第27章「月」
H.「プレッシャー」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟
「―――なっ!?」
青年の姿をした竜の王から放たれるプレッシャーにセシル達は動きを止めた。
・・・いや、動くことが出来なかった。
つい数瞬前まで、バハムートからはなにも感じられなかった。それは勘の鋭いロックや、魔道士であるリディアですら同様だった―――が、今は魔法や戦いの素養のないギルバートすら、言いようのない圧力感を感じて動けずにいる。「くっ・・・これ、は・・・・・・」
「オーディン王と、同じ・・・!」ヤンとフライヤ、それからギルバートとロックは似たような体験があった。
オーディンと相対した時にも感じたプレッシャー。それは魔法でも技でもない、単に格上の相手が放つ威圧感だ。フライヤは以前、オーディンのプレッシャーをはね除けている―――が。「ぬ・・・うっ・・・この威圧感・・・オーディン殿とは比べものにならぬ」
幻獣化しようとも、オーディンはあくまでも元は “人間”。
しかし目の前に居るのは、人間を超越した存在。姿は人であっても、その中身は次元が違う。息すら止まりそうなプレッシャーの中、ただ一人だけきょとんとしてセシル達を見回す者が居る。「えっと、みんなどうしたのかしら?」
ローザだ。
彼女だけはまるで威圧感を感じてない様子で、平然としている。(・・・神経がちょっと普通の人とは違うから、威圧感を威圧感と感じないのかなー)
内心で恋人に対して失礼なことを思いつつセシルは苦笑。
「ふうむ・・・まともに動けるのは一人だけか―――抑えていた気配を解放しただけでこれでは・・・」
いいつつ、バハムートはセシル達に手を差し伸べ―――それを下へと振り下ろした。
「跪け」
『ぐうっ!?』一気にプレッシャーが強くなる。その言葉通り、膝が折れて、身体が勝手に跪こうとする。
まずギルバートとロックが屈し、その次にフライヤが地面に膝をつく。「くそっ・・・たれ・・・っ!」
四番目に膝をついたのはクラウドだった、悔しそうに歯がみしながらも、バハムートのプレッシャーに抗することができない。四人はまるで王に対して臣下の礼を取るが如く、バハムートに向かって膝をつき、頭を垂れる。
「・・・・・・・・・駄目だっ」
それからしばらくして、マッシュも墜ちた。これで残るは、ローザを除けばセシルとリディア、ヤンの三人だけ。
「なかなか粘る―――うん?」
「―――この剣は真なる一太刀」僅かに膝が折れた中腰の状態で、セシルが何事か呟くのをバハムートは耳にした。
それは全てを斬り裂く斬鉄の技を放つ時の文言だ。
呪文のように言葉を紡ぎながら、セシルは集中力を高めていく―――「見るは剣、見切るは理。理の中に斬れぬ物は存在せぬと見いだせば、我が斬断は必然と成る!」
言葉と共に、それまで強烈なプレッシャーに身動き出来なかったはずのセシルの足が、自然にすっ・・・と前に出た。
踏み込むと同時、セシルは居合いの動作をする。実際に剣を抜かず、しかし見えない剣で見えない何か断ち切ったように腕を振り抜いた後、そのまま動きを止め―――やがて一息つくと身を崩した。
バハムートからの威圧感が消え去ったわけではなく、今だ押しつぶされるような見えない圧力を感じるが、一度はね除けたせいか身動き出来なくなるようなことはなかった。と、そんなセシルにバハムートは感心したように手を叩き、言う。
「私のプレッシャを跳ね返したか。流石はあの娘の子だけはある・・・」
「あの娘の子・・・って、まさか僕の母親のことか!?」バハムートの漏らした呟きに、セシルは目を見開く。
まさかこんな所で見も知らぬ母の事が出てくるとは思えなかった。
セシルの疑問にバハムートは頷く。「そう―――セシリア、とか言ったかな。 “証” を持たぬ者としては、初めて私が認めた存在だ」
「セシリア・・・それが、僕の母親の・・・」どくん、と胸が高鳴る。もしかしたらバハムートの勘違いということもある―――が、それでも自分の両親に関する話を聞くのはこれが初めてだった。詳しく話を聞きたいと思う一方で、なにか聞くのが怖い気もする。
「くっ・・・んのおおおおおおおおおおっ!」
セシルが当惑していると、リディアが魔力を放ちながら雄叫びを上げる。
屈しかけていた膝を伸ばし、顔を流れる冷や汗を拭いながらバハムートを睨付ける。「どーよっ!」
「ほう。アスラを認めさせたのは伊達ではないということか」
「・・・って、そんな事まで知ってるの!?」リディアが驚くと、バハムートは頷いて見せた。
「役割的にね、リヴァイアサンとそれに関わる事柄を私は “解る” ようになっているのだよ」
「よくわかんないけど・・・・・・そんなことよりも、いきなりこんな事仕掛けてくるなんてどういうつもりよ!」
「なに、新しいお客を試して見たかっただけだよ。 “証” も持たず、私とまともに相対できないような者たちでは、相手をすることも出来ないのでね」そう言って、バハムートはセシル達を見回す。
「私に対して屈しないのは―――四人か」
ヤンはセシルやリディアのようにプレッシャーをはね除けたわけではないが、まだ屈してはいない。
まあ、多い方かな、とバハムートが思ったその時だ。「俺は・・・こんな・・・程度で・・・・・・」
足下から響く声が聞こえた。
見下ろせば、完全に屈したはずのクラウドが腹の底から押し出すように呟いている。「・・・屈するわけには―――」
再び立ち上がろうとあがいているようだが、それは無理だとバハムートは思った。
一度屈してしまった以上、それをはね除けることは出来ない―――はずなのだが。「む・・・っ?」
ざわり、とクラウドの髪の毛がざわめく。
金髪だった髪が、次第に黒へと変じていく。「―――俺達はっ・・・まだ・・・終わるわけにはっ!」
下がっていたクラウドの頭が持ち上がる。
「馬鹿な―――いや、これは・・・?」
有り得ない、と思いつつもバハムートはあることに気がついていた。
(この人間・・・中に2人分の意志を感じる・・・?)
「あいつをっ、止めるまではっ、屈して―――」
ぐぐぐっ、と屈していた膝が立ち上がる。
と、クラウドの身体を魔晄の光が覆いだした。「―――たまる、かあああああああああああああああっ!」
リミットブレイク
カッ、と眩いばかりの魔晄の光がクラウドの身体から放たれる。
その場の全員の目が眩み―――光が収まった時、クラウドは立ち上がっていた。「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・」
魔晄の光を淡く身に纏いながら息を切らせているクラウドの髪の毛は、いつのまにか金髪に戻っている。
「一度屈しながらも、そこから立ち上がるか!」
驚いたような、どこか楽しげな様子でバハムートは叫ぶ。
「面白い! 我が威を気にもせぬ者、かつて私が認めた者の息子に、召喚士の娘! そして二つの意志をその身に宿し者に―――」
未だに屈しないヤンへと視線を移す。
「―――不屈の意志を秘める者、か。私が相手をするには十分と言えるな」
「相手って・・・まさか戦えと?」セシルが問うと、バハムートは「察しが良いな」と笑いながら頷く。
「なに、ただ私が試したいだけだ。私と戦い、もしも認めるに価すると私が感じたなら、お前達に力を貸してやっても良い」
「しかし―――」セシルは難色を示す。おそらく例の “仮初めの空間” とやらで戦うことになるのだろう。一見するとデメリットは無いように見えるが、勝算もない。幻獣神の力がどれ程のものかは解らないが、低く見積もってもオーディン以下と言うことはないだろう。そして、このメンバーでオーディンに勝てる確率は限りなく低いとセシルは考えていた。加えて言うならば、今セシルの手には暗黒剣も聖剣も無い。腰に刺さっているのは、儀礼用の王の剣。切れ味だけは良いが、余計な宝飾がゴテゴテくっついているために変に重くて重心も悪い。
(・・・せめて、カインかバッツが居ればまだ話は変わってくるんだけど・・・)
先程も思ったことを再度思う。
クラウド達の力を侮るわけではないが、しかしカインやバッツとは根本的な違いがある。どんな絶望的な状況でも、カインかバッツが居てくれれば、なんとかなるかもしれないという根拠のない期待感がセシルにはあった。仮初めの空間で戦うならば、負けても死ぬわけではないだろうが、それでも精神的にダメージを受け、さらには時間も浪費するハメになる。
だから、ここは無駄な戦闘はせずに、とっとと情報を得るべきだとセシルは判断していた。「残念ですが・・・」
「多少の “ハンデ” も渡そう―――だから頼む」
「・・・どうしてそこまで僕たちと戦いたがるんですか?」セシルが尋ねると、バハムートは「あっはっはー」と軽い調子で笑い声を上げてから続ける。
「いやヒマだし」
「・・・悪いですが、僕たちはヒマじゃありません」
「そこをなんとか」
「なんともなりません」
「―――いいよ、セシル。やろう」そう言ったのはリディアだった。
「リディア、そうは言うけれど、勝算もないのに―――」
「私が何とかする」はっきりとした言葉、にセシルは言葉を失う。
そんなセシルの目を見て、リディアはさらに告げた。「信じて」
「・・・・・・」―――言葉を失っていたのは、なにもリディアの言葉を疑ったからではなかった。
ただ、思い出していたからだ。(カイポの村の時と同じだな)
際限なく出てくる魔物の群れに対し、リディアはあの時も「なんとかする」と言った。
その時のことを、セシルは思い返して―――バハムートの方を向いて応える。「わかった―――貴方の暇潰しを受けてやりますよ」