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堀内家住宅:国重要文化財

 

正面の雀踊り。

最後は、再び塩尻宿へ戻って、堀内家を訪問しました。  

 重文指定の冠木門(釘貫門)から中に入ると、立派な雀踊りが目に入ります。 

 本棟造りとしては、上質で大型な建物だそうです。

奥様が、我々を迎えてくださいました。 

 屋根はサワラの長板葺きで、釘は使っていないそうです。

家人が入る入り口の隣に、客の入る玄関があります。   

入り口の土間の所に、馬屋がありますが、かなり前から馬屋ではなく料理場として使われて来た様です。

 

オエと裏座敷。

こちらは、明治初期に改築されたとか。 

 堀内家は、豪農の家で建物は、文化12年に、下西条村の川上家の分家(造酒屋)を移築したものだそうです。 

 本陣は川上氏が移住して勤めたそうです。

間取りは、表(上座敷・玄関)、中(オエ・土間)、裏(裏座敷)の三っに分けられるそうです。

この建物の造りは、三河造りだとか、ほんみね造り、とか言われていたそうですが、

今は本棟造りで統一されたのだそうです。

平出の一里塚:勘助松

 

次に向かったのは日出塩です。  

 旧中仙道に入り桔梗ケ原のあたりまで来ると、左側に小高い丘と松が見えてきます。  

平出の一里塚です。  

五十九番目の一里塚だそうで、塚は五間四方、高さは一丈だそうで、

ここの一里塚は欅ではなく松が植えられていました。 

  家の陰でちょつとわかりずらいですが、右にももう一つの塚が残っています。 

  その奥に、大きな松がありますが、

この松はここに山本勘助が捨てられていたとかで勘助松とも言われているそうです。 

  さらに行くと、日本三大遺跡の一つの平出遺跡が見えてきます。  

 平出遺跡は、国指定の史跡で、縄文中期から平安にかけての、竪穴式住居跡が多数残っているそうです。

日出塩:節分草

今回の目的の一つの節分草を見にきました。 

  先生が、ずっと前に見つけられたというお墓の近くでバスを降りて、見学に行きます。 

  時間も昼時で、十分に日も当り、花も一杯に開いていました。 

 お墓の周りには、一面に小さな花が敷き詰められており、足の踏み場に困るぐらいでした。

   帰りに、日出塩駅の裏へと周ってみましたが、こちらは今年は保護の為テープがはられていました。 

 公園に撒かれた種からも、今年は幾らか花が咲くのが出てきた様です。

 節分草の種は大きく、100%芽が出るそうですが、花が咲く様になるのは、45年はかかるそうです。  

今日の昼食は、国道の木曽へ向かう交差点の近くにある、

カレーハウス・ケンドーンでいただくことになりました。 

  ここは、以前は岡谷で店をやっておられたとか、

昼食メニューはランチセットで、人気のカレーは野菜カレー。 

  軟骨カレーもコラーゲンたっぷりで美味しいとか。 

  食事を待つ間に、皆さんさっそくお土産の調達。  

 こちらは、カレーパンが人気の様で、たちまち完売。  

 追加で作っていただいた様ですが、そちらも完売の様でした。

ちょっとよりみち・箕輪

食事の後は、会長の親戚の方がやっておられ果樹園に、ナズナを摘みに出かけました。 

 袋をいただき、皆さん春の恵みをたっぷりと、取っておられました。  

 ちょっと小さかったですが、柔らかく味も最高でした。  

 午前中の古民家めぐりでは、火の無い時の家の中の寒さと、

午後は日差しの暖かな春の野と色々と満喫出来た一日でした。  

 今回までに、本棟造りの系統の民家では、安曇野の曽根原家を33回に、

茅葺の民家では、駒ヶ根の竹村家、板葺きの建物で、高山の荒川家を訪れていますが、

今回の様に集中して民家を廻ったのは初めてで、なんとなく民家の生活が理解出来た様な気分です。

   それにしても、どこのお宅でも、流暢な説明をしていただき、ただただ感激の一日でした。

   
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