チュン・・・チュンチュン・・・
「ん・・・」
鳥のさえずりに、俺は目を覚ます。
毛布を跳ね上げ、起き上がる。
「・・・あれ?」
ふと、ベッドの上にアイツの姿がない事に気付いた。
「もう、起きたのか?」
なんとなく呟きながら、俺は冷たい木の床から起き上がった。
少女(相変わらず名前は知らない)と旅して、すでに一月がたとうとしていた。
今、俺達は中原ではかなり栄えている街、エヴァロンに来ている。
まぁ、しばらく街から街への歩き詰めだったので、骨休みでもしようと、しばらくこの街にとどまるつもりだ。
もっとも、路銀もそんなに余裕があるわけじゃねーから、少し働きながらだが。
「さて・・・飯食って、ギルドにでも顔出すか」
俺は着替えると、部屋を出て宿の食堂に入った。
食堂に入ると、連れの少女がいた。
15、6くらいの、足首まである白い巻頭衣を来た、赤毛の少女だ。
「・・・・・!」
がさがさっ!
机の上でなにやらやっていた少女は、俺が入って来たのに気付くと、慌てて立ち上がる。
しかし、俺ははっきりと何かを自分の背中に隠したのを見咎めていた。
「どうした?」
「・・・・・・・」
何故か少女はぶんぶんと首を激しく横に振る。
「・・・なに隠したんだ?」
「・・・・・・・・・・・」
激しくぶんぶん。
「気になるだろ。見せろよ」
と、俺が少女の方に歩み寄ると、だっと後ろ向きに駆け出す。
「お、おい、そんな走り方してると―――」
「・・・・・・!」
ずるっ、ごん!
「〜!」
「―――危ないぞ」
俺は後ろ向きに足を滑らせ、思い切り後頭部を床に打ちつけた少女に警告した。少し、遅かったようだが。
「・・・・・・・・!」
瞳に涙を浮かべ、こちらを睨み、それでも隠した何かは見せないままに、少女はたちあがると更に後退。
食堂の厨房の方へ。と―――
少女の身体が、厨房から出て来た影にぶつかる。
「・・・・・?」
少女は不思議そうに後ろを振り向くと―――そこには、恰幅のいい、この宿の女将のエプロン姿があった。
「おや! アンタ、起きたのかい!?」
「起きちゃ悪いような言い方だな」
女将の言葉に、俺は苦笑した。
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどね―――なら、飯にするかい?」
「ああ。―――と、その前に、オイ!」
「・・・!」
俺の声に少女はびくっとして女将の背中に隠れる。
それを見て、女将は渋い顔で俺を見た。
「コラコラ、この子、喋れないんだろ? 怒らなくてもいいじゃないか」
「・・・いや、怒ってるつもりは毛頭ないんだが。隠している物が気になって」
「でも、この子、怯えてるよ? ま、後はあたしにまかせな。―――そうそう、飯だったね」
そういって、女将は少女と共に、厨房の中に入っていった。
しばらくして、メシが来たが―――
俺が飯を食べている間・・・いや、食堂から出るまで、少女は厨房から出てこなかった。
「ったく、何だってんだ!?」
なんとなく不機嫌になりながら、俺は街を歩いていた。
ギルドの帰り道。
適当で簡単な、街の中での仕事をニ、三請け負ったあと、その内の一つを手早く終わらせて宿に帰る途中。
―――おっと、説明し忘れていたが、『冒険者ギルド』っていうのはその名の通り、冒険者のための組合だ。
『冒険者同盟』とか『冒険者組合』、『冒険者連合』とかいろいろ呼ばれてたりする。ま、どうでもいいけど。
街から街への不安定な俺達の為に、大陸中の国が援助金を出し合って設立された組織だ。
俺達みたいな、不安定な生活している奴等に、簡単な仕事を斡旋してくれたり、無料で旅先の情報をくれたりする。流石に地図まではくれないが、格安の値段で売ってくれるし、まだ誰も踏み入れた事のない地域の地図を作成して持って行けば、その審査をされた後に地図が正しければ莫大な賞金をもらえる。
まぁ、ここらへんで冒険者が踏み入れた事のない場所なんてないから、俺には関係ないが。
ともあれ、俺は不機嫌だった。
朝から連れに隠し事されるし、ギルドではさんざん待たされた挙げ句、ケチな仕事しかもらえなかったし・・・
まぁ、そのぶん数もらって来たが、その仕事というのが最悪。
一つは大金持の屋敷の草刈り、もう一つはペットのミミを探してくださいというもの(ちなみに、依頼人は10才の女の子だ。その報酬も押して知るべし)、で、今片づけて来た仕事はゴキブリ退治。
キャーキャー騒ぐ女の悲鳴をBGMに俺は小さくてすばしこく逃げ回る黒い物体を追い掛け回した。
ったく、あの女。怖いなら、引っ込んでれば良いじゃねえか。
だが、俺がそういうと「あなたが報酬分働いているかどうか心配ですから」とか澄ました顔で言いやがった。
報酬もクソもガキの小遣い程度の金しか払わねえくせに!
ペットのミミ探しの報酬のほうが、高かったぞ!
と、俺が文句をぶつぶつ呟きながら歩いていると、やがて宿が見えて来た―――
「・・・・・・!」
がさがさっ!
食堂に入った俺を見て、少女は朝と同じように、なにかを隠した。
・・・くそ、なんだってんだ?
「オイ―――」
「・・・・・・・!」
だだだだだだっ!
俺が声をかけると、少女はその何かを持って、厨房へと逃げていく。
ひらり
と、その少女からなにかが舞い落ちる。一枚の掌くらいの大きさの―――
(紙?)
大陸全体には普及していないが、ここらへんでは紙の精製が発達していて、紙といえど、かなり安価で手に入る。俺の故郷なんかじゃ考えられない事だが、紙で店の宣伝なんかを書いて、無造作に町中にバラまくことも平常に行われるらしい。初めてそれを目の辺りにした時、俺は思わずその紙をかき集めた。恥ずかしい話だが。
「絵でも書いてるのか―――?」
俺がその紙を拾おうとすると、
だだだだだだだっ!
少女が厨房から飛び出してきて、その紙を拾う。そして即座に厨房に逃げ帰る。
「・・・・・・・・・」
俺は紙を拾おうと、腰を掲げた格好のまま首をかしげた。
「なんだってんだ? いったい?」
夕食を食べて、部屋に戻る。
少女はまだ食堂にいるハズだ。
「くそ、ベッドで寝るぞ。あの馬鹿・・・」
と、俺は無人のベッドを見る。
予算の都合で、一人部屋を一部屋しかとっていない。
で、俺は毛布一枚で床に寝て、少女をベッドで寝かしていたのだが。
「・・・そうだな。ベッドで寝るか」
可哀相だが、あいつには床で寝てもらおう。恨むなら自分の行為を恨めよ。
そう、思いながら俺はベッドに潜り込んだ。
・・・うわぁい、ふかふかだぁっ!・・・って、ガキか俺は。
チュン・・・チュンチュン・・・
「う・・・」
鳥のさえずりに俺は目を覚ます。
もぞっ・・・
と、それに反応するように俺のすぐ隣りでなにかが動く・・・なんだ?
そちらの方を見て俺は絶句する。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
少女が眠たそうに目を開けて、こちらを見ていた。
同じ高さ、同じ位置で。
つまり―――同じベッドに寝ていたわけで・・・
「どわああああああっ!?」
その事を認識した瞬間、俺はがばっとはね起きる。
「・・・・・・・・」
少女もむくりと俺と並ぶ様にして起きあがり、?という顔で俺の顔を覗き込む。
そんな少女に俺はドキドキ―――って、待て。なに、子供に胸を高鳴らせてるんだ!?
俺は平静を保つ様にして、少女を見返す。
どうやら俺が寝た後に、ベッドに潜り込んだのだろう。子供とは言え、年頃の女が男の隣りに潜り込むとは・・・
っていうか、俺はなんで気付かなかったんだ? くそ、街中という事で安心していたのか―――
「・・・・・・・・・・・」
首をかしげ、あどけない顔をこちらに向ける少女は窓から指し込む光でその輝きを増し―――じゃなくてだ。
「あー・・・おはよう」
何とかそれだけ言葉を絞り出す。
「・・・・!」
と、少女はその言葉にハッとしたように顔を強張らせて、ベッドから慌てて降りる。
今頃、事態を認識したのか? コイツは。
少女は狭い部屋に一つだけある机に駆け寄ると、その上にある―――紙束と鉛筆?
鉛筆というのは紙が普及している、ここらへんで使われる筆の一種で、インクを使わずに物を書き残せるという優れものだ。
紙束は―――いろいろな紙を切り揃えて紐でまとめた物らしい、昨日見た掌サイズの紙が、不揃いにまとめられている。
ともかく、その紙と鉛筆を手に取ると、こちらを振り向いた。
「・・・・・・」
少女は頬を興奮したように紅潮させると、俺の所へ走りよってくる。
「な、なんだ?」
「・・・・・・」
戸惑う俺に、少女はその紙束の一番上の紙に、鉛筆でなにかを書きつける。
「・・・・・・・」
と、書き終わったらしいそれを俺の方に突き付け、鉛筆でその文字―――文章を指す。
「なになに・・・『おはようございます』?」
「・・・・・・・・」
俺が文を読むと、少女は嬉しそうに紙束を引っ込め、何度も縦に頷く。
「・・・もしかして、昨日俺に隠してたのは・・・これか?」
少女は頷く代わりに、紙に鉛筆を走らせる。
「・・・・・・・・・」
俺にその紙を再び突き出し、『おはようございます』の下に新たに出来た短い文を指す。
「『はい。女将さんに教えてもらいました』・・・って、なるほど」
どうりで、女将の様子もおかしかったわけだ。鉛筆と紙束も女将にもらった物だろう。
「でも、こんなの隠す事じゃないだろ?」
俺が言うと、少女は先ほどよりも長い文を書くと、俺に突き出す。
「『驚かせたかったです』? まぁ、驚いたけど」
「・・・・・・・・・・」
少女は更に興奮したように、満面の笑みを浮かべる。とても嬉しい様だ。
それを見て、俺は苦笑した。ふと、思い付く。
「なぁ、お前の名前を教えてくれないか?」
俺はコイツの名前をまだ知らない。俺が言うと、少女は待ってたかのように、即座に頷いた。
「・・・・・・・・・・」
突き出された紙を見て、俺はその名前を読む。
「ええと『シィナ』?」
「・・・・・・・・・・」
少女はコクコクと頷いた。シィナ。
「良い名前だな」
俺が言うと、少女―――シィナの顔がぱぁっと明るくなる。そのうち踊り出すんじゃないだろうか。
「ええと、俺の―――」
名前は。と言おうとして、俺は思いとどまった。
シィナが少し頬を膨らませてこちらを睨んでいたからだ。
シィナの言いたい事を理解し、俺は首を横に振った。
「いや、なんでもない」
「・・・・・・・」
そう言うと、シィナは紙束になにか書き付ける。そして俺に見せた。
そこにはかわいらしい丸文字で『あなたのお名前は?』と書かれてあった。
笑いながら応える。
「ロイドだ」
「・・・・・・・・」
俺の名前を聞いて、シィナは早速紙束に俺の名前を書く。
「・・・・・・・・」
それを俺に見せる。すこしつづりが違っていた。
「ちょっと違うな。貸してみな」
俺はシィナから鉛筆と紙束を受け取ると、わずかに残ったスペースに書き慣れた自分の名前を書く。ロイド。
「ほら」
「・・・・・・・・・」
俺が鉛筆と紙束を返すと、少女は机に駆け寄り、その上に紙束を置く。
そして、書くところが無くなった紙を破き、新しい紙を開いてそこに一心不乱に書き付ける。
後ろから覗き込んでみると、俺の名前を何度も何度も書いているところだった。
思わず微笑みを浮かべる。
「おい」
と、俺はシィナの方に手をやる。シィナは驚いたように身を震わせて、俺を振り返る。
「それよりも先にメシにしようぜ。シィナ」
初めて俺は少女を名前で呼んだ。
少女は輝くような笑顔で頷いた――――
あとがき
本当は「誰がために〜」を書き始めたときには、続きを書く気はなかったんですが。
良くあることで、書き終わったときにはこの二人が好きになってしまったと。
そんなわけで続きです。
シィナって名前は結構気に入っていたり。
名前を考えてる時に目に入った、某極楽大作戦の作者の名前が元ネタですが(爆)
ロイドって名前が某パニック!の雑貨屋さんと同じ名前だと気づいたときにはちょっと気落ちしましたが。
ああ、似たような名前ばっか使ってるなぁ・・・
えーと、他にいうコトは・・・
あ、この物語はまだ続きます。
暇があればちょいちょい書いていこうと思いますんで、よろしく〜
それでわ。