・・・確か、子供の頃だった。
そう、もう薄れかけていた記憶の中。
僕は、女の子と二人で遊んでいた、はずだ。
「おっきくなったら〜、なんになる〜?」
「えっとね、あのね、うたをうたうひと〜」
名前は忘れた。
だけど。
「じゃあ、○○ちゃんにうたってよ〜」
そう、彼女は確か自分のことをちゃん付けでよんでいた。
「ぼくがほんもののうたうひとになったらね〜」
「え〜」
そんな約束をした。
そして・・・僕は引っ越した。
もう、十三年ぐらい前の話だ。僕が、五歳ぐらいの時の。
芹夕 誠 十八歳
なんと読むのかよく聞かれる。
そんなときは、ちょっとはにかんだような、困ったような笑顔で。
「『せりせき』です」
珍しい名前だ。いや、名字。
私は彼が好きだ。
静波 真琴 十八歳
「しずなみまことさん」
「あ、はい」
病院、真琴は受付へと歩いていった。
「五日分出しておきます」
「はい」
十二月二十四日。
クリスマス・イヴ。
真琴は陰鬱な気持ちだった。
こんな大切な日に風をひいてしまうなんて。
まぁ、一緒に過ごすような特別な人がいるわけでもないが。
今年のクリスマス会は、行けないと伝えて置かねばならない。
ふと、横を見た。本屋。
真琴は中に入っていった。
誠はバンドのメンバーと一緒に、今回のクリスマス・コンサートのリハーサルを行っていた。
今はまだ開場していないが、既にドームの周りには大勢の人がいるらしい。
「誠さん」
「はい?」
「今日のイベントでちょっと」
「『誰かのために捧げます』っていってくれません?」
「は?」
「ちょっと盛り上げるためですよ。誠さんが『ファンのみんなのために歌います』って言ったら、ね。もりあがるでしょ?」
「・・・はぁ」
先ほど本屋で買った、今人気グループ『EXCOMMUNICATE』のニューシングル。
真琴はこれを聴きながら、布団へ潜り込んだ。
そういえば、今日は東京で、彼らのクリスマス・コンサートがあるんじゃなかったか。
もともと真琴は親が許してはくれなかったのでいけはしなかったが、おかげで今日の歌番組のスペシャルに彼らは出ない。
それを思うと、更に気持ちが沈んだ。
先ほど熱を計ったら、三十八度九分。
明日まで続くかもしれない。今までで最悪のクリスマスを迎えてしまった。
開演の時間。
誠は、バンドの仲間に促され、何度目か立つステージへと足を向けた。
先ほどのスタッフが、目で合図している。
(頼みましたよ)
誠には、しかし、別の思いがあった。
大勢の前に立つ今までより、一際ざわめきが大きくなり、そして一瞬にして歓声に変わった。
『いつか約束した』
「・・・・?」
真琴は起きあがった。
『貴方のために』
「・・・・」
『小さい頃の思い出だった』
『貴方のために』
『僕はこの唄を歌います』
『今は離れてしまった』
『だけど 忘れることのないあなたへ』
『世界でただ一つの』
『僕からのクリスマスソングを』
『捧げます』
サビの部分。
真琴は、もう一度その部分をかけ直した。
『いつか約束した』
『貴方のために』
『小さい頃の思い出だった』
『貴方のために』
『僕はこの唄を歌います』
『今は離れてしまった』
『だけど 忘れることのないあなたへ』
『世界でただ一つの』
『僕からのクリスマスソングを』
『捧げます』
誠が歌い終わると、歓声が更に大きくなり、正にはち切れんばかりと言おうか。
そんな歓声に、誠はしかし答えなかった。
そして。
「・・・僕は」
その言葉で、開場が静まり返る。
「僕は、この唄を」
バンドのメンバーは、打ち合わせの無かったこの誠の行動に不思議そうな表情をし。
舞台袖では、先ほどのスタッフが「よし」と合図している。誠はそれは見てい無かったが。
「僕は−−−」
前に、確かこんな男の子がいた。
大きくなったら、歌手になる。そして、自分の為に歌ってくれると約束してくれた男の子が。
−−−まさか。
真琴は苦笑し、CDを切った。そうだ。かなり昔のことだ。
覚えているはず無い。
「僕はこの歌を、昔、約束した少女に捧げます」
会場が、静まり返った。
バンドのメンバー、そして殆どの観客はこの意味を理解していないだろう。
スタッフは呆けたような顔でこちらを見ている。
名前も思い出せない少女。
だが、確かに自分の胸に残っていた少女。
名前も思い出せない少年。
しかし、心の底に確かにいた少年。
クリスマス・イヴ。
夜は静かに更けていった−−−
いつか約束した貴方のために
僕は 唄を歌います
昔の 暖かい思いでをくれた貴方に
僕は この唄を捧げます
そして メリークリスマス
貴方に会って言いたい
だけど それが叶わぬならば
せめて 貴方に伝わって欲しい
メリークリスマス