あずさ62号岡谷発、南イタリアへ出発のため帝国ホテルへ兄弟6名集合。夕食は、
有楽町の「月の雫」で和食の創作とうふ料理。とうふ料理がこんなにおいしいとは
思はなかった。帝国ホテルに泊まっておいしい料理を食べれば、明日はもう帰って
もいいと思ったが、これから1週間イタリアンに思いを込めて帰るわけにいかない。
ホテルは14階、近くに国会議事堂を眺めながらさすがデラックスなホテルだった。
イタリア旅行は初めてで、一度行ってローマを見たかった。飛行機の13時間はちょ
っときついが、ここは我慢我慢。

(空の旅)

雲雲雲、下は何も見えない。
(ミラノ空港)

乗り継ぎのためミラノ空港
でフリータイム。
(ミラノ飛行場)

ミラノからナポリへ
また2時間の飛行だった。
(メンバー)

三兄弟グループで出発
(帝国ホテル)

初めての宿泊、もう泊まる
ことはないだろう。

■19日成田からミラノへ
参加者は33名、添乗員は阪急旅行社の美人でベテランの佐竹真理子さん。 鼻の下が伸びないように努力する。
飛行機は、アリタリア航空で乗務員は無愛想なひげのおじさんたち、 狭い座席のテレビは操作もよくわからない、言葉がわからず聞くことも 出来ない。リモコンを押したり回したりしているうちにミラノに着いた。 結局テレビ放送はやっていなかったらしい。ミラノ空港でWCに行ったが、小用のラ ッパ口が高いのに驚いた。背の低い人は届くか心配だった。
ミラノ空港からイタリア国内線の小さなジェット機に乗り換え、ナポリ空港へ向かう。 ナポリのホリディ・イン・ナポリホテルに着いたのは22時頃、4つ星の綺麗なホテルだった。


■20日ナポリ市内遊覧およびカプリ島へ
(カプリ島)

ナポリ湾の外から眺めたカプリ島。
(カプリ遊覧)

カプリ島の周りを遊覧。 波が
荒く怖かった。
(カプリ遊覧)

絶壁と荒波はすごかった。 波が
荒く怖かった。
(ナポリの古い建物)

ナポリの市内にはこんな
建物があちこちにある。
(カプリの町並み)

カプリの町は古く高級品が多
い。
(カプリの犬)

カプリの町にはこんな野良犬が
たくさんいる。
波が荒く怖かった。

大型の専用バスで出発、運転はシチリア出身の男前ジョバンニ。 日本に輪をかけた車事情の悪いイタリアの町をスーイスーイと大型バスを走らせる運転技術には驚いた。 路駐の車は傷物が多かった。●ナポリ市内は車窓からの観光。
観光ナポリ港へ。「死ぬ前に、一度はナポリ湾を見て死ね!」と言われる位美しい所であると 聞いていたので、目を見張ったが・・・やっぱり美しかった。(でもカプリ島の方がずっと 美しかった。ゴメン。)

●カプリ島へは、双胴船で、美しいナポリ湾を後に カプリのマリーナグランデ港へ。晴天ではあったが、波が荒く「青の洞窟」に入れなか った。
(ソレントの古い建物)

古びた石垣が歴史を語ってい
るようだった。
(ソレントの古い建物)

イタリアにはこんな絶壁の家
が多い。
その代わり、モーターボートで水しぶきを浴びな がら島巡り。海の色が美しく、断崖絶壁や気候温暖な美 しい島の眺めは、昔から世界の富豪たちの別荘地として 栄えていることが頷けた。島では、小型バスでアナカプ リのレストランへ。昼食はシーフードリゾット。小さな 丘状の地形の途中に出来上がった町並みと、この町から 見る海の眺めは格別に美しい。レモンが採れ るそうでレモンチェロと言うリキュールが有名とか。帰 りはカプリ湾から双胴船で●「帰れソレント」で知られたソ レントへ。ソレントからポンペイへ。


■ポンペイの遺跡巡り

(エルコラーノ遺跡)

エルコラーノ遺跡古代ローマ
貴族の邸宅。
(ポンペイの遺跡)

モザイクで作られた犬がその
まま現れた。
これが 有名なギリシャの番犬
ソレント港には、バスが先回りして待っていた。地図で 見ると、小さなソレント半島が、広大でなだらかな丘陵を 呈しており、これを眺めながら走っていると、
(ポンペイの遺跡)

一部は発掘後再建されたよう
だがまだまだそのまま残っている。
(ポンペイの遺跡)

敷石に馬車の轍が刻まれ
2000年の歴史を物語っている。
(ポンペイの遺跡)

灰に埋もれた時のままの犬
(ポンペイの遺跡)

人も死んだときのままの姿で
空洞となって残っている。
(ポンペイの遺跡)

地下にあった浴場が当時の
まま発掘されている。

誰かが北海道みたいだと言った。狭いイタリアが、ものすごく広大に見える。 途中エルコラーノ遺跡を見学して、ポンペイの遺跡に着いた。 ●ポンペイ(世界遺産)は、BC8世紀頃、商業の町として栄えた古代 都市であったが、1900年前ヴェスビオス火山の大噴火で、 一瞬にして灰の海と化した死の町である。
18世紀半ば からブルボン王朝時代のカルロ3世治世下時に本格的な 発掘が行われ、東京ドームの10個分ぐらいあると言わ れている。
人間や、犬が走り逃げながら灰をかぶり死ん でいった姿が、地中に空洞になって残っており、そこに 石膏を流し込み型取られた姿は、生きながら埋められ、 死んでいった人間の苦しみを思いあまるものがある。一 つの町と数万人が犠牲になった都市。遺跡には野良犬が 10数頭おり、中の一匹が先になり後になりしながら道 案内をしてくれた。犬たちは、遺跡の管理人たちによっ て保護されているとか。ここの遺跡に「猛犬に注意」の ローマ時代のオリジナルモザイクタイルが今も残っている。興味を引 いたのは、大きな石畳の通りに、馬車の轍が10cmもへ こんで残っている事だった。これが2000年も続いた 古代都市の歴史を物語っている。ホテルへ の帰路、●シェルカメオの工場を見学。本場でも、いい物は 高価で買えなかった。


      ■21日マテラへ

(マテラへの途中)

マテラへ向かう途中
古い城跡を見ることが出来る。
翌朝、ホテルの窓から外を見ると、電車通りには野良達の おみやげがいっぱい並んでいた。あと、どうなるのか 未確認のまま出発時間になってしまった。丹下健三氏 がプロデュースしたと言われる近代的なオフィスビル 街や、旧市街地、13世紀のカステルヌゥヴォの古城、 12世紀にノルマン王によって作られた海に浮かぶ要 塞 卵城など、古城を観光しながら、途中アテニン山 脈を通り霧のかかった山々、雲海など幻想的な風景を 楽しみ、目的地の●マテーラ(世界遺産)へはバスで4時間余の長い移動だった。



■昼食後、マテーラ・サッシ地区の石洞窟住居(世界遺産)を観光


(石窟)

マテーラへ向かう途中
古い城跡を見ることが出来る。
(石窟)

マテーラへ向かう途中
古い城跡を見ることが出来る。
(石窟のキッチン)

ココは石窟の中の
台所です。
(石窟の部屋)

部屋の中では
馬も飼えるようになっている。
教会を挟んで左右時代の異なるサッシ地区の方の、 石灰岩をほり進んだ石窟風景(世界遺産)が珍しか った。 8世紀にオリエントの僧侶達が作った隠れ家に なっていた洞窟の作りや壁画、農民の生活様式等、内部まで見 学することが出来た。


■この後アルベロベッロに向かう。

(アルベロベッロの朝市)

野菜や果物が安い
日本の1/5位の値段だった。
(アルベロベッロの日本人)

ラエラ陽子さんはとんがり
屋根でおみやげ 店をやりながら
ガイドをしてくださった。
(アルベロベッロ)

とんがり屋根の石の家
は、おとぎの国のようです。
(アルベロベッロ)

中はとても広かった
●アルベロベッロのトゥルリ地区(世界遺産)は石灰岩の平石で出来た とんがり屋根の家が千数百件建ち並んでお り、まるでおとぎの国のようだ。日本からイタリア人に 嫁いで、こことんがり屋根の家でお土産店をやってい るラエラ陽子さんに来ていただき、ガイドしてもらった。 家の中まで見せていただき、お土産を買わされたり?い やいや冗談・・・ご主人も出てこられ、献身的な日本人応対に感謝。 陽子さんは、 10年ぐらい前にツアーで来て、ここの店に立ち寄った とき、今のご主人に見初められて、引っかけられてしまっ たとうれしそうに語って下さった。さすがイタリア人夫と 感服した。夜も遅くホテルへ。

■22日アルベロベッロからシチリア島へ

朝、トゥルリ地区のとんがり屋根を再見学。近くで果物や野菜の 朝市があったので、デコポンとブドウを買ったが、考えら れないくらい激安だった。
イタリア半島を南下、シチリア 島に向かう。この間も、山はなく丘陵地帯のみ。またも、 ものすごい広大さに感銘した。途中昼食はコゼンツアのレストランでロール 巻き牛肉を楽しみ、フリータイムでスーパーへ。ここで買い 物。その後ヴィラ・サン・ジョバンニへ。
(途中)

マテラからシチリアに向か
う途中イタリアの松がとて
も気になった。
種類が違うのか。みんな
こんな姿だった。
(特大ピザ)

シチリアへ向かう途中の
昼食に特大ピザを食べる
ことになった。おいしかった
が、生地がとても硬かった。
(赤いバス)

旅行のスタートから我々
を運んでくれた専用バス
です。ベンツだったかな?
(運転手)

赤いバスの運転手はジョ
バンニー。イタリアの クリ
スマス渋滞を普通車以上に
スイスイと我々を運んでくれた。

ここからフェリーで大型バス共々●シチリア島へ。クリスマ スと重なったせいかフェリーに乗るまで大渋滞にあってし まった。5分の所、1時間半ぐらいかかった。船が大きい せいか、いつ出航し、いつ到着したのかもわからな かった。自動車は、何百台も乗船していたように思う、で も乗船時間は20分と短かった。      シチリア島のメッシーナに到着、ここからホテルのあるジ ャルディーニナクソスへ。今日は、小雨の中長い移動の日だった。 夜6時半頃、豪華なラマダホテルに到着。ベテラン運転手 のジョバンニが、疲れも見せず笑顔で車から見送ってくれ たのがうれしかった。ホテルの部屋から観る海の景 色がすばらしかった。プールもあって、ハワイの豪華ホテル のようだと家内が言ったが、いつハワイに行ったことがあるの かなー?・・・?部屋も超豪華で、洗面、バス、
(ホテル)

シチリアのラマダホテル
5星の超豪華ホテルだった。
(ホテルから)

窓からの眺めも絶景だった。
トイレが素晴らしくきれいだ。旅のスタート時、添乗員の佐竹 さんに、「日本人は、ホテルで欧米人に比べて約5倍くら いの水を使うそうなんで、出来るだけ水とお湯は節約して ください」と注意があった。3日目のコンデルソルホテルでは、 寒くて、お湯も自由に出なかったが、今日は違う。お湯のじゃ 口をひねるとすごい勢いでお湯が出てくる。シャワーは珍 しくマルチ方式。今夜はゆっくり休めるか・・・。

    ■23日タオルミーナへ

ホテルからバスで2時間、タオルミーナへ。
(タオルミーナ)

シチリアのタオル
ミーナの広場で。
(競技場とタオルミーナ)

町が美しく素晴らしい眺め
だった。
(小円形劇場)

ローマ時代からのもので
今でも使えるくらい健全に
残っている。
(大円形競技場)

ギリシャ時代からローマ
時代に回収された円形
競技場。
(競技場の舞台)

ローマ人が、囚人と猛獣
を戦わせた舞台が、今も
残っている。 映画等でよく
見る舞台(堀)。




●古代ギリシャ劇場、ギリシャからローマ時代に受け継がれた 円形競技場でよく映画や学校で、写真を見たり話を聞いたり した劇場だ。イオニア海を見下ろし、エトナ山を望む丘陵に 出来ている。写真でもわかるように、昔、罪人と猛獣を戦わ せた堀が生々しく残っている。たとえ人間が勝っても、最終 的には崖から落ちなければならなくなっている。ギリシャ人 は目の前で、猛獣に食われる人間を見て喜んだのかと思うと ゾーッとする。そんな堀の中が、客席から見えるように
なっていて、それが今、目の前にある。何とも不思議な気持ちだった。 音響効果がどんな物か、地元の男性ガイドがステージでボラ ーレを歌ってくれた。
続いて自分たちも合唱。同じ時に、客席にい た別グループのドイツの観光客から拍手喝采、なんとまーす ばらしい出演者と観客よ、アンコール!!ここタオルミーナ には、もう一つギリシャ時代に作られた小さな円形劇場があ った。ここは石で造られており、人間と猛獣が戦う堀はなか ったが、今でも野外劇場として使えるようになっていた。タオルミ ーナの町を見学。ここでちょっと買い物。町はクリ スマスツリーがきれいに飾られている。さすがネオンはない がイルミネーションがどこに行ってもきれいだった。


■タオルミーナからパレルモへ
(パルレモまでの車窓)

ココでも車窓は平原ばかり。
日本なんか問題にならない
くらい広く感じる。
(パルレモの夜)

夜のパルレモも
クリスマスのため素晴
らしいイリュミネーション
で飾られていた。
タオルミーナからパルレモまでは5時間余り。また平原を走る。 ここは、州都で古代ギリシャ人が首都国家を作りにやってきたところ。 その後、カルタゴ人・ローマ人・アラブ人などが国造りをした。 イスラム文化とキリスト教文化が融合している島でもある。 広壮な●ノルマン宮殿(パラティーナ礼拝堂)はアラブ人が造 り、ノルマン人が手を加えたアラブノルマン風の建造物で、華や かな金のモザイクで飾られていた。当時のままのモザイクが 今なお残っている。礼拝堂の中には王の棺もあり、手の込ん だ造りに目を見張るものがあった。今も礼拝堂として使われて おり、懺悔の箱もあり、入ってくればよかったかなーと反省。 もう一つの教会は●マルトラーナ教会。ここも立派な建物だっ たのは覚えているけど細かいことは思い出せない。もう疲れ てきた。今ここに記述しながら思うと、教会や神殿を数多く 見ていると、しっかりメモしていないと、何処が何処かわか らなくなってしまう。ちょっと記憶が定かじゃなくなりまし た。パレルモのアストリアパレスホテルへ。



■24日アグリジェントとモンレアーレへ

(アグリジェント)

歴史を感じさせる景色が
遠くからも見える。
(コンコルディア神殿)

一部補修されたようですが
古代によく作ったものだと
あきれるばかり。
(ヘラクレス神殿)

さすがに目の前にすると
巨大さと建造の不思議さを
受けた。 よく作ったものだと
気が遠くなるほど細かくて美しい。
(遺跡の犬)

アグリジェントの遺跡は
犬たちと管理人によって
守られています。
(アグリジェントまでの車窓)

ココでも車窓は平原ばかり。
珍しく何十年ぶりかの雪だった。
(モンレアーレのカテドラル)

11〜12世紀のノルマン
王朝時代に作られた。
(モザイク)

その時代のものとも思えない
くらい美しいモザイクが今も
残っている。 よく作ったものだと
気が遠くなるほど細かくて美しい。
(モザイク)

金張りのモザイクが
今なお残り美しい。
●モンレアーレには、ノルマン・アラブ様式の有名な教会(ドゥオー モ)がある。聖堂の内部には大きなキリストの像があり 黄金のモザイクで覆われている。回廊の柱にも黄金のモザ イクが施されており、当時の物がそのまま残っている珍しい 教会だ。黄金のモザイクが、気が遠くなるほど細かく精巧に出来ており、綺麗ですば らしかった。建造した技術もすばらしい。

●アグリジェントはイタリアでも最も古いギリシャ時代の宮殿 がきれいな姿で保存されている。ここは、古代ギリシャ時代からローマ時代に 栄えた王宮や教会が、当時の姿を残し、貴重な遺跡になっている。中でもコンコルディア 神殿や、ヘラクレス神殿は一部修復されているようだが、当時を忍ぶ姿として荘厳さを感じる。 ここは、オプショナルツアーとして見学できた。あまりイタリア観光のルートにはないとの 話だった。貴重な見学が出来大満足だった。


■25日ローマへ

(パルレモ空港)

ローマへは国内線で。ちょっと
ファーストレディ気分???
(オベリスク)

ジプトから運んだといわれ
ローマのシンボルとなった
(フォロロマーノ)

ローマ帝国の発展と没落の
歴史の舞台となったローマ
王国の拠点。
(コロッセオ)

ギリシャ時代からローマ時代
迄造り足されてきた巨大
コロッセオ。
(凱旋門)

旧市内と新市内がこのゲートで分かれている
古代は権力象徴の門だったのか?
(トレビの泉)

後ろ向きでコインを投げ
うまく入れば再びローマを訪れる
といったことわざがある。
(真実の口)

真実の口に手をいれると嘘
つきの人は手が抜けなくなる
と言われている。 ローマの休日
で有名。
イタリアに行ったら古代遺跡の町ローマ観光は付き物。と言 うことで、今回予定になかったローマ見物をする事が出来た のは幸運だった。パレルモから空路でローマへ2時間。●ト レビの泉は、泉に背を向けてコインを投げ入れると再びロー マに来れると言う伝説がある。ニコラ・ザビルのデザインで 1762年に完成した。海神ネプチューンの彫刻がある。泉 の背後のポーリ候の宮殿との調和がとても美しい。●コロッ セオは古代ローマの権力と栄光を象徴する建築物で8世紀ウ エスパシアヌス帝によって完成された。周囲527m長径 188m矩形156m高さ57mの楕円形闘技場で、1階 はドーリア式2階はイオニア式3階はコリント式と時代毎に 造りたされた、時代をまたがる代表的な建造物である。目の 前に見ると偉大さを感じ、すばらしいの一言につきる。中 に入れず残念だった、隙間からちょっと覗いてきた。● フォロ・ロマーノはコロッセオとベネチア広場の中間に広がる 古代ローマの大遺跡集落。ローマ帝国の発展と没落の歴史の 舞台となったところである。●真実の口 サンタマリア・イン・ コスメディン教会の入り口にあり、映画「ローマの休日」で 有名になった。嘘つきが真実の口に手 を入れると、手が抜けなくなると伝えられている。私も心配 しながら手を入れてみたが、無事抜けて帰ってくることが出 来た(*^_^*)。本当はマンホールの蓋らしい。昼食はローマ市内の中華料理店で食事。 これがすごくおいしかった。水餃子と春巻きの前菜、卵スープ、 野菜炒め、チャーハン、青椒牛肉絲、エビチリ、デザートと豪華な食事だった。イタリア の手の込んだ正式イタリア料理が食べたかったが・・・見送ってきた。

■帰国
(機内)

帰りの機内はゆっくりだった。

楽しい旅をさせて頂き感謝いたします。
大きな思い出が一つ増えました。
ローマ空港発25日夜8時〜直接成田着26日夕方5時、 往路はアリタリア航空で、サービスがもう少しと思ったが、復路 は日本航空でサービスは往路より数倍良かった。テレビ放 映もあり、機内は空席があり、ゆっくり座れた。あずさで一路岡谷 へ。、駅に着くと周りは薄い雪化粧、おー、寒い寒い。楽しかった旅 は、思い出深いものとなって心に刻まれた。兄弟夫婦そろっての旅に また行きたい。



■食事

(レストラン)

昼食は何時もお楽しみ食事
(カフエレストラン)

食事にはいつもワイン
さすがに朝はなかった。
ホテルの料理は、朝はバイキング方式のアメリカンブレックフ ァーストまたはコンチネンタルブレックファーストが主で、昼 食はいつも外食、夜は期待のメニュー食と豪華だった。ただ昼 と夜の食事時には、必ず有料でチップを含めた別会計の飲み物 を注文することだった。水を飲んでもワイン程かかってしまう。 ならばワインの方がお得、と言うことで、私たちは昼食と夕食 には必ずワインを飲んだ。ワイン通になって帰ってきた?ただ、 私たちの飲み物代は、すべて小田原の長兄にごちそうになった。 かなりの出費だったと思う、ありがとうございました。 毎、朝食のチーズ類とハム類は、とてもおいしいものでした。パンはちょっと堅すぎ でした。ペンネやパスタはそれぞれ特徴のある味付けのソースが 使われており、日本では食べられない味付けの物が多 かった。おいしいスパゲッティを期待していたが、ペンネが主 で、スパゲッティが出てくると拍手が起った。イタリア料理のソー スの食材と味付けの勉強になったよう。 旅行中の食事メニュー


■イタリアの交通事情

旅はスタートから専用大型バスが用意されており快適に予定通りの 行動がとれた。ただクリスマスと重なり、シチリア島へのフェリー乗船時 2時間ぐらいの渋滞に一度遭った。
日本に比べ路上駐車が多く 傷ついた車が多く目立った。

■イタリアの犬事情

(イタリアの犬達)

アグリジェントの遺跡で
(イタリアの犬達)

カプリ島の港で
(イタリアの犬達)

モンレアーレの
レストラン近くで。
(イタリアの犬達)

ローマの町で、
誰もいじめる人はいない。
(イタリアの犬達)

ナポリの町末千子写真
から。
(イタリアの犬達)

ポンペイで。こんな犬なら
連れて帰りたかった。
イタリアの町には野良犬が多い。野良でも周りの住民たちが大事 に飼っているらしい。犬もとてもおとなしくて呼ぶと駆け寄って くる。リードを離すと逃げまくる日本の飼い犬とは大きな違いだ。 どうしてなのだろうと疑問がわいてきた。



■イタリアの旅雑感

イタリアに行ってみて感じたが、古い歴史の町に感銘した。日本と の文化の違いがわかる。古代ギリシャやノルマン、ローマに征服さ れ、スペインに影響を受けた。イタリア人の、作られた陽気さの中 には、並々ならぬ苦労に耐えてきたイタリア人の、押さえられた気 持ちを晴らす手段が必要だったのだろう。そんなDNAが今も消え ることなく、受け継がれているのだと思う。日本人に対しては何と なく冷たさを感じたイタリアの旅だった。まだまだ日本は小さい、 そして日本人も小さいと感じた。外国を観て、日本の国際化はまだ 早いのか。