第22章「バブイルの塔、再び」
J.「リディアさんちの家庭の事情」
main character:エニシェル
location:エブラーナの洞窟

 

 

 エニシェルの “バブイルの塔への侵入方法を用意しろ” という要請に対して、ジュエルは「少し考えさせて」と返答した。
 それ以上話すこともないので、エニシェルとバッツは会談の場であった部屋を後にする。

「・・・しっかし、あの塔に侵入する方法なんてあんのか? 地底の時だって、向こうが入り口を開けなきゃどうにもならなかったろ?」

 幾つもの横穴へと続く、洞窟の広間とも言うべき場所に戻ってきたバッツは、あまり期待していない様子で呟いた。

「ルビカンテとかいう奴らが、また襲ってくるのを待つしかないんじゃないか?」
「それでは犠牲が大きくなる。現状、ルビカンテに対抗出来るのはカインだけだからな」

 エニシェルの反論に、バッツは自分自身を指さした。

「あれ、俺は?」
「貴様は負けはせぬだろうが、倒すこともできまい」
「斬鉄剣が極まれば―――」
「使えるのか? 相手を殺すつもりで?」
「う・・・・・・」

 言葉を失うバッツに、エニシェルは嘆息する。

(とゆーか、何故こやつをセシルのヤツは来させたのか妾にはよく解らん)

 バッツは強い。三人もの “最強” と互角以上に渡り合ったのだ。実際に戦いを見たことはないが、その実力をエニシェルも疑っていない。
 だが “敵を倒す” 事に関して、バッツ=クラウザーは無力と言っても良かった。
 身内同士の “試合” ならばともかく、敵を屠る “殺し合い” には圧倒的にむいていない。

 早い話、戦力として数えられないとエニシェルは思っていた。
 現に、今までにバッツが挙げた戦果と言えば、バロン城でレオ=クリストフを突破したくらいだろう。

(ルビカンテに対抗するだけならカイン一人だけでも良いはず―――なのに、何故セシルはバッツを同行させた・・・?)

 そのことをセシルに問おうかとも思ったが、それほど気になる疑問でもない。
 まあセシルの考え、というよりも、リディアが来たから馬鹿兄貴も当たり前のようについきたというだけかもしれないと思って、思考を打ち切る。

「そーいやリディアは何処行ったんだ? ここに居るはずだよな?」

 まるでエニシェルの思考を読んだかのようにバッツが呟く。
 ちょっと驚きながらも、エニシェルは冗談めかしてバッツに言う。

「なんだ? 貴様なら、匂いか何かで妹の位置くらい解るんじゃないか?」
「いやあ、ここは洞窟特有の湿ったニオイが鼻についてなあ」

 外なら解るんかい!? と、思わず心の中でツッコミ。
 口に出さなかったのは「もちろんだぜ!」とか自信満々に返事されたら、どうリアクションしていいか解らなかったからだ。

「とりあえずそこら辺探してみるか」

 等と言って、バッツは手近な横穴へと足を向けた―――

 

 

******

 

 

「―――何者!」

 いきなりバッツの首元に短刀が突き付けられた。
 しかしバッツは特に驚くこともなく、刃を握りしめた相手を見やる。

 老人だった。
 60は優に越えているだろうと思われる老人で、若りし頃は黒々としていたであろう髪の毛と髭は白く、ランプの色が鮮やかに映えていた。

「あれ、聞いてないか? 俺達はバロンから来た―――」

 バロン、とバッツが口にした瞬間、老人の目に殺意が灯る。
 直後、前触れもなく刃がバッツの喉笛を食い破らんと突き込まれる。

「おいおい爺さん、俺たちゃ敵じゃないぜ?」

 困ったように笑うバッツには刃は届いていなかった。
 短刀が突き込まれると同時、突き込まれた分だけバッツが後退したのだ。
 バッツの喉を突いた動きは “年老いた” 老人の動きではなく、 “老練” と呼ぶに相応しい無駄のない忍びの動きだった。だが、バッツの回避はそれをさらに上回る。

「・・・何者!?」

 バッツがこの横穴に入ってきた時と同じ、誰何の台詞。
 だが、先程は警戒感から発せられたものだったが、今は代わりに戦慄が含まれていた。

「だから、バロンから来た―――ええと、助っ人?」
「せめて援軍と言わんか」

 バッツの後ろでエニシェルが呆れたように言う。
 と、彼女はバッツの横に並ぶように前に進み出て、老人に問いかける。

「―――しかし、バッツも言っていたが、妾達が来ることを聞いておらんかったか? それに如何に仲が悪かったとはいえ、バロンの名前を出しただけで、いきなり殺そうとするのはどうかと思うぞ? こいつでなければ今頃死体が一つ出来上がっていた」

 今の突き、バッツの “無拍子” に近い動きで、殆ど前触れがなかった。
 エニシェルの言うとおり、バッツだからこそ回避出来たもので、下手すればカインですら喉を突かれて殺されていたかも知れない―――もっとも、カインならば刃を向けられた時点で、逆に老人を槍で突き殺していただろうが。

「それは仕方ないですよー。こんなところにいきなり踏み込んで来られては、ね」

 のんびりとした声が奥の方から聞こえてきた。
 老人の肩越しに奥を覗けば、先程ジュエルと会談した場所よりも一回り狭い部屋で、三人ほど奥に人が居た。
 そのうちの一人はバッツの良く知る女性で―――

「あ、リディア。こんな所にいたのかよ!」

 バッツは嬉しそうに老人の横をすり抜けて、リディアの元へ小走りに駆け寄る。
 老人はバッツ達を奥に通すつもりはなかったらしく、しかしあっさりとバッツに突破され、驚愕に振り返った。

「き、貴様ーーーーーっ!?」
「大丈夫よ、お爺さん。こいつはただの人畜無害の馬鹿だから」
「おいおいリディア。いい加減、お兄ちゃんに向かって馬鹿馬鹿言うなよ。泣いちゃうぞ?」
「ばーーーーか」
「く、くそう。負けない、俺は負けないぞっ!」

 とかいいつつ、割とマジに涙を堪えてリディアから視線を反らす―――と、別の女性と目があった。
 緑の髪の、雰囲気は随分と違うが、リディアと顔立ちが良く似た女性。

「あんた誰だ・・・? もしかしてリディアの姉とか・・・?」
「お母さんですよー」
「お、お母様でしたか!?」

 何故か敬語。
 と、驚きの声を上げたバッツに、ミストは「しーっ」と口元に指を当てる。

「お静かに。怪我人が眠っているのですよ?」

 言われてバッツは最後の人影に気がつく。
 ミストの背後、木で作られた簡易ベッドの上に布団が敷かれ、そこにエッジが寝かされていた。

「・・・そーいや火傷したって言ってたな。大丈夫なのか?」
「ええ。火術に優れているためか、火炎に対してかなり耐性があるようですね。並の人間なら助からないところでしたが、回復魔法も何度かかけたので、もうしばらく安静にしていれば目も覚めるでしょう」

 優しく微笑みながらミストは説明する。
 と、それからふと首を傾げてバッツに尋ねた。

「それで、貴方はどなたでしょう? リディアのお友達? もしかしてボーイフレンドというものでしょうか?」

 興味津々と言った様子でミストが問う。
 見当違いの邪推に、リディアが思わず反論する―――よりも早く、バッツが答えた。

「いや、ただの兄貴です」
「は?」

 バッツの返答に、ミストはきょとんとする。

「この馬鹿兄貴ー!」

 ぺしん、とリディアはバッツの頭を叩く。
 バッツは叩かれた頭を抑え、

「なんだよいきなり」
「なによその “ただの兄貴” ってつーか、それじゃあお母さん、誤解するでしょうが!」
「誤解って?」
「とーさんの隠し子だって思われたらどうすんの! 夫婦の危機じゃないっ!」

 夫婦の危機も何も、相手はもう亡くなっているのだが。

「あ、あの・・・兄貴って・・・リディアのお兄さん、ってことですよね・・・・・・?」

 おそるおそると言った様子で、ミストはバッツに問いかける。
 そんな母の様子に、リディアは嘆息する。

「ほら、お母さん混乱して―――」
「本当にっ!」

 がしっ、といきなりミストはバッツの手を掴んだ。
 目を見開いて、バッツの顔をまじまじと見つめる。

「本当に、あの人の息子なんですか・・・!?」
「あの人って・・・そりゃあ俺は息子だが」

 少なくとも娘じゃない、というつもりだったのだが。
 しかし、そのバッツの言葉で、ミストは感極まったようにバッツをいきなり抱きしめる。

「ああ、ああ! 生きていてくれたのですね!? あの人の子供が・・・・・・っ!」
「え、ええとー・・・・・・?」

 涙ながらに抱きすくめられ、バッツは混乱する。
 それはリディアも同様だったようで、困惑しながら母へと呼びかける。

「あ、あの・・・お母さん・・・? ど、どうしたの―――」
「単に勘違いしとるだけだ」

 やれやれ、と言った様子で口を挟んだのはエニシェルだった。
 彼女は、バッツを抱きしめるミストへと声をかける。

「そいつの名前はバッツ=クラウザー。ファルケン―――いや、僧となってタイタンと名を変えたのだったか。ともあれ、貴様の夫の息子ではない」
「・・・貴女は・・・!?」

 ミストはそっとバッツから身体を離し、目元の涙を拭い去る。
 問われたエニシェルはフン、と微笑を浮かべて自らを名乗る。

「妾はエニシェル―――貴様の夫から聞いているであろう?」
「エニシェル・・・・・・デスブリンガー・エニシェルですか・・・!」

 ミストの目が細められ、厳しくエニシェルを睨付ける。
 そんな母の様子に、リディアは驚きを隠せなかった。
 ミストはとても穏やかな性格をしており、誰かを憎んだり怒ったりしたところをリディアは見たことはない。幼い頃、リディアが悪戯をして母を困らせた時でも、彼女はリディアを叱りはしたが、怒ることはなかった。

 その母が、怒りを顕わにエニシェルを睨んでいる。

「お、お母さん・・・?」
「あ・・・っ!」

 リディアの声に、ミストは我に返る。
 それでも怒りは消えず、それを押し殺している。

「その様子では、ファルケンのヤツから妾の事は聞いておるようだな」
「ええ」
「妾を憎むか?」

 エニシェルの問いに、ミストは言葉を失い―――しばらくして、首を横に振った。

「・・・いえ。私には貴女を憎む資格はありません。私があの人と巡り会えて、リディアを授かることが出来たのは、貴女のお陰とも言えるのですから」
「その言い分、ファルケンの性格が移ったか」
「かもしれませんね。私が “私” となれたのは、あの人に出会えたからなのですから」

 そう言ってミストは力無く微笑む。

「ええと、お母さん? 一体なんの話をしているのかよく解らないんだけど・・・・・」

 居心地悪そうにリディアが問う。
 顔も良く憶えていない父の話をしているのだということは解ったが、そこにエニシェルがどう関係しているのかよく解らない。

 そんなリディアを一瞥して、エニシェルはミストを見やる。

「娘には話しておらんのか。ファルケンの過去を」
「子供に話すようなことでもないでしょう?」
「もう子供じゃないよ」

 リディアが口を挟む。
 ミストはにこりと微笑んで娘を見た。

「母親にとって娘はどれだけ成長しても子供なの。例え親よりも年上になってもね」
「別に黙っておくようなことでもあるまい」

 そう言って、エニシェルはリディアに向かって、

「ファルケン―――お前の父が元は暗黒騎士だったというのはしっておるな?」
「知ってる・・・ような気がする」

 幼い頃の記憶。
 ファブール城でみた父の姿は、セシルと同じような暗黒の鎧を纏っていた。

「暗黒騎士であったファルケンは、とある成り行きで妾を手に入れた―――だが、その当時は若く、まだ未熟だったあやつは妾を使いこなすことは出来なかった」

 エニシェルが語るのを、ミストは止めようとはしなかった。
 ただ、娘の様子を神妙に見守っている。

「使いこなすことが出来なかったって・・・」
「妾のダークフォースを御しきれず、暴走し、その結果、自分の妻と生まれたばかりの子供を殺してしまった」

 淡々と、感情を込めずにエニシェルは語る。
 その内容に、リディアもバッツも驚きのあまりに呼吸を止め、しばらく何も言えなかった。

「・・・・・・その後、ファルケンは世界中を放浪し、ファブールに流れ着いてモンク僧となり “タイタン” と名を改め、妾を封印して旅立った」
「それからミストを訪れ、私と結ばれた・・・・・・」

 エニシェルを捕捉するようにミストが言う。

「じゃあ・・・ホントにあたしの兄弟が居たかも知れないの・・・・・・?」
「・・・ええ」

 リディアが震える声で呟くと、ミストは頷く。

「デスブリンガー――― “無為の絶望” という二つ名を持つ魔剣。それを手にした者は、己の最も親しき者を屠り、絶望する・・・ってか」

 その台詞を言ったのはミストではなかった。
 ミストの背後、さっきまで寝ていたハズのエッジが、いつの間にか身を起こしている。

「若ッ! お身体は―――」

 それまで黙っていた、先程バッツに短刀を突き付けた老人がミスト達を押しのけてエッジの元に駆け寄った。
 その老人を見て、エッジは「おう」と手を挙げて挨拶する。

「じいじゃねえか。久しぶりだな」
「久しぶりではございません! かの憎きバロンからお戻りになった矢先に大火傷・・・・・・じいは生きた心地がしませんでしたぞ!」

 泣きながら迫る老人に、エッジは嫌そうに顔を押しのける。

「うわ泣くなよ暑苦しい―――お! リディア♪」

 エッジはリディアの存在に気がついて、ぱあっと顔を明るくする。

「もしかして、俺のことを看病しに来てくれたのか!?」
「ンなわけないでしょ。お母さんの付き添いよ」
「なに!?」

 エッジは目を見開いて、ミストに視線を移す。

「そうか・・・ついに俺のプロポーズをうける気にぶげえ!?」

 スパーン、と小気味良い音が、エッジの悲鳴と一緒に響き渡る。

「いってえぇ、なにしやがる!」
「何しやがるはこっちの台詞だ。お前、女だったら誰でもいいのかよ」

 ハリセンを肩に担ぐようにして持ったバッツが呆れたように言う。
 と、そんなバッツに煌めく白刃が襲いかかった。

 完全に死角からの攻撃を、しかしバッツは身を翻してあっさりと回避する。

「おのれっ、避けるな下郎ーーーーー!」

 短刀を振りかざして叫ぶのは、エッジが “じい” と呼んだ老人だった。

「畏れ多くも我が国の王子の頭を叩くとは・・・その無礼、死をもって償ええええええっ!」

 ぶんぶんと振り回される刃を、バッツは危なげなく回避し続ける。

「えっと、止めた方が良いのかしら・・・・・・」

 あらあら、と困ったように言うミストに、しかしリディアは投げやりに手を振る。

「ほっときゃいいわよ。それよりもエッジ、アンタ火傷は・・・?」

 リディアに問われ、エッジは「んー」と自分で自分の身体をぺたぺたと触ったり動かしたりして確認する。

「まー、ちょっとまだ痛ぇけど、こんくらいの火傷だったら慣れて――――――」

 言いかけて、不意にエッジはばたんとベッドの上に倒れた。

「エッジ!?」
「ぐおおおおおおっ!? 痛い! やっぱ全身の火傷が燃えるように痛いっ!」
「ちょっと! 大丈夫!?」
「あら? おかしいですねー、回復魔法はちゃんと効いているはずですがー?」

 小首を傾げるミスト。
 と、さらにエッジは悲鳴をあげた。

「ぐああああっ! 死ぬっ! 死にそうだ! でもリディアがキスしてくれれば治るかも・・・・・・!」
「お母さん」

 エッジの叫びを聞いて、リディアは感情の無い声で母に呼びかける。

「今から火炎魔法ぶち込むから、こいつが死にそうになったら回復魔法かけてあげてくれる?」
「ちょ、ちょっと待て! じょーだん! 冗談だっつーの!」

 慌てて飛び起きるエッジ。
 そんな彼を見て、リディアは溜息を吐いてぽつりと呟いた。

「ったく・・・・・・さっきはちょっと見直したのに」
「・・・なにこれ。なんの騒ぎ?」

 不意に入り口の方から声が聞こえた。
 振り返れば、入り口にユフィが立っていた。彼女は、狭い部屋の中で暴れ回っているバッツとじいを見ていたが、やがてエニシェルの姿に気がつくと、乱闘―――じいが一方的にバッツに斬りかかっているだけだが―――に巻き込まれないように注意して、彼女に近づいた。

「なにか用か?」

 エニシェルが尋ねると、ユフィは頷いて。

「ジュエル様から伝言。バブイルの塔に侵入する方法があるってさ」

 


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