また彼らは、デヴローから見ると、パレスチナの人々を、テロの実行行為者として、あるいはテロ正当化の手段として利用するだけで、ほんとうは彼らの行末のことなどまったく考えていない。彼らはアメリカが何をなしたかではなくて、現在のありようそのもののゆえに、アメリカを憎悪しているのだ。

 デヴローは、いつかホワイツでイギリスのスパイマスターと会ったときのことを思い出した。窓際の席から、左翼のデモ隊が通りすぎていくのが見えた。レーニンの死を未だに克服できない、老いた白髪の社会主義者はべつとして、イギリスの若い青年男女の多くは、やがてはローンで住宅を買い、保守党に投票するようになる。そして彼らとは対極的な考え方をする第三世界の若者が留学生として大量にやってくる。

 「連中はけっしてきみたちアメリカ人を許さないよ」

 と、老人はいった。

「許されると期待しないほうがいい。そのほうが失望しなくてすむからね。きみの国アメリカは常に非難の対象になる。彼らが貧しいのにきみたちが豊かだからさ、彼らは弱いのにきみらは強い、彼らは怠惰なのにきみらは活動的だ、彼らは保守的なのにきみらは進取の気性に富む、彼らは戸惑い立ち止まっているのにきみらは開明的で創意工夫を怠らない、彼らがすわって待つタイプなのにきみらはなせばなる派で、彼らは発育を阻害されていじけているのにきみらは野放図に伸びつづける。

立ち上がって叫ぶ煽動家(せんどうか)が一人いればじゅうぶんだ――「今アメリカが所有しているものはすべて、彼らがおまえたちから盗んだものだ」と叫べば、彼らはそれを信じてしまう。

テロリストの定義
   -ポール・デヴロー説

 シェイクスピア劇に登場する半獣人キャリバンのごとく、彼ら狂信者は鏡に見入り、そこに映っているものに怒り狂って吠()えまくる。その怒りが憎悪となり、憎悪はターゲットを必要とする。第三世界の労働者階級はべつにきみらを憎んではいない。憎悪に燃えているのは似非インテリだ。彼らがきみたちを許すことは絶対ない。許せば自分を告発しなければならないからだ。まあ、今までのところ、彼らの憎悪は、それを発射する武器を欠いている。だが、いつかその武器を獲得するだろう。その暁には、きみらも闘わなくてはならない。闘わなければ死んでしまう。何十人という単位ではなくて、何千何万という単位でね」

引用:『アヴェンジャー』下 フレデリック・フォーサイス 篠原慎訳 角川書店 2004 P138

画像:あさま山荘事件

 こうしたテロリストたちについて綿密に研究した結果、デヴローは、同じ結論が彼らのリーダー、労働者階級出身の独り善がりのごろつきにも当てはまると確信した。中東でも、西ヨーロッパでも、南米でも、極東アジアでもまったく同じことがいえる。イマト・ムダニヤ、ジョージ・ハバシュ、アブ・アワス、アブ・ニダル、その他のアブもすべて、毎日たらふく食って生きてきた者たちである。しかもほとんど全員、学位を持っている。

 このデヴロー理論によると、大衆向けレストランに爆弾を仕掛けろと部下に命じて、その結果生じる悲惨な地獄絵を想像して満足げに微笑むことのできる連中には、共通点が一つある。限りなく憎悪を再生産できる悪魔的な能力をそなえているという点である。そういう遺伝子を所与のものとして持っているのだ。まず憎悪があって、ターゲットはあとにくる。この順序が変わることはほとんどない。

 帝政ロシアのアナーキストから一九一六年結成のIRA、ユダヤ人がイスラエルを建国する前に宗主国イギリスの駐屯軍に対してつくった武装抵抗組織イルグソやスターソーギャングからキプロスのEOKA、ドイツのバーダーマイソホフーグループからベルギーのCCC、フランスのアクシオソーディレクト、イタリアの赤い旅団、やはりドイツの赤軍派、日本の連合赤軍まで、また南米ペルーの光の道から北アイルランド、アルスターの現代版IRAやスペインのETAに至るまで、テロリズムを産んだのは、楽な生活を送り、高等教育を受けた中産階級出身の理論家であり、彼らの心は傲慢きわまりない虚栄心と恣意的で手前勝手な欲望にむしばまれている。

 ポール・デヴローは長年かけてテロリズム全般について、また特にアラブとムスリム世界が産み出した種々のタイプについて研究を重ねてきた。

 そうしてようやく出した結論はこうであった。テロリズムとは、かつてフランスの黒人精神科医で社会思想家だったファノンが″地に呪われたる者″と称した人々の貧困や欠乏から発生したものだという、西側世界で従来唱えられてきた、ほとんど泣きごとに近い見方は、まことに便宜的で、″政治的に正しい”――ということは、きれいごとにすぎる――たわごとだということである。

画像1978年、赤い旅団によって誘拐され暗殺されたアルド・モーロ元首相

 動機もまた憎悪の能力の次にくる。ボルシェビキ革命も民族解放運動や何百とあるその変種も、合同から分離まで、すべて同じである。反資本主義的な熱狂という形をとる場合もあるし、宗教的な高揚としてあらわれることもある。

 しかし、いかなる場合でも、まず憎悪が先にあり、次に原因、ターゲットがあり、それから方法がきて、最後に自己正当化がある。そうすると、レーニンのいう“役に立つ愚か者”が必ずそれを鵜呑みにしてくれる。

 デヴローは、アルカイダのリーダーはなるべくしてなった連中だと確信した。共同して創設したのはサウジアラビアで建設業を営んで財をなした一族の人間とカイロ出身のちゃんとした資格を持つ医師であった。アメリカ人やユダヤ人に対する二人の憎悪が世俗的な偏見によるものだろうと宗教的な熱狂によるものだろうと、それはべつに問題ではない。が、それに対してアメリカやイスラエルができることは何もない。完全な自己消滅をのぞいて彼らをなだめたり、満足させうるものは、その兆(きざ)しさえまったくないのである。

画像:ハイジャックされたルフトハンザ航空ボーイング737-200型機「ランツフート号」へ突入し乗客を解放したGSG-9隊員が、モガディシュからケルン・ボン空港に帰還する

画像:ハンス=マルティン・シュライヤー:ドイツ経営者連盟会長 197795日、極左テロ組織であるドイツ赤RAF)のメンバーに誘拐され殺された。

『アヴェンジャー』下 フレデリック・フォーサイス 篠原慎訳 角川書店 2004 P138からの引用です。次のとおり書かれています。

画像アルカイダ「検知不能」爆弾の脅威

画像
オディロン・ルドン
『キャリバンの眠り』(ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『テンペスト』、第2幕、第2場)
1895~1900
木板、油彩
H. 0.482 ; L. 0.385
オルセー美術館、パリ
©photo musée d'Orsay / rmn

注:日本語での最上の解説文は
  キャリバンはウィリアム・シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する怪物。島の持主であった魔女シコラクスの息子である。元ミラノ大公で魔導師である主人公プロスペローは、弟アントーニオーらに権力を奪われて、この島に娘のミランダと共に流れ着く。プロスペローが着く以前にシコラクスは死亡しており、当時のキャリバンは人語も判らぬ怪物であった。また、母の呪文は知ってはいたが使えないようである。後にプロスペローに騙されて、呪文は盗まれ島も奪われ、彼の魔術で逆らうことも出来ずに、舞台の場面では洞窟住まいで下働きをさせられている。解説