5."エピローグ"

 

 それから私は二日ほど休んで、ようやく復調した。
 お見舞いに、奈津子さんと食堂のお姉さんが来てくれたけど、雪菜は一回も顔を見せてくれなかった。「お友達」なんて言ってくれたのは、私の希望混じりの幻聴だったのかなー、なんて思いながら二日ぶりに登校する。
 教室に入ると、珍しく桜坂が私よりも先に来ていた。私の方に気がついて、一瞬だけ目が合う―――が、すぐにいつものように目を反らして無視。そーいやなんか、熱出して倒れた時に、こいつが私を看病する夢とか見たけど―――まあ、夢だよなあ。
 席に着くと、おかしなことに気がついた。私の席は窓際の一番後ろで、実は一人だけはみ出ている。つまり、隣りに席はなかったはずだが、どういうわけか私の席に並んで新しい机が置いてあった。まさかこんな中途半端な時期(夏休み直前)に転入生でもくるのかなとか不思議に思いつつ、鞄の中から今日の授業で使う教科書を机の中に入れたりしているうちに予鈴が鳴った。さらにしばらくして担任が入ってくると同時に始業のチャイムが鳴った。日直が号令をかけて礼をしてホームルームが始まる―――ところなんだけど、今日は担任の様子がおかしい。何故か緊張しているようだった。

「きょ、今日は、皆さんにあ・・・新しいクラスメイトをご紹介致します」

 へえ、本当に転入生が来るんだ。にしては唐突だなあ、急に決まった話なんだろうか。どうやら話を聞いてないのは私だけではないようで、他のクラスメイト達も寝耳に水だったらしく、クラス中がざわめいている。ただ一人、桜坂はいつものように泰然自若だったけど。

「それではお入りください」

 何故か敬語で担任が廊下に向かって声をかけると、教室の扉を開いて背の低い、良く見知った女の子が現れる。思わず私が目を丸くしてその子を凝視していると、彼女は担任の横に並んで落ち着いた動作でぺこりと頭を下げた。

「龍皇 雪菜と申します。どうかよろしくお願いしますね」

  “龍皇” の名が響いたのか、それとも噂の “廊下の妖怪” が現れたせいなのか、教室中に爆音じみた騒ぎが巻き起こる。それを担任が激しく手を叩きながら「静かにしなさい!」とヒステリックな声を上げる。それでも騒ぎは中々収まらず、5分以上かかってようやく静かになった。騒ぎが収まったのを見て、担任が軽く咳払いをして告げる。

「皆さん。雪菜様は龍皇家のご息女であると同時に、この学園の理事長でもあらせられます。くれぐれも―――いいですか? くれぐれも粗相のないように!」
「先生、復学したからには私は一介の生徒にすぎません。どうか特別扱いしないでくださいね」

 無茶言うな。龍皇の人間ってだけでも強烈なのに、その上この学園の理事長なんて言われたら、そこで働いている教師が他と同じような扱いに出来るわけが―――ちょっと待て、理事長!? なにそれどういうことっていうか意味がわかんないー!?
 私が困惑しているうちに、雪菜は私の隣の新しい席に移動する。着席しながら彼女は私に微笑みかけてきた。

「これからよろしくお願いしますね、ゲッカさん」

 

 

******

 

 

「・・・つまり、以前はこの学園に通っていたけれど、高等部一年の時に自主退学して、その後お爺さんに言われてこの学園の理事長になったと」

 昼休み。
 私は雪菜を引っ張って以前のように屋上に来ていた。ここで雪菜と一緒にお昼を食べるのも随分と懐かしい―――なんて感傷に浸る余裕もなく、雪菜を問いつめる。

「んでもって、理事長として見回りもかねて生徒と同じ制服姿で授業中廊下をうろついていたと」

 私が今し方雪菜から聞いた事を整理して言うと、彼女は「はい」と無邪気に頷いた。
  “廊下の妖怪” の正体は、単に生徒達の授業中の様子を見ていた理事長だった。普通の生徒が授業中に廊下を出歩いていたら、間違いなく反省文&説教コースだ。けれど教師達は見て見ぬフリをしていた―――だから、 “廊下の妖怪” なんて噂が立ってしまったのだろう。

「妖怪じゃないじゃん! 人間じゃんか!」

 そう。
 龍皇 雪菜は妖怪なんかじゃない。単に “妖怪” と呼ばれていただけのただの人間だった。

「でも、妖怪って呼ばれてたことには違いないですよ?」

 ンなこと言ったら、私なんて物心ついた時から妖怪だっつーの!

「それに、高等部一学年の時に、仲の良かったお友達に “妖怪” って言われてトラウマになって、それが原因で自主退学したのも本当ですし・・・・・・お爺さまが “休学” 扱いにしてくれましたけど」
「ていうか、なんで雪菜はその友達に、なんで “妖怪” 扱いされたの?」

 別に雪菜は私みたいに容姿が人とは違っている所はない。一応、見た目は。
 私の問いに、雪菜は表情を沈ませる。

「私にも解りません。ただ “妖怪” みたいだから気持ち悪いって・・・」

 以前の私なら同情していたかも知れない―――が、私は落ち込んだ雪菜を気遣う気もなく、さっきから思っていたことを口にする。

「もしかして、全然成長してないからじゃない? 歳を取らないように見えたのかも」
「すっ、少しは成長してます! 去年からブラジャーだって付け始めたんですよ!」

 「見ますか?」とブレザーのボタンを外そうとする雪菜に「要らん」と手を振って、さっきもした質問をする。

「雪菜って、何歳だっていったっけ?」
「もう、何度目ですかその質問」

 女の子に歳を聞くのは、例え同姓でも失礼ですよ―――などといいつつ、彼女は答える。

「今年で22歳です」

 私は目を閉じた。頭の中で「22歳」という雪菜の言葉を何度かリフレインさせてから目を開く―――と、そこには私の年下にしか見えない少女(良くて中学生、下手すりゃ小学生にも見える)がきょとんとした表情で首を傾げていた。別に雪菜が人間だろうが妖怪だろうが、龍皇の人間だろうが学園の理事長だろうが、6歳年上だろうが割とどうでも良い―――けれど。

「22歳・・・22歳かあ・・・」
「な、なんですかさっきから! その、歳が離れてるから、やっぱり友達にはなれない、とか・・・?」

 不安そうな雪菜に対して、私はにっこり笑って首を横に振る。そんなことは全くない。大体、そんなこと言ったら御歳29歳の奈津子さんが可哀想だ(笑)。

「いやあ、単に上には上が居るなあって思っただけ」
「え? 私の方が年上だって話ですか?」

 そうじゃない、と私は手を振りながら笑って。

「22歳で学生のコスプレして、校舎内を歩き回る痛い人に比べれば、小説のキャラクターになりきるくらい全然普通だなって」
「な、なんですかそれ! 私だって普通です! 痛い人なんかじゃないですよっ!」

 全然自覚ないことをのたまう雪菜の肩を、私は優しく叩きながら頷く。

「大丈夫。雪菜が人間でも妖怪でも―――どういう趣味の人でも、私は友達だから」
「へ、変な風に私を見ないでください! 私は普通ですううううううっ!」

 学園の屋上に雪菜の叫びが響き渡る。てか、日本随一の資産家の娘で、学園の理事長で、しかも22歳の現役女子高生ってどう考えても普通じゃない気が。
 まあ、なにはともあれ。
 こうして私は、高校生になってから初めての友達ができました、とさ。

 

 


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