火葬戦記 〜跳梁跋扈!?〜

 

第二十一話

 

1946年1月6日 メキシコ湾

大きな、巨大な、いや、従来の如何なる言葉でも正しい形容など望むべくもない艦が、ゆっくりと海を北へと滑っていく。
それは既に、船ではない。
排水量が1億トンともなれば、最早浮かべる要塞島である。
しかしながら、艦長ライトマン大佐ですら、その表情に余裕はない。
「間に合うか」
「間もなくです」
彼は、無意味と知りつつも、前方を双眼鏡で確認した。
彼方に陸地が見える。
東に振れば、ヒューストンをも確認できる。
しかしながら、彼等の目標は、それではない。
Ocean Dominance Shipこと、戦略砲艦ユナイテッド・ステーツは、姉妹艦アメリカを従え、200インチ砲を振り翳して、なおも進む。
しかしながら、今日その200インチ砲を発射することはない。
元々機動部隊をアウトレンジし、これを一撃で葬る為に造られた200インチ砲。
その砲弾に収められているのは、120基もの原子爆弾なのだ。
そんな物を、自国領に向けて発射することなど、出来るはずがない。
そう、自国領なのだ。
「敵艦ではなく、敵都市でもなく、自国領内の、それも生物と戦うというのは…、おかしな気分だ」
「艦長、油断はなりません。既に、陸軍の一個師団が壊滅しているのです」
「…まったくだ。しかし、どういう生物なのだ、そのゴジラとかいう奴は。戦車砲や榴弾砲、2000ポンド爆弾を受けて、生きていられる生物など、あっていいのか。何故に、神はそのような命を創りたもうたのだ」
無論、油断などしてはいない。
俄には信じがたい話だが、常識より信用できるのは、友軍の報告である。
誰かが、間もなく“副砲”射程内である旨を告げる。
「副砲戦準備。僚艦にも伝えよ。射程に入り次第、攻撃開始。弾種徹甲弾」
副砲とはすなわち、自衛火器である。
この艦の自衛火器は、戦艦を撃退できる火力であり、20インチ砲を4連装砲塔に収め、36基装備。
これで、ゴジラを撃つのだ。
貫徹力で言うなら、200インチ砲が核砲弾しか持たない以上、米軍の保有する如何なる兵器より高い。
「まあ、この艦の力があれば、何とかなろうが…」
「B−60が帰還します」
「着艦させろ」
「はっ!」
そう、B−60爆撃機を以てしても、撃退はならなかったのだ…。



同じ頃、熊本市内某所

地下の、ごくありふれた飲み屋には、店の関係者の姿はなく―――昼間だから当然だが―――、代わりに厳しい表情の者達が居た。
柳井槍太、新庄将嘉、新庄礼華、五十嵐誉、フェルディナント・ポルシェ、テレーゼ・ラーナ・フュルスティン・フォン=ヒンデンブルク、そして、昭和天皇その人。
恐るべき顔ぶれが揃うには、その店は、あまりにも不釣り合いであると言える。
「俺、一生の内で、こんな風に陛下に会うとは思わなかったですよ」
「感動は後にせい。重大の上にも重大な用件だからな」
小声で話す、五十嵐と柳井。
安易に話し掛けられる柳井とて、実験空軍の最高位に位置し、階級も大将であるのだが…。
その大将は、おもむろに立ち上がり、マイクを取った。
「ええ、司会を務めさせていただきます、柳井大将です。そろそろ、始めさせてもらって…、よろしいですか?」
畏れながら、と天皇陛下に話を振る柳井。
「お、いいよ。ドンドン行こう。まずは何だったかな?」
しかしながら、回答は、不釣り合いなほどカジュアルな言葉である。
「まずは、決起理由の確認を…」
「それだ」
唐突に、陛下の顔つきは引き締まった。
それでこそ国家元首…とは、テレーゼの評。
「あのハゲ東条めが、よりにもよって、朕を監禁しよってからに。妖術を使うなど、まったくもってけしからん。よって勅命、奴を始末せよ」
彼に掛かれば、問題は極めて単純に聞こえてしまうが、背景までしっかり語れば、一冊の本が出来る。
「妖術を使うのですか…?」
新庄(妻)が、口を開いた。
「アレは妖術としか言い様が無い。朕も容易に屈するほど弱くはないが、妖術で不意打ちと来れば敵わず、不覚をとったものだ…」
ちなみに、沖縄沖海戦後の会議中、皇居で柳井に会ったのは、そこから何とか脱出した時であったのだ。
「詳細は、こちらに報告書としてまとめてありますので、各位は後ほど目を通されてください」
その柳井は、そのように補足した。
「さらに、こちらの資料は、私から解説させていただきます」
柳井は、緑色の表紙で綴じられた資料を、手に取った。
「これもまた、陛下からの情報でありますが…」
ノートPCを操作すれば、プロジェクタに表題が浮かび上がる。

人類史完成計画『魔』

そのような文字が、浮かび上がったのだ。
一同、訝しげな表情。
柳井はマウスを一度クリックし、次へ進める。
「概要を一口に説明すれば、覇権計画であります。首相は、日本による、日本のための、日本の、世界をつくる気です」
「そのようなことは、物理的に不可能でしょう」
テレーゼは真っ先に口を挟んだ。
そう、日本の1億弱の人口で、全世界、恐らく20億前後の人間と、この広大な土地を支配することは、物理的に不可能である。
…という理論だ。
そうであるが故に、ドイツは敗退したのである。
「良い指摘ですが、その点も考慮されています。この計画によると、第一段階は外国人の大量虐殺に始まります」
一旦、口を噤む柳井。
「核で、すべての都市・集落を焼き払うのです」
場は、水を打ったように静まりかえった。
「そのために無数の人工衛星を上げ、大陸間弾道弾を製作し、残存放射能の少ない光波核融合爆弾を開発したのです。確かに、そう考えるなら、すべて説明は付きます」
ICBMも核も、戦争に勝つことが目的だとするならば、必要ないのだ。
まして、技術的に極めて困難、かつ非常に高価な、光波核融合爆弾など…。
まったくもって、なんて事を考えるんだ。
口にするのも嫌になる柳井だが、それは皆同じである。
さらに言うなら、試験すらせずに核融合爆弾を実戦投入したのも、敵地を試験場にすれば一挙両得…などという首相の言葉である。
しかも、それだけではない。
「さらに…、第二段階では細菌攻撃を行います。核攻撃と併せ、99.999%の外国人を殺害します」
街も工場も道も、何もかも吹き飛ばされた後では、当然医療もまともに機能しない、ということである。
「あり得ない…」
テレーゼは、言った。
そんな奴に、力を貸してきたのか。
連合軍の都市無差別爆撃を糾弾せんがために、日本まで来たというのに、一体ここまでの戦いは何だったのか。
怒りも当然だが、空虚さが耐え難い。
「確かに、一番分かり易い方法ではある。だが…これが、人類史完成計画とはな。感動するね」
「呆れて物も言えませんよ。お上のやることは大抵ロクでもないと相場が決まってますが、度外れてますね」
「ひゃひゃひゃ、競争相手もナシに、技術なぞ進むもんじゃないぞう。ワシも反対じゃい」
「しかも、それを朕の名に於いて、皇国の名に於いて実行するというわけだ。認めぬ。朕は認めぬ」
意見は、改めて一致を見た。

「…無論のこと、私も皆と同じ決意を抱くものであります。従って、具体的な作戦立案に入りたいと思います」
全員が頷く。
柳井は、再びマウスを操作する。
日本列島が、浮かび上がった。
「まず考えられる主要な攻撃目標は2つ。東条首相そのものと、長野県内のミサイル発射台です。幸いにして、首相自身がホネのある奴を皆粛正しているので、陛下のお言葉さえ賜りうるならば、後始末は容易なことです」
「皆、じゃない。俺達が居る」
「そうですな」
五十嵐と柳井は、不敵な笑みを交わした。
「なお…、ミサイル発射台は破壊しては危険です。無傷で制圧することが望ましいですな」
可能とは思わないが…、と内心思いつつも、柳井はそう付け足した。
「付随する攻撃目標は、比較的多数。首都圏の各駐屯地及び横須賀鎮守府は、これをすべて制圧しておかなければなりません」
ますます不可能だろう、少なくとも武力に頼るなら…、そう柳井は思った。
「君、それ出来ると思う?」
「畏れながら陛下、不可能だと思います」
「不可能で済むか…?」
陛下の声、応える柳井、追求する新庄(夫)。
一瞬、気まずい沈黙が支配する。
「…であるので、電撃的奇襲攻撃でもって、ただ一点、東条首相を狙い撃ちにするしかないでしょう」
それを、平然とした顔で、柳井は破った。
「ま、そんなものだろうね」
当たり前といえばそうかもしれないが、これを突破口に、会議は進んでいく。



舞台は再びアメリカ合衆国に戻る。

「閣下、最早行くなとは申しません。ただ、生きて戻られてください」
あえなく予備役編入となったニミッツ元提督は、そう言った。
「うむ。ワシも妻と子がおる。昨日、会ってきたが…、知らん内に、随分と年を取ったもんだ。お互いにな…」
ヒューストンの近く、ボーモントの郊外に、大統領は居たのだ。
沖合に停泊する、黒い姿。
それは、合衆国の誇り、原子力潜水艦ノーチラス号である。
遠方から轟く、大きな爆発音。
その方角を見やれば、巨大な生命体が、こちらを目指しているのがわかるだろう。
「閣下、急がれてください!」
ランチに乗った水兵が、大声で急かす。
5km程離れたところに展開する野戦重砲が、撃ち始める。
ズーンズーンという砲声が、がなり立てるように彼等を襲った。
「さらばだ、合衆国よ!」
最後に大地に自らの声を刻んで、彼は陸を後にした。
ゴジラが突如炎を吐き、呑まれた鉄塔がたちまち真っ赤に溶け落ちる。
海洋支配艦の放った巨弾が、その周囲に着弾して、大量の土を巻き上げる。
巨大な炸裂音。
命中したかせずか、巨竜が吼える。
圧倒的な轟音達。
「大統領閣下を収容した! 両舷全速! 潜航する、艦首注水、1000!」
「アイアイサー!」
遠くでその声を聞きながら、トルーマンは自らハッチを閉じ、ロックした。
ガチャンという重たい響き、その音を再び聞く機会は、恐らく無いであろう。
艦内に断続的に響いてくる、遠方の爆発音。
祖国が襲われている中、国を離れるのは辛いが、この仕事は、自分以上の適任者は居ないのだ。
防ぎようもない戦略核攻撃を前にして、真っ先にソ連が降伏、次いでフランス、イタリア、トルコ…。
英国までもが、降伏に傾いている。
要求には、全植民地及び保護領の、無条件放棄が盛り込まれているのだ。
それにも関わらず、英国が降伏に傾くとは、事態が如何に容易ならざるものか、知れるというものである。
アメリカとて、ただでさえハワイを取られ、海軍を壊滅状態に追いやられ、マッカーサー率いる大軍が孤立しているのだ。
インド洋経由の補給線も、敵の戦略爆撃機と原子力潜水艦により、あって無いに等しいほどでしかない。
いや、敵の原潜部隊に至っては、今や7つの海のどこにでも跳梁し、我が物顔で暴れ回っているのだ。
異常な高速と長射程誘導魚雷、度外れた深深度潜航能力、そして対艦ミサイル…。
そのどれか一つにすら、有効な手立ては無い。
垂直発射装置から水中発射可能な対空ミサイルまで有し、天敵であるはずの航空機にすら、積極的に攻撃を加えてくるのである。
おまけに今日、敵の機動部隊が、輸送艦隊を引き連れて、フィリピン方面に出港したらしい。
この上さらに、豪州と中国を分断しようというのだろう。
やはり沖縄沖が分岐点だったのだろう。
最早、勝機は遠くへ去ってしまった。
それでもなお、合衆国は、最後の一手を放った。
特殊部隊を日本本土に突入させ、東条首相とミサイル発射台を叩く。
諜報員が壊滅的な被害を受けている中、そんな作戦は、自殺行為とのそしりを免れないであろう。
もし仮に作戦を完遂したからとて、日本が和平提案を呑むとは限らず、また決定的な軍事的不利を覆せるわけでもない。
しかしながら、他に方法があるだろうか。
アメリカ合衆国は、負けてしまっては維持できない国家なのだ。
それは、彼とてもよく知っている。
それ以前に、降伏すれば生命の安全が保証されるという保証は、どこにあるのか。
民主主義国家とも言い難く、そして世界で唯一、核弾頭と、その確実な運搬手段を持つ国家に負けて、それで大丈夫なのか。
究極の破壊手段を意のままに操る勢力が、地球上に唯一つだけ存在するという意味なのだ。
そう、連中が何をしても、一矢報いるどころか、文句一つ言えぬのではないか。
そのような世界など、受け容れるわけには行かないのだ。
諜報員が命を代償として得た、目標の情報。
それを、無駄にするわけには行かないのだ。
選択肢など、事実上存在しない…。
「大統領として、な」
自分に言い聞かせるように、トルーマンは言った。
艦の外から、大きな爆発音が、絶え間なく染み込んでくる。
「大統領閣下、こちらでよろしいのですか?」
「お? そうだな、ワシと共に突入する、不敵で勇敢な奴等と、挨拶したい」
「おそれながら閣下、日本列島に肉薄するというだけで、不敵で勇敢な行為です」
まったくだ。
最近6ヶ月に至っては、敵本土の300浬以内に接近して、生きて帰ってきた味方潜は、1隻もない。
「はっはっは! そうかもしれんな。それはともかく、早速挨拶しておきたいよ。案内頼めるな?」
複雑な笑みを浮かべて、大統領は言った。
「は。こちらへ」
くだんの水兵は、一礼し、狭い通路を歩き出した。
真新しい艦内。
あらゆる機器は、金属光沢も美しく、服に染み込むおかしな匂いもない。
加圧水型軽水炉は、あらゆる空間を埋め尽くす蓄電池をも、排除した。
出撃して、任務をこなし、帰投するまですべて潜航したままという、圧倒的な連続潜航能力。
それはすなわち、完全なステルス性を約束する。
隠密性、潜水艦の最大の武器は、それでこそ真価を発揮できるのだ。
水中高速性能も、騒音低減も、おまけに過ぎない。
原子力機関を手にしたとき、初めて潜水艦は、一人前になったのだ。
広い艦内だ。
水中排水量3万トンを誇る大型原潜は、2つの大きなスクリューを誇らしげに振り回して、沖へと抜けつつあった。



その日も、東京はどんよりとした雲に覆われていた。
「…気分が優れぬ」
首相は、自宅の窓からそれを眺めつつ、一言呟いた。
彼の任期中に、帝都の街並みは一変した。
ニューヨークもかくや、と言うほどの摩天楼立ち並ぶ渋谷、沿岸は見渡す限りの巨大工場が軒を連ね、そして極めつけは…。
就任当初時点での、SF未来都市とでも言えそうだ。
「何も、問題は無い。もうすぐ、もうすぐでおじゃる…」
そう、気分が優れないのは、単に天気のせいだ。
彼は、そう自分に言い聞かせた。
ふと気付けば、携帯電話が鳴っている。
もちろん、暗号の掛かった専用回線だ。
「わしでおじゃる。…ふむ、ふむ、そうか」
電話は、アメリカ大統領の動向について、偵察衛星からの情報であった。
潜水艦に搭乗し、行方を眩ましたという。
空路を使わないところを見ると、余程隠しておきたい事があるのだろう。
もっとも、彼にとっては、アメリカ大統領の事など、最早どうでも良かったのだ。
「恐らく、欧州方面でおじゃろ。原潜を向かわせ、可能なら拿捕、無理なら始末するでおじゃる。…ほぅ」
その次には、海洋支配艦が、とうとう実戦投入された事。
「ふむ、まあ、今のところはよい。引き続き監視するのでおじゃる」
彼は、そう指示して、電話を切った。
また、厄介な物が現れた。
これを倒すことが、最後の一歩になるあろう。
彼はそう判断したが、難しいこととは思わなかった。

やがて、雲はますます低く濃く、そして暗くなり、帝都は陰鬱な寒い雨に洗われていった…。












つづく