただろう。

「結局、いいところはガストラーズに取られちまったな」
「・・・なんだそのチーム名」

 ケラケラとロックが笑いながら言うと、セリスが不機嫌そうにつっこむ。
 先日の “追いかけっこ” 以降、セリスはなにかとロックといることが多い。以降、とはいえ、あの “追いかけっこ” からすぐにカインを追いかけたのだから、たまたま飛空艇に同乗していただけ、とも言えるが。

 しかし、それでもふと見れば、ロックの言うことにセリスがいちいち一言言うような場面が目に付くようになった。

 気になって、何があったのか聞いてみたが、セリスは「なんでもない!」と不機嫌そうに言い捨てるだけだ。

「いや、貴公の “幻影” があったからこそ、カイン殿の隙をつけた」
「お? 余計なことをしたって怒られると思ったんだがな」
「真剣勝負ならばな」

 レオは失笑。

「だが、こんなのはゲームみたいなものだ。―――それでも十分に楽しめたがな」

 最後のあがきと言ってしまえばそれまでだが、カインの反応はレオの期待以上のものだった。
 以前に、バロンで試合した時もそれなりに手応えがあったが、今のカインの強さはその時を遙かに上回っていた。もしもカインの実力があの程度と定めて、そしてセリスやロックの援護がなければ―――

(やられていたのは私の方だったかもしれん)

 あの時、カインは手を抜いていたとは思えない。剣を合わせたレオには解る。あの時のカインはアレが全力だったはずだ。
 だが、あれから急激に成長したというわけでもないような気がする。

(まるで力の引き出し方が違うような―――)

 試合は所詮試合。本気とはいえ、試合の本気だ。
 だが、今は遊び半分とはいえ、カインは本気で逃げていた。
 カイン=ハイウィンドという男は、状況に応じて強さが変わるのだとレオは思う。真剣であればあるほど、力を発揮する。

(もしも、戦場で、命を賭けた戦いだったならば、この男はどれほどの力を発揮するのか―――)

 そんなことを思いながらカインの方を見る。
 気を失い、倒れたままのカインを、アベルが心配そうに覗き込んでいる。
 カインが戦っている間、アベルはなにもできなかった。飛竜の巨体は森の中で満足には動き回れない。火を噴けば森が炎上するだけだ。だからアベルは何もすることが出来なかった。

 そんなアベルを慰めるように、ファリスがその頭を撫でる。
 ―――と、遠くからプロペラの音が響いてきた。
 見上げればエンタープライズの船底が降りてくる。降りてくる―――とは言っても、流石に森の中には着陸できない。

 レオは、何事かロックと言い合ってたセリス―――というか一方的にセリスが詰め寄って、ロックがそれを受け流しているようだったが―――を呼ぶ。

「セリス」
「解っている」

 名前を呼ばれ、セリスはロックから視線を反らすと、魔法の詠唱を開始して―――

「――― “テレポ” 」

 セリスの転移魔法で、レオ達の姿は飛空艇の上へと転移した―――

 


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