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Fuga a 3 Soggetti ボエリ補完版

演奏は第3主題の呈示部からです。

フランスのオルガニスト・作曲家であるボエリ
Boely, A.P.F.(1785-1858)は、
バッハの鍵盤作品の筆写譜をいくつも残していますが、
その中にフーガの技法出版譜の筆写譜も含まれています。
ただし、原典は総譜の形で書かれているのに対して、
ボエリの筆写譜は鍵盤演奏で実用的な2段譜で書かれています。
嬉しいことに、この筆写譜においてボエリは
未完成のフーガを自ら補筆完成しているのです。
この補完版の最後には1833年に書き込まれた旨が記されています。

練習曲で有名なツェルニー Czerny, C.(1791-1857)が、Peters社から
フーガの技法のピアノ譜を出版したのが1838年のことですので、
ボエリはツェルニーに先駆けて実用的な楽譜を残したことになります。

さて、このボエリによる補完版ですが、
ノッテボームの発見(1881年)以前に作られたものであり、
フーガの技法の基本主題は用いられていません。

それだけならまだしも、この補完はフーガの技法出版譜に基づいて
いるのですが、フーガの技法出版譜には未完フーガの最後の7小節、
つまり3つの主題が結合される部分が含まれていないため、
3主題の結合の仕方を知らずに作られているのです。
にもかかわらず、ボエリの補完部分の出だし(233小節〜)は
バッハのそれとよく似ており、ボエリの洞察力には驚かされます。


バッハとボエリの主題結合部分比較。主題を青い音符で示してあります。

こののち3主題の結合が繰り返されますが、
中には第1主題が5度ずれている箇所があります。
いわば12度の2重対位法によって入れ替えられているのです。
バッハ自身がこれを意図していたのかどうかわかりませんが、
大変興味深い試みだと思います。


第1主題を青い音符で示しました。ここはト短調なので、
本来なら g' で始めるべきところですが、d' で始めています。
更に258-9小節では第1主題が装飾されています。

第1主題の2重対位法による転回は、
後にノッテボームによって再発見されることになります。

後の展開は3主題の様々な組み合わせでの呈示になるのですが、
主題の縮小形やその反行形も登場し、複雑な様相を見せていきます。


ボエリ版の270小節〜です。第3主題の1/2縮小形(青い音符)が各声部に見られます。


ボエリ版の279小節〜です。ソプラノとアルトに青い音符で示したのは第1主題の縮小形です。
テノールには第2主題、バスには若干変形された第1主題も見られます。

最後はオルゲルプンクト上のストレットで締めくくられますが、
ここには第3主題の1/4縮小形も登場しています。


ボエリ版の終結部分です。298小節〜のソプラノとアルトに第3主題の縮小形(青い音符)が見られます。

なお、ボエリの補完は299小節で終わっていますが、
以下のようにほぼ対称的な小節数となっていることがわかります。

小節
内容
小節数
1-113
第1主題の呈示
113
114-192
第2主題の呈示
2主題の結合
79
193-299
第3主題の呈示
3主題の結合
107

フーガの技法の基本主題がまったく用いられていないという点で、
今日ボエリの補完は受け入れられにくいかもしれません。
しかし、未完フーガをフーガの技法の一員としてでなく単体としてみれば、
ボエリ版は曲を素直に解釈しており、もっともらしい補完と言えます。

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