第16章「一ヶ月」
AV.「逃亡者カイン=ハイウィンド」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン領内・森
早朝。
バロン南西にある山脈―――その麓にある森。森の中は静寂だった。
音が全く無いわけではない。そよ風に木の枝が揺れ、葉と葉が重なりこすれ合い、木々が自分を慎ましやかに主張する。
だが、それだけだ。普段の森はもっと騒がしいはずだった。
獣たちが歩く音、虫の鳴き声―――森に棲むモノたちの生活する音が聞こえてくるものなのだが。
しかし、森はそれら命が消えさってしまったかのように静寂に包まれている。否―――命が消えたわけではなかった。
ただ、彼らは潜んでいるだけだ。
昨晩から居る侵入者に怯え、怖れ、気取られぬように気配を消しているだけに過ぎない。「―――今日で三日か」
森にとっての異邦者であるカイン=ハイウィンドは呟いた。
彼が居るのは森の最も深い場所。
この森が出来た時からあるような気がする巨大な大木の根元に背を預けていた。朝食代わりに森の中で見つけた木の実をコリコリと咀嚼する。
セシルに追われ、バロンから逃げ出した後、カインは逃亡生活を続けていた。
最初は集落などに身を寄せていたのだが、一日と経たないうちにバロン国全ての町や村にチョコボ車で伝令が周り、カイン=ハイウィンドはお尋ね者だと王の名において伝わってしまった。それから二日、バロン領内を飛び回り、結局落ち着いたのがこの森だ。
「アベル、調子はどうだ?」
カインは傍らの飛竜に呼びかける。
森の中が静かなのは、この竜の所為だった。地上最強の生物である竜。亜竜とはいえ飛竜のアベルに、森の動物たちが畏れを抱くのは当然のことだった。
そのアベルはというと、カインの声に「グルルル・・・」とうなり声を返す。大丈夫だ、と言っているのだとカインは感じ取る。竜騎士であるとはいえ、竜の言葉が解るわけではない。
竜の中でも知性の高いものは人の言葉を操ると言うが、残念ながら飛竜はそこまで器用ではない。
だが、なんとなく言いたいことは感じ取ることができる―――というか、竜と心を交すことが出来ない者は、真に竜騎士とは言えない。そのアベルは長い首を巡らせて、首の届く範囲にある木の枝を噛み折り、枝ごと葉をはむ。
・・・意外に知られていないことだが、飛竜を含む竜は肉食ではない。
では何かというと、竜が己の糧とするのは “モノ” ではなく “現象” である。
それも “喰らう” のではなく、 “同調する” というべきモノで、例えば火竜ならば炎のゆらめきと同調することで、海竜は波や海流と同調することで命の糧とする。そうでもなければ、リヴァイアサンは小さな島よりも大きく、ちょっとした船でも人飲みにしてしまうほどの巨体だった。それが自分の身体に見合った量の食事をしようとすれば、バロン近海の魚や魔物を食らいつくした挙句、餓死してしまうか別の海域に餌を求めに行ってしまっただろう。
要約すれば、竜はそれぞれの属性と同じ属性の現象が起こる場所でならば、何も喰らうことなく生き続けられるのだ。
付け加えると、なにも自分の属性以外の場所では生きられないという意味ではないが、反する属性の場所に居続ければ衰弱してしまう。で、飛竜は何を糧にするかと言えば、 “風” である。だから風の吹かない洞窟の奥などでは弱ってしまう。
一見、木によって風に遮られる森も相性が悪そうに思えるが、森は風のざわめきを枝葉が受けて、風を音として伝えてくれる。意外に居心地は良いらしい。もっとも、だからといって何も食べないというわけでもない。
竜は “現象” 以外にも、生命エネルギー―――生気も糧にすることが出来る。今、アベルが枝を食べたのがまさにそれで、木の枝を食べることによって生気を吸収したのだ。生気は見た目の量と比例するわけではなく、ちょっとだけでも十分な生気を得ることができる。余談だが、これは何も竜に限ったことではない。
基本的に “魔法” の領域にある存在が糧を得る方法は、今述べたどちらかに当てはまる。火の塊であるボムや、死霊、或いはゾンビなどの非実体系は前者であり、
ゴブリンやコカトリスなどの実体がある存在は後者であるが、中には例外も存在する。例えばゾンビやスケルトンなどのアンデッドは実体があっても死者である存在が生気を糧にすることはない。 “死” と同調することで糧にする。よくアンデッドは自分が死んだ無念を晴らすために生者を道連れにしようとすると言われるが、それは少しだけ誤りで、己が存在し続けるために、 “死” を得るために生者を殺そうとするのだ。
不意にアベルが枝を食べるのをやめる。
どうした―――と、カインが問うよりも早く答えに気がついた。静かだった森の中に、空から騒音が振ってくる。聞き覚えのあるプロペラの音。
あまり意味がないと解っていても、思わず息を潜める。アベルも首を垂らして身を低く伏せる―――そんな一人と一匹の頭上を一つの影が通り過ぎていく。それは森の木よりも遙かに高い空を飛行する。飛空艇エンタープライズ。
今現在、バロンにある唯一の飛空艇だ。
他の飛空艇はゴルベーザに奪われ、それに対抗するため新しくシドが飛空艇を作ってはいるが、それらが飛ぶのはまだ少し時間が掛かる。カインは、エンタープライズが跳び去って影が見えなくなると、そっと息を吐く。
飛空艇を操っているのはロイドで、ロックも乗っていた。
飛空艇と共に赤い翼の団員も奪われた状態だ。新型飛空艇とはいえ、動かせるのは赤い翼の副官であるロイドを覗けば、シドを初めとする飛空艇技師達くらいなものだろう。
その二人の他にはガストラの二人組まで乗っていた―――まあ、ロイドとロックの二人ではカインを追いかけることはできても、捕まえることは難しいだろうが。昨日までバロンの空という空を逃げ回るハメになったのも、あのエンタープライズのせいだった。
新型飛空艇と言えども、最高速度ではアベルには及ばない。だが、あの飛空艇は浮遊石の力でほぼ無限に飛び続けることが出来る。対して飛竜は風の力で糧を得るとは言っても、飛び続ければ疲労もする。しかも操縦しているのがセシルの副官を務めたロイド=フォレス。
セシルの名声の陰に隠れているが、副官とはいえロイドは決して能力が低いわけではない。戦闘力は低いが指揮、作戦立案などの能力は、セシルも頼りにするほどであり、何度か部隊を任されて作戦を成功させている。そして今回も、何度か速度を頼りに引き離して撒いたはずなのに、どこかに隠れ潜むよりも先に再び捕捉され、その度にセリスやレオの魔法が飛ぶが、どうも加減されているらしく、竜気で弾いてはまた全力で逃げ出す―――ということを何度も繰り返し、ようやくカインがこの森に逃げ込めたのは、日が暮れて闇がカインとアベルの姿を隠してくれたからだった。
だが、夜が明けてみれば、朝っぱらからエンタープライズが頭上を通過する始末。
どうも正確な場所までは気づかれてはいないものの、この辺りに居ることはばれてしまっているようだ。カインは頭が悪いわけではないが、あれこれと考えるのは好きではなかった。
戦の時にも、小細工を弄するよりも、愛用の銀の槍を手に、アベル共に目の前の敵に突っ込めばそれで粗方ケリはつく。今回だって、相手を上回るスピードで逃げて撒けばそれで、あとはほとぼりが冷めるのをのんびりと待てばいいはずだった。だが、それをこうまで追いつめられるとは思わなかった。
“セシル=ハーヴィの副官” を見くびっていたつもりはなかったが、それでも過小評価してたらしい。このまま逃げ回っていてはこちらが先にへばってしまう。「いっそのこと、飛空艇を墜とすか・・・?」
思わず呟く。
カインとアベルならば、飛空艇一つ墜とすのも容易い。
その方法も幾つかあり、例えばロイドとロックを攻撃して、行動不能にしてやれば飛空艇を動かせる者が居なくなる。或いは、操舵をたたき壊してしまえばいい。
セリスとレオの存在が厄介と言えば厄介だが、空中戦ならばこちらに利がある―――が、流石にそこまでやればシャレにならないと思い直す。「セシルのヤツ、いつになくしつこいな・・・」
舌打ちする。
セシルは割と怒りが持続しない方だ。どんなに怒っても、一晩経てば鎮火する。「高々、牢屋に入れられたくらいで飛空艇まで持ち出すとは」
そこまですることもないだろうに、とカインは思うが、フツーは一国の王を牢屋にブチ込むなど、即処刑されても仕方がないと言える。
「さて、どうする―――いっそのこと、暫く、他の国でも逃げておくか・・・?」
とりあえず戻って謝るという選択肢はないらしい。
特に、今はゴルベーザも動きを見せないようだし、別にバロンに居ることもないだろう。いっそのことエブラーナに行くのも面白いかもしれない。セシルとしてはゴルベーザを打倒するために、エブラーナとも協力したいと考えているようだし、もしも上手く生き残りを見つけられて、繋ぎでも取れれば良い手土産になる。「―――まあ、そこまで上手く行くとは思わんが」
カインは苦笑。
なにせ彼自身、エブラーナを強襲した一人である。エブラーナ忍者も何人か、その槍で屠ったりもした。
それでも繋ぎをとるのは無理でも、生き残りを確かめるだけでも無駄ではない―――そう、結論づけると、カインはエブラーナへ向かおうと決意して。がさり。
と、音がしたのはその時だった。
「!」
木に立てかけてあった銀の槍を構え、音のした方を振り返る。
一番最初に思い浮かんだのは、魔物、だった。
だが、こちらにはアベルが居る。大抵の魔物や動物は、飛竜の威圧に押されて近づくことも出来ないはずだ。それにもう一つ、アベルの様子が先程と変わらない。カインと同様、音のした茂みの方に注意を向けているが、敵意を茂みには向けていない。ということは敵ではないと言うこと。(だからといって、追っ手ではないとは限らんが)
バロンの兵士ならばアベルは味方だと判断するかもしれない。
だからカインは警戒を解かず、槍を構えて誰何の声を上げる。「・・・誰だ?」
がさり、ともう一度茂みが音を立てて、誰かが姿を現す。
その姿を見て、カインは驚きの表情を浮かべる。「お前は・・・!」
鮮やかな赤紫色の髪の毛を背中にたらしたその姿は、つい先日謁見の間で顔を合わせた海賊の長であり。
「―――お久しぶりです。カイン兄様」
「・・・サリサ」穏やかに微笑む彼女の名を、カインは戸惑いと共に呟いた―――