第27章「月」
D.「月面到着」
main character:セシル=ハーヴィ
location:魔導船
それから魔導船は何事もなく月へと辿り着いた。
「着いたよ〜」とボー船長が言い、モニターも月面上の風景を映し出していたが、魔導船の中では揺れなどの衝撃も、降下した慣性すら何も感じることなく、まるで現実感がなかった。「・・・これが月、か・・・」
セシルはモニターに映し出される外の風景を見て呟く。
なんというか、まるで味気ない風景だった。地上と同じように地面がある―――が、それらは灰色に染まっていて、まるで “生” というものを感じさせない。
灰色の地面は所々隆起し、丘や小山のような地形はあるが、そこには動植物の姿は無かった。地面の他には、まるで夜空のように漆黒の宇宙が広がり、星々の光が見える―――が、地上の夜空とは異なり、雲はなく、光る星々も瞬くことがない。
「・・・こんなところに本当に人が住んでいるのか・・・?」
思わずセシルが呟くと、その背後でボー艦長が「ちょっと〜、違う〜」とのんびり声をかけてくる。
「セトラの〜、民はあ〜、 “住んでいる” わけじゃあ〜、なくて〜」
「住んでるわけじゃないって、君はセトラの民は月に居ると言っただろう?」セシルが疑問を呟くと、ボー艦長は「だからあ〜」とやはり、スローペースで答える。
「僕はあ〜、 “居る” って〜、言っただけ〜」
「・・・どう違うんだい?」
「ん〜・・・」ボー艦長はどう説明すればよいかと悩んでいるようだった。
と、その思考を遮るようにローザが声を上げる。「そんなことよりも、この魔導船って宇宙服はないの?」
「あるよ〜」ローザの問いに、思考を一旦中断してボー艦長は答える。
「宇宙服?」と聞き慣れない単語にセシルが首を傾げると、ローザはうふふ、と笑って答える。「知らないの、セシル? 宇宙には空気がないのよ? 水の中と同じで、外に出たらすぐに窒息して死んじゃうの!」
「でもロック達は外に出てるけど」
「・・・は?」モニターを見ながら言うセシルに、その言葉の意味が理解出来ずないままローザもモニターを振り向く。
すると、さっきまで味気ない月面の風景しか映していなかったモニターの向こう側には、ローザとセシル以外(あと当然ボー艦長も除く)の全員が映し出されていた。ロック達は思い思いに月面を歩いたり、しゃがみ込んで地面を確かめたりしている。
そんな様子を見て、ローザはしばらく声を失い唖然としていた。
こういう彼女の表情は珍しいなあ、とセシルがのんびり思っていると、不意にローザは弾かれたように駆けだしてホールを飛び出す。「ええええええっ、なんでえええええ!? どーして宇宙空間で息ができるのーーーーー!」
「あ、ローザ! ―――ボー艦長、話はまたあとでっ!」不可解なことに絶叫する彼女に、セシルも後を追いかける。
それらを見送り、ボー艦長はのんびりと巨大な手羽を振りつつ、「いってらっしゃい〜」
そのやはりのんびりとした見送りの挨拶は、セシル達に追いつくことはなかった。
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「ん〜〜〜〜〜っ」
月面を踏みしめて、ロックは感動に打ち震えていた。
それを見て、リディアが眉をひそめて、「なに悶えてるの? キモッ」
「キモイとか言うなっ! 感動してるんだよ! わからないか!? 俺達は今 “月” に来てるんだぜ!? 地上の誰もがたどり着いたことのない場所! 冒険家冥利につきるってもんだ!」はしゃいだ気持ちを抑えきれない様子のロックに、リディアがさらになにか言おうとする―――よりも早く、ギルバートが口を挟んでくる。
「うん、解るよロック、その気持ち!」
竪琴を片手に抱え持つギルバートも同意する。
吟遊詩人としても、未知の体験というのは感無量と言ったところなのだろう。「またなにか新しい詩が出来そうだ―――ああ、この戦いが終わったら僕は、今までの体験を全て詩にするんだ・・・」
思いっきり死亡フラグを呟くギルバートに、リディアはやれやれと肩を竦める。
「そんなに感動すること? だいたい、ゴルベーザ達だって来てるし、セトラの民とか言うのだってここに住んでるんでしょ?」
「いいじゃんか。それに、 “今” 地上に居る人間は、こんなところに来たこと無いはずだろ」この月へ至る手段は “バブイルの塔” と “魔導船” の二つ。
先にバブイルの塔で月へ来たはずのゴルベーザ達が、まだ地上に戻っていないのなら、確かにロックの言うとおり “今地上に居る人間は誰も月へ来たことがない” はずだった。「そういうの屁理屈だって言うの。ったく、こーんななんにも無い場所で、どうしてそこまで興奮出来るんだか」
あくまで悪態をつくリディアに、ロックが笑いながらあらぬ方向を指さす。
「あれを見ても同じ事が言えるかよ?」
何が―――と、ロックの指さした方向を見た瞬間、リディアは息を呑む。
思わず言葉を失い、しばし “それ” を見つめた―――見惚れた、と言っても良い。それは “青” だった。
まるで宝石のように漆黒の中に鮮やかに浮かび上がる “青” 。「あれって・・・」
「 “地球” ―――俺達が暮している星の事らしいぜ」ボー艦長から聞いたのだろうか、ロックがそんな説明をする―――前に、リディアは直感していた。
「・・・綺麗」
思わず言葉が漏れる。
―――が、次の瞬間、はっとしてロック達を振り返る。
にやにやと笑みを浮かべるロック達に顔を赤くしながら、リディアは不機嫌そうに叫んだ。「べっ、別に大したことないじゃないっ!」
「今、綺麗って・・・」
「気のせいよっ!」ギルバートの指摘に、リディアは強引に切り返す。
―――などと騒いでいると。「えーーー!? 本当に息ができる!? なにこれどういうことなのーーーーーー!?」
ローザが絶叫しながら、セシルと共に魔導船から外に出てきた―――