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 嘘を見抜く

 昔話などで、何人かの主張が食い違ったり対立したりして誰が本当のことを言っているのかわからないときに、知恵者が「嘘をついているのは誰か」を巧みに見抜くといったタイプのお話があります。ここでの知恵者は神様だったり御奉行様だったり一休さんだったりするわけですけれども、子供の頃の私はそういった話にいたく感心するとともに、「この技を覚えておいたら、将来自分が何かの時に誰かに対して使えるだろうか」ということを考えてみたりしたものでした。 しかし多くの場合、これは現代においては使えない技だろうな、と思われる方法でした。

 これから書くのは、そんな話の中のひとつなのですが、確かこれは確かテレビアニメの「一休さん」でたまたま見たのだったと思います。(余談ですが私は子供の頃からほとんどテレビは見なかったので、これは誰か親戚の家か何かに遊びに行った時に見たのだと思います。珍しく見たのでよく憶えているのかもしれません。) 何か不正だったか罪を犯しているんだったかする容疑者が3名います。もちろん3人とも自分は無実だと主張しています。さて、この3人からどうやってたった一人の罪人を見出したらよいでしょうか、というものでした。

 この「なぞかけ」に対してお話は以下のように進みました。まず、いかにも不思議な力をもっていそうなものものしい箱を用意します。そして、3人の容疑者に向かって、この箱は不思議な力を持っていて、自分の名前を紙に書いてこの箱に入れると、正直な人の名前の文字は消え去って白い紙になるけれども、嘘をついている人の名前は消えないで残るのだ、と説明します。そして、もう一度3人に対して罪を犯しているかを尋ね、名前を書かせて箱に入れさせます。(箱には確か投票箱のように投入口がついていたと思います。)

 3人分の名前を書いた紙が箱に入ったら、もっともらしいおまじないを唱えてから重々しく箱を開けて、3枚の紙を並べます。この箱は正直な人の名前を消すので、名前が残っているのは1つだけで、あとの2枚は白紙になっているはずです。 ところが並べて見ると、1つではなく2つの名前が残っていて、白紙は一枚だけでした。名前が残っていた二人は驚き、消えていた一人は大喜びで「ほら、私だけは嘘は言っていなかったでしょう」と叫びます。

 ・・・もうおわかりだと思うのですが、そこで一休さんが、名前が無かった一人に向かって「あなたが罪人です。この箱が正直者の名前を消し去るというのは真っ赤な嘘なのです。あとの二人はやましいところがないので正直に名前を書いたけれども、あなたは名前が消えないのを恐れて、名前を書いたふりをして白紙を入れたのです。」と種明かしをして終わる、というものでした。

 これを見た当時、おそらく20年くらい前のことだと思うのですが、まず思ったのが「昔話の時代ならともかく、いまどきこんな箱を信じる人はいないよなあ、これは使えないなあ。」ということでした。「この箱に名前を書いて入れると、正直者の名前は消えて白紙になります」なんて箱を持ち出されても、そんなものは誰も認めないと思ったのです。

 また、こんなウソをついてだますようなやり方になんとなくすっきりしないものを感じました。例えば本当は無実の人が、箱が正しく動作してくれるか不安になって、浅知恵を働かせて名前を書かないで紙を入れたりしたら、有罪ということになってしまうのでしょうか。



 さて、「この箱に名前を書いて入れると、正直者の名前は消えて白紙になります」という箱、これは今現在、本当に誰も信じないでしょうか。 例えばこの箱が「質疑応答の後、それが間違いないという宣誓の署名の筆跡をコンピュータで分析して嘘を発見する嘘発見器なのです」としてみたらどうでしょう? もちろんその場合は白紙で入れるという回避策がとれない可能性は高いとは思いますが、言下に「そんなのデタラメだ」と言えるでしょうか。 「ふーん、今はそういうこともコンピュータでできるんだ」と思ってしまわないでしょうか。

 「高度に発達した科学技術は魔法と区別がつかない」というのはアーサー・C・クラークの有名な言葉ですが、今、何が科学技術として実現可能で、何がまだ実現できないか、その境界はどんどん変化していると思います。



 もうひとつ、今現在このお話を思い起こして感じるのは、「機能のわからない箱の中に、言われた通り正直に情報を入力することの恐ろしさ」です。 例えば、大企業や官公庁などのもっともらしいサイトに見せかけたり、あるいは本当にそういった大きな組織のサイトに細工したりして、ユーザを騙して個人情報を入力させて不正に手に入れようとする手法などが知られています。改めて考えて見ると、私たちは、自分が入力した情報が内部でどのように処理されているのか知ることができない装置に囲まれているなあ、と思います。 一休さんの魔法の箱を笑える立場ではないな、と思うのです。

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2005.09.28 hhase