セシルの一撃を受け、ゴルベーザの身体から力が失われていく。
膝が折れ、ゆっくりとその場で崩れ落ちていくように倒れ―――
「ゴルベーザッ!」
「ゴルベーザ様ッ!」―――倒れようとするゴルベーザの姿に、シュウとバルバリシアが同時に悲鳴をあげた。途端。
「くお・・・っ!」
それはまるで彼女らの声が力となったかのように。
力を失ったはずのゴルベーザの膝に僅かだけ力が戻る。
それでも再起するには至らない―――が、ゴルベーザは僅かに残された力を持って、前に一歩だけ踏み出した。「セシ・・・ルウウウウウウウッ!」
「・・・な・・・・・・!?」すでにゴルベーザには拳を握る力も残されていない。
彼にできたのは、ただ前に出ることだけ。
前に出て―――セシルへ向かって倒れ込むことだけだ。(くらうがいい―――)
同じように力を使い果たしたセシルも、迫るゴルベーザを避けることはできない。
そして、ゴルベーザの倒れ込むようなヘッドバットがセシルの顔面へと直撃する。「が・・・―――ッ」
ゴルベーザの頭が鼻っ柱に激突し、その衝撃でセシルは後ろに倒れ込む。そしてそのまま動かなくなる―――対し、ゴルベーザは頭突きの反動で起きあがるようにして、体勢を立て直していた。
すでにほぼ死に体だった一撃だ。
大した威力ではなかったが―――それでも決着をつけるには十分な一撃だった。「セシルッ!?」
すぐ傍にいたヤンが焦ったようにセシルの元へしゃがみ込んで、様子を伺う。
「う・・・く・・・」
セシルはまだ意識を失っては居なかった。うっすらと開けたその瞳にはまだ意志の光は失われて居らず、ゴルベーザを見上げている。但し、気力はあっても立ち上がる力は残されていないようだったが。
それを、ゴルベーザは立ったまま見下ろし返し―――言い放つ。
「・・・弟が兄に勝とうなど、10年早い・・・ッ!」
などといいつつも、その足はガクガクと震えていた。
なんとか立ってはいるものの、こちらもそれで精一杯。9割方 “意地” で立っているようなものだ。少しつつけばあっさりと倒れてしまうだろう―――そこへ。「ゴルベーザ様ぁっ!」
「うお!?」文字通り、バルバリシアが飛びついてくる。
いきなりのダイブに、ゴルベーザは避けることも出来ずに抱きつかれ、そのまま床に押し倒された。「え、あの? ゴルベーザ様!? 大丈夫ですか!?」
「・・・・・・」大丈夫じゃない。
と、ゴルベーザは喋る気力もない状態で、バルバリシアの下敷きにされていた。
そこにいきなり紅蓮の炎が包み込む。「きゃ・・・っ!? ・・・って、熱く無い?」
バルバリシアごとゴルベーザを包み込んだ炎は、まるで熱さを感じなかった。それは暖かく、さらにはゴルベーザの怪我をみるみるうちに癒していく―――
「大丈夫ですか? ゴルベーザ様」
「ルビカンテ、いきなりなにをするの!? 驚くじゃない」
「・・・突然抱きつくのは良いのか?」バルバリシアが振り返れば、癒しの炎を使ったルビカンテがゆっくりと歩み寄ってくるところだった。
「―――できればそこで死にかけてる近衛兵長にもやってくれないかな」
ルビカンテの癒しの炎はセシルも同時に癒していた。
身を起こしながらセシルが言うと「お安い御用だ」と、炎がベイガンの身体も癒す。「・・・かたじけない―――ぬうんっ!」
つい先程まで敵だった相手に助けられたからなのか、どこか複雑そうな面持ちでルビカンテに礼を言った後、唸るような声を上げて両肩へと力を込める。
すると吹き飛んだはずの両腕がまた新たに生え、元の形へと再生する。「ああベイガン、人間には戻らない方が良いよ―――服が」
「む」セシルに言われ、ベイガンが自分の姿を見れば衣類と呼べるものは身に着けて居らず、殆ど焦げている布の破片が申し訳程度に張り付いているだけだ。腰に下げていた “ディフェンダー” も留め金が吹っ飛んでいて、すぐ傍に転がっていることに今更気がつく。
元々魔物化したときに身体が膨れあがり、近衛兵の制服は八切れかけていた。そこへ迎撃システムの光線を何度も身に受け、とどめに自爆の爆発に巻き込まれれば―――まあ、まともな状態であるはずがない。
これで人間の姿に戻れば完全に素っ裸だ。周囲に居るのが男だけならばまだしも―――と、ベイガンはなんとなくすぐ傍にいたミストと目を合わせる。
すると彼女はにっこりと微笑んで。「私は気にしませんよ?」
「こっちが気にします!」もしも人の姿だったなら顔を真っ赤にしているだろうベイガンはそう叫び、人間の姿には戻らない。
―――などとやっているのは放っておいて、ようやくバルバリシアが退いて身を起こすゴルベーザに、フースーヤが歩み寄る。
「・・・すでに正気には戻っているようだな?」
「はい」頷きを返す。
「ご迷惑をおかけいたしました」
「構わぬ。迷惑というならば、私こそゼムスの思念を抑えきれず、すまなかった・・・」
「そんなことはありません」立ち上がり、ゴルベーザはセシルを振り返る。
と、反射的にセシルは顔を背け―――その横顔が、気まずそうに渋くなるが、ゴルベーザの方を見ようとはしなかった。しかし構わずに、ゴルベーザはセシルへと告げる。
「・・・セオドール、お前の言うとおりだ。私が操られなければ、少なくともお前に迷惑をかけることはなかっただろう」
「・・・・・・」
「許しを乞うつもりはない―――だが、すまなかった」無言で顔を向けようともしないセシルへ、ゴルベーザは小さく頭をさげる―――と、セシルへ背を向けた。
それから一言。「―――ダームディア」
ゴルベーザの手に漆黒の剣が出現する。
「・・・結界は―――解かれているな」
空間を固定していた結界がいつのまにか解かれていることを確認する。
それは結界の “核” を破壊されたということではなく、単なる時間切れだろう。
一応、結界が途切れれば再び張り直す予定だったのだが結界が途切れても巨人が動き出す気配がないことと、なによりもセシル達が巨人内部に進入しているため―――いざというときには魔法で脱出する術を残す為に、テラ達は結界を張り直していないのかも知れない。「いでよ “黒竜” 」
ダームディアを握りしめ、ゴルベーザが呼べば、その頭上に長い蛇身をくねらせて浮かぶ黒い竜が出現する。
「ゴルベーザ? 何を・・・」
「私はこれからバブイルの塔に飛び、次元エレベーターで月へ行きます。そして―――」
「ゼムスと決着をつける、か」
「はい」フースーヤの言葉にゴルベーザは頷く。
それを見て、フースーヤも「わかった」と頷き返した。「ならば私も行こう。元はと言えば、我ら月の民の不始末」
「当然、私達もついて行きます」ルビカンテが前に出れば、スカルミリョーネやカイナッツォもそれに続く。
「フシュルルル・・・ここまで付き合ったのだ。よもや置いていくとは言うまい?」
「カカカカッ。長い付き合いだ―――し、なによりあのゼムスには俺達も借りがある」
「皆・・・すまない」ゴルベーザが頭を下げる。
と、出遅れたように「もちろん私だってゴルベーザ様と共に!」とバルバリシアが自分を指さして―――ふと、カインを振り返る。「カイン、貴方は?」
「フッ・・・何故、俺が貴様らについていかねばならない?」
「貴方は賭けに負けたでしょう? これから一生、私の奴隷よ。ド・レ・イ!」賭け―――つまりはセシルとゴルベーザのどちらが勝つかという話で、結果はゴルベーザが勝利した。
ちなみにゴルベーザの勝利に賭けていたバルバリシアだが、別に “絶対服従” などとは言っていない。単に足を舐め、 “様” 付けで呼ぶように言っただけだ。しかしカインは、バルバリシアの言葉に焦ることも怒ることもなく、ただ訝しげな表情を浮かべた。
「賭け・・・? 一体、なんの話だ?」
「ちょっと! 何よそれ!?」まるでそんな賭けのことなど知らないと言う様子のカインに、逆にバルバリシアが激昂する。
反論を口走ろうとした彼女の機先を制し、カインが「フッ」と冷笑を浮かべて告げる。「俺がそのような賭けをするわけがないだろう―――馬鹿馬鹿しい」
「こ・・・殺すッ! 今すぐ葬り去ってやるーーーーー!」
「やめろバルバリシア」髪を逆立て、今にもカインへ襲いかかりそうなバルバリシアをゴルベーザが制止する。
「カインの言うとおりだ。私についていく義理など無い」
「う・・・ゴルベーザ様がそう仰るのなら・・・」しぶしぶとバルバリシアは引き下がる。
そこへ、それまで黙っていたシュウが口を挟んだ。「ゴルベーザ、私は・・・」
何かを言いかけて、口ごもる。
ゴルベーザについていく義理がない、と言えばシュウも同じだ。
地底に残されたSeeD達の安否は自らの目で確認し、キスティスがエイトスへ戻っていることもロイドから聞いた。早い話、シュウにもゴルベーザについていく “義理” は無い。
そもそも、バブイルの塔でキスティスと再会したときに、ゴルベーザの元に残る意味は無くなっていた。
(けれど、それでも私は・・・ついていきたい)
そう思いつつも、口に出せない。
それは本当にただの我儘だ。以前、ゴルベーザの元に残った時には “キスティス達を助け出す” という大義名分があった。
けれど、今は純粋にシュウ自身の我儘だ。その我儘は、もしかするとゴルベーザの迷惑になってしまうかも知れない―――そう思うと切り出すことはできなかった。
何も言えない彼女に、ゴルベーザの方から声をかける。
「シュウ、お前の目的は果たせたのか?」
「・・・・・・ええ」小さく、頷く。
「ならばお前も私に付き合う必要はない」
「・・・そう、だな」頷いたまま、シュウは視線を上げることが―――ゴルベーザの顔を見ることができなかった。
自分が今、どんな顔をしているか・・・それを見せたくなかったからだ。
そんな彼女に、ゴルベーザは更に言葉をかける。「その上で頼む」
「えっ・・・?」
「私と共に来てはくれないだろうか?」その問いかけるような誘いに―――
「ど、どうして・・・?」
―――シュウは思わず問い返していた。
彼女は己の実力を把握している。
世界最高の傭兵 “SeeD” の一人とはいえ、SeeDの力はチームとして動いた時に最大限発揮する。“個” の力として見た場合、シュウの能力も一般の兵士に比べればかなり高いが、バルバリシア達ゴルベーザ四天王のように特殊な力を持つわけでもなく、ましてやカインのような “最強” には遠く及ばない。彼女の親友のキスティスならば、戦闘力で劣っていたとしても、持ち前の分析能力や判断力の高さで指揮官として活躍出来るかもしれない。
(・・・私では、ゴルベーザ達についていっても足手まといにしかならないはずだ)
G.Fを使えばまだできることはあるかもしれないが、元々持っていたG.Fシヴァはカインに打ち砕かれたまま、まだ回復しきっていない。メーガス三姉妹はバルバリシアからの借り物であり、必要ならば返せばいいだけだ。
だから彼女は解らなかった。ゴルベーザが、カインではなくシュウを求めた意味が。
シュウは問いかけの答えを待ち、対してゴルベーザはただ一言。
「わからん」
「は?」
「正直、何故来て貰いたいのかは私にもわからん―――が」バブイルの塔で。
最後のクリスタルを手に入れて、倒れてしまった後―――目覚めた時に彼女が居た。その時にゴルベーザは “救われた” 気がした。
争いを生んでまで、シュウの仲間を犠牲にしてまでクリスタルを集めようとしたこと―――その理由をゴルベーザ自身がよく解らないと言った時、それでも彼女は “認めて” くれた。その事が・・・
「・・・お前の存在が有り難かった―――私がこうして “呪い” から解放されたのも、半分はお前のお陰だと思っている」
「わ・・・私は別になにもしていない」
「それでも、だ―――だから、私の最後の戦いを、お前には見届けて欲しい・・・と思っているのかも知れない」最後の方、自信無さそうな口調になったのは、ゴルベーザも自分の気持ちが良く解っていないせいなのだろう。
「これは私の “我儘” だ。だから強制するつもりはない。死地に誘おうというのだから拒絶しても当たり前のことだ」
「そうか」ゴルベーザの言葉に、シュウは苦笑を浮かべた。
そこで彼女はようやくゴルベーザの顔を見上げる―――身長差がある為、若干こちらを見下ろしてくるその表情は、どこか不安そうに見えた。「お前の “我儘” ならば仕方がない」
「シュウ?」
「先に私の “我儘” を聞いて貰った借りもあるしな」
「ならば―――」シュウはこくりと頷いて―――それからにやりと口の端をつり上げて言う。
「追加料金は取らないでおいてやる」
対して、ゴルベーザもふっと微笑みを浮かべて。
「それは助かる」
笑みを交し合う二人―――を、バルバリシアが少し焦った様子で隣にいたルビカンテに言う。
「え、なに? なにかゴルベーザ様とシュウ、どーゆーわけか良い雰囲気になってない!?」
「そうか? 前からあのような感じだった気がするが」
「前から良い雰囲気だったって事ー!?」なんで? どーして!? と喚くバルバリシア。
と、そこでフースーヤがゴルベーザへと声をかける。「ゴルベーザ。行くならばそろそろ―――」
「解りました」頷き、ゴルベーザは黒竜を見上げた。
手にした剣を目の前にかざし、一言告げる。「道を―――」
「シャアアアアアッ!」」黒竜は一声鳴き、ゴルベーザの目の前に降臨するとその身で螺旋を作り―――やがてその身が空間へと溶けるようにぼやけ、それは闇でできたトンネルのように変化する。
それは闇でできた “道” だった。
瞬間移動、とまではいかないが、どんなに長い距離でも一定の距離に短縮出来る。
幾つか制約もあるが、今からバブイルの塔まで移動するだけならば問題はない。「それでは行くとしよう―――」
そう告げると、ゴルベーザと同行する者たちが次々に闇の中へ入っていく。
それを眺め―――ふと、ヤンがセシルへ呼びかけた。「・・・良いのか、黙って行かせて。もう二度と会えなくなるかもしれんぞ?」
「・・・・・・・・・」ヤンの問いかけに、セシルは無言で答える。
黒竜によって作られた “闇の道” にはゴルベーザが最後に入らなければならないのか、彼はセシルに背を向けたまま仲間達が入っていくのを見送り―――最後に、自身が入ろうと一歩を踏み出す。
「―――ゴルベーザ」
「・・・!」闇の中に入りかけたゴルベーザを、セシルが呼び止めた。
ゴルベーザは立ち止まり―――しかし振り向かず、返事もしない。構わずにセシルは続けた。
「僕はお前のことを許すつもりはない」
隣でヤンが「おい、セシル・・・」と眉をひそめる―――のを無視して、セシルは続けた。
「けれど・・・居ないと思っていた肉親が生きていてくれたというのは・・・・・・・・・嬉しい、と思っている」
「・・・・・・」
「できれば、他の肉親―――僕が知らない僕の両親のことがどういう人物だったのか、知ることが出来たらもうちょっと嬉しい・・・・・・かもしれない」
「―――解った」あくまで振り返らずに、ゴルベーザは頷く。
「その言葉、心に留めておく―――」
それだけを言い残して。
ゴルベーザの姿が闇の中に消え―――直後、その闇は霧散した。「・・・・・・」
闇の消えた場所をセシルはじっと見つめ―――その様子にヤンは「やれやれ」と嘆息する。
「素直に “生きて帰ってきて欲しい” と言えば良かったろうに」
「・・・うるさいな」セシルはそっぽを向いて、ふて腐れたように言い捨てた―――
第28章「バブイルの巨人」 END