「今日はここらで野宿にするか」
 と、俺がいうと、シィナははふーっと安堵のため息をついて、街道のど真ん中に座り込んだ。
 その襟首を掴み、ネコにするように引っ張り上げる。
「おい立て。まさか道で寝るわけに行かないだろ」
 言いながら、俺は周囲を見回す。
 街と街を繋ぐ街道―――後ろの街と前の街とはほぼ等間隔の位置にあると思う。・・・もっとも、辺りは陽が落ちて薄暗く、前を見ても後ろを振り返っても街の影は見えないが。
 街道の右手には黒く目に浮かぶ森。どうやらヒトの足が入っていない森らしく、不気味を感じる。こういう森には何が出るか解らない。というのは冒険者以前の一般常識だ。
 左手。その彼方には、巨大な山が見える。距離とここから見える大きさを考えて、かなり大きい山だ。・・・そんなことは今の俺たちにとってどうでもいいことだが。
 山から視線を落とし、手前までもっていく―――と、ちょっとした林が見えた。林、と言っても背の高い木が三、四本生えてる程度のシロモノだが。
「ほら、シィナ。あそこまで歩くぞ」
 俺が言うと、シィナは“はぅ・・・・”と息を漏らし、それでも自分の足で立ち上がった。

 

 

 実を言うと、しばらくはエヴァロン(中原でかなり栄えている街)に滞在するつもりだった。
 サイフの中は寂しかったが、それでも大都会。選ぼうと思わなければ、仕事なんぞ幾らでもある。
 俺は、冒険者になったその理由・探求していた答えのカケラも見つかったコトだし、シィナと二人で落ち着くのも悪くない・・・とさえ思っていた。
 だから、ある日に尋ねてみた。

 

 

「シィナ、俺の妹にならないか?」
 俺の言葉に、シィナはふいっと首を傾げた。
 ・・・ちと唐突だったか。
 俺はシィナに、この街で落ち着こうかと考えていること、シィナと一緒に暮らそうと考えていることを説明した。
 シィナは説明に、いちいち頷いていたが、聞き終わるとまた首を傾げて。
『ロイドに兄弟はいないのですか?』
 と、紙に書く。声を出すことの出来ないシィナが他人に思ったことを伝える、主な手段。
「いや、弟が一人いる。今ごろは故郷でせっせと働いて暮らしているんじゃないかな」
 なにせ弟は死んだ両親によく似て、真面目で勤勉だったからなー・・・と思い返す。
 もう何年も帰っていない。一度くらいはそのうち顔を出すかな・・・いまさら墓泥棒でとっ捕まったりはしないだろうし。
 などと考えていると、シィナが俺の腕をくいっと引っ張る。シィナの顔を見て、ついで紙に目を向けると、さっきの問いの文章の下に新たな文章が書き加えられていた。
『何処にあるんですか?』
「俺の故郷か? ・・・こっからだと結構、遠いな。歩いて一月ってトコか?」
 馬車を使えば一週間とかからないだろうが。
『行きたいです』
「止せ止せ。無駄な労力だぜ。行ったって、楽しいものがあるわけでもないド田舎だ。水道が或る家なんて一軒もないんだ。しかも紙一枚あればメシ食わせてくれるようなトコだぞ」
 ・・・あ、なんか言ってて気落ちしてきた。我が故郷ながら、なんつード田舎だ。
 冒険者になりたての頃は、外の世界のカルチャーショックに驚きっぱなしだったが、それに慣れてしまえば自分の田舎が情けなく感じる。
『でも、ロイドの故郷です』
「悪かったな。ド田舎が故郷でよ」
 多少の皮肉を込めて言ってやる。コイツが俺と出会う前に住んでた街は、このエヴァロンとまでは行かずとも、俺の故郷よりかは発展していた街だ。水道もあったし、大通りでは宣伝用のチラシが乱舞していた。
 シィナは俺の皮肉に気づいたのか気づかなかったのか、ぶんぶんぶんっと首を横に振ると、さらに文章を書き入れた。
『ロイドの故郷なら、きっと良い街です』
 ・・・
 今のは、ちょっとだけ感動したかな。
「あのな、シィナ」
 俺の照れ隠しの言葉に、ん? とシィナが首を傾げる。
「俺の故郷は“街”なんて大層なものじゃなくてタダの“村”だ」

 

 

 と、まあ、そんなわけだ。
 俺の故郷を見てみたい! とゆーシィナに、俺は「帰りたくない」「路銀がない」と反論していたら、止まっていた宿でアルバイトする! と言い出す始末。・・・あ、いや言ってはいないが。
 食堂の給仕のアルバイトをしたシィナだったが、包丁を握れば指を切るし、注文を取りに言っては心無い客に声の出せないことをからかわれる始末(ちなみにその客は即座に俺と宿の女将で叩き出してやったが)。仕方がないので、宿の女将(ちなみに名前はイアンナというらしい。はっきり言って似合わない名前と思ったが、口に出して言う勇気は俺になかった)に金を借りて、旅立ったというわけだ。
 担保もなしに貸す女将に、俺は思わず「いいのか?」と聞いたが、返ってきた答えは「商売柄、いろんな人間を見てきたんだ。人を見る目は確かなつもりだよ」だった。よっぽど、恩人の墓から剣を盗んだ墓泥棒だといってやろうと思ったが、止めた。
 あまり他人に言いふらして気持ちの良いものでもないし、それにちゃんと返すつもりだったしな。―――もちろん、女将に借りた金を、だ。この剣はすでに俺の者で、返せといわれても返す気にはなれない。たとえ、大金を積まれたとしてもだ。

 

 

「・・・・・・・〜」
 街道から外れた林に着いたとたん、シィナはその場に倒れこんだ。
 まぁ、しゃあないわな。エヴァロンをでて、もう半月以上になる。旅に慣れていないやつが、それだけ旅をすれば疲れもでてくるというモノだ。
 ・・・金をケチらないで馬車にすれば良かったかな・・・
 と、思ったが、金銭的に不可能だった。とはいえ、もう少しゆっくりと旅するべきだっただろうかとも反省する。
「おい、シィナ。メシ食えるか?」
「・・・・・・・・」
 シィナはぐぐっと顔だけ持ち上げると、よろよろと首を横に振った。埃まみれの顔だ。せめて顔でも川で洗ってこい、と言うよりも早く、シィナはその場に突っ伏した。
「・・・・・・〜・・・〜・・・」
 寝息。静やかな寝息が俺の耳に届いて、軽く嘆息すると、シィナの小さな身体を抱き上げて木の根のベッドに横たえる。そして、その上からそっと毛布をかけてやった。

 

 

 火をおこす。
 薪にはコト欠かず、木々の周りに落ちている枝を集め、火打石で火をつけた。
 マッチ? ンなもんは街に住む奴らが使うもんだ。基本的に、冒険者は火薬を好まない。遺跡を渡り歩くトレジャーハンターはよく使うが(好む好まないは別として、だ)、俺たち冒険者の感覚で言えば、火薬は街を焼き、森を焼き、草原を焼き、世界を焼き尽くす戦争の道具に過ぎない。
 ・・・というのは北の機械帝国が発端となった、三十年前の大戦が頭に在るからだろうか?
 俺が生まれる前、この大陸は炎に包まれた。
 北の機械帝国(正式名称はガインドルフ)が、悪魔のような兵器を用いて、この中原国家(正式名称はアルフィルド)へと攻め込んできた。
 中原国家は魔法を用いて機械帝国に抵抗して―――
「戦争か・・・」
 苦々しく呟いて、思考を切る。俺は戦争を体験しては居ないが、幼い頃からその話はいやに成る程耳に入った。・・・そういえば、と自分の剣を見る。この剣の持ち主であった冒険者も、戦争の―――その戦後に、自分がどれだけ苦しい思いをしたか、悲しい思いをしたか、聞いた記憶がある・・・どんな話だったか・・・
「・・・・・・・・・どうでもいいか」
 傍らにシィナの寝息を聞きながら、空を見上げた。
 黒い空。黒い布をばっと広げた中に、白い星が幾つも幾つも瞬いている。そんな星を見上げ、俺は太古に星を手に入れようとした或る魔道士の話を思い出した。その魔道士は、星を手に入れようと高い搭をつくり、なおも届かない星に手を伸ばし続けて―――そのまま搭から落ちて死んでしまう。そんなオチだったが。
「結局、人間ってのはどこまでも愚かなのかもな」
 戦争は悲劇しか起こさない。星を手に入れようとした魔道士は命を失った。それらは全て人間の欲望によるものだ。
 そして。・・・そして、あの冒険者はどうなんだろうか? 俺を助け、命を失った冒険者は。
 それもまた愚か・・・なのだろうか?
 自分の中で問いかけて、ふっと息を吐く。
「答えは・・・出た、よな」
 呟きは夜風にさらわれて―――俺は毛布をかぶると、シィナの隣りで目を閉じた。

 

 

 ぴちゃ・・・ぱしゃ・・・
「・・・ん?」
 夢の中で夢遊していた俺は、水のささやかに騒がしい音で目を覚ました。
 殺気、は感じないが、それでも気になる。俺は毛布を跳ね除けると、身を起こして音の聞こえる方へと向かう。

 ・・・・・そのとき、隣りにシィナがいない事に気づいて入れば、バカな事にはならなかったんだが・・・どうも寝ぼけていたらしい。

 

 

 音の聞こえる方へと林の茂みをかき分けて行く。
 頭では、「なんでこんなことしてるんだ?」と疑問の呟きが漏れるが、それに寝ぼけた頭は答えを出す方には回らず、ただ身体に歩けと命じていた。
 やがて、川に出る。
 清流、というのがぴったり来るだろうか? 小さな茂みに囲まれた水の通り道はとても澄んでいて、夜だというのに空の星明りだけで、川底の小石までもが見て取れる。それだけ浅い、ということも在るだろうが。
 ぴちゃ・・・ぱしゃ・・・
 水音。どうやら上流の方から聞こえるようだ・・・と、俺がそちらに目を向けると。
「・・・誰だ?」
 人影。小さな人影が、跳ねる様に踊るように、水の上を舞っていた。
「・・・・!!!」
 俺の声に人影は気がついたようだ。硬直したように身を強張らせて、こちらを見る・・・・・ってシィナじゃねえか!
 そう、そこにいたのは紛れもなくシィナだった。すぐに解らなかったのは、辺りが暗くよく見て取れなかった所為と、もうひとつ。
「・・・意外と、ムネあるんだな」
「!!!!!」
「どわっ!?」
 俺が素直に感想を言うと、シィナは顔を真っ赤にして(いや実は暗くてよく分からなかったが)川の石を投げつけてきた。
「こ、こらっ! たかだか裸を見られただけでそこまで怒るな!」
「!!!!!!!!!」
「わ、悪かった! 謝るから許せー!」
 叫びながら、俺は茂みの中に逃げ込んだ。・・・ちょっと情けなかったか?

 

 

「・・・・・・・・・・」
「あー。シィナ? シィナちゃん? シィナ君?」
「・・・・・・・・・・」
「まぁ、なんていうか不慮の事故だ。お互いに気にしないでいるというのが最善の解決策だと思うのだが」
「・・・・・・・・・・」
「ほら、機嫌直せって。見られて減るもんじゃないし、なかなかいいプロポーションだったぞ」
「・・・・・・・・・!」
「ぐあ・・・いや今のはかなり痛いツッコミだったぞ。いきなしグーで顔面とは」
「・・・・・・・・・・」
「あ、鼻血。うわ、とまらん。このままじゃ出血多量で死ぬかも。助けてー」
「・・・・・・・・・・」
「え? 無視? 本気で無視? てゆか血が溢れてマジで止まらないってゆか、このままじゃかっこ悪さ爆発」
「・・・・・・・・・・」
 シィナは軽く吐息すると、俺の方を向いて今先ほど自分が殴った鼻先を指で触れる。
 ふんわりとした暖かさを感じて―――俺の鼻血は止まった。シィナの祈りの魔法だ。
「さんきゅ、ありがとな」
 俺がお礼を言うと、シィナは心底イヤそうな顔をした。まあ、鼻血を止めるために祈るっていうのは想像するだけでもイヤだが。
「いや、しかしな。俺だって14.5のガキの裸を見たって嬉しくも何ともないぞ」
 ・・・と、嘘をつく。あ、いや、まあなんていうか、嬉しくないといえば嘘となる。程度の嘘だぞ。うん。
 と、俺が心の中で言い訳をしていると、シィナはなにやら紙に書き始めた。
「ん?」
 覗きこもうとすると、それよりも先にシィナが俺に向かって突き出してきた。
 紙にはただ短く。
『私は20歳です!』
 なんと激情を表すかのように、感嘆符付きだった!
 ・・・いや、そうじゃなくて―――20歳!?
「嘘付け! どっからどう見ても―――」
『ちなみに明日で21歳です』
「って、俺より年上かい!?」
『私がお姉さんですね』
「いや待てちょっと待てぇぇぇッ!?」

 

 ・・・と、まあ。意外な事実が発覚した旅途中の、夜空の下。


 

あとがき

 

なんなんだか、今回の話。
とりあえず、シィナさん=20歳(ってか21歳)とか解っていただければいいんですが(苦笑)。

さてと、次はロイド君の今日のお話でせう。
・・・今年には書くかなー(笑)

(2001/04/18)


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