「うわああああああああっ!?」
木々の間から陽の光が射し込む、明るい森の中で。
僕は悲鳴を上げていた。
目の前に鋭い牙と爪を持った魔物が降って来たのだ。文字どおりに木の上から。

―――森は魔物の住処だからいってはいけないよ。

父さんの言葉が思い起こされる。けれど、もう遅い。

―――森にね、綺麗なお花畑があるんですって。そこのお花見たいなぁ・・・

友達の―――そして一番大好きな子の言葉も思い出した。
そうだ僕は彼女の為に、危険な森の中に入って来たんだ。彼女の為に・・・彼女のせいで!
『目の前に魔物がいる』という恐怖を、彼女への怒りに転嫁する事で紛らわせた。が、
「グアアアアアアアアアッ」
「わああっ!」
魔物の唸り声に、僕の中のさらなる恐怖が呼び起こされる。
こ、殺される・・・そうだ、逃げなきゃ・・・逃げなきゃ・・・
僕は魔物に背を向けて、逃げ出そうとして―――足が動かずに、前のめりに倒れる。
「あうっ!」
純粋な痛みが、重い衝撃と共に僕の体に響く。けれど、それよりも恐怖に―――

殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される・・・・・

がくがくと足が震え、全身が痙攣し、僕は恐怖に溺れていた。
「ガアアアアッ」
魔物の声に、僕は魔物の方を降り返る。魔物は涙でにじみ、ぼやけていた。
死ぬ―――
「坊主!」
いきなり聞いた事のない声が聞こえた。魔物がわずかに首を動かすのが解った。
「はあああああああああっ!」
大気震えるような気合の声、そして―――

ざんっ!

僕の後ろから飛び出して来た影に、魔物はあっさりと切り倒される。
「グアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
断末魔の声を上げ―――それきり魔物の声は聞こえなくなった。
「坊主、怪我はないか?」
影―――父さんくらいの年の男の人だ。皮の鎧に鋼の剣を持っている。
そうだ、思い出した。
たしか、最近村に来た冒険者の人だ。
「坊主が森にいったってんで、探しに来たんだが、どうやら間に合ったようだな」
冒険者の人はニッと笑うと、手を僕の方へと差し出した。
「ホレ、男が泣くもんじゃないぞ。さぁ、立ち上がれ」
僕はコクリと頷くと、冒険者の人の手を取って―――
その時だった!
いきなり、僕は後ろから微風を感じて、その一瞬後にザッとなにかが落ちて来たような音が聞こえた。
「坊主!」
冒険者の人は、僕の手をつかむと、強く引っ張った。
視界が反転し、かすかに黒い―――さっきと同じ魔物が見えた。どうやらコイツが落ちて来たみたいだ。
そして、次の瞬間には、僕はさっき転んだときよりも更に強い衝撃と痛みを感じ、うめく。
どうやら引っ張られた後に、なげられて、地面に激突したようだった。
「ぐおおおおっっっ」
冒険者さんのくぐもった声に、僕は慌てておきあがった。
「冒険者さん!?」
見ると、冒険者の人は魔物に身体を切り裂かれ、どくどくと血を流していた。
「くをっ!」
「ギャアアアアアッ!」
冒険者の人は苦悶の呻きを漏らしながら、魔物に斬りつけた。先ほどの魔物と同じように、その魔物もあっさりと倒れる。と、冒険者の人もその場に崩れ落ちる様にして倒れた。
「冒険者さん! 冒険者さん!」
僕は冒険者の人に駆け寄る。冒険者の人は薄目を開けて僕を見た。
「坊主・・・無事だな・・・」
「無事だよ! だから、死なないで死なないでよ! 冒険者さんが死んだら僕―――」
言葉が出てこない。なにか言いたいのに、言葉が見つからない。
そんな僕を見て、冒険者の人は口をパクパクと動かした。
「え? なに? 聞こえないよ!」
「・・・・・・・生きろ」
それだけがやっと聞こえて―――冒険者の人は目を閉じた。
「え・・・えと・・・嘘でしょ?」
今まで生きてたんだ。死ぬ筈ない。死んでない。
そう思う。けれど、冒険者の人はもはやピクリとも動かずに―――

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

その時、初めて俺は人の死を間近で見た。
そして、この冒険者の行動にハッキリとした疑問を覚えたんだ。

 

 


声無しの歌

誰がために人は死ぬか


 

冒険者の葬儀は盛大に行われた。
村の子供を救った英雄として。
けれど、俺は英雄だなんて思っていなかった。思いたくもなかった。
あの冒険者は解っていたのだろうか?
その当時、子供だった俺がその行為にどれだけ心に深い傷を負ったかを。
俺の心に冒険者に対する感謝の気持ちは全くなかった。ただ、純粋な悲しみのみが俺の心を占めている。

葬儀が一通り終わり、棺桶に入れた冒険者の遺体を墓に埋める時、俺は一歩前に出て呟いた。
「馬鹿野郎」
・・・どうして、命を失ってまで僕を助けたんだ? どうして死んだんだ? どうして・・・・・

どうして、僕がこんなに哀しまなくちゃいけないんだ?

その場で僕は即座に父親に殴られた。

 

それから数年が立ち、流行り病で両親が死んだ。
俺の両親はマジメで、働き者だったので結構な財産を残してくれていた。
が、俺はそれをすべて弟に譲ると、村を出て冒険者になった。
村を出るとき、『英雄』の墓に添えられていた剣を盗んで。

たかが子供を助ける為に命を捨てた愚かな『英雄』の剣を持って、『英雄』と同じ冒険者になれば見つかると思ったのかもしれない。
他人の為に自分の命を捨てると言う、馬鹿みたいな行為の理由―――その答えが。

冒険者になって、数年が立ち・・・いまだ、答えは見つかっていない。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」
俺は目を覚ました。
緑の草や、良い香りのする花が咲き乱れる草原の花畑。
―――やれやれ、どうやら眠っちまってたらしい。
俺は花畑の中から見を起こすと、連れ―――というかなんと言うかを探す。
いた。
連れ―――粗末な白い巻頭衣を着たその少女は、俺から少し離れた場所で座り込んでいた。
年の頃は15か16ってところだろう。短く切り揃えられた鮮やかな赤い髪を揺らしながらなにかを作っている。
簡素な白い巻頭衣を着ているせいか大人しい印象を受ける。実際に、ここまでの道中は大人しかったが。
まぁまぁの顔立ちで、それなりの格好をして街角にでも立っていれば何人かの男に声をかけられるだろう。
その少女は、昨日立ち寄った街で預かった少女だった。
・・・っと、『預かった』と言うのは適切ではないのかもしれない。
どちらかというと、『押し付けられた』だ。
彼女の両親は幼い頃に馬車事故だかでなくなり、母方のばあさんが預かっていたらしい。
で、そのばあさんが死んだんで、行き場がなくなったかわいそうな少女は他の親戚に預けられる事になったんだが・・・だれも引き取りたくないってんで、孤児院に預ける事になった。
だが、その街には孤児院などの施設がなく、別の街に送らなければならない。
その馬車代がもったいない―――街の中だけで住んでる奴はピンとこないだろうが、街から街への乗り合い馬車はかなり高い―――って言うんで、孤児院のある近くの街へ行く冒険者につれてってもらおうとかなったと。
んで、その街ではないが、近くを通る俺に格安の値段で押し付けられたわけだ。
はっきり言って、報酬は食料費くらいにしかならないが、まあ路銀が少し浮いたと考えれば良い。
正直、あの少女に少しばかり同情したのも確かだ。

と、その少女が立ち上がる。
手になにか―――花の輪を持って、嬉しそうにこちらへと駆けてくる。
「・・・・・・・・・・」
俺の前までくると、彼女は無言で―――おっと、言い忘れていた。コイツは病気だかなんだかしらないが、言葉が喋れないらしい。そこも同情しちまった要因の一つなんだが―――俺にその花の輪を突き出す。
「・・・なんだ? 俺にくれるってのか?」
「・・・・・・・」
ソイツはこくんと頷くと、俺の頭にその花の輪を乗せる。
ふわっと、草の重みが頭にかかり、俺は眉を寄せた。
・・・なんで20歳にもなってこんなもんを―――
「・・・・・・・・・・」
「あ、いや、ちがうぞ」
俺が迷惑がっていると感じたのか、少女は露骨に顔を曇らせる。俺は慌てて首を横に振った。
「別に迷惑とかそんなんじゃなくてな、ほら―――」
俺は頭の花輪をそっと両手で持ち上げると、少女の方に投げた。
「・・・・・・・・!」
びっくりして硬直する彼女の頭に、花輪はふわっとかぶさった。
「俺よりお前の方が似合ってる」
「・・・・・・・・」
少女は嬉しそうに顔を輝かせる。
・・・ちっ、ガラでもない事やっちまったぜ。

 

しばらくして、俺達は再び歩きはじめた(さっきの花畑では小休止を取っていた)。
ふと、俺は隣りを歩く少女の名前を聞いていない事に気付く。
「お前―――」
「・・・・・・?」
俺の声に、少女は不思議そうに見上げてくる。
「あ、いや。なんでもない」
考えてみればだ。こいつは言葉を喋れねえんだから、聞ける筈ない・・・か。
俺の名前も―――言う必要はないな。呼べるわけでもないし。
それに短い付き合いだ。
俺はそう考え、無言で歩みを進めた。

 

森。
少年の頃の―――しかしはっきりと記憶に残っている、あの魔物が襲って来た森とは違う、薄暗い森だ。
木々が密集し、葉と葉が重なり合い光を遮断している。
そんな森の中の街道を俺達は黙々と歩いた。
ふと、少女が足を止める。
「どうした?」
俺も足を止め、少女の方を見る。
「・・・・・・・・」
少女は戸惑うようにキョロキョロと辺りを見回して―――
いきなり街道を外れ、木々の中へと飛び込む。
「お、おい!」
俺も慌てて後を追う。
「・・・・・・・・」
「待てよ! どうしたんだ!?」
少女は答えない。答える術を持たないのだから当たり前だが。
不意に―――
「・・・・・・・・!」
「なに!?」
少女の姿が消える。いや、消えたように見えた。
俺が少女の消えた場所まで行くと、案の定。
「おい、大丈夫か?」
俺は少女を見下ろす。少女は俺を見上げてニコリと微笑んだ。
そう・・・そこには、自然と出来た物なのか、やや深い縦穴がぽっかりと口を開けていた。
深さは―――まぁ、普通の大人くらいの深さだ。
「ったく、いきなりなにやってるんだ? ほら、捕まれ」
と、俺は背に負っている荷物を適当に地面に降ろすと、穴の近くに都合よく立っていた木の枝を片腕でつかみ、穴に身を乗り出してもう片方の腕を差し出した。
「・・・・・・・・・・」
少女は腕を俺の方に差し出し―――黒い物体を俺の方へと差し出す。
「へっ!?」
「クゥゥゥ〜ン・・・」
それは熊だった。まだ小さな―――小熊。
俺はそいつを受け取りながら、少女を見る。
「もしかして、こいつを助けに・・・?」
「・・・・・・・・・」
頷く。
「まさか、街道からこいつが鳴いているのが聞こえたって言うのか?」
「・・・・・・・・・」
もう一度、頷く。
俺はため息をつきながら、枝をつかんでいる腕に力を込め、枝を引き寄せる様にして体を起こす。
「耳、良いんだな」
感心しながら、小熊を地面にそっと降ろす。
と、一度街道の方を見る。
木々の隙間から舗装された道が見えるほどで、あまり離れてはいないが―――それでも小熊の小さな鳴き声を聞き取るとは・・・
「ほらよ、お前の番だ」
俺は再びさっきと同じようにして、穴に身を乗り出した。
手を差し伸べると、少女は背伸びをして俺の手を掴み―――

ベキ・・・・

いきなし、やな音が聞こえ―――お約束だが―――枝が折れて、俺は折れた枝ごと穴の中に落ちた。

 

 

「ててて・・・・」
「・・・・・・・」
「あっ! 大丈夫か?」
俺は少女を下敷きにしているのに気付くと、慌てて退く。
「・・・・・・・」
少女は痛みを堪える様にして無理矢理に笑みを作る。
「すまん。怪我はないか?」
「・・・・・・・」
コクン、と頷く。
「そうか・・・じゃ、この穴から出るか」
と、俺は穴を見上げる。
さっきも言ったが、大人ほどの高さの縦穴だ。
俺は標準的な背だが、それより頭一つ・・・いや半分高いくらいか。
「ま、これなら簡単に登れ―――痛ぇっ!?」
何気なく立ち上がりかけた俺の右足首に激痛が走り、無様に尻餅をつく。
「・・・・・・・・・!」
驚き、心配そうな顔で少女が俺を見る。
「あ、いや。別にたいしたことじゃない」
と、少女に向かって笑みを作るが・・・・・全然たいしたことあった。
ズボンの裾を捲ってみると、脚の付け根が赤く、異常な程に脹れあがり、熱を持っている。
さっきまで意識しなかったが、ズキズキと擬音が聞こえてきそうなほどに疼く様な痛みがあり、少し触っただけで激痛が走る。
・・・なんてこった。俺とした事が、お間抜けにも足をくじいちまうなんて。
俺は情けなさに歯を食いしばる。
「・・・・・・・・・・」
「あ、大丈夫だ。たいしたことねえ」
心配そうな少女に、俺は安心させるように再び笑顔を作る。
しかし、少女はなおも心配そうに俺を見て―――唐突に立ち上がる。
「どうした?」
俺が尋ねると、少女はニコっと俺の方を微笑みを浮かべて見下ろし、穴を見上げる。
穴を昇るつもりか?
「まさか、穴を昇って助けを呼ぶとか言うんじゃないだろうな?」
俺が言うと、少女はもう一度俺を笑顔で見下ろして頷いた。
「やめろ」
俺は即座に言う。
「助けって言っても、ここらへんに民家はない。旅人が運良く通りかかるとは限らない。
―――なにより、運が悪けりゃ魔物に襲われてお陀仏だ」
「・・・・・・・・・・・」
少女は困ったような顔をして・・・・口をへの字に曲げて首を横に振ると、穴を見上げる。
そして穴の縁に手をかけて―――跳ぶ。ぴょん。
俺から見て三十センチほど足が地面と離れ、再び地面につく。
「・・・・・・・・・・」
少女は硬直。やがて、再び跳ぶ。ぴょん。三十センチ。
「・・・・・・・・・・」
「まぁ、それ以前に穴を昇れなきゃ、助けなんて呼べないわな」
泣きそうな顔でこちらを見下ろす少女に、俺は苦笑した。
・・・はぁ、せめて荷物があればな。基本的な応急処置用の道具(シップ薬とか)があるし、ロープもあるから、足を使えずともなんとか穴を昇れたかもしれないのに・・・
と、少女が俺の腕を引っ張る。
「どうした?」
「・・・・・・・・・・・・」
少女は黙って―――元より喋れないが―――横手を指差す。
見ると、暗くてさっきまで気付かなかったのだが、横穴が開けていた。
「横穴・・・? もしかしたらどこかに続いているかもな」
「・・・・・・・・・・・」
俺の言葉に、少女は嬉しそうに頷いた。

 

俺達は穴の中を進んでいた。
穴はヒカリゴケがポツリポツリと生えて、かなり暗かったが、それでも移動に支障をきたすほどではなかった。
「ふぅ・・・つぅ・・・・」
「・・・・・・・・・」
情けない事だが、少女に肩を貸してもらい右足を極力使わない様にして進む。
それでも動くたびに痛みが走り、俺は呻き声を漏らす。そのたびに少女が俺を心配そうに見上げる。
「大丈夫・・・ッ・・・くぅ・・・」
「・・・・・・・・・」
俺達はゆっくりと穴の中を進んでいった。

 

やがて、穴は二つに分岐していた。
「げ・・・分かれ道かよ・・・・」
出口に続いていると言う保証はないが、それでも今の俺としてはなるべく無駄は避けたい。
「くそ・・・なぁ、どっちだと思う?」
俺は冗談半分に少女に尋ねる。
「・・・・・・・・・」
少女はなにかを感じるように目を閉じていた。
やがて、目を開くと俺を支えてない方の手で、右の方の穴を指差す。
「へ? こっち?」
「・・・・・・・」
少女は頷くと、ゆっくりと足を踏み出す。俺もそれに合わせて足を踏み出した。

 

再び、分岐。
今度は三つだ。
さっきと同じように少女は目を閉じて―――やがて目を開くと、真ん中の道を指し示す。
大丈夫なのか? とも思うが、当てがないなら少女の勘に従うのも悪くない。良いとも言えないが。
まぁ、たとえ間違ったとしてもさっきまでの道筋を覚えているから、最悪、迷う事はない。
俺達は真ん中の穴を進んでいった。

 

それからしばらく歩き、流石の俺も限界を感じはじめた時。
「・・・・・・」
歩きながら少女は穴の奥の方を指す。
「どうした・・・? 光!」
そう、奥の方にかすかな光を感じていた。ヒカリゴケとは違う、外の光。
俺達は少し早歩きになりながら光へと向かう。
そして、出口。
「森の中か・・・」
そこは森の中だった。どうやら俺達が通って来たのは天然の洞窟のようだった。
俺は少女の方を見る。少女は俺にずっと肩を貸してきたせいだろう。顔からは汗が噴き出し、かなり疲労しているようだった。
「悪い。迷惑かけたな・・・しかし、よく道が解ったな。魔法でも使えるのか?」
俺は少女に尋ねる。たしか、洞窟の中で迷わずに済むと言う便利な魔法があると聞いた事がある。
だが、少女は首を横に振る。
「・・・・・・・・・・・」
「じゃ、どうやって・・・単なるカンか?」
「・・・・・・・・・・」
首を横に振る。と、俺を支えてない方の手でぱたぱたと手を動かす。
「・・・? なんだ? 鳥?」
「・・・・・・・・・・」
首を横に振る。と、今度は口を尖らせてひゅー・・・と息を吹く。
「・・・もしかして、風か?」
「・・・・・・・・・・」
肯定するように縦に頷く。
「風を感じたのか?」
「・・・・・・・・・・」
首を横に振る。少女は自分の耳になにかを聞くように手を当てた。
「風の音を聞いたのか」
「・・・・・・・・・・」
頷く。どうやら正解らしい。
しかし、本当に耳が良いんだな。こいつ。
「さて、街道の方に出て―――!」
俺は殺気を感じ、首だけ振り返る。

ズザッ

いきなり、木の上から魔物が降って来た。あの時と同じ!
「なっ・・・こんな時に!」
はっきり言って、俺は満足に戦える状態じゃない。くそっ!
「・・・・・・・・・」
少女はおびえたように魔物を見ている。それを見て、なんとなく子供の時の自分を思い出した。
怯えてる自分―――なにも出来ずに、ただ怯えてた自分だ。
それを見て、あの時の冒険者はなにを感じただろう?
たぶん、今の俺と同じハズだ。守りたい・・・守らなければならないという使命感。
俺は少女を後ろに突き飛ばすと、激痛に耐えつつ右と左の両足で地面に踏ん張った。
「・・・・・・・・・!」
「逃げろ!」
叫び、俺は剣を抜く。『愚か』だと思った英雄の剣を。
「グアアアアアアアッ」
俺の叫びに触発されたのか、魔物が飛び掛かってくる。

ふと、あの冒険者の事が頭に浮かぶ。
自嘲ぎみに笑う。やっぱり、愚かだよ。アンタも、俺も・・・

魔物の爪が俺の胸をずぶりと貫く! と、同時に俺は剣を魔物の急所に突き立てた。
魔物は倒れ―――俺も地面に倒れた・・・

 

「・・・・・・・・・・!!!」
少女が駆け寄って来た。
涙をポロポロ流しながら。
泣くなよ・・・と、言おうとしたが声にならず、咽る。
「・・・!・・・!!・・・・!!!」
少女がなにかを叫ぶように口をパクパクと動かす、しかしそれは言葉にはならない。
・・・ああ、そうか。解ってたんだな、アンタも。
俺を助けた冒険者が最後に言おうとしていた言葉が理解できた。
「・・・・・・・・!!!!」
泣くなよ。これは俺がやりたくて―――俺のためにやったんだ。
別にお前の為なんかじゃない。だから、俺の死なんかに縛られるな、忘れろ。
そして―――
「生きろ」
そう呟き、俺のは意識を失った。
意識を失う寸前、少女が何故か光っているような錯覚を覚えながら。

 

天国は森と変らないニオイがした。
目を開けてみる。天使がいた。
涙をぽろぽろと流し、泥に汚れた白い巻頭衣を着た天使が――――
「あれ?」
俺は思わず間抜けな声を漏らす。
「・・・・・・・・・・・・!!!!!」
少女は俺の首に思い切り抱き着いてくる。
抱き着かれながら、俺は困惑したように辺りを見回す。森。さっきと変らない森。けして天国などではない。
そして少女を見る。少女。さっきと変らない赤毛の少女。けして天使などではなく―――
「なんで生きてるんだ?」
と、俺が呟くと、少女はパッと俺を解放し、離れる。
「・・・・・・・・・・・」
少女は顔を涙に濡らしたまま、両手を祈るように重ねあわせて目をつぶる。
そして俺の貫かれたハズの胸―――服は破れていたが、貫かれた後はまったく無かった―――をわさわさと両手で触る。・・・どうやら傷が治るのを表現しているらしい。
「つまり、祈ったら傷が治ったと?」
「・・・・・・・・・・」
肯定の頷き。
「もしかして、治癒魔法とか?」
僧侶などが使う治癒の魔法は、呪文を必要とせずに天への祈りだけで行使できると聞いた事がある。
「・・・・・・」
頷く。縦に。
「そーいえば、俺の足も痛み引いてるけど・・・それも魔法か?」
「・・・・・・・・」
頷く。もちろん縦に。
「・・・さっき使ってれば、こんなにめんどくさい事にならなかったんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・」
少女は笑った。誤魔化すように。
―――コイツ、忘れてたな。
ジェスチャーなしでもはっきりと解った。

 

それから半日ほど歩き―――
「さて、と」
俺は分かれ道で足を止めた。少女も足を止める。
道は右と左に分かれている。
右の方に目をむけると、遥か向こうに街が見えた。
左の方は延々と道が続いている。
「右に行けば、街だ。孤児院がある街。けど俺は街に用はないから、ここからはお前一人で行けよ」
「・・・・・・・・・・・」
少女は悲しそうに俺を見る。
俺はそれを振り切るようにして、左の道に足を向けた。
「じゃあな」
「・・・・・・・・・・・」
ぐい
裾を引っ張られて、俺は振り返る。
少女が泣きそうな顔で俺を見ていた。
「あのなぁ。俺はあの街に様はないんだよ。それともなにか? お前、俺に着いてきたいのか?」
そう、言葉に出したのは俺自身、どこかそういう期待があったからなのだろうか?
まあ、わずかばかりの行程とはいえ、すでに完全に他人とは思えなくなっていたのも事実だが。
「・・・・・・・・・・」
少女は頷く。・・・どっちかは言う必要ないだろう。
「・・・まぁ、そうだな」
と、俺はあらかじめ用意していた答えを呟く。
「女なんてめんどくさいだけだが―――」
ちら・・・と、少女を見る。少女の瞳には涙が溢れかけていた。
「―――それでもお前は役に立つかもしれないしな。何より、助けてもらった恩も或るし」
「・・・・・・・!」
ぱぁっ、と少女の顔が輝く。と、俺に飛びついて来た。
「っとぉ、そんなにはしゃぐな。こら!」
「・・・・・!・・・・・・!!・・・・・・!!!」
少女は言葉にならない声を上げたが―――たぶん、なにを言ったか解かってる。

『ありがとう』

 

 

俺は今でもアンタのことは馬鹿だとか愚かだとか思ってる。
あんたのおかげで俺はあんたの死を背負っちまった。それは生涯降ろすことはできないだろう。
だからこそ、俺は生きる。あんたの為じゃない。俺の為にな。

 


 

あとがき

 

生命―――オイラが言うと冗談のように思われるかも知れませんが、これはオイラの小説のテーマでもあります。
で、良くあるじゃないですか。マンガなんかで自分の身を犠牲にして、主人公とか助ける奴。
はっきり言って、感動できます。
けれど、最悪の―――自己満足だと思うんです。
死んで自分は終わりでいいけれど、残された人間は絶対苦しみますから。
そゆこと考えて、こういう小説書いたんですが・・・上手く表現できてないにゃあ(苦笑)。

 

内容的には主人公(名前無し)が昔、人の命と引き換えに助かって、ひねくれた大人になったところを
昔と同じ状況が起こって、主人公は―――――って話。ありがちですね。
ホントはもっとドロドロした物になる筈だったんですが、ヒロイン(名前無し)と時間が無かったせい(笑)で、
中途半端な仕上がりになってしまいました。またいつか書き直そうとはおもいますがね。
・・・とかいいつつ、たぶん書き直さないとは思いますが(苦笑)。

 

結局、主人公は自分を助けて命を落とした冒険者と同じ行動をして―――けれど、自分ごとそれを否定して。
それでも、一つの答えを出せたと思います(たぶん)
もし、この小説を読んでなんか思う事があったら(ないかなぁ)感想ください。

 

さて、実はこの二人の物語はまだ続きます。
まぁ、たいした話ではなく、「命」とかはテーマになってませんがね。

 

それでわ、ここらへんで。


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